7.アルフォン王国〜Side〜
「状況は?」
「劣勢になってきましたね」
「いや、グレード、そなたは城に残れと言ったはずだが」
この数日間で勝敗が決まるというのに、戦える者が後方にいる場合ではないのは、分かりきっている。
「愚かな」
辛辣な言葉を吐くわりに、陛下の口調は、どこか柔らかい。
さて、私もそろそろ前に出なければならないかと先を見ると。
──アレは、何だ?
距離があり視界も良好ではない中、敵陣に乱れが出ているようだ。
「子供が風を操っている。それにあの様な動きはガルレインの戦い方ではない」
陛下は、私が見えない様子を的確に捉えているようだ。
「まさか」
十日程前に妻が無断で命と引き換えに行ったアレか?
「……夢物語ではないのでしょうか?」
古書に描かれていた召喚図を見つけた妻は、制止する我々の目をすり抜け、あっけなく命を散らした。
もう、あの方の声が二度と聞けないなど。
信じたくない。否、信じられない。
「救世主が現れた!今なら流れを変えられる。皆のもの!勝ちに行くぞ!」
ウォー!
陛下の掛け声で再び士気が上がり、敵陣へと突っ込んでいく。
折れ重なる死者達を避けて進むと、強く吹き荒れていた風が止み、視界がより鮮明になった。
そこには、血塗れになりながら剣を振るう者がいた。
✻~✻~✻
「これが現実なら、貴方のせいで私は人殺しになり、人生が狂ったんだけど」
頭から血を被りながらも若い娘の目は爛々としていた。
明らかに我々とは違う小柄な体躯に服装。髪はひどく短いが、身体つきからして成人したばかりの女性か。周囲には息づく者の気配が感じられなかった。
正気を失うような所業だが、彼女の目には理知的さも見える。
この細い体でここまで倒せるとは。異世界人は皆そうなのだろうか。
少し距離をとり様子を見ていたグレードは、驚きを隠せなかった。
そして、異世界人と会話を重ねるほど、妻の行いは禁忌であったと強く思うのだった。
「良い。許可する」
彼女が、この世界に来て暫く経過した頃、グレードが進言し、召喚図が記された古書は処分され、またアルフォンの勝利により滅びた元ガルレイン王国からの転移の書物は全て抹消されたのは、もう少し後の話である。