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第4話 友達のお母さんが作ってくれた中華丼と春雨サラダ、杏仁豆腐

 鈴美が襲来したあと、俺は家じゃチェーンをかけるようになった。少なくとも週末までは来なかったけど、警戒しとくに越したことはない。


 日曜日、じいさんと一緒に、贔屓にしてもらってる神社に来た。


「よお、須藤。今日も頼んだよ」


「任せとけってんだ」


「藤乃ちゃんもよろしくな」


「よろしくお願いします」


「でっかくなっちゃって、まあ」


 迎えてくれた神主さんは、じいさんと顔を見合わせて笑った。

 二人は幼馴染みで、俺も神主さんには小さいころから世話になってるし、葵のじいちゃんでもあるから、葵とは生まれて半月くらいからの付き合いだ。


 挨拶を済ませたら、じいさんは松の剪定、俺は草むしり。三十分くらいしたら、じいさんのところに行って、はしごの下を掃いたり、次の松の下の草をむしったりする。


 二時間くらいしたら、声がかかった。


「須藤のおじいちゃーん、藤乃くーん、お昼だよー」


「おうおう、葵ちゃん、来たのかい」


 じいさんが顔をでろっとゆるめてはしごから下りてくる。俺は汗を拭きメガネを上げて、ゴミをまとめてから後を追う。


 神社の裏手が神主さんの家で、その隣の離れに葵は両親と住んでる。昔は別居だったけど、聞いたとおり、葵が小学校の高学年になるときに、治安も良くて公立中のレベルが高い、この地域に引っ越してきた。


 神主さんちの縁側で、じいさんたちが並んでそうめんを食っている。葵も一緒に天ぷらをめんつゆに浸している

「藤乃くん、遅いよ。おじいちゃんたちが、そうめんも天ぷらも全部食べちゃう」


「へいへい。じいさん、俺の分もちゃんと残しといてよ」


「ちんたらしてるのがいけねえよ。葵ちゃん、あまり藤乃を甘やかしたらいけねえぞ」


 じいさんが笑うの見て、葵が頷いて俺の顔を見上げた。


「なんだ?」


「ううん。藤乃くんの分も持ってくるね。さっき母さんが追加でゆでてたから」


「自分で取ってくるからいいよ」


 あやうく休みの日まで小学生に飯の世話をされるとこだった。俺は葵を座らせて、縁側からお邪魔させてもらう。台所では葵の両親が昼を食べていた。


「すみません、おじゃまします」


「いいわよお。葵が藤乃くんの家にお邪魔してるでしょう? ごめんなさいね。葵がちょくちょくお邪魔したら、藤乃くん彼女も連れ込めないじゃない」


 さりげなくダメージを食らう。葵よりおっとりした母親だけど、言葉の火力は葵よりずっと高い。


「いないんで、大丈夫っす……」


「葵、行かせた方がいいかしら?」


「葵さんには、稼ぎが良くてしっかりしてて、葵さんを大事にしてくれる素晴らしい男性と出会ってほしいと思ってます」


「パパより葵のこと考えてるわねえ」


「な、葵に彼氏なんて早いだろう!」


 母親が苦笑いしている横で、父親がガバッと顔を上げた。それはわかる。俺は葵の結婚式で号泣する予定だけど、できれば俺のあとにしてほしい。


 そうめんと天ぷらを乗ったお盆を受け取ると、母親は「そういえば」と呟いた。


「先週半ばに、葵が怒り狂って須藤さんのお家に電話してたけど、藤乃くん大丈夫だった?」


「全然大丈夫じゃなかったです」


「ごめんなさいね、葵が余計なことをして」


「いえ、しっかりしています。俺よりずっと」


 頭を下げて、縁側へ向かう。

 じいさんたちはお茶を飲みながら野球の話。葵はちまちまそうめんをすすっている。


「遅かったね。引き留められてた?」


「まあ、ちょっと」


 肩をすくめて葵の隣に座ると、神主さんが振り向いた。


「お前の母ちゃん、また怒ってたって?」


「あはは。ちょっと、まあ……怒ってましたね」


「なあに? ……あ、鈴美ちゃん?」


 葵の笑顔が、スッと凍るような顔になった。怖い怖い。


 そう、葵の報告で、鈴美が俺の部屋に来たのが母親にバレた。俺は父親とじいさんに伝えて、そっちから釘を刺してもらうつもりだったのに、先に母親にバレて、須藤の家は大揉めだったらしい。

 芋づる式に、祖母や伯父の嫁さんが、まだ俺んちに復縁の手紙や電話してたのもバレたらしい。

 結局、伯父が「こんな凶暴な嫁に尻に敷かれる愚弟なんかと関わる必要は無い!」って怒鳴って塩をまき、母がその塩のケースをひったくって、伯父の頭にかぶせて飛び出してきたらしい。

