2月19日
ハナの浮島から帰り、マサコとエミールと共に朝食を食べる。
甘味の無いミルク粥。
『辛い物って、本当に良く無いですからね』
「あぁ」
刻んだザーサイを軽く振り入れ、怒られない様に程々に咀嚼しながら飲み込んだ。
そしてふと、既視感を覚えた。
あぁ、嫌な叔母の言い回しに似ているんだな、マサコは。
心配してくれるのは良いんだが、声がデカくて物の言い方がキツくて。
食事時には良く母が嫌味ったらしく怒鳴られていたから、叔母との食事が嫌で苦痛で仕方無かったんだ。
『ご馳走様でした、お先に失礼しますね』
「おう」
『良く噛まないといけないのに』
それは食事を切り上げたいからで、それは誰のせいだと思う。
叔母にはそう言ってやりたかったけれど、心配しているからだと母に諫められ。
だが、せめて怒鳴らないでくれと言えれば、少しは何かが変わったんだろうか。
「マサコ」
『はい?』
「今のは独り言か?」
『あ、いえ、はい、独り言になってましたね、すみません』
「諫言や注意には細心の注意が必要だからこそ、躊躇うのも分かる。だからこそ言葉を省かず、優しく声を抑えれば、大抵の人間は心配して言ってくれてるんだと理解してくれる筈だ。言いたい事が有る時こそ、落ち着いてテンポを少し遅くする様に意識すると、齟齬を抑えられる可能性は高まると思うぞ」
『はい、ありがとうございます』
もう少し何かを言ってやるべきなのかも知れないが、正直、何を言っても批判にしか取られ兼ねないと聞いて以来、尻込みしているんだ。
すまんなマサコ、すまんマイケル。
私のあの独り言が、日頃の言い方が良くなかったのかも。
けど、マイケルさんに聞くと凄く批判的だから、今は相談したくないし。
《どうしたんじゃマサコや》
『あの、日頃の私の言葉って、不快でしょうかね』
《別に我は感じぬが、誰に向かっての事じゃ?》
『武光さんとか、エミール君とか』
《ほう、そう言われたのか?》
『そうじゃ無いんですけど、食堂で、武光さんに言い方について助言をされて』
《お主は不快な時しか助言せぬのか?》
『あ、いや、そうじゃないけど』
《おタケはよっぽどの事が無ければ批判せぬ、大丈夫じゃよ》
けど、何か棘を感じるって言うか。
『けど、桜木さんみたいに妹って感じじゃないし』
《なら妹扱いが良いのか?》
『ううん、違うけど』
《ふむ、言語化が難しいんじゃったら、誰かに相談するかぇ?》
『じゃあ、あの……』
ドリアード経由で、小野坂さんから面会要請が入った。
「何か有ったんですか?」
《ハナに興味が出たらしいでな、聞きたいらしい》
「どうしてなんでしょう」
《アレはガードが堅いで読み取るのは難しいんじゃが、妹扱いがどうとか言っておってな、聞き出してはくれぬか?》
「良いですけど、ネイハム先生に確認させて下さい」
《うむ》
ネイハム先生が推察するに、自分と桜木さんへの扱いの違いが気になるのではと。
その起因は武光さん、けれど今武光さんにストレスを掛けるのは良く無いだろう、と。
《控えめに言ってあげて頂ければ良いかと、彼女の場合は直ぐに劣等感に直結する回路が有るので》
「分かりました」
こうして、少しでも桜木さんから離れて、桜木さんの問題から逃げ出したかったのだと思う。
僕は額の外。
正しい位置に戻る為の時間。
桜木さんの従者さんは控えめで、少し男性的とは言い難い感じだけど、けど男性は男性だし。
カールラと共に、お話を聞く事に。
『すみません、忙しい時なのに』
「いえ、桜木さんの事を、とは。何を言えば良いでしょうか」
『どんな人なのかな、と』
「独善的と言った枠ではなく、桜木さんの考える優しさや信念と言った事を元に、実行する人です」
『強い人なんですね』
「いえ、寧ろ弱いです、弱いからこそ弱さを自覚し、補おうと考える人です」
『分かり易いかって言うと』
「分かり難いですし、偶に不時着をします。ココの人間が想定する範囲を飛び越える程の。柔軟性が有ります」
『例えば?』
「魔王を倒す、浄化するのでは無く、人間にする。そう発想する所です」
私とは全く違う部分ばかり。
私独自の道徳観念が有るかと聞かれれば、1つの宗教観から導き出される事ばかり。
柔軟性に至っては、ほぼ皆無。
しかも魔王の事、私なら浄化や倒すと言う発想になっていただろうし、最初から悪い何かとしか思って無かったし。
何か、弱点とかって。
『不安は、どう解消してるんですかね』
「会話や対話、手触りの良い毛布等で解消してますね」
『じゃあ、そんなには不安じゃ無いんですね』
「僕としては、求められた事に全力を超えて応えそうなのが不安です、良い意味でも悪い意味でも人が想定する範囲を超えて尽くそうとする。人身御供も辞さないかも知れない事が不安ですね」
『それって、自身を蔑ろにし易いって事では』
「そうですね、ですけどそれを欠点と言う程のモノでは無いです、今は個性の範囲内で収まってますから」
『優しいんですね』
「はい」
『優しさって何でしょうか』
「適切な対応を共感や理解を持って行えるかどうかだと思います。最近では、武光さんに辛いモノを敢えて許し、胃痛は治癒すると約束していました」
『それって、大丈夫だったとは聞いてますけど』
「はい、我慢に我慢を重ねる事の弊害を理解しているからだと思います。結果として胃痛は出ませんでしたので、適切な対応だったと思います」
『その適切な対応って、どうしたら身に付くと思いますか』
「経験と知識と、時間だと思います。チョコレートの味を知らない者が、文字情報だけで万人が美味しく感じるチョコレートが作れるとは思えません。なので最低限の経験と知識と熟考する時間が有れば、身に付けられるのではと考えてます」
時間、私と桜木さんでは生きてきた時間が違う。
しかも5年と考えたら、少ししたら学校へ行く年齢。
つまり、幼さ?
