2月22日
面白くなりそうだから、ショナ君の場面を上手い具合におタケに見せない様にした。
ちょっとドキドキしたけど、例えバレてもコイツは俺を殺せない。
やり直す為の神様だからって、価値が有ると認めちゃったからね。
だからさ、調子乗っちゃっても仕方無いよねぇ。
『お、マサコちゃんドロドロしてるねぇ』
凄い、もう逆恨みが濃縮されてんの、怖いなぁ。
あ、コレもおタケには内緒。
だってほら、現実でもホウレンソウをしっかりしないとね、超能力とか魔法ばっかりに頼っちゃダメ。
ズルって良く無いんだよって、必要悪しないとね。
どうせ私なんて、どうせ子供だから。
けど、でもだからって、そんなに離れられるからって嬉しそうにしないで欲しい。
私は自分で何でも出来るから、お世話する楽しみが無いから、お世話しがいの有る桜木さんが良いんだ。
良く言われた、可愛げが無いって、けどそれは私への妬みだってパパが言ってたし。
私は強いから、正しいから妬まれるんだって、ママも。
《マサコ、大丈夫?》
『私は、桜木さんみたいに弱く無いから大丈夫』
私は体も丈夫だし、健康に気を配って来たし、運動も出来るし、親に愛されてるし。
大丈夫、いつも私は良い子だって言われて、褒められて。
私の方がマシな筈なのに、どうして皆、桜木さんなの。
違いは?
弱くて可哀想だから?
良い大人なのに弱くて可哀想だから、だから皆は仕方無くお世話してるのかも、そっか。
可哀想。
桜木さんも可哀想。
周りも本当は迷惑に感じてて、巻き込まれてるだけなのかも、あぁ可哀想。
桜木花子への激しい嫉妬心、対抗心を持っていながらも無自覚なまま。
《可哀想なのはマサコなんじゃけどねぇ》
《コレは、本当に何か》
「何もしてない以上は無理だよ、誰かが被害に遭わないと、現行の法律では規制出来ない」
《そうですが》
「僕は大罪化か魔王化するかも知れないとは思ってるよ、けど同時に若さを信頼してる面も有る。もしかしたら、全く不意に目を覚ますかも知れない」
《かも知れませんが、こんなに大きな火薬庫を》
「大丈夫、最悪は天使さんが介入してくれると言ってくれてるんだ、ギリギリまで待とう。淡く僅かな希望だけれど、真っ暗闇よりずっと良い」
《私達の失敗は、私達だけの力で、予防拘禁や保安処分法を復活させられなかった。させるべきだった》
「罪を犯す前に捕らえる、不可能だね。それは理想論だよ、神の視点無くしては公明正大な判断だと人々は思えない。ましてや神々が介入したとしても、満場一致を得られる程の治安の悪さは無いんだ。不可能だよ、理想論が過ぎる、現実逃避かいネイハム君」
《直近の標的はミーシャになる可能性が高いんです》
「彼女は納得してくれると思うよ、そう言う理由で敢えて後手に回ったって言っても、納得してくれるだろう」
《ですが桜木花子が》
「僕は彼女にも期待してる、理解を示してはくれるだろう、と」
《ですが信頼を》
「全部僕が仕組んだって事にしたら良いんだよ、偉業の前には名誉なんてちっぽけなモノだ。厄災後、神々の介入に合わせて予防拘禁や保安処分を提案してみたら良いよ、桜木君は理解してくれる筈だ」
《アナタが人身御供になってどうするんですか》
「召喚者様を人身御供にするより良いじゃないか、僕の代わりは幾らでも居る。僕なんかの名誉程度で召喚者様が幸せになれるなら、凄いコスパが良いと思うんだけどなぁ」
《私にどれだけの負荷を掛ける気ですか》
「君も信じてるよ、ネイハム君」
私の言葉が通じない、神獣の言葉が通じない異常事態だと言ってるのに。
《ミーシャ》
「大丈夫です、信じる事もお仕事ですから」
《でも》
