13.最後の会話
「あのさ…」
いざ話をするとなると、言葉に詰まってしまった。
──ああ、そうだ。
「ごめん、自己満足だって分かってる」
自分がスッキリしたいから、ただそれだけなんだ。
「空に好きって言ったの、嘘じゃなかった。でも、本当に好きならさ、桜に空を取られたくなければ、皆がバラバラになった時にも会いに行けたはずなんだよね」
勝手に諦めて嫉妬して、未練がましく馬鹿みたいだ。
「本当に欲しいなら、その時に自分で掴み取りに行くべきだって、この世界で学んだよ」
今は比較的平和だ。けれど、少し離れた国ではこれから戦が始まる。
そう、いつ、どうなるか分からない。
「今思えば、空が羨ましかったのかもしれない」
彼の恵まれた家庭環境なんだなと話せば直ぐに気づくであろう真っ直ぐな性格だけではなく、優れた身体能力まで持っていた。
捻くれた私とは間逆な存在。
「今なら言える。私は、自分の意思でこの世界にいると決めた。後悔はしていない」
あれ?結局、私は何を言いたかったんだろう。
「ゴメン、何を伝えたかったのか分からなくなった」
『ブッ』
……ブ?
私の声じゃない。何処から……。
「え、空?」
『ワリ、つい。夏は何年経っても何処に居ても変わんねぇな』
ヤバい、涙が出そうだ。何でだろう?
嬉しい?
悲しい?
『よっ、久しぶり』
私は、嬉しいんだ。
『あれから、十年ぶりくらいか。元気か?ちゃんと食ってんのか?』
「……じゅうねん?」
聞き違いじゃないよね。時間の流れが違うって事なのか。確かに、私の記憶している彼より、穏やかというか落ち着いた感じが伝わってくる。
『おい?』
「あ、ごめん。私の感覚だと三年ぶりなんだよね。生活は、まぁ悪くないかな」
訝しげな声に我に返った。しかし、それなら空の雰囲気の違和感も納得できた。
『三年と十年じゃあ、えらい違いだな』
そうだよね。
「じゃあ、今は」
社会人かと言おうとした時。
『パパ〜!ご飯できたってさ!』
女の子の声が耳に飛び込んできた。
そう、そうだよね。結婚していて可笑しくない歳だ。なんか私ってホント、何したかったんだろう。
……結婚した相手は、桜かな。
『なつか、お仕事もう少しで終わるから、先に食べててとママに伝えてくれ』
『オッケー』
コレ、ボタンをもう一度押したら切れるのかな。
『夏、ワリ』
「いや、私こそごめん」
家族の団らんを邪魔してしまった。
『なぁ、俺の話をしていい?すぐ終わるから』
聞きたくない。いきなり連絡したのは、話しかけたのは自分なのに。だけど、知りたくないよ。
『俺、こっちに戻ってから桜と別れた。そんで、まぁ大学は普通に出て営業の仕事してる。そんでもって、そこの上司だったのが今の奥さんで、さっきのは娘で夏花って付けた。ホントは夏にしようと思ったけど、お前に知られたらウザがられそうだし』
何で私の名前?
「どうして」
『名前か?言うのが正解なのか分からないが』
「言って」
『まぁ、そうなるよな。俺、結構前に貰った引っ越しの葉書探し出してさ、夏の家に行ったんだよ。でも、そこは空き家だった』
私の家がない?
「どういう」
『俺もわかんねぇ。それだけじゃない。桜も、他の奴らも夏を覚えていなかった』
「なかった事になってるって事?」
私の記憶が薄れてきている事も関係しているのだろうか。
『どうやら俺だけが、夏を覚えているらしくてさ。なんか、そんなの寂しいじゃん。んで、まぁ月日は流れて夏に娘が産まれた時に、夏花っていうのがピンときたわけよ』
ピンときた……いやいや。
「よく分かんないけど。奥さんは大丈夫だったの?名前って大事じゃん」
勝手に押し通したんじゃないだろうな。
『確か、君にしちゃあ、なかなか良いセンスだと言ってたな』
どんな夫婦関係なんだろう。
『いつか、夏花に夏の事を話そうと思うんだ。ほら、そうしたら夏の事を知る奴が二人になるし』
こいつ、何年経っても変わらないじゃないか。
「空に会えて良かった。ムカツク時も結構あったけど」
『なんだ、そのムカツクって言うのは!』
「大声出さないほうがいいんじゃないの?」
『ウグッ』
なんか、ムッとした空の顔が目に浮かぶ様だ。
「長くなっちゃった。ソロソロ切るわ」
『あ、おい!また通話できるのか?』
「いや?多分これで最後」
同じ物は作れないと書いてあった。
『そんな』
「まー、話せてよかったよ」
『アッサリ過ぎだぞ!』
「あ、夏花ちゃんに私の話をするなら、格好良く3割増で伝えて」
『誰がするか!』
ずっと、こんな風に話せたら良いのにな。
「ありがとう。元気で」
今度は、本心から言葉に出来た。
『ッ……夏もな。面倒がらず、ちゃんと食えよ』
泣きながら、そんな台詞を言われるとは。どんだけズボラに見えていたのかな私は。
「了解です。またね」
カチッ
「またって、またなんてないのに」
騒がしいはずの周囲は、いつの間にか静まり返っていた。
深く呼吸すれば、土と草の香りが鼻腔を満たす。
「いや、いつか会うこともあるかもしれないしな。なんせ異世界だし」
魔法や魔獣に精霊までいるファンタジーな世界があるんだ。
「空にどつかれないようにしないとなぁ」
眼の前に広がる夜空の星は、いつもより綺麗だなと思いながら目を閉じた。