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ショートストーリ創作工房 11~15

作者: クリエーター・たつちゃん

5編のショートストーリーズ。盗難された息子の自転車を父親が盗難して帰ってきた。ある日、突然ドアノブに掛けられて紙袋。お見合いの相手は昨夜の娼婦だった。騙したつもりが騙された。とばっちりを食う。

目次

11.勘弁してください

12.黄色い紙袋

13.お見合い

14.豪華な巣

15.交番まで


11.勘弁してください

「ちゃんとカギは掛けたの?」

「いつもの所に停めてチェーンキーも掛けたよ。でも、夕方にはなくなってたんだ」

「まだ、買って10日ほどしか使ってないのにね。これからは駅まで歩くようにすれば」

「嫌だよ。20分もあるんだぜ」

「盗難届けは出したの?」

「出したけど、自転車はほとんど戻ってこないって、言われちゃったよ。あーあ、お父さん、怒るだろうなあ」

「お父さん、今夜は飲み会があるそうだから、きっと午前様よ。あなたはもう寝たら」


「あーぁ、ゲポッ。飲みました。飲まされました、っと。ゲポッ。すでにタクシーはいない。誰かが迎えに来るわけじゃなし。♪歩こう、歩こう、私は元気……♪」

 陽気に揺れながら歩く歩道の前方が邪魔物でふさがれている。

「おっとー。こんな所に、んっ? 自転車かぁ。危ないねえ。足を引っ掛けるじゃないかぁ。どれ、除けてやる。よっこら、しょっと。んっ? タイヤ、動くねぇ」

 そのままサドルに尻を下ろします。

 ふらふらしながら自宅まで乗って帰り、車庫の中にスタンドを立てて停めた。

「あーぁ。水を一杯くれ! 明日は起こすなよ」と言って布団にもぐり込みます。


 翌朝、息子がママチャリを使おうと車庫の扉を開けます。

「ええっ? 何でーぇ?」

 慌てて家へ飛び込み、母親に話します。

「自転車が車庫に戻っているよ!」

「何、寝ぼけているの。昨日、盗難届けを出したんじゃないの?」

「でも、車庫にあるもん。どうなってんだぁ。こりゃあ、何か起こるぞ。富士山の噴火か、いよいよUFOの来襲か」

「しっかりしてよ。乗って帰ってきたことを忘れてたんじゃないの? もう~、若いくせに。すぐに交番へ自転車は見つかりましたって連絡しなさい」

「でも、どこで見つけたかって訊かれるよ。まさか、自転車が独りで自宅の車庫に戻ってきましたとは答えられないし」


 高鼾(たかいびき)をかいて寝ていた父親は家の中が騒がしくなって眼を覚まします。

 「自転車、自転車」という声に、はたと記憶が甦りました。

「確か、昨夜、自転車に乗って帰ってきたよな」と、その瞬間、「いけねえ。歩道に転がっていたものだ」不安な気持ちに襲われます。

「おーい! 自転車がどうかしたか?」

「あら、起きてたんですか。今朝は起こすなって、言ってましたけど」

「おぉ、いいんだ。自転車が何んだって?」

「あぁ、お父さん、おはよう。あのね、昨日さあ、駅前の駐輪場で自転車を盗まれたのさ。それで交番に盗難届けを出したんだけど、いま、車庫に入ったら、戻っているんだよ。犯人は僕の自転車だと知っていて盗んで、夜中に返しに来たのかな」

 父は、これを聞いて気が動転します。

「そぅ、そうかぁ。実はなあ。昨夜、午前様でタクシーもなくて、駅から歩いたんだ。すると両側が林になっている歩道の辺りに、カギの掛かっていない自転車が転がっていて、ついそれに乗って帰ってきちゃったんだけどな」と言い終わると、父親はバツが悪そうに頭を掻いた。

