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隣人さんは変である

 僕の隣の部屋にはちょっと不思議な女性が住んでいる。

 別に顔が変なわけではない。常識から外れたことをするわけではないし、意識しなければわからない程度のものだと思う。

 ただどこか……僕を見ると一瞬体が跳ねているのだ。

 朝ごみを捨てるとき、出勤するとき、あるいは買い物に行くとき。同じアパートに住んでいるのだから、遭遇することは多い。

 そういう時はいつも朗らかに挨拶を交わして、一緒の場所に向かうのだから並んで目的地まで行ったりする。会話は普通だし、特段おかしなところはない。しかし、なぜだか知らないけど体が跳ねているのだ。


 *****


 隣人さんと買い物に行って、家に帰ってくる。今日は隣人さん、ビーフシチューを作るらしい。

 一人暮らしなのに、手の込んだ料理を作るもんだ。僕も見習わなければ。ちなみに僕は冷凍食品だ。ただ、栄養は偏るので野菜スティックも買っておいた。

 電子レンジに冷凍食品を放り込んで、パッケージを見もせずに時間を合わせる。僕ほどの冷凍食品マスターになるとパッケージを見る必要なんてもうない。


 野菜スティックの蓋を開けて、ドレッシングを用意してる間に、チーンと甲高い音がなり、電子レンジを開ける。

 取り出そうとして、しかし底のほうが冷たかったので再びレンジに投入する。どうやら一分ほど時間が足りなかったらしい。


 待ってる間に皿やお箸を用意して、今度こそちゃんと温まった炒飯を皿に広げて、今日の夕食の完成だ。

 いただきますと唱えてご飯に貪りつく。最近の冷凍食品は、安いうえに美味いから馬鹿にできない。唯一難点があるとすれば栄養が偏るくらいだが、それも適宜野菜を用意すればいい話だ。


 一人黙々とご飯を食べていると、お隣さんの部屋がある側の壁から物音が聞こえてくる。どうやらお隣さんが料理を始めたらしい。

 そういえばお隣さん、ケチャップ買ってなかった気がする。前にもケチャップないって言ってたし、調味料を買い忘れがちな人なのかもしれない。


 冷蔵庫を開けて、ケチャップを取り出す。必要な時に使えるように、調味料の類は一通り揃えてあるのだ。

 裸で持っていくのもなんかあれなので、適当な袋に入れて外にでる。そしてお隣さんの家のインターホンを鳴らす。


 すると「はーい!」という声と慌てたような足音が近づいてきて、扉が開く。開いた扉から顔を出したお隣さんは相変わらず美人だ。料理のためかポニーにした長い髪がひらっと流れている。

 ……そして相変わらず、僕を見た瞬間方が跳ねている。やっぱ変な人だ。


「藤宮さん? 一体どうしたんですか?」

「いえ、宮森さん今日ビーフシチューって言ってましたよね? 前にもケチャップがないって言ってましたし、ケチャップ買ってなかったなと思って。これを」


 そういってケチャップが入った袋を差し出す。お隣さんは不思議そうな顔をしながら受け取って中を開いて、それがケチャップだと気づくと驚いたような顔をする。

 視線が僕とケチャップを何度か往復した後、お隣さんは「ありがとうございました」と一言だけ言って、扉を閉めてしまった。結構大きく扉の音が響く。


「何か失礼なことしたかな……?」


 いつもより冷たい反応に少し凹みながら、おとなしく自分の部屋へと戻る。明日も朝は早いんだし、寝る準備を済ませないと。


 翌日の朝、ごみ捨ての時間の時にお隣さんに遭遇した時はお隣さんの態度はいつも通りだった。体が跳ねているのも含めて。

 あと、アパートに戻った時にケチャップは返してもらった。もらってもいいと言ったけど、「大丈夫です」と言って返された。律儀な人だ。


 *****


 私のお隣さんは不思議な人だ。

 越してきたのは去年だっただろうか。確か仕事の転勤と言っていた気がする。

 最初は普通の人だった。というより、好青年で人当たりがよく、とても付き合いやすい人だった。


 おかしいと感じ始めたのは半年前くらいからだ。ごみ捨てや出勤、あるいは買い物に行くときに遭遇する回数が明らかに増えた。

 同じアパートにいるのだから買い物に行く場所は同じだし、ごみ捨ても然りで、出勤も、職場で出勤時間なんてそんなに変わらないからそこまでおかしな話でもない。


 しかし、明らかに彼の出勤時間は変わっている。もともと彼は私より大分遅く出ていたはずだ。なんせ、前は私が家を出る時点で彼は着替えてもなかったのだから。

 それが突然私と同じ時間に家を出るようになったのだから、突然の部署異動があったか、そもそも職場が変わったかである。


 というか、もともと週に二、三回遭遇するのが最近はほぼ毎回だ。どう考えてもおかしい。


 そして、いつからだったか、隣の部屋から聞こえる音が突然鮮明になった。原因はわからない。わからないが、今まで聞こえなかった音が突然聞こえるようになった。

 もちろん、彼がいる側の部屋だ。


 隣の部屋から響く「チーン」という甲高い音を聞きながら、髪を結いあげる。買ったものを冷蔵庫に収めようとして、ケチャップを買い忘れたことに気づく。

 またやってしまった。前から、ケチャップは買うのを忘れてしまうのだ。あまり使わないからだろうか。


 途方に暮れていると、突然インターホンが鳴る。一体誰だろうか。

 「はーい!」と声を上げながら玄関へと向かい……開けた先にいたのはお隣さんだった。

 体が緊張する。少し硬くなった体で口を開いた。


「藤宮さん? 一体どうしたんですか?」

「いえ、宮森さん今日ビーフシチューって言ってましたよね? 前にもケチャップがないって言ってましたし、ケチャップ買ってなかったなと思って。これを」


 そういって袋を渡される。恐る恐る中身を覗き込むと、そこにはケチャップが入っていた。

 体の芯が凍えるようだった。


 どうして彼は私がケチャップを買ってないことを知っているんだろう。いや、百歩譲ってそれはいい。一緒に買い物をしてたら買ってないことを知ってるはずだ。


 それよりも、私はケチャップがないなどと彼に言ったことがない(・・・・・・・・)

 そして、彼は一切の料理ができないはずだ。彼の買い物かごに、冷凍食品と出来合いの野菜スティック以外が入っているのを見たことがない。

 なのにどうして、彼がケチャップを持っている? そもそも前に言っていただろう。ケチャップは苦手だ(・・・・・・・・・)と。


 彼に「ありがとうございました」とだけ言って扉を閉める。もう取り繕うこともできなかった。

 今までは疑念だった。もしかしたらそうかもと思いつつ、だけどあんな好青年がと、確信は持てなかった。


 だけど、これだけ不審な点があったら、もう確定でいいと思う。

 私にはもう、彼が好青年には見えなかった。

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