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9.空の一年後


──あれは、夢だったのか。


「なんか落ちたぞ」

「あ、悪い」


 アスファルトに転がったソレを拾い上げた。


「何だそれ?ガチャとか?」

「まぁ、そんなもん。それより次は東棟だよな?」

「あぁ、遠すぎ。ホント移動が面倒くさいよな」


 入学当日に隣の椅子に座っていた宮野は、今でもウマが合い講義も被ったりして、よく話す。


でも、コレの話は出来ない。


 拾いあげた石造りのスイッチのような物をポケットにねじ込みながらぼんやりとあの日の事を思い出す。



 約一年前、俺は講義が終わった後、空手の道場にいた。その日は、大学からそのまま寄ったのもあり、早く着いたはずだった。


「……何だ?」


 視界が何の前触れもなく歪み、思わず一瞬目を閉じて次に開けた瞬間、檻のなかにいた。


 薄暗く、周りを囲むのは壁というには無理がある、剥き出しの岩だ。


「いたずら書きか?」


 足元をみやれば、びっしりと文字が描かれている。


 暑くもないはずが、背中に汗が一筋流れた。


「ほう、なかなか良さそうじゃないか」


 鉄格子の向こうから、値踏みするような嫌な視線が向けられている。赤い髪に赤い目のやたら体格が良い男は、アニメに出てくるようなデカイ刀を背負っている。


 コイツ、いつからそこにいた?この俺が気配を全く感じなかったとは。


「此処はどこだ?」

「知る必要はねーな」


 会話が成り立たない、残念な奴だった。




✻~✻~✻



「小娘だが、油断するな」


 噂好きが檻の外側で言っていた。その小娘に随分と兵を減らされたと。


「情は要らぬ。殺れ」


どうやら、その異世界人は同郷の人間であり、名は。



「よ、久しぶり」


小日向こひなた (なつ)


 だだっ広いが痩せた平原、見たことのない髪色や瞳を持つ者達、青空には緑の惑星らしきモノがプカプカ浮いている。


 そんな違和感だらけの中、俺の幼馴染みは普通だった。


いや、普通なわけがない。


「な」

「さぁ、始めようか?」


 記憶していたよりずっと小さな体と人形みたいに白い顔の夏は、俺が何の準備も出来ていないのに進めていく。


 そうだ、いつも夏は人より半歩早く前を歩いているような奴だった。


「そうだ、その前に質問いい?空は、今日までに何人の命を消してきた?」

「……え?」


 俺は、その問いに昨夜の言葉を思い出した。


『小娘が突然現れ、周囲にいた強者共を皆殺しにした。信じらんねぇくらい動きが速いらしい』


凪いでいる目ではない。


 あぁ、コイツは、越えてはいけない一線を越えたのか。


 何故、夏がこんな場所に来たのか? いや、俺だってそうじゃないか。


 二人で理由の分からん場所で武器を握り対峙いているのか。


「ナツ、状況」

「そろそろ限界かな」 


ガキンッ


「っと、何をする気だよ?」


 話す間も与えたくないというように、夏の剣は風を切り迷いなく俺をめがけ打ち込んできた。


 生まれて初めて手にした真剣は、命を簡単に奪う武器。


とても重い。


 そんな冷や汗が出ている俺に対して夏は遠慮なく楽しむように撃ち込んでくる。


止めてくれ!


 互いの受けのタイミングが少しでもズレたら。


 お前は、恐怖心がないのか?


「私が刺したら、火を出してくれる?熱くなくて、まるで空の躰が炎で包まれてるように。ようはど派手によ。出来る?」


ガキン


「おい、さすって」


 とんでもない事を聞いた。冗談だろ?


「ごめん、痛いかも」

「グッ」


 聞き返す間もなく、息が一瞬止まった。

「治癒」


 痛みで気が遠くなりかけた瞬間、温かい何かが体中を駆け巡る。


「夏っ」


ちゃんと説明しろよ!

何なんだよ!


「痛いとこ悪いけどコレを握って離さないで。絶対に」


 今度は丸い物を無理やり握らされて。


 カチッンと微かな音が鳴った。


「今、炎出して!」


炎、俺がこの変な場に来てから操れるヤツか?


 あまりの怒気に言われた通りにしてしまうが、いい加減、説明してくれよ!


「何をした?」

「ばれるから大声出すな。ね、気づいてた?私は、空が好きだったよ」

「え?」


 今、こんな状況で何を言ってるんだ?


「幼馴染みで、良き友達であり、喧嘩仲間であり、全部含めて好きだった」

「夏!」


待てよ!


 伸ばした手は、届かなかった。





「空っ」

「あ、彼女サンじゃん。俺、先行くな」

「おい、あいつは気にしないって」

「いーからいーから。場所、取っておくな!」


 宮野が、俺の肩を軽く叩き教室の中へと消えていく。


「選択が違うとはいえ、なかなか会わないね」


 ニコニコと笑う桜は、夏と同じ幼馴染みで、大学で再会し、今は付き合っている。


 俺が、この世界に戻った時、桜は夏の事を忘れていた。それだけじゃない夏の家も空き家になっていた。


 誰も、俺以外に夏を知る人間はいないのだ。


 まるで最初から夏が存在していなかったかのように。


「空?どうしたの?」


──あぁ、俺は知っていたんだ。


 夏が俺を好きだって。なのに気づかない振りをしていた。ダチでそのままの関係が俺にとっては居心地がよかったから。


「空、顔色が悪いよ。本当に大丈夫?」

「平気」


 思わず、桜の伸ばされた手を避けてしまった。



『元気で』



 俺は、夏との最後会話と笑みを死ぬまで忘れられないだろう。


 これは、打算的に生きてきた罰なのだろうか?




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