「えーぇ。それが僕の自転車だったてわけ」

「いや、誰のものかは知らん」

「それ僕のだよ」

「盗難された息子の自転車にお父さんが乗って帰ってきたというわけ?」

 母親は不思議そうな声を出した。

「盗難届けを出したのなら、見つかりましたって連絡してこい。いつまでも捜索対象にされたままになるぞ」

 自分のことはさておいて、父親は息子を促した。

「お父さん、交番へ一緒に行って説明してくれる?」

「そうだな。第一発見者は俺でその場所を知っているわけだからな。俺は功労者だ。はっはっはっ」

 思わず、母親は口を挟みます。

「でも、どう説明するの? 発見場所は説明できても、お父さん酔っ払っていてその自転車が息子のものかどうかは知らなかったのでしょ」

「うーん、そーかあ、そうだよな」

 父親は思案げな顔で腕組みをした。

「それじゃあ、盗難して乗って帰ってきたことになるわよ。お父さん、犯罪者よ」

「あぁ、分かるよ。そういう解釈も成り立つよな。俺、交番へは行きたくない。お前、駐輪場で停めた場所を間違えていましたって言って、謝ればいいじゃないか」

「そんな、嘘をつくのは嫌だよ。幼児(ちっちゃい)ころから、嘘つきは泥棒のはじまりだから、嘘はつくなって……」

「嘘も方便って言うだろがぁ」

 父親が申し訳なさそうな顔をしてなだめます。

 すると母親が諭します。

「お父さん、ちゃんと説明すれば、きっとお巡りさんも分かってくれるわよ」

 数秒、間をとってから父親は返した。

「だと、いいけどなぁ? じゃあ行くよ。しょうがない」


「なるほど。それじゃあ、盗難された息子さんの自転車とも知らずお父さんがそれを盗難して自宅まで乗って帰ったということになりますね」

 若い巡査は父子の顔を交互に見ながら言った。

「はい。そういう解釈もできます。酔っ払っていて、つい出来心で、申し訳ないです」

 父親はちょこんと頭を下げた。

「たまたま息子さんの盗難された自転車だったからよかったものの別のものであれば明らかに犯罪ですからね。今後、こんなことは二度としないでくださいよ。いや、待てよ。この件も盗んだことには変わりないわけだから犯罪は犯罪だよな。うーん、この所見欄にはどう書くかな? こりゃ難問だ」

 巡査はしばらく両手で頭を抱えてから答えを出した。

「盗難にしましょう」

 その瞬間、父親は首を垂れた。(了)



12.黄色い紙袋 

 男が朝、出張先からマンションへ帰ってくると、黄色い紙袋がドアノブに引っ掛けられていた。中身を確認すると、ドリップコーヒーの箱詰めが入っていた。誰がくれたのかな? 何かメッセージはないか、と探すが、何もない。送り状も貼ってない。と左隣のドアが半開きになり、手に遊具を持って甲高い声を発しながら幼い女の子が出てきた。すぐに「さあ、こうえんであそぼうねぇ」と猫なで声のご主人が出てきた。

