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15.平和過ぎる日に

「気をつけて」

「行ってきます」


 距離はあれど貴方も同じ城というある意味安全地帯な職場に向かうのではと言おうとしたが、イケメンの微笑む笑顔に開けかけた口は言葉を発しないまま閉じた。


「これで良かったのかな?」


 人気のない裏道を抜けながら私は、自問自答を繰り返す。


 もう、今日までどれくらい考えたんだろうか。


 結局、私はYESかNOかの選択を決めかねて半分を更に流し残りを飲み干した。いや、勿体ないから省いた半分も受け皿に口を付けズルっと飲んだ。


 勿論、それではサヨウナラとはならず、グレードさんの敷地内にある離れに住んでいる現在。


「なんか、あの人のペースに巻き込まれちゃうんだよなぁ」


いや、ぶっちゃけ快適なのよ。


「あの御屋敷で働く人達が優秀すぎる」


 近づき過ぎず、かといって放置されない距離感は、人付き合いが得意ではない私には理想的である。


「かといって毎回宿が変わる魔獣退治も悪くはなかったな」


「「おはようございます!」」

「おはようございます」


 重厚な扉の前に立つ若い騎士達の挨拶は、まだ慣れない。


このキラキラした瞳。


「……私は、ただの人殺しだっつーの」


英雄なんてホントに馬鹿らしい。


「ようは、ものは言いようって事か」

「何が?」

「いえ、おはようございます」


 ぼーっとしていたら、自分の席に着いていたらしい。隣の同僚、ダックス君に不思議そうに見上げられていた。


 これまた生き生きとしている瞳の君に、いつか私の相棒であったすこぶる頭の良いかつ、生意気なミニチュアダックスフンドを見せてやりたい。


バサッ


「これ、グレードに渡しといてくれ」


 そんな仕事とは全く関係のない事を考えた罰なのか団長が私の頭の上にずっしりとした紙の束をのせてきた。


「あの」

「またかって? アイツ、悪い奴じゃないんだが、昔っから苦手なんだよなぁ。だから君が来て本当に良かった!」


 まぁ、頭まで筋肉のような団長とあのグレードさんでは水と油なのは一目瞭然であるけれども。


「よろしくな♪」


 イラッとしないかと言えば嘘になるけれど、この団長のお陰でポッと出の私への騎士団員の態度は悪くない、寧ろ羨望の目が辛いくらいである。


「……わかりました」


そして、憎めないんだよな。


あのダニエル君といい、豆といい隣のダックスも。


「私の周囲ってこんな人ばっかりな気がする」


お節介で、ホント強引なんだけど。


「悪い気はしないんだよね」

「あん?なんか言ったか?」

「いえ。ただ団長の悪口を小さく呟いただけです」

「あんだと?」


 団長みたいなのは、元の世界で慣れている。周囲はムサイのばっかだったのだ。席についた私にダックス君が顔を寄せてきた。


「ナツ、君ってあの団長相手に凄いよね」

「惚れるなよ?」

「ハイハイ」


 華麗にスルーされたが、一度は言ってみたかった台詞なので、満足した私は、彼に拳骨を喰らわさらず書類に目を通し始めた。





✻〜✻〜✻



 

 急ぎじゃないと言うのであらかた片付けてから、団長からの書類を持ちインテリがいる部屋に向かった。


コンコン


 焦げ茶色の扉についている錆色のツバメに似た鳥を模したノッカーを鳴らす。



「どうぞ」

「失礼します」


 許可をえて部屋に踏み入れば、余計な物が一切ない部屋に書類とにらめっこをしている彼がいた。


 最近、真新しそうな深緑のソファに変わりったので素っ気ない部屋に柔らかな雰囲気が出たような気がする。


「その箱に置いて下さい」


 まぁ、部屋の主は安定の柔らかさゼロである。これが通常運転なので逆に安心感もあったりする。


「ナツ様、私が作りましたので、格好は良くありませんが、よろしければお召し上がり下さい」


 軽いノックと共にガチャリと背後のドアが開き、茶と菓子を運んできたのはインテリの補佐官であるクラリスさん。清純派という古めかしい言葉が非常に合う色白で卵型の顔とは真逆に魅惑のボディの持主である。


 今にもシャツのボタンが弾けそうですが、大丈夫ですか?