 この話を、昨日花屋の手伝い中に、母親から聞かされた。母親の手元ではさみが光ってて、マジで怖かった。俺のために怒ってくれているのはわかっているけど、それでも母親には一生逆らわないでおきたい。


「つーか葵、なんでそんな鈴美嫌いなんだよ。関係ねえじゃん」


 そうめんをすすって葵に聞くと、ギロッと睨まれた。美人が怒るとマジで怖い。小学生でも例外じゃない。


「お師匠を貶されて怒らない弟子はいないんだよ。それに……」


 葵がめずらしく言いよどんだ。


「どした?」


「……私が小学生上がるくらいのときなんだけど」


「ん?」


「おじいちゃんと、藤乃くんちの花屋に行ったとき、鈴美ちゃんと会ったことがあって」


 なんだそれ、初耳だぞ。葵が小学生になることってことは、俺は中学の終わりごろか?


「藤乃くんが作ってくれた小さな花束を抱えてたら、鈴美ちゃんに『あたしがもっと立派ですごいの作ってあげる』って取り上げられそうになったの」


「え、なにそれ怖すぎ! マジかよ、なんで今まで言わなかったんだ。殴ってくるわ」


 俺が腰を浮かすと、葵は笑って引き止める。


「いやいや、もう何年も前のことだから! それで、私が『藤乃くんが作ったのが一番好きだから、鈴美ちゃんのはいらない』って言い返したんだよね。その声でおじいちゃんが戻ってきて」


「んあー、あったなあ、そんなこと。葵がくしゃくしゃの花束抱えて泣いてて、何事かと思ったよ」


 神主さんが遠くを見る。いや、ほんと、それ早く言ってくれよ。


「それ以来、私と鈴美ちゃんは犬猿の仲なの。ハブとマングース、猫とネズミ。もちろん私がマングースで、猫」


「えー……」


「おじいちゃんは、須藤さんに言おうかって言ってくれてたけど、私が迷ってるうちに、藤乃くんのママが鈴美ちゃんの一家にブチ切れちゃったでしょ。だから、まあ、もういっかって」


 じいさんを見ると、難しい顔で黙り込んでいる。気持ちは分かる。今すぐ伯父んちに乗り込んで、鈴美の首を絞めたくなるけど、それをやったらたぶん母親がさらに暴れる。先週しっかり暴れてきてるわけだし、もうこれ以上、火種は増やしたくないって思っちゃう。