 ご主人は男に気づき声をかけた。

「こんにちは! 今日はぽかぽかですね」

 ドアがバタンと閉まり、女の子は、「いこう! いこう! こうえん」とお父さんを急かせます。

 が、ご主人は紙袋を手に怪訝な顔をしている男に、「どうかしましたか?」と訊いてきた。

「はい、それがですね、しばらく留守にしていて今帰ってきたのですが、ドアノブにこの袋が掛かってましてね誰が持って来たのか、分からないのですよ」

「中身は何ですか?」

「ドリップコーヒーです」

「何か、メモとか入ってないのですか?」

「それがなにもないのですよ。送り状もないし」

「でも、普通、メモくらい入れますよね」

「そうですよね。普通はねぇ」


 待ちきれない女の子はお父さんをさらに急かせます。

「パパ、パパ、いこう、はやく! ブランコのりたい!」両足をバタつかせます。

「もうちょっと待ってね。すぐ終るからね」

「金曜日、会社から直接、出張先へ向ったので、その後に置いて行ったのだろうと思うのですがね」

「今日は日曜日だから、昨日の夜、え~っと確か私は七時前に帰宅しましたが、そのときには掛かってなかったですよ。お友達や会社の方じゃないですか。じゃあ、また」

 ご主人はスキップする女の子の手を引いて「さあ、おまたせ、いこうね」とエレベータホールへと向った。


 男は袋をドアの外の床に置いて、部屋へ入り、心あたりのある友人たちに電話をしたが、誰も袋のことは知らない、という返事ばかりであった。

「俺は、コーヒーは飲まないしなぁ。上か下の階の部屋へ持って行くのを間違えたのだろう。しばらく置いておくか」


 翌朝、男は袋をドアノブに掛けてから出かけた。会社では同僚たちにも袋のことを訊ねた。でも、「知らない」「お前、コーヒー飲まないよな?」「コーヒー好きのいい女が一緒に飲んで欲しくて、こっそり持って行ったんじゃないの?」と冷やかす者もいた。

 その日は定刻に退社した。マンションのエレベータを降りて、右に曲がると8つ並んだ部屋のドアが左斜めに見える。この位置からもドアノブに掛かったままの袋が視界に入る。

「あぁ、まだある。気づいてないのかなぁ。どうするかなぁ」

 男は袋を床に下ろし、部屋へ入り、惣菜とチューハイで夕食を済ませた。腹が膨れ眠気をもよおすと、袋のことをすっかり忘れてしまった。翌朝、ドアを開けると、袋は昨夜と同じ場所にあり、微動だにしていなかった。袋をドアノブに掛けて駅へと足早に歩いた。電車の中では袋の処理について考えた。

「いつまでも置いておけないよなぁ。管理人に処理してもらうか。自分で上と下の住人に問い合わせてみるか。でも面識のない他人に袋を差し出して、説明するのもおっくうだよなぁ。変なヤツって、逆に疑われちゃうかもなぁ」


 その日も、帰宅すると袋はぶら下がったままだった。男は飽きもせず、毎朝夕、床とドアノブとの間で袋の上げ下げを繰り返していた。


 が、いつしか男にとって、この袋はやっかい物ではなくなった。エレベータを降りて、この袋が視界に入るとなぜかしら安堵を感じるようになっていた。それは自分の帰宅を待っている新妻の顔が玄関先にあるのと似ている感情であった。出勤時と帰宅時には袋を顔の高さまで持ち上げ「行ってきます。ただいま」と囁くこともあった。


 今日も、いつものようにエレベータを降り、ドアへ目をやった。そのとき男は「うぅっ」と咽喉を鳴らし、叫んだ。

「ない! ない! うそだろ!」

 小走りにドアへ近づき、男はうろたえて上下左右を見回した。

「ない。俺の袋がない。誰が盗んだんだ。いや待てよ。今朝、出るときに内側へしまったのかもしれない。きっとそうだ」

 男は震える手でカギ穴にキーを入れ、ドアを押し開けた。

「ない。ない。どうしたんだ。どこへ行ったんだよぉ」

 男は両手で頭を抱え、その場にへたり込んだ。夕食も咽喉を通らず、男は寝付かれないまま夜が明けた。袋が戻っていることを期待して、ドアをそ~っと開けてみたがなかった。


 会社の始業時刻直前に、男は同僚へ電話をかけた。

「一身上の都合で1時間ほど遅刻する、と課長に伝えてくれ」

 その日、帰宅すると隣人のご主人とドアの前で鉢合わせになった。ご主人はニコニコと声をかけてきた。

「ようやく袋がなくなったようですね。よかったですね。本来の受取人の所へ届いたのですか?」

 がしかし、男は眉間に皺を寄せ、すごみのある声で言い返した。

「今朝、警察へ盗難捜索願を出しました。もう安心です」(了)



