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第10話 最後に、お茶を一杯

 朝イチで、理人んち近くのパン屋で朝メシ買う。あったかいパンを持って学校に着いたら、まだ誰もいなかった。

 講義室でパンをかじりながら教科書めくってたら、知ってる顔がぽつぽつ入ってきた。


「おはよ」


「はよ。なにそれ、パン?」


「うん。うちと学校の間にあんの。うめえよ」


「一個くれよ」


「そっちの、あんパンだったらいいよ。金は払え」


「へいへい」


 なぜかあと二人増えて、三人であんパンを分けている。うまかったっぽいから店の場所も教えた。


「おはよう、須藤くん」


「はよ」


「……私にも、そのパン屋さんの場所教えて?」


「えっと、学校出て右の……」


 背が低くて、目元がラメいっぱいのその子は、ホッとした顔で友達のとこに戻っていった。


「なに、須藤。あの子と仲直りした?」


 あんパンを分け合っていた連中が、声を潜める。


「してないし、許してない」


「ふーん、かわいそ」


「あれはマジで死んでも許さねえよ。でも、まあ、雑談くらいはそてやる。向こうが

そうしたいならな」


「大人になったねえ」


「あの須藤がねえ」


「お前らは、どういう立場なんだ……?」


 首をかしげているうちに先生が来て、みんな席に着く。




 汗だくで午後の実習を終えて、家に向かった。もうすぐ夏休みだけど、花の世話の当番があるから、まるっと休めるわけじゃない。まあ、学校に行くのは最初の一週間だけだし、どうせ出かける予定もない。

 実家に帰っても花の世話ばっかだし、お盆前後はかき入れ時で、子供の頃から夏にどっか行った記憶なんてない。


「あっち-」


 汗をぬぐいながら歩く。首にまとわりつく髪がうっとうしい。そろそろ切んないとな……めんどいし、葵に切ってもらおうかな。

 メガネを直しながら歩いてたら、アパートの前に実家の車が止まってるのに気づいた。


「親父じゃん。何してんの」


 覗き込むと親父が気づいて降りてくる。


「これ、届けにきた」


 親父は渋い顔で、紙切れを差し出してきた。よく見ると鈴美の個展のペアチケットだ。


「なんでこんなもん」


 うっかり受け取っちゃって、一瞬で後悔した。睨んだら、親父がキョロキョロ周りを見て声をひそめた。


「何日か前に鈴美ちゃんから手紙が届いてな。しかも母さん宛。じいさんは受け取り拒否しようとしたけど、母さんが気づいて開けたんだ。兄貴……お前の伯父さんが悪かったって謝罪の手紙と、よかったらってお前にってチケットだな」