「分かってます、大丈夫、桜木様が居るから大丈夫です」
《ガブリエル》
《まだ私達の言葉が通じますから、最悪の状態は回避出来ます》
【彼女もまた人の子、人理に合わせなくてはいけないんだよ】
マサコの中では負の感情が渦巻いて、全てが敵に見えてる。
もう人間の言葉は真っ直ぐには届かないし、私の声も聞こえない。
あぁ、こんな事はどの世代でも初めてかも知れない。
竜種なら、この経験が有ったのかも知れない、なら私はどうしたら良かったのだろう。
召喚者様を導ける、そう何処かで高を括っていたのかも知れない。
マサコさんはお若いからこそ、柔軟性がある筈だ、と。
『マイケル補佐、使節団の方はいつまでいらっしゃるんですかね』
私が受けた命は、出来るだけ穏やかに桜木様に関する事を申し上げない。
マサコさんに依存されても良いから、出来るだけお心に沿う様にと。
『今日、ご出立されます』
『なら見送りを』
『申し訳御座いません、出来るだけ少数でとの事ですので』
『それだと、誰も見送らないんですか』
『いえ』
『また桜木さん優先ですか』
『いえ、コレも作戦です。そして私はマサコさんを最優先に考えていますよ』
『なら私が比較されてる事も分かりますよね』
『誰に、でしょうか?』
『皆ですよ、皆』
認知が歪み、何でも一般化して心の痛みを紛らわせようとしている。
けれど否定すれば敵とみなされてしまうし、肯定は歪みを加速させる。
『私はそもそも桜木さんを知りませんから、比較すらしていませんよ』
『けど、武光さんは私に会いに来てもくれないし、妹だって言ってもくれないし』
比較しなくては自己を保てない。
役に立たなければ見捨てられるかも知れないと思ってしまう、愛着障害。
他者への評価と批判を混同し、自己に於いては自己防衛反応による過敏さから、否定されれば自己否定されたと思い込んでしまう。
『国連との連絡係でもありますし、敢えて気を使ってらっしゃるのでは?』
『そんな事私が分かるワケ無いじゃないですか』
こう拒絶だけで済めば良いんですが。
大きな火薬庫と言われていると言う事は、感情が怒りに転化した瞬間、何かしらの被害が生じる危険性を孕んでいると言う事。
どうにか、味方だと言う事が伝われば良いんですが。
マサコちゃんが、準備を終えたミーシャを刺したって。
「な、え」
「小野坂さんは拘束されたので、治療に向かって貰えますか」
「行く」
ショナの背中は覚えてるんだけど、どうやって辿り着いたのか。
北海道の病院の病室に、ミーシャが。
「桜木様」
「治すから待ってて」
しかもお腹。
何でこんな事に。
「桜木様、大丈夫です、痛みは無いですから、大丈夫ですよ桜木様」
「ごめんね、落ち着く、直ぐ治すから」
「はい」
ミーシャさんは直ぐに完治したけれど、使節団の方々が心配するからと同行を辞退。
こうして僕と紫苑さんで向かう事になった。
「すまん、俺の監督不行き届きだ」
「そうなの?」
《それは寧ろ私達の方です》
「桜木君、ココでも犯罪を犯さない限り拘束出来無いんだ、出来るだけの事はしたんだけれど。すまない」
「あの、何で?」
《誤解した上での逆恨みです》
「端的に言ってそうだね。でも今は天使さんの処置で眠ってるから大丈夫、君はココの事を気にせず、向こうでしっかり頑張っておくれ」
「すまん、どうか無事に帰って来てくれ」
「おう、けど」
「すみませんが時間ですし、行きましょう」
「おう、行ってくる」
3人で行ける事へ期待をしていた、なら僕は外で護衛すれば良いだけだから。
2人だけで行く事を最も恐れていた、自分自身を信じ切れていないから。
「どうしてなんだ」
《私からご説明させて頂きます》