13.お見合い

「よぉ、益男(ますお)! 明日、見合いをするんだって?」

「あぁ。現場総監督から声をかけられてさ」

「どういう女性なの?」

「監督がよく行く店の看板娘だそうで、何度も話をして気心は知れているそうなんだ」

「そうかぁ。監督のご推薦じゃあ断れないわな。いよいよ独身生活も終わりか?」

「決めたわけじゃない。まだ顔も見てないし」

「どうだ、独身最後の夜になるかもしれないし、いつもの店で楽しまないか?」

「おいおい、見合いの前日だぜ、そりゃあないだろ」

「でも、結婚することになれば当分、いや一生通えなくなるかもしれないぜ。それに奥さんにスペシャルをお願いすることもできないかもしれないし。あはっはっはっ」

「う~ん。それもそうだな。最後ということで、行くとするか」

「そうと決まれば、早いとこコンクリートを流し込んでしまおう。道具と資材は倉庫へ運んでくれ」

 終業時刻を少し過ぎてから益男と同僚はいつもの店へと急行した。2人はお気に入りの女性(おんなのこ)を指名し、ウキウキした気分でそれぞれの個室へと消えた。益男は独身最後の夜になるかもしないと思い時間を延長し、楽しんでやろうと意気込んでいた。


 数回の戦闘が終止符を打った後、余韻を楽しむように寝物語が始まる。この種の店へ通う男たちにありがちなことであるが、益男も訊かれるままに自分の氏素性を話していた。もちろん、真実を話すほど間抜けではない。

「お仕事のことをお訊きしてもいいかしら」

「あぁ、いいとも。私は祖父の時代から続く資産家の家に生まれ、一流の国立大学を卒業し、一部上場会社に就職し、28歳で課長をしている。こう見えても毎日、ストレスとの闘いでね」

「じゃあチップもはずんでいただけるのかしら? ふっふっふっ」

「もちろんさ。もう君には逢えないかもしれないしね」

「そんなことおっしゃらないで、また来てご指名してください。他の女性(おんなのこ)たちも待ってますよ」

「これからはそうもいかないんだよ。会社を興したくて、そのために婚期を延ばして、自己資金を貯えているさいちゅうでね」

「そうですか。課長さんならデスクワークをしてらっしゃるんでしょ。ずいぶんと日焼けしてますね」

「あぁ、日焼けね、いつも訊かれるよ。顔や首、腕だけが真っ黒だろ。これは学生時代にテニスの選手として活躍した名残だよ」

 もちろん、この業界にはこれを信じるような初心(うぶ)な女性もいない。どの客も似たようなホラを吹くことを承知している。それでも男というものは女性の気を引き、サービスの質を上げてもらう魂胆からウソ八百を並べたてるのである。


 翌日の正午前、益男は約束したホテルのロビーで現場総監督と待ち合わせた。監督の顔は黒墨を塗ったように黒光りし、まるで太陽の恵みをすべて吸い込んだ年季の入った顔に見えた。

 益男は監督に誘導されるまま、2階のレストランへと向かった。顔の筋肉を緩めっぱなしの監督は「清楚で上品な娘さんだから粗相のないよう、しっかりやれよ」と、益男の肩をパッシパッシとたたいた。その後、なぜかニヤッと口元を緩めた。

 レストランに入ると監督は「あの女性だ」と窓際のテーブルを指差した。そこには和服の女性がいた。女性はしきりにスマホを操作していた。うつむいているためその表情を窺い知ることはできないが、日本髪と和服のよく似合う小柄な女性だった。それはまさに益男好みの女性でありグ~ンと期待度の針は大きく揺れた。ドッキンドッキンと鳴る心臓の鼓動を抑えつつ、ゆっくりとテーブルへ近づいた。


 これ以降のことはどうしても話すことができない。どうか想像していただきたい。その席にいたのが誰あろう昨夜の女性だったのだ。それが分かるとすぐに益男の脳裏には女性の艶かしい肢体、獣のような奇声、恍惚感に充ち足りた表情、交わしたおしゃべりの数々が浮かんだ。益男は顔と背中の毛穴という毛穴から脂汗が噴き出てきた。底なしのクレバスへ突き落とされそうな寒気すら感じた。