 いやいや、そんな発言をしたら同性とはいえ相手の取り方によりセクハラになるかもしれない。


……しかし、羨ましい。


 討伐時に胸の脂肪は邪魔だが多少は欲しい。私に分けてもらえないだろうか。


「クラリス、ありがとうございます。お茶を飲むくらいの時間はありますよね。仕事は慣れましたか?」


 そういえば、いつ書類を持っていくなんて彼が把握しているわけがないのに。直ぐにお茶が出されたのはどういう仕組みなんだろう。


「夏様?」

「あ、すみません。考え事を」


 私としたことがインテリの前で気を抜くとは。


「退屈ですか?」

「え?」


 あまりにも穏やかな口調で、改めて彼を見れば、安定の無表情の中に…寂しさ?


何故そんな眼差しを私に向けるの?


「私が騎士団に半ば強引に貴方を押し込めてから暫く経ちますが、やはり失敗でしたか」


カップに影ができた。


「グレードさん?」


 その手を、指先を避けれたはずなのにと気づいた時には既に遅く彼の指先が私の頬をなぞっていく。


「ちょ、どうしたんですか?」


 いつもの彼は、私に不用意に触れない。屋敷でも職場でも、いつもパーソナル空間を保つ人だ。


「貴方の瞳は以前と変わってしまった」


 私が困惑していると分かっているはずなのに、彼は距離を詰めてくるのを止めない。


「貴方に対してだけ、良かれと判断しても上手くいかない。何故でしょうか?」

「私に聞かれても……」


 ひんやりした手は、今や私の頭を抱えるように包み、いつの間にか私は、いくつかのハーブが混じったような香りの中にいた。


 変だな。こんな手、直ぐに振りほどけるのに。


腰に回された腕なんて一瞬で─。


「私と旅でもしませんか?」


耳元で囁かれた戯言に呆れてしまう。


「何寝ぼけた事を言ってるんですか?」


 働き方がブラック過ぎて、ついに病んだか。


「私は、貴方にだけは本心しか伝えていませんよ」

「そうですか」


 なんと返答すれば正解か分からず。そんな私を見下ろし彼は微かに笑った。


珍しいな。


「理由は三つ程。まず、オリガで近々戦があると言われているのはご存知かと思います。それを止める為。二つ目は、我が国の掃除です」

「軽く言ってるけど、戦を止めるってグレードさんが?あと掃除って」


随分と大事な話のような。


「私達の空間だけ聞き取れないようにしているので何を話しても大丈夫ですよ」

「それなら少し離れても平気では?」


 耳元で話されると擽ったいし、そもそも距離感がおかしくない?


「嫌です」


なんだ、この人。子供か?


「何を」

「耳も小さいですね」


 顔を寄せられたのとは反対の耳をフニフニと触っているようで。


……なんか。


「触り方がイヤらしい」

「こうでもしないと意識してもらえませんし。私は騎士団の方にはなかなか顔を出す機会が少ないのですが、最近、ダックス・ミレーと仲が良いと此方まで聞こえてきてますが。夏は私の婚約者ですよね?」

「そうなの?」


 確かお茶は半分飲んだけど。


トン


「ソファは、座る物ですよ」

「貴方は屋敷でよく菓子を食べながら寝転んでますよね?」

「どうしてそれを!」


インテリの前では決してしてないはず。


「そういえば、クラリスさんは」

「彼女なら茶を置いた後に退室していまますよ」


 そうだっけ?とりあえず痴態を見られなくて良かった!


「余裕ですね。あぁ、丁度私も休憩しようと思っていた所です。手が塞がりそうなので屋敷でしているように食べさせてもらえますか?」


 いや、逆に居てくれた方が良かったのでは?










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