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友達の好きな人は赤の他人……じゃない! 俺の彼女です

作者: 墨江夢

 その日俺・木崎宗(きざきそう)は中学来の友人である柏原祥馬(かしわばらしょうま)に呼び出されていた。

「恋愛に関すること」と祥馬は言っていたわけだけど、彼女のいないあいつにもようやく春が来たということか。

 親友として、出来る限りの応援をするとしよう。


 放課後、俺は祥馬の指示通り学校近くのファミレスに足を運んだ。


 店内を見回すと、既に祥馬は到着していた。俺と目が合うなり、祥馬は手を振ってくる。


「いらっしゃいませ。お一人様でしょうか?」


 尋ねてくるバイトらしき店員さんに「待ち合わせ」していますと返してから、俺は祥馬のいるテーブルに向かう。


 ファミレスに来て何も頼まずくっちゃべるだけなんて、常識外れにも程がある。俺たちはピザと二人分のドリンクバーを注文した。

 それでも合計は六百円ほど。このファミレスは、本当に学生の強い味方である。


 互いに好みのドリンクを持って来たところで、俺たちは本題に入る。


「……で、今日は何で呼び出したんだ? 恋愛相談って言っていたけど」

「うん。実は僕……好きな人が出来たんだ」


 ほう。てっきり「彼女が出来た」と言われると思っていたのだが、まだその段階には到達していないらしい。

 しかし友達になって5年近く経つけれど、祥馬から恋バナを振られるなんて、 初めてのことだ。そう考えると、大きな進歩と言えるのかもしれない。


「それはおめでとう。相手は、学校のやつなのか?」

「ううん。予備校の友達だよ」

「そういや、ちょっと前に予備校に通い始めたって言っていたな。……成る程。受験勉強に励むつもりが、主要5教科そっちのけで保健体育に没頭しちゃってるってわけか」

「言い方。それにまだ僕の片思いだよ。でも……いずれは保健体育的な関係になりたい、そう思ってる」

「そうか……」


 俺はコーラをひと口啜る。そして、


「……変態」

「しょうがないだろう! 僕だって、健全な男子高校生なんだから!」


 俺の罵りをまともに受け取り、顔を真っ赤にする祥馬。こういうところを見ると、まだ恋愛慣れしていないのだと実感する。


「祥馬をそこまで虜にしたんだ。さぞ良い女なんだろうな。……因みに、どういう子なんだ?」

「そうだねぇ……可愛いっていうのが、真っ先に思い浮かぶ感想かな」


 そりゃあ世の男子のほとんどは、好きな女の子に対してそういった感想をまず抱くだろうに。


「あとは頭が良いところ。だけど絶対に自分の頭の良さをひけらかしたりしないんだよね。僕も何度も勉強を教えて貰ったりしてさ」

「個人的な勉強会を重ねているうちに、いつのまにか好きになっていたと?」

「まぁ、簡単に言えばそういうことだね。……あっ、そういえば写真があるんだけど、見る?」


 そう言って祥馬はスマホのカメラロールを開く。

 祥馬がここまでベタ惚れするとは、一体どんな女の子なんだろう? 提示されたスマホ画面を見てみると、そこには……


「えっ?」


 嘘だろ。俺は己の目を疑った。

 いや、まさか。そんなことあってたまるか。


「名前は百坂仙花(ももさかせんか)さん。見た目通り、綺麗な名前だろう?」

「あぁ、そうだな」


 俺は祥馬に教えて貰う前から、写真に写る彼女が百坂仙花だと知っている。

 その他にも彼女が近くの女子校に通っていることや、8月生まれのことや、重度のアニメオタクであることだって知っている。

 