 スマホの操作を終えると、女性は近づいてくる益男のほうへ目をあげた。はじめ女性は益男だと気がつかぬらしかったが、やがて両の(まなこ)を満開にし、半開きの唇の間からは白い歯をのぞかせ、手はわなわなと震えはじめた。おもむろに立ちあがるとどんよりした目で益男をじっと見つめた。どういうわけか益男も突っ立ったまま、相手を見つめた。

「こちらが私の会社で働いている××益男さんだよ」

 満面に笑みを浮かべ、黄ばんだ歯を見せて監督が口火を切った。

 女性は静かに腰をおろして、テーブルの一点を凝視したままコップの水を小刻みに飲んだ。その額には冷や汗らしきものが浮かんでいた。

 監督に促され、席につき「あぁ、どうも」と首を下げたが、それまで凍りついていた益男は突然、耳たぶのあたりからびっくりするほど熱くなり、その熱は顔じゅうに広がっていった。(こいつはとんでもないことになるぞ!)この後に起こるであろう修羅場を想像した。(了)



14.豪華な巣

 夕闇が迫る頃、刑務所から3人の囚人が脱獄した。ひどい悪臭を放ちガラクタが山と積まれているゴミ屋敷の庭に身を隠した。さっそく囚人たちは囚人服から平服に着替えようと、手当たりしだい、ゴミをひっかきまわした。ゴミの山が崩れ、その中から使い古したバックが転がり出てきた。表面のトイ何たらという印字も消えかかっていた。

 囚人番号83番はそのバッグに尻を下ろし、着替えを済ませた。が、どうも尻心地が悪い。バッグを股に挟み錆び付いたジッパーをこじ開けてみた。そこには何と新聞紙に包まれた札束が入っていた。札束は6000万円を越える金額であった。

 驚きと嬉しさの同居した顔付きで囚人たちは興奮した感情を抑えつつヒソヒソ声で話を始めた。山分けして1人2000万円を優に超える金だ。囚人たちは眼の覚めたまま三人三様の夢をみた。

 年長の囚人番号12番は、この金で海外へ逃亡しよう。ほとぼりが冷めるまで静かな生活をしよう、と目尻を下げている。囚人番号55番は、整形手術をして完璧な別人になろう、と札束を目の先へやってニンマリと笑っている。一番年下の囚人番号83番は、獄中にいたとき、励ましの手紙や差し入れをしてくれた元恋人に匿名の送金をしてやろう。そしていつの日か再び寝食を共にできますように、と祈るように顔の前で両手を合わせていた。

 夕闇がさらに濃くなったころ、囚人番号12番が切り出した。

「なあ、皆さん。まずはこの金の一部を使って祝杯をあげようじゃないか。天から降ってきたまたとない幸運だから。塀から出たとたんに俺たちにも運が回ってきたってことだ」

 囚人番号12番は囚人番号55番に目配せをしてから、囚人番号83番に声をかけた。

「83番さんよ、コンビニへ行って酒と何か食い物を買ってきてくれないか? お前さんは一番若いので、サツに追われても逃げおおせるだろ」

「まさか、あんたらその隙に札束を持ってトンズラするんじゃないだろうな。この金は俺の尻の下から出てきたんだぜ。それを忘れてもらっては困る。へっへっへっ」

「そんなことはしない。助け合って命がけでやっと娑婆へ出たんじゃないか。お前さんを裏切ることなんてしない。この金を山分けするまでは一身胴体だ。そんなことよりもサツへ垂れ込んだりしないでくれよ」そう言うと囚人番号12番は83番を睨みつけた。

「当たり前よ。この札束を目の前にして、誰が垂れ込むものか」

「じゃあ、早く行ってくれ。これを一枚、持って行きな」と囚人番号55番は札束から使い古したクシャクシャの札を抜き取り、目元に寄せ1万円という印字を確認してから、手渡した。

