【一部終了後】アンリの苦労とゾーイとの攻防
建国後。
新しい新居に引っ越したころから、アンリ・ウィリアムソンの胃は痛かった。
大聖女の神聖力と、ウィリアムソン家から買っていた謎の甘いポーションの味が酷似していると様々な貴族にバレたせいだ。
バレた理由は簡単。
嫌な記憶を消すというキャンペーンを大聖女が行ったからだった。
そのせいでウィリアムソン家は四級聖女を匿うという大義名分を盾に、大聖女も匿っていたなどといろんな憶測が飛び、今、ウィリアムソン家が収入を伸ばしているのは贔屓ではないのかという声が大きくなっていた。
(四級聖女だったとしても結婚したし、ミユの魅力は別に神聖力じゃない。それに防水布だってミユのアイデアだし)
心無い意見に腹を立てながら、胃が痛むのを感じる。
ミユキも貴族の意見に悩んでいるのか、今日みたいな休日でもお菓子を作らずに考えているようだった。
新しい屋敷の二階にはリビングルームという応接間が用意されている。
今日はそこに三人のんびりとしていた。
隣の部屋に簡易的なキッチンも用意していてあるので、お茶がすぐに作れる環境になっていた。
けれども、隣の部屋というのが使いにくいのか、ミユキはあまりお菓子やミルクティーを作るということをしなくなってしまった。
「私の神聖力って国のために使った方がいいのかな」
「無料奉仕ってこと? いくら膨大といっても、神聖力は個人の資産だから、大聖女だけ例外というのはおかしいと思う」
悩む言葉に返しながら、それに、と思う。
どう考えても自分の愛情で神聖力が伸びてるのに、他人にゴチャゴチャ言われるのは不快でならない。
貴族共の恋愛は愛人が当たり前なので、自分のようにミユキを幸せにできるとは思えない。薬にできる脳もない低能がとすら思っている。
腐ったポーションプールのように、能力がない奴がポーションを扱ったところで品質が悪くなるだけだ。ただの嫉妬に過ぎない。
が、それはそれとして、自分の配偶者が悩んでいるのは心苦しい。
「ミューがそうなったら、俺の力もボランティアに強制参加じゃん。ちょっとならいいけど、めんどくさいからやだ。反対」
援護のようにリツキが文句を言う。
ミユキはハッとした顔をしてしょんぼりした。
「そっか。そうだよね。神殿が国の事業だから良くないのかなって思ったけど……」
「他人の嫉妬に真摯に応えてたら不幸になるから止めなよ。正しくないことも正しいと思う人間に合わせる必要はない」
「……うん」
自分の言葉に落ちこんでいるところを見て、ああ、胃が痛いと思う。
だけど、胃痛は神聖力で治したところですぐに復活するので、やっぱり神官は内臓を治すのが上手くないんだろうなと身をもって感じた。
「あ、ゾーイが来るみたい」
突然、頭にメッセージが届いたのか、虚空を見ながらミユキが呟く。
「え? なんで?」
「また来るのかよ。あの暇人。仕事場だけでいいのに」
「なんかケーキ貰ったんだって~! 二人の分もあるって」
「要らない。ミユが作るお菓子以外はなんかパサパサするかしつこいから好きじゃない」
「唾液が少ないんじゃね? 水とかちゃんと飲めよ。口が臭くなるぞ」
「臭……」
胃が痛くなる。
「リツキ。デリカシーがないこといわないで。別にアンリは口くさくないよ。よく浄化してるし」
「ミユ。好きだ」
「別に臭いとは言ってねーよ」
うちの奥さんは本当に優しいと思いながら水を飲む。おまけについてきた奴がデリカシーがなさすぎて腹が立つけど、仕方ない。
しかもゾーイという名前の女まで奥さんに欲の目を向けている。
本人がポヨポヨと無警戒なのが恐ろしいくらいだし、しかも向けている本人も自覚がない。
最近、休日のどちらかを何かと理由をつけてゾーイがミユキに会いに来ることが多くなったのに、本人は楽しそうだ。
「お茶入れよっか。ミルクティーとか入れたいけど、キッチンからトリカカポの乳とお鍋とか持ってこないといけないから、ただのお茶だよ」
話しながら、ミユキはティーポットの水を神聖力で沸かしはじめた。
なるほど。ミルクティーが出ないのはそういう理由か。
フッとゾーイが箱を片手に現れる。
「おはよ~。ケーキ貰ったけどこんなに食べらんないからみんなで食べよう~」
「ありがと。今お茶入れるから待っててね」
机の上にゾーイが箱を置いて開けると、中には五つほどすべて味が違うケーキが入っていた。
ひとり暮らしの女性にあげるには、ずいぶん想像力がないと思う。
「ウィリアムソンはしつこいのと乾燥してるのが苦手だから、これがお薦めだよ。リツキンはこってりが好きだからこっち。ユキはこっちね」
「よく覚えてるね」
「食事を一緒に食べていればわかるからな」
ゾーイの言葉に、ミユキはニコニコしている。
気に食わないな、と思った。
「三人が気に入るようなケーキ、ね。本当に貰った?」
「え、貰ったから来たんだけど?」
少しだけ目を細めた後に、ゾーイは不思議そうな顔をした。
五個中、三個が気に入るケーキが入っている上にそんなにケーキが好きな奴でもないだろうに味を知っているなんて、できすぎた話だ。
「そうなんだ。ありがとう」
口に出すだけ無駄だと思いつつお礼を言うと、ミユキはこちらを見てニコリと笑った。
リツキは何も気にしていないのか、皿に自分のケーキとミユキのケーキを取り分けると、こちらにトングを渡してきた。
(ミユはゾーイを気に入ってるし、仕事ができるから、大人しくしておこう)
言われたケーキを皿によそって、トングを箱に置く。
別のものをとっても良かったが、言ってることは大体嘘がないし、ゾーイもミユキのポイントを稼ぎたいから一番良いものだろう。
紅茶を出されてケーキを食べる。
しつこくないし、パサパサしない美味しいケーキだった。
顔を上げると、二人も美味しそうにケーキを食べていて、ゾーイはそれを見ながら目を細めている。
(ああ、気に食わない)
けれど、男じゃないし手を出しているわけでもないから排除できない。
ただの嫉妬で人の自由を束縛したら、たぶん今度こそ逃げて行ってしまう気がするから。
(手を出したら排除したらいい)
でも、仕事も私生活も関わりすぎてる上に役割も大きいから、諦めさせる以外は問題がありそうだ。
それに、自分だって嫌いなわけじゃないところがまた腹が立つ。
(胃が痛い)
自分で胃痛を治してからケーキを食べる。
いつのまにかケーキが残り少なくなったことに驚いて、気に食わないなと心から思った。
ちなみにゾーイはまったく悪気がない。