 なぜなら――百坂仙花は、他ならぬ俺の彼女なのだから。


「はーあ。百坂さんと、お付き合い出来ないかなぁ」

「……」


 祥馬の恋は、可能な限り応援したい。だけど、今回に限ってはその誓いを破らざるを得ない。

 祥馬の好きな人は赤の他人ではなく、俺の彼女なのだから。





 帰宅した俺は、早速仙花に電話をかけていた。

 祥馬が仙花を好きだとわかった以上、もう一つ確認しなければならないことがある。仙花の方が、祥馬をどう思っているのかだ。


 仙花が俺の彼女だというのは、あくまで現状の話。そりゃあ一生一緒にいたいと思っているけど、俺たちの関係がいつまで続くのかなんて誰にもわからない。


 もし仙花が俺よりも祥馬を選ぶというのなら……その時は、潔く身を引くとしよう。俺は仙花も祥馬も大好きなのだ。


 電話が繋がると、いつものように『もしもーし』と気の抜けた声が電話口から聞こえてきた。


「あっ、俺だよ俺」

『……オレオレ詐欺? 通報した方が良いのかしら?』

「いや、着信画面に俺の名前が表示されているだろうに。……されてるよね? もし未だに電話帳に登録されていなかったら、リアルに泣くよ?」


 俺なんて「仙花♡」と、ハートマークまで付けているというのに。


『ごめんなさいね。「だいちゅきな彼ピ」って登録していたから、一瞬誰のことかわからなくなったのよ』

「その名称で登録するのなんて、俺しかいないよね? 複数人いたら、それはそれで号泣ものなんだけど」


 この女、本当に俺のことが好きなのだろうか? 冗談抜きで不安になってきた。

 そんな俺の不安を察したのか、仙花は『冗談よ』と言う。苦笑混じりで。


『こんな時間に電話なんて、珍しいわね。私の声でも、聞きたくなった?』

「聞きたくなったのは、声じゃなくてお前の本音だ。……柏原祥馬を知っているか?」

『えぇ、知っているわ。同じ予備校だからね。何? 宗も知り合いなの?』

「中学時代からの友達なんだよ。今日電話したのはその祥馬についてなんだが……単刀直入に聞くぞ。祥馬のこと、どう思っている?」

『どうって……良い友達と思っているわ』

「本当に? それ以上の感情とか、一切ない?」

『彼女の言葉が信じられないのかしら? それとも疑っているのは、私の愛? どちらにせよ、心外ね』


 そう言う仙花の声色からは、どこか不機嫌さが滲み出ていて。……仙花の俺への愛を疑うなんて、悪いことをしたな。物凄く反省。


 自省していると、ふと仙花が『あっ』と声を上げる。


「どうした?」

『たった今柏原くんからメッセージが届いたんだけどね……デートに誘われちゃった』

「デート……」


 あの内気な祥馬が、好きな子をデートに誘うなんて。親友の積極性に、俺は心底驚いている。


 仙花は祥馬を「ただの友達」だと言っているし、二人が恋仲になるとは到底思えないんだけど……それでも仙花が他の男とデートするのを、快く思えなかった。

 嫉妬というやつなのだろう。

 

『改めて言うけど、私は宗のことが好きなの。だからあなたを裏切るような真似はしたくない。デートのお誘いだって、断るつもり。でも……』


 その先仙花が何を言おうとしているのか、俺にはわかる。

 彼女はデートを拒んだことで、俺と祥馬の友情にヒビが入るのではないかと危惧しているのだ。


 ……こうなったのも、元々は俺が祥馬に彼女の存在を教えなかったのが原因だしな。嫌な役目を仙花に押し付けるのは、彼氏として以前に人として間違っている。


「仙花は何もしないでくれ。祥馬には、俺から言う。友達として、真摯に向き合いたい」


 仙花との通話を切った後、俺は祥馬にメッセージを送る。

『さっきと同じファミレスで待つ』、と。





 恋愛というのは、本当に残酷だ。

 一人の女子と付き合える男子は、一人だけで。もし複数人が同じ人を好きになってしまった場合、必ずどちらか一方が泣きを見ることになる。


 もし祥馬が俺の親友じゃなかったら、全く知らない人だったら、こんなに悩まなくて良いというのに。

 俺は仙花と出会えた運命に感謝する一方で、祥馬と同じ女性を好きになってしまった偶然を恨んでいた。


 しばらくすると、祥馬がやってくる。


「お待たせ、宗」

「いいや。こっちこそ急に呼び出して悪い。どうしても今日中に、直接会って話したいことがあったんだ」


 いざその時が来ると、胃がキリキリ痛み始めた。

 親友に事実上失恋勧告をするのは、非常に辛い。それにもし俺と仙花の関係を教えて、祥馬との友情が破綻してしまったら……。


 怖いけど、嫌だけど、俺は逃げるわけにはいかない。

 なぜなら俺は仙花の恋人で、祥馬の親友なのだから。

 

「お前百坂仙花をデートに誘ったそうだな」

「そうだけど……何で知ってるの? 僕、宗にそのこと言ったっけ?」

「いいや。……仙花に聞いたんだ」

「百坂さんに……って、え?」


 どうして俺がデートのことを仙花から聞いたのか? そしてどうして俺が仙花を下の名前で呼んでいるのか?

 祥馬の頭の中では、多くの疑問が浮かんでいることだろう。


 でもそれは、ほんの束の間のことで。それらの疑問を全て解消する真実に、彼はすぐに気付く筈だ。


「もしかして、百坂さんと知り合いだったりする?」

「あぁ」

「もしかして……百坂さんと付き合っていたりする?」

「……あぁ」


 親友が好きな人と付き合っていた。その事実に直面した祥馬は、「そっか」と力なく呟いた。


「本当は夕方に伝えれば良かったんだ。だけどお前との友情が壊れるのが怖くて、つい黙っていた。そのせいで、お前がもっと苦しむことになるってわかっていたのに……」

「ううん。宗は悪くないよ。僕の方こそ気を遣わせちゃって、ごめん。たとえ宗が百坂さんの彼氏でも、僕との関係が変わることはないよ」


 初恋を終わらせた俺を、それでも祥馬は親友だと言ってくれる。本当、俺は良い奴と友達になったものだ。


「だけど一つだけ、お願いを聞いて貰っても良いかな?」

「ビンタでもしたいのか?」

「僕は非暴力主義なんで。……百坂さんのことを、幸せにしてあげて欲しいんだ」


 そんなの、祥馬に言われるまでもない。

 




 翌週、俺はまたも祥馬に呼び出されて、ファミレスに来ていた。


「僕、好きな人出来たんだ」

「え? 早くない?」


 失恋から一週間。驚きの回復速度である。


「毎朝同じ電車に乗っている女の子なんだけどさ、お年寄りとかに席を譲っている親切さに、胸がときめいちゃったんだよね。……ほら、この子だよ」


 そう言って、祥馬はスマホの写真を見せてくる。

 写真を見た俺は、先週同様驚きを隠せなかった。


 友達の新しい好きな人は、俺の彼女じゃない。だけど、赤の他人というわけでもなくて。

 写真に写っている女の子は……俺の従姉妹だった。


 ……どうしよう。従姉妹にも既に彼氏がいるんだけど、一体それをいつ伝えたら良いのだろうか?

 悩みの種がまたも出来たのだった。

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