 囚人番号83番は、札をポケットに仕舞い込みしぶしぶコンビニへと向った。万引きの常習犯である83番には、現金など必要なかった。道中、頭からは札束と元恋人の顔が離れなかった。(ヤツ等がいなくなれば、金はすべて自分のものだ。自分にはまだ未来がある。ヤツ等に金をやったところで飲み打つ買うに消えてしまうだろう。金は自分がいただくべきだ。これまでの惨めな人生ともお別れできる。よ~し、毒を盛ってやろう。目的は手段を正当化する、と言うくらいだから)

 一方、残った囚人番号12番と55番は、この幸運を逃がす手はないと悪事を画策しはじめた。こんな話は簡単にまとまるものだ。

「83番さえいなければ、分け前は3000万円を越える。金をくれてやってもどうせ碌なことには使わないだろう。ギャンブルで消えてしまうのがおちだろうよ。バラしてしまおうじゃないか。なあ、55番さんよ」

「ああ、そうとも12番さんよ。俺もそれを考えていたところだ」


 83番は途中、寄り道をしたが、約束どおり両手にコンビニ袋を下げて帰ってきた。そして笑顔をつくり、

「さあ、酒と食い物がそろった。一杯やりましょうや」

 と、言って酒瓶の栓を開けた。

 その直後、すっと立ち上がった囚人番号12番と55番は手にした角棒で83番を滅多打ちにし、バラしてしまった。

 コンビニ袋の底には頼みもしない薬品名のレシートが入っていた。それに気づくこともなく、囚人番号12番と55番は大金をわしづかみにし、酒瓶を持って喇叭(らっぱ)()みを繰り返し、歓喜の声を抑えつつ祝杯をあげた。飲めば飲むほど83番の仕込んだ毒は効果を発揮し、12番と55番は苦しみでそこらじゅうをのたうち回った末についに息が切れた。


 翌朝、いつもよりも多くのカラスが雑音を発しながら、ゴミ屋敷をうろついていた。その中の数羽はゴミの山から何かを(くわ)え、ホップしたかと思うと、空へ舞い上がった。カラスは近くにある公園の大木とゴミ屋敷とを何度も何度も往復した。


 2日後、造園業者が枝落としの作業にやってきた。

「なんとまあ豪華な巣だこと。金を生むカラスがいるんだなあ。こりゃたまげた」

 驚きと小躍りしたい嬉しい小声を洩らし、作業員は玩具メーカーの登録商標が小さく印字してある糞の付いたお札を一枚一枚丁寧に木切れの間から抜き取り、上着の胸ポケットへ仕舞い込んだ。もちろん枚数を数えながら。巣の近くでは作業員を威嚇するカラスのけたたましい啼き声が響いていた。(了)



15.交番まで

 今朝の天気予報によると、17時から20時までの降水確率は40%であった。男は、長年の勘で確率が60%以下であれば、降らないと決めつけ、自転車で最寄りの駅へと向った。

 夕方、帰宅途中の電車の窓から空をみると今にも降ってきそうな雲行きになってきた。降車駅の3つ手前の駅から雨粒が窓に付くようになり、駅に着いたときには本降りのカウントダウンが始まりそうな湿っぽい空気が充満していた。

 改札口を出て薄い通勤バッグを頭に乗せて駐輪場へと足早に歩いた。今なら、ずぶ濡れにならずに帰宅できる。がしかし、今朝停めたはずの自転車が見当たらない。確かにカギは掛けた。事実、男の右手には開錠するためのキーが握られていた。

「ここに停めておいたのだが? クソー、盗まれたかな? 雨も降ってきたのに」

 盗まれた自転車はスーパーの特設会場で売られているごくありふれた安物であった。ハンドルも少しゆがみ、塗装も剥げている。一目見れば自分のものと見分けはつく。あきらめて男は歩くことにし、駅に隣接するコンビニでビニール傘を買って帰宅した。