「へえ……」


 鈴美も鈴美で、なんか思うところがあったんだろうな。

 今さら歩み寄る気はない。少なくとも、今はまだ。


「まあ、渡すだけ渡すわ。行きたくなきゃ捨てりゃいいし、彼女とかと行ってもいいし」


「いねーよ、そんなもん」


「葵ちゃんにあげちゃってもいいしさ」


「……受け取ると思う?」


「知らねえよ。とにかく渡したからな。で、お前夏休みは?」


 そのあとは夏休みの予定をちょろっと話して、親父は帰っていった。手元に残ったのは、派手なアレンジの写真が載ったチケットだけ。

 ちょっと悩んでスマホを見る。たぶんあと数時間で葵が来るし、そのときに聞いてみるか。




 思ったより早く来た葵は、一緒に来た理人と並んでチケットを覗き込んだ。


「鈴美ちゃんの個展? 藤乃くん、行きたい?」


「全然」


「……僕、行ってみたいです」


 理人がチケットにスマホを向けた。QRコードを読み込んで、住所や期間を確認している。


「藤乃さん、行きたくないんですよね?」


「え、うん。ヤダだな」


「じゃあ、菅野さん、一緒に行きましょう。見たくないですか? 藤乃さんを泣かせた人が、どんなものを作るのか」


「見たいかなあ……?」


 葵は首をかしげていたけど、結局理人に押し切られて行くことになったっぽい。二人で個展のサイトを見ながら、あれこれ言ってた。


「あ、押し花作れるって。藤乃くんにお土産作ってくるね」


「意外と乗り気じゃん……」


「実は、夏休みの宿題でそういうのが出てるんです」


 理人が苦笑いしながら、スマホを葵に渡した。葵は理人のスマホを勝手にいじりながら、あれこれしゃべってる。


「そういうのって?」


「芸術品を見て、感想を書いてこよう、っていう図工の宿題です。工作とも選べるんですけど、せっかくなので見てきます」


「へえ。理人って、けっこうアクティブっていうか、好奇心あるよね」


「そうでしょうか? あまり意識したことなかったです」


「ねえ理人、近くに動物園あるよ。ゾウガメ見に行こう?」


「行きませんよ……?」


 二人の話し声を聞きながら、親父に『葵が友達と行くってさ』と連絡しておく。『OK』って吹き出し付きの、変なキャラクタースタンプが返ってきた。




 数日後の日曜日、俺はじいさんと一緒に葵の家の神社に来た。最近、月イチくらいで来てる気がする。


「しっかし伸びたな」


「夏前だしね」


 生け垣の前で、神主さんがゆっくり笑った。


「春から夏にかけて、生を謳歌するのはなにも人間だけじゃないのさ」


「……そうだね」


 もさもさ伸びた生け垣をざくざく刈っていく。俺が草刈り機でざっくりやって、じいさんが細かく整える。

 境内のベンチには、葵がドリンクサーバーと塩飴を用意しくれていた。毎回やらせるのも悪い思って断ったけど、「私が暇なときしかやらないから、気にしなくていいよ」と流された。

