12・親友は青ざめる
「い、てててて……」
扉の奥から聞こえてきた声に、私は咄嗟に顔を上げた。
その声には、とても聞き覚えがある。城で働く私の親友、セリナに違いない。
「セリナ!? 大丈夫!?」
慌てて扉の方へ駆け寄ると、セリナは石畳の上に尻もちをついていた。
座り込んだまま、痛みに顔をしかめている。
「……失礼。怪我はないか」
クラウス様は腰をかがめると、セリナへ手を差し出した。
その洗練された無駄のない動きは、騎士としての所作そのものだ。
「ああ、こちらこそごめんなさい! びっくりしてコケちゃっただけで……」
セリナはいつものように明るい声で答えながら、差し出された手を取ろうと顔を上げた。
彼女のヘーゼルの瞳が、クラウス様をとらえる。
……その瞬間、笑顔を浮かべていたはずのセリナの顔が、ぴたりと凍りついた。
「って、ひ、ひえええええ!! クラウス聖騎士団長様……っ!?」
さっきまでの明るさはどこへやら。セリナの顔はみるみるうちに青ざめていく。
「すみません、命まではどうかご勘弁をーー!」
セリナは裏返った声で叫びながら、クラウス様から距離をとるようにじりじりと石畳の上を後ずさった。
まるで怪物でも見たかのような反応に、私はすっかり言葉を失ってしまう。
確かに以前セリナから、クラウス様には「血も涙もない冷血な悪魔」だという噂がある、と聞いていた。
だが、実際にクラウス様と少し交流してみたものの、噂のような怖い人という印象は受けない。無表情でよく分からない人ではあるが……。少なくとも、戦場でもないのにむやみやたらと命を奪うような人ではないだろう。
「なんだ……?」
セリナの異常なまでの慌てように、当のクラウス様は眉をひそめ軽く首を傾げている。
どうやらクラウス様は、自分が何故こんな反応をされているのか分かっていないらしい。
「よく分からないが、無事ならいい。驚かせてすまなかった。あとになって何か痛みがあれば、聖騎士団の方へ連絡してくれ。それでは」
クラウス様はそう言い残すと、教会の隣にある騎士団寮へと向かって去っていく。
その背中は真っ直ぐだ。振り返ることもない。
「…………え、私、あとで処される?」
セリナはぎこちなく私の方へ顔を向けた。言葉の意味を深読みしすぎてか、ガクブルと震えている。
「……処されはしないと思うけど。多分。心配してくれているのでは……?」
去ってしまったクラウス様の代わりに、私はセリナへ手を差し出す。
「そ、そうだといいけど…………」
セリナはまだ落ち着かない様子ながらも私の手を借りて立ち上がった。服についた汚れを軽く払う。
さっきまでの騒がしさが嘘のように、静かな空気が戻ってきていた。
「それでセリナ、今日はどうしたの? 次の依頼を持ってくるにはまだ早すぎるでしょ」
セリナを教会の中へと招き入れた途端、彼女は「あっ」と声を上げた。何かを思い出したようで、はっとした表情をしている。
「そうよ! 私、あんたのことが心配でわざわざ休みを取ってまで来たんだから!」
セリナの声にはいつもの明るさとは違う、どこか張り詰めた響きが混じっていた。