「あのさ、葵」


「なあに」


「……ありがとな、俺が作ったもの、大事にしてくれて」


「うん。私は、鈴美ちゃんが作る花束より、藤乃くんの方が好き。派手じゃないけど、抱えたときにほっとするから」


「……そっか。ありがとう」


 残りの天ぷらを食べ終えて、じいさんたちの食器もまとめて台所へ運ぶ。

 よし、午後も頑張ろう。




 月曜日からは、また学校だ。

 園芸学部では一年のうちから実習がある。クラス内で班を作って植物の世話をしたり、育てたりする。

 見たことない花や木を育てるのは純粋に楽しい。変な花が咲いたり、匂いにびっくりしたり、手がかぶれたり――めちゃくちゃ楽しい。


 でも、楽しくないのは人間関係だ。

 人間うるせえなあ……黙って手ぇ動かせよ。俺に彼女がいようがいまいが、水やりの順番に関係ねえだろうが。

 出席番号順に班を組んで、当番や役割分担を決める。

 そのあと庭園に向かう途中、当然のように雑談が始まり、女子に彼女がいるかどうか聞かれる。毎回聞かれてうんざりだ。

 男子も、話すことといえばそんなのばかり。

 クラスの誰がかわいいだの、先輩にすごい巨乳がいるだの――。

 男子だけで花壇の草むしりをしているときに、好みの女子の話になった。


「あの先輩、巨乳だったけど、背が低くて。俺的にはナシだな」


「贅沢だろ」


「ヤダよ。俺と同じくらいデカい女の子がいいんだ」


「いねえよ、180センチ超えの女子なんか……アフリカとかならいるかもな」


「日本人がいい」


「ますますいねえよ。あ、体育大とかならいるかも。バレーかバスケの選手」


「なるほど?」


「合コンする?」


「いらねえよ」


 男子とも、学校では話す。でも、それだけだ。サークルには面倒で入ってないし、飲み会にも行かない。金がないし、付き合いが面倒だし。

 俺は友達を作るために大学に入ったわけじゃない。実家の仕事を継ぐため、その知識を学びに来たんだ。


 ……でも、まったく人間の相手をしないわけにはいかない。祖父も父も母も、楽しそうにお客と話していた。

 俺に、あんなふうに話せる気がしない。

 でも、しなきゃ仕事にならないのは分かってる。



「聞いてた?」


 授業前、ふと気づくと、クラスの女子が前の席から身を乗り出して、俺の顔を覗き込んでいた。……小柄で、顔立ちがかわいらしくて、誰にでも優しいと噂の、なんとかさん。

 遠くで、男子たちがこっちを見ている。

 ……代われるもんなら代わってほしい。

 小柄な女子は、どうしても鈴美を思い出してしまう。だから、苦手だ。


「何を?」


 メガネを直すふりをして、目を逸らす。


「クラスで放課後カラオケ行こうって話してたの。須藤くんも行こうよ」


「いや、俺はいいや。今日は約束あるし」


 嘘だ。でもたぶん今日は理人が顔を出すだろうから、家にいようと思う。いい加減、理人と連絡先を交換すべきだよな。


「えー、女の子?」


「さあ?」


 適当に言って立ち上がる。教室の反対側で固まっていた男子のところに行くと、やっかまれた。俺はむしろ代わってほしかったよ。




 しばらくした土曜日。実家と付き合いのある花農家にバイトに来ていた。


「藤乃! そっちの鋤持ってきて」


「いっぱいあるけど、どれ?」


「全部! そこの一輪車に乗せてくれればいいから。あ、ロープと支柱とあと……」


「いや、全部は乗らねえって」


 ここぞとばかりに用事を言いつけてくるのは跡継ぎの由紀瑞希だ。身長は俺の方が高いけど、肩幅も体の厚みも、ぜんぜん敵わない。毎日畑で働くと、こんなマッチョになるんだな。

 妹もいたはずだけど、部活に行ってるとかで今日はいない。というか最後に会ったのは幼稚園くらいのとき。今は中学生か高校生のはずだけど、全然顔を見かけない。


「畑を耕すとか、泥臭いことを恥ずかしがる年頃なんだよな」


 瑞希が訳知り顔で肩をすくめた。


「反抗期なんだ。そのうち落ち着くし、落ち着かなかったら、自分で好きな仕事したらいい」


 大学に行かずに家業を継いだからか、瑞希は俺よりずっと大人びて見える。

 もし妹に「泥臭くて恥ずかしい兄だ」なんて言われたら、たぶん俺は泣く。よかった、妹がいなくて。葵が、そんなこと言わない子で。


 瑞希と一緒に土をつくり、肥料を混ぜて種をまく。支柱を立て、ロープで固定し、それから次の畑へ向かう。途中で瑞希の母親が持たせてくれた弁当を食べて、午後は花の剪定と収穫、仕分けと忙しい。

 日が暮れるころに作業を終えて、シャワーを借りた。


「今日はありがとうね、藤乃くん」


「いえ、お役に立てていればいいんですけど」


 瑞希の母親が、晩ごはんを出してくれた。中華丼と春雨サラダ、それから杏仁豆腐まで。

「この杏仁豆腐ね、花音が作ったの」


 花音ちゃんは瑞希の妹だ。もう帰ってきているけど、明日は部活の試合だとかでさっさと晩ごはんを終わらせて部屋に戻ったらしい。


「花音ちゃんがですか? すごいな……料理、できるんですね」


「家庭科の宿題だったのよ。一食分メニューを考えて、家族に作りましょうってね。昨日の夜に作ったんだけど、杏仁豆腐だけ大量に作ってたから、よかったら食べて」


「いただきます」


 お腹いっぱいごはんをいただいて、二食分くらいのお土産まで持たせてもらって、由紀農園をあとにした。

 瑞希が農園の軽トラで実家まで送ってくれた。


「藤乃ってさ、大学で彼女できた?」


「できない。ていうか、作ってない」


「なんで? 作ればいいだろ」


「彼女作りに行ってるんじゃなくて、勉強しに行ってんだよ」


「真面目かよ」


 真面目かなあ。ふがいないことばかりだ。

 なんとなく、流されるがままに生きてる気がする。でもせめて、うちに来るガキたちをがっかりさせないようにしたい。じいさんのお客さんたちに、じいさんと同じように庭を任せてもらえるようになりたい。

 だから、今は彼女とかはいい。

 ……強がりじゃなくて、本当に。

 膝に乗せた中華丼が、じんわりと温かい。そういえば、うちには丼がなかった。明日、部屋に戻るときに買って帰ろう。

 杏仁豆腐もいくつかもらったから、理人と葵に分けてやろうか。……やっぱり理人と連絡先を交換すべきだな。

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