2.勘弁して欲しい
バシバシッ
「しかし、凄いな!接近戦では使うが、風の力をあのように広げられるとは! あ、俺はビーンズ・クラフトだ!よろしくなっ!」
バシッ
「よろしくされたくないし、さっきから痛いんですけど」
ラグビー部みたいなガタイの良さの男に背中を叩かれると、もはや挨拶ではなく攻撃だ。
「おっ、わりぃな!」
喧嘩を売ってるのかと思ったが、本当に挨拶だったらしい。
……駄目だ。まだ自分の神経が逆立っている。
『夏、余裕なくてもな、余裕を見せるんだよ』
『演技って事?それって嘘じゃん』
『ハッハッ!ソレが時に本物になるんじゃ。やる前から弱気じゃ出来るモンもできんだろうが』
『わかんないよ。嘘はいけないって言うじゃん』
『いい嘘もあるんよ』
爺ちゃんが最期まで単なる風邪だと思っていた私は、まんまと騙されたうちの一人だ。
「入れ」
「ウチの陛下は気さくだから普通で平気だ」
豆がまた叩いてきた。いや、ビーンズさんか。
スライド式の扉が開かれ、約数時間前に会った男が随分先のひな壇席に見えた。
「少しは休めたか」
「そうですね」
んなわけあるか。
此処が何処かも分からないのに、のんびり出来る奴がいるなら是非お会いしたい。いや、寧ろ代わって欲しい。
「先程の事を思い返しても生きる為には向かってきた人達と対戦するしかなかったと思っています。けれど、そのせいで私は殺人者になりました」
どうしてくれんの?
「お陰で近い将来、働く予定だった職を変えないといけなくなりました」
私は、叔父や爺ちゃんのように警察官になる予定だった。それなのに、お巡りが殺人者なんてありえない。
言わなきゃわからないとか、そういうモノではない。
人生をやり直したいくらいには、普通にショックを受けている。
しかし、トップに会うのは頻繁にはいかなさそうな気がしてきたので、今のうちに金の冠を被った威風堂々の男に聞いておかないと。
「質問があります。私は、帰れるのか。またソレが可能なら時間もその時と同じなのか。次に風の力とは何か。あぁ、そもそも私は何故喚ばれたのかが抜けていましたね」
アニメと随分違った。
実際、此方は余裕なんてあるわけもなく殺めた人の顔を数が多かったのもあり覚えていない。
でも、最初の人の見開いた顔は、今も鮮明に残っている。
あの、信じられないという表情は、一生忘れられないし、夢にも出てきそう。
あとは何だろうか。感覚も違う。というか想像すらした事がなかった。
だってそうでしょう?
習った空手も爺ちゃんに教わった剣道や実践として押さえつける技は、精神を鍛え、己を強くする為であり、また容疑者を傷つけず生け捕り目的である。
それが、あの怒涛の急展開である。
あの数時間前の私は、相手の急所を探し、いかに速く正確に奪った剣を挿し込むかしか考えていなかった。
そう、ただ今を生きる為に。
「貴方は、帰れます」
冠を載せた陛下から数段下にいた、いかにも参謀みたいなインテリメガネが初めて発言してきた。
足りないよ。いや、あえて濁してきたのか。
「私がこの場所に来た日、元にいた時間と場所には不可能という事でしょうか?」
五十年後とかだったら、親もだが、祖母もこの世にはいない。場所だってそうだ。無人島や太平洋ど真ん中とか、空中だったら確実に死ぬ。
「時代、時間は可能です。但し座標がずれる場合があります」
「確かに戦場の敵陣にいました。軌道修正は出来ないんですか?」
この城から、あの戦場迄の距離は、かなりある。馬で駆けてもそう思ったのだから間違いないだろう。
運頼みって事?
「ガルレインはひとまず撤退した。そなたも休むと良い」
まだ、質問に答えてもらってないんだけど。
「貴方に護衛と侍女をつけますので、その二人から話を聞いて下さい」
インテリが話は終わりだという雰囲気を出したので、最後にトップに聞いた。
「私は、人殺しをする為に喚ばれたんですか?」
金の瞳の男は、私の視線を受け止めるように合わせてきた。
「否とは言えない。この無駄な戦が早く終わればと。正直、伝説的なモノで期待はしていなかったのだ。まさか」
「まさか、本当に現れるとは思わなかった?」
「召喚された者の気持ちを考えていなかったわけではない」
嘘よ。
「一国を守らねばならない貴方には、異世界人の小娘の存在なんて対した命じゃないのかもしれないけど……私は、許さない」
「無礼な」
インテリが口を挟んできた。アンタこそ会話の途中で入り込んできてマナー違反よ。
「もう一度、何時になっても構わないので、今度は、そこの礼儀知らずな方を抜きにしての話し合いを希望します」
キレたら負けだ。いや、キレてもいい。でも、今じゃない。
私も気が立っているから、この辺で一度引き下がるのが得策だわ。
「近々、必ずお願いします」
ひな壇席にいる人とだと距離が遠いので声を張り上げずに会話できる場所を設けてもらわないと納得できない。
「あぁ、分かった」
よし。とりあえずはオッケーだ。
「では、失礼します」
今度は、侍女と警護か。話をするのすら面倒くさいと思いながら、彼らに背を向けた時。
バサッ
急に羽音がし音を追えば、どうやら青く美しい鳥はインテリの腕に落ち着いたらしい。
窓は二か所あるが施錠されているし、何処から現れたなんて考えても仕方がないのかもしれないけど気になった。
人も気配なくいきなり現れるのならば、先程のガルレインの者がいつ目の前に立っていてもおかしくないという事でしょう?
今の自分には、情報がなさ過ぎる。
「まさか」
彼は、鳥の足についていた小さなカプセルを外し、手のひらに乗せた瞬間、ブツブツと呟き始めて陛下に耳打ちし離れた後、陛下は私に言った。
「あちらも召喚の術を行ったようだ」
そんな簡単に異世界人って喚べるの?
「どうやら君と同じ国の者らしい」
不運な人だな。
「そうですか」
だから?
私は、自分が何人もの人を殺したという事実と帰る事が可能でもリスクがあるという事についての内容に頭の中を動かしており、すなわち手一杯である。
「とりあえず失礼します」
此処にいても疲れるだけだと判断した私は、怪しい集まりから早々に離脱する準備を始めようと決めた。
まさか、その召喚された異世界人が、同郷の者で顔見知りだとは、この時の私は1ミリも思っていなかった。