元から、同性だから、年が近いからと比較してしまう傾向に有った。
だけならまだしも、能力まで近い。
そして若さと容姿と健康に自信が有り、宗教的な面も影響し、自分は優秀な与える側だとのプライドが無意識に存在していた。
「プライドが上手く作用する場合も有るだろう」
《だけなら良かったんですが》
周囲から僅かに零れ出る比較対象の情報を下地に、桜木花子を無意識に下に見る様になってしまった。
そうして自覚も無しに比較を始めた。
自己肯定感の補強の為に比較し、立ち位置を確認する為に比較し、優遇されない不安を掻き消す為に比較をした。
化粧も何もしない、病弱、桜木花子は庇護され与えられる側の劣った者だ、と。
そう無意識に見下してしたのに、周りの反応から自分の能力の方が劣っているのだと感じ、心に軋轢が生じた。
最初は優秀さや能力が有るのだろうと思い込み、一緒に訓練に参加しない事を怠けと思い込み、虚弱や病弱さを知れば劣っていると思い込み。
「勝手に高評価をして、勝手に下げたのか」
《はい。しかも全て無意識に、です》
「どうすれば良かったんだ」
《ココまでの事に関して対応するなら、比較対象以上に優遇し、親しくすれば良かっただけですね》
「何故、どうしてなんだ」
《元から総合的に優れていると思い込んでいるからです、幼児の様に優遇されて当たり前の存在だと思っている、ですから正当な評価が欲しかった。ですから今回は全てが不当な扱いと感じ、不満が溜まった。そうなったのは比較対象が存在してしまっているからこそ、その考えが自然と補強された。どうすべきだったかは、可愛い妹だ、と溺愛する事でしょうかね》
「無理だろう」
《でしょうね、ですけど相手は幼児ですから》
「あぁ、だとしても無理だろう」
《ですよね、自称男性嫌悪者ですから。けど、そのハードルを敢えて頑張って越えようとしてくれる事に愉悦を覚えるんですよ、自分の為に頑張ってくれてるのだと、表面的にも分かり易く見えますから。評価し易くする為の単なる装置》
「拗れているな」
《思春期にはありがちですよ》
そこへ桜木花子が使節団員達から必要とされているのだと知ると、認知の歪みの解消の為に、ただ単に自分が冷遇されているだけなのだとの思い込みが強化され、桜木花子を見下げる事に拍車が掛かった。
自分の方が優秀なのに、何故、どうして。
「それだ、どうして比較する」
《自分の立ち位置が比較でしか認識出来ない、だからこそ不安になると比べ、自分はまだマシだと思い込む。そんな事を繰り返してきたか、誰かに比較されながら育ったか、比較されているのを見続けたか、元からか、又はその全てか》
「で、だけなのか?」
《脳内シミュレーションをするにしても、考えや価値観が自分本位だからなんです。無意識下の自意識を無視しての自己評価で考えているので、どうしてもズレが生じる。実態とかけ離れた自分と言うモノで全てを考えてしまう。本人が妄想する理想的な自分自身で語るので、自分だったらどうする、と言う時に出来もしない事を思ってしまう》
「自己像のズレか」
《はい。そして今回の場合、優しくて若くて可愛いくて頑張り屋の私が選ばれないなんて、周りは全部敵で、桜木花子の味方しか居ないからだ。そう現実と理想の歪みが不快と感じるまでに至ったので、解消の為に刺した。暴れれば構って貰えますからね》
「俺達はハナを優遇し」
《勝手な憶測ですよ。桜木花子が優遇されていると思い込めば、単に自分が劣っている人間だと思わないで済みますから》
「根本的に認知や認識がズレているのか」
《はい、ですが子供には良く有る事で、本来なら親兄弟、周りの環境で修正されていく筈なんですが。諫言や注意を全て悪意の発言だから無視しろ、と教育されたから、元からか。全ての忠言をイジメだと処理した疑いが濃厚です》
