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前世勇者、今世サキュバス  作者: 佐藤蝶々
2/2

冗談にもならない転生

 私が魔王ボルテックスを討ったのは、実に五十年以上も前の話になる。

 ただ、最後の瞬間のことは、自分の死に際までずっと、脳裏にこびりついていた。

 この手で確かに、殺したのだ。

 剣で首を落とし、亡骸は魔法で燃やし、したたり落ちた血をも浄化した。

 油断は無い。

 私は確かに、世界からヤツの痕跡を消し切った――はずだったのに。


 @ @ @


「そう。ボルテックス様は今際の際、自らの使徒を秘術によって生み出していたのです!」


「…………」


「……忌まわしき勇者めに追い詰められた末の、苦肉の策であったのも事実ですが。ただ、自らの死を悟った瞬間に自身の後継を創り出そうなどという長期的な視点は、先代魔王様だからこそ持ち得た」


「途中ですまない。その、何か着るモノはないか?」


「……はっ!? 申し訳ありません、少々、興が乗ってしまいまして……こちらを」


 自分の腹部の下辺り、桃色に妖しく輝く紋章もまた、苦々しくて。

 どうしようもなく憂鬱な気分だった私に、蒼髪の少女は自身と同じローブを渡してくる。


「おい、私もこれを着るのか? もっとこう、重厚な衣類は……いや、なんでもない」

 

 虚しくなった私は受け取って、それを適当に羽織って、すぐ。


「説明ありがとう。事態は把握できた、が、もう一度、私の口から再確認をしたい」


 高いとまでは言わないが、これが自分の声かと思うと違和感が拭えないわけだが。

 ただ、それはさておき私は、現状把握に努めようと思った。


「先代魔王ボルテックスは、死に際に自身の使徒を創り出した。後継者を求めて、そうだな?」


 蒼髪の少女は首を縦に振ってきて、それを見て私は、二本目の指を立てた。


「使徒を納めていた卵は六体あり、最後に孵ったのが私だった。また、生まれた使徒の種族はそれぞれ異なり、ドラゴンやオーガもいれば、私のようなサキュバスとして生まれる者もいた」


「ええ、その通りです。魔王は個体としての呼称ではなく、統べる存在としての呼称。だからこそ、先代魔王様は多種多様な種族を、使徒として生み出したのでしょう」


 今さら知っても詮無いことだが、種の存続意図として考えれば、まあ理解はできる。

 先代魔王は……ヴァンパイアだったしな。魔物の種族の広汎性は、この目で見てきていた。


「最後に。こうして孵った私に、お前は、次なる魔王になるよう求めている。何故なら私が、使徒として産まれたから。生まれながらの宿命を持っているのだから、怠惰になることなど許さない……」


「そ、それは……」


 そこで初めて、蒼髪の少女は口ごもっていた。

 ただ、一度ふるふると首を振って、それから、何か決心したかのように告げてくる。


「……いえ、そうです。わたしは第六使徒様に、次なる魔王になってほしいと思っております」


「そうか、だが無理だ」


「そ、即決ですかっ!?」


 があんと、わかりやすくショックを受けられた。

 断られたこともあって、少女は露骨に、悲しそうでもある。


「君はどうもゴーレムらしいが、節々で人間らしいな」


「人間……お戯れを。わたしは人間などではなく、誇り高き魔物です」


「ああ、そうか、そうなるのか……悪い、配慮が足らなかった」


 人間が魔物扱いされたら怒るように、魔物が人間扱いされるのも嫌だろう。

 であれば。

 魔王になれというのを私が断るのも、それもまた、当然の話だ。


「拒否した理由だが、単刀直入に言おう。私は、先代魔王を殺した勇者だ」


 いずれ話さなければならないことなら、とっとと言ってしまったほうがいい。

 他の誰でもなく、私自身のために。


「何の因果か、かつての意識を有したままで私は、この姿に生まれ戻ってしまった。よって、そんな私が魔王になるなど、冗談にもならないのだ。これでも私は、ヒトを守るために生きていたのだから」


「……あの、第六使徒様?」


「まったく、いつぞやに見た本じゃあるまいし、転生などという荒唐無稽な……ただ、安心してほしい。この拠点の存在をバラそうなどとは考えていない。君はこうして、情報を提供してくれたのだからな」