『私の、幼さを抑えるには』
「桜木さんにも幼さは有りますよ、ココの子供が好きなハンバーグやエビフライが大好きですし、ぬいぐるみも愛用してますし。嫌いな野菜は食べませんし、まだビールも飲めない、我儘だったり頑固だったり、幼さも有る普通の人ですよ」
あぁ、桜木さんが好きなんだ。
そんな部分も好きになって貰えるなんて、羨ましい。
『良かった、そうなんですね、普通の人なんですね』
「はい、個性的な部分は有りますが、普通の人ですよ」
ワシの事をどう言ったのか。
ショナに説明させるのもアレなので、ショナも同席した状態でエナさんからザックリ説明して貰った。
「いや、子供舌が幼さの象徴か」
『欠点を聞きたがってたみたいだし、仕方無いよね』
「はい、言えば言うだけ表情が緩んだ様に見えたので」
「劣等感有り過ぎでは」
《ソレをバネにする者も居るでな、如何に自覚し、自己を利用するかじゃよ》
「諦め系女子だからなぁ、凄いわ、頑張れる人」
《手放す事も有りじゃよね、良い悪いでは無いんじゃよ》
『如何に受け入れて活用するか、心理学でも仏教でも、1番の悪は否定だよ』
「お、神様っぽい」
『えっへん』
神様も否定され続ければ存在は難しくなる。
人も神様も、実はそんなに変わらない気もする。
マサコからショナの事を聞く事になるとはな。
『好意に気付かないものなんですかね』
「あぁ、本人を前にして表には出さない奴だからな」
『どうして出さないんでしょうかね』
「叶わないかも知れないとしても、マサコなら全面に出せるか?」
『あ、そうですね』
こう、考えもせずに尋ねる事を会話だと思っているのは、本当らしい。
意見交換は確かに衝突を生む事は有るが、こんな会話を続けられて、良く周りは耐えられるな。
あぁ、胃が痛みそうだ。
「まぁ、ほっとくのが1番だろう」
私はそうは思わないけど、そう伝えて衝突したく無い。
大人なら衝突を避けるべき、けど間違いは正すべきだし。
『ドリアードさんは、ほっとくのが1番だと思いますか?』
《そんなワケ無かろうよ》
『ですよね』
ほら。
武光さんはお兄さんだからこそ、ほっとくべきだって言ってるって事ですよね。
小野坂さんの精神が読み取れたドリアードから、背筋が寒くなる報告が上がって来た。
「いやぁ、やっぱり思い込みの激しさに思春期独特の青臭さを感じるねぇ」
《背筋が寒くなったんですが、良くもまぁそんな呑気な感想が出せますね》
「家族同士ならまぁ、コレ位の飛躍は有るからねぇ」
《離れた他人同士ですよ》
「家族に守られた未成年らしい、良く有る反応じゃないか」
《向こうなら、ですよね》
「ココなら核家族で起こる視野の狭さも直ぐに矯正されてしまうからね、良い見本だよねぇ」
《相性が悪いとは、こう言う意味も含んでいたのでしょうか》
《じゃの、片や思い込むし、片や何でも受け入れてしまうでな。例えどうしようとも、水と油なんじゃと》
「いやぁ、貴重な観察記録だねぇ」
《流石に行動は防いで下さいよ、私は武光君に報告しますから》
どう巡ればこうなるのか。
「俺が起因だとは聞いているが」
《無意識に絶対的な庇護を受けたいんですよ、だからこそアナタに振り向いて貰う為、無茶をする可能性が有る》
「はぁ」
《父性さえ感じられれば誰でも良さそうですし、マイケル補佐官に感情転移して頂きましょう》
「いや、ならアナタに頼みたいんだが」
《あぁ、ではそう動ける様にはしておきますが、お望み通りにいかないかも知れない事はご了承下さい》
「先生でも手こずるか」
《そうですね、桜木花子の不時着具合とはワケが違いますから》
「どうしたら良いと思う」
《子供が振り向いて欲しいなら振り向けば良いだけですが、今回は今まで通りで。但し、助言も注意もなさらないで下さい、程々に褒めるだけで結構ですから》
「あぁ、努力してみる」
《はい、頑張って下さいね、お父さん》
私達は日の出と共に起き、日没と共に眠る。
それはココでも同じ、けれど空気が全然違う。
呼吸が楽で、常に何かが乾く感じもしない。
コレが、コレこそが魔素に満たされた星の肌触りなんだろうか。
『“向こうとは空気も何もかも違う、柔らかいですよね”』
2人は今日見た影絵を手で真似、動物の頭を頷かせた。
もしかしたら、ココで生きるだけでも寿命が延びるかも知れない。
けれど帰還命令が有る、超長距離移動には膨大な魔素が必要で。
もしかしたら、もうココには来れないかも知れない。
もしかしたら、コレは私の都合の良い夢の中なのかも知れない。