 生け垣が終わったら、雑草を抜いて花壇の花を入れ替える。今回は俺が選ばせてもらったんだけど、どうだろう。

 しゃがみ込んで黙々と作業をしていると、葵に呼ばれた。


「藤乃くん、お昼だよ」


「おお、もうそんな時間か」


「今日のお花、いつもと雰囲気違うね」


「うん。どうかな」


 見上げた葵は、夏の陽射しに照らされてキラキラして見えた。


「すごく素敵だと思う。好きだよ」


「そっか、よかった。ありがとう、葵。俺も、好きだよ」


 葵は満足そうに頷いて戻っていった。俺も汗を拭って立ち上がり、小さな背中をゆっくりと追いかける。

 神主さんちの縁側では、じいさんと神主さんが冷やし中華を食べていた。


「はい、藤乃くんの分」


 葵が奥から出てきて、俺たちの分の冷やし中華を並べた。


「ありがと。いただきます」


「いただきます。ねえねえ、おいしい?」


「まだ食ってねえよ。……うん、うまい。てか、豪華だな。卵とトマトも乗ってる」


 実家の冷やし中華は母親の気分によるけどハムとキュウリだけのことが多い。たまにゆで卵も。

 でも、葵が出してくれた冷やし中華には、さらにスライストマトと細く切った卵焼きも乗ってた。うまいなあ。


「普通じゃない? でも気に入ったなら、今度藤乃くんの家でも作るね」


「え、これ、葵が作ったの? マジか、世界一うまいです」


「藤乃くんは私に甘いねえ」


「うん。大事なかわいい弟子だから」


「重すぎるから、早く彼女作って。弟子離れして」


「……うん」


 食べ終えたら、また花壇に戻って花の苗を植えていく。汗が止まらなくて、メガネがずり下がってばかりだ。やっぱコりンタクトにしようかなあ。……いや、怖いしなあ。



 ときどき休憩を挟みながら、夕方まで作業を続けた。

 ようやく終わって立ち上がるころには、街灯がチカチカと光りはじめていた。


「おつかれ、藤乃ちゃん」


「遅くなってしまってすみません」


 神主さんが紙コップに麦茶を入れてくれたので、ありがたく受け取った。一気に飲むと、すぐにお代わりが差し出される。


「ありがとうございます」


「藤乃ちゃん、谷は登れたかい?」


「……はい。たぶん登れました。まだ、山の上までは行けてないですけど」


「谷から抜け出せたって、自分でわかってりゃ十分だよ。自信になるからね」


「自信ですか?」


「うん。藤乃ちゃんは、自分の足で登ってこれたんだ。だから、大丈夫だよ」


 神主さんは笑って、また麦茶のお代わりをくれた。


「それを飲んだら終いにしなさい。須藤も片付け始めてるよ」


「はい。ありがとうございます」


 頭を下げて、コップを返す。片付けて、じいさんのところに戻る。




 夏休みに入ってすぐの昼過ぎ。汗だくで家に帰ってきた。

 午前中いっぱい、学校中の庭園や花壇に水を撒いてきた。温室はほんっとにキツかった。


「あー、腹減った」


 ぼやきながら、アパートの階段を駆け上がる。一番上まで来たところで、名前を呼ばれる。


「藤乃さん!」


「おお、理人」


 下から、カンカンと足音を立てて理人が駆け上がってくる。今日はランドセルを背負ったままだ。


「これ、祖母から預かってきました」


 理人が掲げて見せたのは紙袋で、中に見覚えのある小さな容器が入っていた。


「今年漬けた梅干しだそうです。冬くらいまで寝かせた方が美味しいみたいですけど、もう食べられるって言ってました」


「じゃあ、一つ味見してみよっかな。お前も食う?」


「はい!」


 部屋に理人を通す。自分の麦茶を飲むついでに、理人のコップにも麦茶を入れて渡す。エアコンをつけ、炊飯器に米をセットしたところでスマホが鳴った。葵も昼飯を食いに来るらしい。米を追加する。


「もうすぐ葵も来るってさ。何食う?」


「何がありますかね……」


 理人は遠慮もなく冷蔵庫を開け、真剣な顔で考え込む。


「あ、鮭だ。焼いていいですか?」


「いいよ。こないだお客さんにもらって、親に持たされたの忘れてた」


 お湯を沸かしたり、レトルト味噌汁を出したり。ごはんと梅干しと鮭と……何かすぐ食べられる野菜ないかな。思い出して、カバンからトマトとキュウリを取り出す。


「なんで学校のカバンから野菜が出てくるんですか?」


「学校行ったらもらったんだよ。山ほどできたからってさ」


 俺は知らなかったけど、野菜を作っているサークルがあるらしい。そこに所属してる女子が消費しきれないからと、俺と一緒に水やりにきていた連中に分けてくれた。


「すごい、大きいですね」


「レトルト味噌汁の味噌、キュウリにつけてもいい?」


「……いいんじゃないですか? あ、マヨネーズも混ぜましょう」


 そんなふうに昼飯を用意してるうちに葵もやって来て、三人で昼ごはんを食べる。マヨ味噌つけたキュウリがめちゃくちゃうまい。トマトも切って塩を振っただけなのに、驚くほど甘い。


