12.夜空も地上も賑やかな夜に
「あ、先に説明させて」
「しょうがないなぁ。どーぞ?」
私の開きかけた口は、夜空に視線を移した彼の表情は珍しく真面目だったので、仕方なく二度目の溜息とともに促した。
「俺の親父って見てわかる通りぶっ飛んでるじゃん?」
「ねぇ、申し訳ないけど長くなるなら明日でもいい?最低限の睡眠はとりたいんだけど」
この世界に来てから、いつでも動けるようにしておかないと生命の危機に関わると身に沁みている私は食事と睡眠をとても大事にしている。
身体の弱いものは死ぬ。
まぁ、大げさかもしれないが、悲しいかな事実だ。
「いや、直ぐに終わる方にするって!」
私の本気を悟った彼は利口である。
「小さい時は、親父達と王都にいてさ。まぁ、俺は苛められたわけよ。そんな時に、子供ながらに優秀だった彼に助けられてさ」
先は読めてしまう。
「だから強くなろうと騎士になりましたって事ね」
「その通り!」
端折られたのに嫌な顔をせずニカッと笑う彼に陰りはない。むしろ清涼感が溢れている。
このイケメン顔に加えて憎めない性格を持つダニエル君は、もはや最強である。
「君、女の子には不自由しなそうよね」
顔よし性格よしで、騎士団でも可愛がられるタイプに違いない。
頭ではこう行動するべきだと分かっていても、それが面倒で人との付き合いが希薄な私とは雲泥の差である。
「いやぁ、俺は一人で充分というか。なかなか手強くて苦戦しているというか」
おやおや?パーフェクト男子になびかない子がいるとは。
「今、面白いと思っただろ?」
「うん。興味深い」
チッという悔しそうな姿も、これまた珍しい。
「集まりに来てた髪の短い子、分かる?」
入れ代わり立ち代わりで、なかなかの賑やかさだったけど、髪が短い女の子は1人しかいなかった。
「手強そう」
なんだろう。真逆というか。ダニエル君が太陽なら彼女は月だろう。
「わかる? 幼馴染みなんだけど、全く意識されないだよなぁ」
奇麗な栗色の髪の切れ長の、一見地味に見えるけど、パーツがとても整っている子だった。
「騎士団にいるの?」
「あれ、言ったっけ?」
「いや、聞いてないけど空気が違う」
細かく言えば、真っ直ぐ伸びた背。細身に見えるけれど、鍛えたうえでの細さの体つき。多分、太れない体質なんだろう。
「脈はあるんじゃない?あとは、その軽そうな態度を改めれば進展するよ」
「ほんとかなぁ。何を根拠に言い切るんだか。話しかけてもずっと顰めていたけど」
確かに彼女の表情も祝いの場には珍しかったから覚えていたというのもある。まるで仕方なく来てます。無関心です。そんな言葉が聞こえてきそうな顔をしていた。
「視線は、素直だったから」
でもね、彼女の目は、ずっと君を追ってましたよ。
「本当に?!ウグッ!」
「近い。そういう所を気をつけなさいよ」
この鼻息がかかる距離の状態を彼女が見たら、私は明日から敵認定だろうから、剣で顔を押した。
「危なッ」
「鞘入りだから危なくない。むしろ優しさよ」
未来の彼女さんに誤解されるのは勘弁して欲しい。
「静かな場所で、ちゃんと落ち着いて話しかけたら?見頃な花とか咲いてる所でとかさ」
飾られた花を目を細め眺めていたし、悪い気はしないだろう。
「師匠ー!」
ベシッ
「イッテー!」
「だから、近いっつーの。はよ計画練って寝なさいよ」
「信じてますよ!心の師匠!」
「気持ち悪いからヤメテ」
シッシッと手で追い払えば、ニコニコな笑顔で消えた。
パタリと寝ころべば、きらきらとした星。耳には虫の鳴き声。
星も赤や緑で、虫の声も哀愁漂うとは無縁のセミばりの大音量である。
「師匠になんて、なれるか」
失敗した人間が偉そうにアドバイスをしてしまったな。
「まぁ、健闘を祈る」
上手くいくだろう。多分、そんな気がする。
「さて、煩いのがいなくなったし、どうしようか」
握っていたままだったグレードさんの手紙は見事にクシャリとなっていたので、指で丁寧にシワを伸ばしていく。
「コレ、本当かな。彼が嘘なんてつくわけはないとは思うけど」
この世界に来てから、随分と慎重なり疑い深くなった。環境がそうさせたのだ。
彼からの手紙は、とてもわかり易い。
『これは、転移は出来ません。ですが、一度だけ可能な事があります』
私は、手紙に同封されていた石ころのような妙に握りやすいソレを手に取り、真ん中の出っ張りを押した。
カチッ
「よっ、元気?」
私は、屋根の上で一人、目には見えない相手に話しかけた。