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ゆらゆら

作者: 雉白書屋

 夜。とある居酒屋に集まった四人。

 席に着く前に彼らは軽く抱擁し合った。店内の何人かが向けた目を細める。微笑ましいと思ったのだ。その口ぶりから久々の再会ということが窺える。

 椅子を引き、席に着こうとした四人のうち三人の関節がポキっと鳴り、また、椅子に腰を下ろしたあと二人がふっーと息を吐き、全員顔を見合わせて笑った。


「久しぶりだなぁ友よ」

「だな」

「ああ」

「まったくだ」


 注文をし、そう待たずして運ばれてきたビールで乾杯。今度は四人ともが、ぷはっーと息を吐いた。で、笑った。


「会おう会おうと思ってはいたが、なかなか会わないもんだなぁ」

「だなぁ、なんやかんや忙しかった」

「そうだなぁ……」

「正直、おれは顔を合わせたくなかったねぇ」


 何言うんだコイツ、と他三人が笑って肩を小突き、また全員が笑う。


「あれから三十年か……」

「あれからっていうとあれからだよな?」

「あの事故から、か」

「生還者たちに乾杯!」


 お調子者め、と全員が笑い、「乾杯」ビールジョッキを掲げた。


「みんな、あの頃はヒーロー扱いで忙しくしてたんだろう?」

「そういうお前が一番忙しく、そして儲けていたくせに」

「昔から喋りが上手かったもんなぁ」

「本も書いたとか。いや、あれはインタビューをまとめたやつか? なんにせよ、今夜はお前持ちだな」


 三人が「賛成」と口を揃えて言い、ビールジョッキを、一人の前へ。その彼もしぶしぶジョッキを掲げ、全員がまた笑う。


「しかし、よく生きて帰って来れたものだなぁ」

「あのクルーザーからな」

「それを言うなら非常用のゴムボートからだろう」

「漂ったなー! おれら!」


 なんだそれ、と笑い合う。注文した料理がテーブルに並び、目を輝かせる四人。追加でまたビールを注文する。


「でも確かに漂ったなぁ、おれら」

「何日間だっけ?」

「さあね。思い出したくもないし、実際誰も正確に覚えていないだろう」

「いやぁ、日が沈んだ回数を数えるだけだろう? 簡単な話だ。……えっと、ああ、忘れたな。腹が減って意識が朦朧としていたからな」


 四人の腹がぐぅーと鳴った。笑い、箸を持ち、各々のペースで食べ進める。

 

「うまいうまい。ああ、食料とかなかったもんな」

「あっという間の転覆で持ち出す暇がなかった。あの大嵐めぇ」

「だね。身一つ。あとは細々したものくらいで」

「そうそっ。飲み水は雨で、ああ、潜って魚捕ろうとしたよなぁ」


 ゴムボートに乗っている感覚が蘇ったのか、無意識にゆらゆらと四人の身体が次第に揺れ出す。


「おれがマグロを捕まえて、で、みんなうめぇうめぇって」

「お前、まさかそれ自伝に書いたりしてないよな?」

「ははは、さすがに読者も冗談だとわかるでしょう。マグロなんて見なかったし」

「サメは居たよなぁ。あの背ビレが。この席がゴムボートだとして、こう、床のその辺りをさ」


 一人が指さした方を見つめる三人。ぼんやりと、そしてやがてハッキリと背ビレが見え始めた。


「そうだ、あんな感じだ」

「あー、おれらの周りをぐるりとな」

「うんうん。おれたちをつけ狙って、続々と集まってなぁ」

「そしてうち一匹が体当たりを、あ!」


 一人がそう声を上げ、椅子の上、そしてテーブルまで飛び上がった。床から現れたサメが椅子に体当たりしたのだ。

 おおおっ、と声を上げた他の三人も慌てて椅子からテーブルの上へ乗った。

 店内、グレーの床を悠々と泳ぎまわるサメたちは四人が乗るテーブルを囲み、囲み。それを見た他の客たちが笑い、笑い。


「床は海だ! サメがいるぞぉ!」


 一人がそう警告したが、酔っ払いの戯言。聞き流すのは当然のことだった。

 だが床の中、グレーの海から跳ね上がったサメが、四人にスマートフォンを向けていた客のひとりの顔に食らいつくと店内にいた全員が悲鳴を上げた。

 慌てて席から立ち上がったカップルが床の中にドボンと沈み、バシャバシャと藻掻くが、あっけなくサメに食われ、会社員の集まりらしき連中も転び、海の中へ。何人かは四人を見倣い、テーブルの上に乗ったが飛び上がったサメがテーブルの上でバタつき、尾に叩かれ、噛みつかれ仰け反り海の中へ。


「どどどど、どうする!?」

「お、おい! このテーブルだんだん沈んできているぞ!」

「い、椅子だ! 椅子をオールに見立てて外に向かって漕ぐんだ!」

「そうと決まれば、そら早く!」


 四人は椅子を掴み、振り上げ、出口に向かって漕ぎ始めた。

 阿鼻叫喚を賑やかだなぁと勘違いしたのか、店に入ろうとした小太りの客を突き飛ばし、四人を乗せたテーブルは外に出た。


「サメだ! 外にもサメがいるぞ!」

「ああ、本当だ! うわ! みんな食われてる! ははははは!」

「こんなこと、ありえ、なぁ、ひょっとしておれら、まだ……」

「……言うなそれは」


 悲鳴と血飛沫が飛び交う中、四人はどこへとも言わずにただ船を漕ぎ続けた。

 夜空は都会のそれと思えないほど輝く星で埋め尽くされていた。

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