「あぁ、何て事だ」
《ココで重要なのは、本当に環境なのか、生来のモノなのか。私達は生来のモノと仮定して処理する事にしました、何故なら帰還予定だからです。この思考の修正には莫大なコストが掛かりますし、いざという時には隠し玉として持ち上げれば済むだけですから。酷な様ですけど、桜木花子が居る限り、扱いが非常に難しいので》
「ココまでとは思わなかった、すまない。以降はどう接するべきだろうか」
《コレを本人にそのまま伝えて、直ぐに分かって頂ければ楽なんですけれど。無意識を自覚するのはどの世界でも難しいでしょうし、彼女は一時滞在ですから。様子見程度で良いと思いますよ》
俺がハナのクトゥルフを控えさせた代償が。
マサコを甘く見ていた代償が、ミーシャへ。
「すまない」
「いえ、きっと追い詰められていたんだと思いますよ。武光様も胃痛や発作を起こした位ですから、なのでエミール様が気掛かりです。お世話を、浮島でしたいんですが」
「あぁ、分かった、頼む」
「はい、ありがとうございます」
ネイハム質は、どうして俺に。
いや、実際に犯罪を犯さない限り拘束出来無い。
しかも召喚者ともなれば、敢えて犯罪を犯させるにも難しいのだろう。
だとしてもだ。
「あぁ武光君、怒るなら僕にしてくれ、最終決定権は僕に有るからね」
「いや、きっと俺に事前に知らせていたとしても、俺にも何も出来なかったのだろう。そして結局は、こうなっていたんだろう」
「そうだね、若さに期待もしていたんだけど、甘かった。すまない」
「いや、辛い時間を過ごさせてすまなかった。俺がもう少し」
「それも無理な理想論なんだ、どうしたってチヤホヤされないとダメな子なんだよ。犯行の動機は選ばれたかった、その対の意味は、選びたかった。チヤホヤしてくれる人間の中から、自分に都合の良い者を選びたかった。何も言わずに察して欲しい、庇護者、保護者が欲しかった。それだけ幼稚だったって事に僕らは気付けなかった、3人の良い前例に油断してしまった」
「もし最初からやり直せるなら、どうしたら良いと思う」
「先ずはカウンセラーを付けて徹底的に内面を探らせる、魔道具も魔法も教えない。ココの事を良く知って貰う、市井を見て回って改善点を出して貰って。そうだな、荒を出させる為に桜木君とも会って貰って、その間にどんな人間か分かるだろうから、そのまま帰還まで穏やかに過ごして貰って、帰って貰う」
「その時はまた、アナタ達に協力して貰いたいんだが」
「勿論だけど、あぁ、記憶はリセットされてるだろうから。言葉の通じ難い子かも知れない、危うい幼稚さが有る、防衛機制が過剰な様だ、前例を鑑みて観察を。と言ってくれれば、もしかしたら回避出来たかも知れないね」
「あぁ、それだけ難しいと言う事なんだな」
「そりゃそうだよ、どんな人間かホイホイ分かったら犯罪なんて、人間関係の問題も離婚も無いさ。ある程度付き合いが有ってこそ、その人の無自覚な問題点を知る事が出来る。離別する前に気付けないのかって若い子は言うけどさ、そんな些末な問題なら、問題にすらならないんだよ」
「本当に、すまなかった」
「ほらほら、もう終わった事、回避は難しかった事を頭と心に良く言い聞かせておくれ。納得するんじゃない、納得させるんだ。分かったかな?」
「あぁ、ありがとう」
もっと最初から協力を求めて、もっと最初からシャオヘイを求めていれば。
そう俺が如何に無能かをしっかり理解し、もっと周りに助けを求めていれば良かった。
次こそは、誰かを犠牲にする事無く、次こそはハナを幸せにするんだ。