 だいたい、今の私が事実を伝えても、それが本当のこととして通るか甚だ疑問だ。

 なんせサキュバスだからな。

 籠絡しようとしてるんじゃあないのかと、私自身でも、そう思う。


「驚いているだろうが、これが真実だ」


「……」


 そのまま私は、座ったままで身構えた。

 口ぶりからして、蒼髪の少女は魔王ボルテックスを、敬愛しているようだったから。

 そんな彼女が変心し、仇を討とうとすることも容易に予想できたから。

 だが――。


「ふふっ……第六使徒様は、冗談がお得意なのですね」


 くすくすと、口元を手で押さえる彼女だった。

 ダメだ、まったく信じてくれていない。文字通り、一笑に付されている。

 どうすれば、信じてもらえるんだろうか。

 私が勇者だと、それ相応の力を持っていた人間だと、そう理解させるには。


 試してみるか、と。

 私は天井に向かって手を伸ばし、同時にその言葉を、口にする。


浄化の柱(セイクリッド)――』


 瞬間。辺りの暗闇をすべて切り裂く光が、上に向かって発射された。

 大昔、私の友人が開発した、魔物と物体にのみ、甚大な被害を及ぼす魔法。

 人間に当たっても、ぬるま湯に浸ってるような感触しか覚えない。

 その特性から人は祝福と呼び、魔物は呪詛と捉えた、慈悲の破壊光線。

 ただそれは、誰でもかれでも扱える代物ではない。

 これだけの威力のそれを瞬時に発動するには、全身が壊れるだけの研鑽が必要になる。

 つまり、この魔法は……私の誇りであり、勇者を勇者たらしめる証明のはず。


「さて、もう一つ言っておこう……ネプチューン、こちらに戦闘の意思は無い」


 ぱらぱらと、細かい石が落ちてくると同時に、星々の柔い光も辺りに注いでいた。

 なんだ夜だったのかと、どうでもいい気づきをする私に、蒼髪の少女は。


「……ほ、本当に貴方は、あの勇者なのですか?」


 信じがたいと言った様子で、ただ、さっきよりは表情に悲壮感が漂っている。

 論より証拠とは、よく言ったものだ。


「しかし、わたしにはどこからどう見ても、サキュバスにしか」


「その点で言うと、困惑してるのは私も同じだよ」


「しかし、豊満なバストにしろ妖しく魅力的なヒップにしろ、あのロア・ヴァイスレインとはまるで違うではありませんか。そもそも奴は雄でしたし、髪も金色で、常に虫唾が走るような表情が」


「そ、それ以上、細かく指摘するのはやめてくれ」


 現実を突きつけられた私は、前髪辺りをくしゃくしゃっと撫でてしまって。

 ただ、蒼髪の少女の態度は、さっきまでのそれとはまるで変わった。

 線を引くように。

 尊敬や親愛などは抜け落ちて、代わりに、私に対する敵意が感じられる。

 しょうがない。元々、私たちは相容れないのだから。


「魔王にならないのであれば、では、あなたはどうするのですか」


 冷たい声色で、彼女は今後のことを訊ねてくる。


「また、人間のために生きるのですか。それとも自由奔放に? ……どちらにせよ、我々のためになどという発想はないでしょうが」


「どちらでもない。どこか目に付かないところで、さっさと自害するだけだ」


「えっ」


 私の今後を告げると、また彼女は目を丸くしていた。

 別に驚かせたいわけじゃないのに……だいたい、そうする他にないだろう?


「人の記憶がある以上、魔王や魔物に与するわけにもいかない。かといって、サキュバスが人間の味方をおおっぴらにするのもよろしくなさそうだ。私が原因で、種族差別が起きかねん」


 そんなもん気にしたところでどうでもいいというのは、そうなんだが。


 後は、そうだな。

 なんだか疲れてしまった、というのもある。

 私はもう、充分に走りきったのだ。だからこそ、新しい生に思いを馳せた。

 だが……これは話が違う。勇者が魔物へ転生なんて、冗談にもならない。

 しかも、ご覧の通り数多の選択肢から選ばれた種族は、サキュバス。

 搦め手と扇情的さが売りの魔物に、最後には枯れた老人となった私が――。


「まあ、なんだ。来世があるとわかった以上、今度は上手く生まれ治すさ」


 ぽん、と。

 私はネプチューンの肩に手を置いて、そのままひらり、背中を向けた。

 悲しみはしないだろうが、ここで死なれても彼女としては迷惑だろう。

 まあ適当に山とか行って、前世と同じように空を眺めながら旅立つとしようか――。


 そんなことを考えてた最中、唐突に、後ろへの重力を感じた。

 蒼髪の少女に、ローブを引っ張られていたからだ。


「……まだ、何か用でも?」


 どうせなら私がこの手でお前を殺す、とか言われるのかと予想する。

 まあ、それならそれで、手間が省けて助かるが。

 仮にそうなら、なるたけ一発で仕留めてほしいものだ。


 ただ、その予想もやっぱり、綺麗に外れてしまう。


「わたしも死にます」


「は?」


「言ったでしょう? わたしはあなたに、絶対の忠誠を誓うと――その相手が死ぬと言うなら、わたしはもう存在する価値がありません。どうぞ殺してください」


「い、いや、それはおかしいだろう。私の中身は勇者なんだぞ? そんな奴に忠誠なんて、誓わなくていいはずだ」


「はい、その通りです。ですがもう、決めたことですから――」


 そのまま、べきと。

 彼女は自分の腕を、もう片方の腕で叩き折ってしまった。

 どすんと腕が落ちて、そのままばりんと、粉々の砂粒に変わってしまう。

 ……疑ってたわけじゃないが。本当にゴーレムなんだな、君。


「では、さようなら。お互いに、上手く死ねるように努力しましょう」


「待て待て待て……やめろ、人間だろうが魔物だろうが、根本的に命は大事なものだ」


「どの口で言うんですか」


 いやもう、仰る通り。

 ただ、こうなると話が変わってくる。

 まさか、この少女がここまでの決意だったとは思わなかった。

 事情は知らないが……彼女は私に既に人生をベットしており、その時点で私の命はもう、私だけのものではなくなってしまっていた。


 どうでもいいと言えば、それまでだが。

 魔物が一体どうこうなろうが、本来ならば意に介さないところだが。

 …………はぁ。

 今世は早速何もかも上手くいかんなと、私はそこで溜息を吐いてから。


「……死ぬのは延期だ。もっとも、魔王なんてものは、やはり目指さないがな」

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