 翌日の土曜日、男は図書館へ出かけようと家を出た。盗まれた自転車のことが頭をよぎった。

「もしかしたら、返してくれているかもしれない。駐輪場を覗いてから行こう」

 駅前に通じる歩道へ来ると、前方からフラフラと自転車が近づいてきた。男の横を通り過ぎてから、ふと盗まれた自分の自転車に似ている、と思い、すぐに振り返り、声をかけた。

「あの~、すみません。ちょっと待ってください!」

 自転車に乗った中年男は一瞬、ペダルをこぐ足の動きを止めた。

 男は、再び、声をかけた。

「ちょ、ちょっと待ってください! その自転車は……」

 としゃべり終わらないうちに、中年男は勢いよくペダルをこぎだした。男は、その背中に「俺の自転車だ! 返せ! この泥棒!」と罵声をあびせ、追いかけた。

 自転車は2つ目の交差点を左に曲がったところで消えてしまった。男は息をゼエゼエと吐きながら、その交差点に来てキョロキョロと周辺を見回した。すると更地の生い茂る雑草の中に自転車が無造作に横たわっているのを見つけた。きっとさっきの中年男が捨てて逃げたのだろう。

 男は「ふーぅ」と一息ついてから、自転車を起こした。施錠はされていなかった。それは自分のものと同型ではあるが、明らかに女性用であった。カゴの外側には女性が好きそうな小さな縫いぐるみのストラップが何かの目印であるかのように取り付けられていた。

 このまま放置しておくわけにもいかず、男は親切心から交番へ届けることにした。交番の手前にある交差点で点滅をはじめた信号待ちをしていると、道路の反対側から横断歩道をこちらへ駆け足で近づいてくる婦人が目にはいった。男は婦人の目と視線が合うのを感じたが、信号が青に変わったので勢いよくペダルをこいだ。男の右側から横断歩道を渡ってきた婦人とぶつかりそうになった。

 婦人はいきなり、「ちょっと、あなた待ちなさいよ。それ、あなたの自転車じゃないでしょ。私の自転車よ。あなた、駅前の駐輪場で3日前に盗んだでしょ。返しなさい」と睨みつけてきた。

 男は、びっくりした。しかし、落ち着いて、「違います。これは乗り捨ててあったもので、そこの交番へ届けるのですよ」と答えた。

「じゃあ、なぜ逃げようとしたのよ。盗んでいて、よくもそんなことが言えるわね。返しなさい。私の自転車よ。ここで返してくれれば、警察へは連絡しないから」

 ところが心の平衡を失ってしまっていた男は、「あなたの自転車だという証拠があるのですか」という余計な一言を口にしてしまった。

 その瞬間、婦人の掌が男の右頬にとんできた。

「バシッ!」

「何をするのですか。なぐることはないでしょ」

「あなたが私の自転車を盗んで、返してくれないからよ。文句あるの。早く自転車から降りなさいよ」

「だから~、これは盗んだんじゃなくて、向こうの更地に捨ててあたったので、そこの交番へ届けるのですよ。こんなボロ自転車、盗むわけないよ」怒気を込めて言ってしまった。

「よくもまあ、この~、盗人(ぬすっと)(たけだけ)しいとはこのことだわ」と、言うやいなや婦人は男の頭にパンチをくらわした。

 この珍事を誰か通行人が交番へ知らせたのだろう。若い巡査がゆっくりと近づいてきた。そのとき男はまだサドルに尻を下ろしたままであった。婦人は茹であげられたタコよりも赤い顔をして何やらわめきちらしていた。

 ゆっくり平然と歩いてきた巡査は30メートルほど手前でピーピーピーと警告の笛を鳴らした。振り返った婦人は巡査の姿が目に入るやいなや、目尻にぎゅっと皺を寄せ、ただじゃすまないという表情で慌てて駆け出した。巡査は呼び止めることもせず、その背中へ「あぁ、また、あのおばさん?」と呟いてから男の顔をまじまじと見つめ、面倒臭そうに訊いてきた。

「どうされましたか? 何をもめていたのですか? ちょっと交番でお話を伺いましょう。ご足労願います」(了)




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