「おいしいです」


「うまいなあ」


「もう一個、食べてもいい?」


 食べ終えて片付けていると、葵がカバンから何かを取り出した。


「はい、お土産。鈴美ちゃんのアレンジ見てきたから」


 差し出されたのは、押し花が挟まったしおりだった。


「へえ、よくできてる」


「ほんとに? かわいい?」


「うん。上手だと思う。もらっていいの?」


「いいよ!」


 理人がそっと俺の隣に寄って来たので、腰をかがめる。理人がひそひそと口を寄せる。


「菅野さん、藤乃さんに褒めてもらうんだって、鈴美さんとすっごい喧嘩しながら作ってたんです」


「……協力とか相談じゃなくて、喧嘩ってところが葵らしいな」


 思わず吹き出すと、葵が理人に食ってかかる。


「ちょっと、理人! そういうこと言わないでよ!」


「ありがとう、葵」


 手を伸ばして葵の頭をくしゃくしゃ撫でると、一瞬おとなしくなるけど、すぐにまた怒りだした。


「藤乃くんは理人に甘い!」


「バレたか」


「もー!」


「僕もお土産買ってきました」


 理人がカバンから取り出したのは、鈴美の個展の目録だった。展示されていたアレンジの写真が、フルカラーで載っている。


「藤乃さんの部屋に、こういう写真集たくさんあるじゃないですか。だから、見るかなって思って」


「ありがとう。見るよ」


 ぱらっとめくると、ページにはたくさんの花の写真が並んでいた。鈴美の作るアレンジは、どれも大きくて、豪華で、勢いがある。写真を見るだけで、飛び出してきそうな激しさを感じる。


「これ、僕好きです。ぱあって華やかで……遠くに連れて行ってくれそうで」


「私はこっちかな。なんか”これか”らって感じがする」


 実際に見た感想を、理人と葵はわあわあと楽しげに話してくれる。二人にチケットを渡したのは正解だったみたいだ。

 二人と一緒に行けば、俺も思うところなく楽しめただろうか。

 ……きっと、無理だったし、二人もここまで楽しめなかっただろうから、行かなくて良かった。そう思っておく。


「そういや動物園は行ったの?」


「連れて行かれました」


「ゾウガメかっこよかったよ。あと、ハイエナかわいかった!」


 ひとしきり盛り上がったあと、二人はいそいそと宿題を取り出した。


「夜から塾があるので、それまで宿題してます」


「私も、夏休みの宿題の予定立てる。藤乃くん、帰省するの?」


「お盆の前後二週間は帰るよ。めちゃくちゃ忙しくなるから」


「行ってもいい?」


「ダメ。お前の相手してる暇ないから」


 葵はふてくされた顔をしつつも、カバンから『夏休みのしおり』と書かれた冊子を取り出してきた。


「じゃあ、藤乃くんに頼りたい宿題は、夏休み前半に終わらせないと……」


「先に、俺に何やらせるつもりなのか教えといてくれ」


「理人は帰省するの?」


「受験があるので、しません」


「よかった。理人が隣にいると、男子に話しかけられずに済むから。女子からはちょっとやっかまれるけど」


「……わからなくは、ないです」


 理人は、少し複雑そうな顔をして頷いた。俺は黙って、シラバスをめくる。夏休みを終えて、前期の試験が終わったら、後期の授業を選ばなくてはいけない。

 しばらくしてから顔を上げると、理人も葵も静かに宿題をしている。理人の手元の紙には『応用』と書かれているけど、理人はまったく悩まずに空欄を埋めていた。最初は分からないって半泣きだったのに、すっかりしっかりしちゃって、かわいげがない。

 葵のほうも、さらさらと予定を立てている。予定表には、俺の帰省期間にバツ印がつけられていた。



 ふと外を見ると、ヒマワリが揺れていた。何本も連なって、太陽の方に頭を傾けている。蝉がうるさく鳴いていて、鉛筆のこすれる音と重なる。

 晩ごはんは何にしようか。というか、こいつら何時までいるんだろう。部屋に視線を戻したら、二人がこっちを見ていた。


「お前ら晩飯どうすんの?」


「藤乃くん、何がいい?」


「冷蔵庫に冷やし中華の袋入ってました」


「さっきの野菜が残ってたし、それでいい?」


「好きにしてくれ」


 俺よりずっとしっかりしたガキどもの声を聞きながら、シラバスをめくる。後期の授業はどうしようか。

 手元の麦茶は、コップの外にたっぷりと汗をかいている。でも、まだまだ冷たいままで、一気に飲み干して、お代わりを取りに立つ。

 また二人が顔を上げるから、それぞれのコップに麦茶を注いだ。

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