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2月22日

 6時起床。

 計測、中域。


 朝食に前の世界のケバブを食べ。

 庭に出てサフランを生やし、芽と花を詰む。


 それから次に綿を生やし、妖精に紛れて詰む。


『櫛は、前の世界か』

「おう」


『辛かろう』

「大丈夫、まだ終わって無いし」


『だがおタケの言う様に諦めるのは早いだろう』

「思いが募ればそれだけ辛くなる」

『ゎかります、叶わないは、辛ぃ、ですぅ』

《ナイアス、ハナ、そう共枯れするで無いよ》

『と言うか、そんなに私はダメなのかな?』


「あ、いや、ルシフェルさんは見た目最高ですけど……」

『君は私を知らないだろうけれど、少なくとも私は君を知ってる』


「その、ココでだけのワシですよね。映画館を観て精査をして頂けませんかね」

『そう、観て欲しいのかな?』


「はい、知って貰ってから結論を待ちます、ワシはそんなに良い人間では無いので」

『分かった、じゃあね』


『やれやれ、こうも真面目とは』

《少し位は遊んでも良いと思うんじゃがなぁ》


「綱渡り効果は長続きしないと知っているし、その場限りを楽しむ程の余裕は無いし。そも死ぬかも知れないと思ってそう言う事をする事には理解を示すけど。ワシは良いや、残される方が辛いかもだし」


《まぁ、好きにさせるのが、やはり1番なんじゃろう》

「ヤれと言われてもせんが、普通に言えよ、どうした」

『自由に過ごせと言っても引き籠るだけだろう、少し方向を示さねばとな』


「不器用な、先生も絡んでるのか」

《じゃの、寧ろどう反応するかの確認じゃと》


「ほう」


 先生、何を考えてるんだ。


《何か》

「ヤれと唆す事、アナタが標的になるとは思わなかったんですかね」


《患者と医師のラインをアナタは越えないだろうと予測してたので。ただ、試したワケでは無いとご理解頂ければとは思います》

「ココにも卵子や精子提供はするが、死ぬと思ってるのか?」


《端的に言えば、はい》

「何、そんな信用無い?か、魔王化防止?」


《だけでは無いんですが、はい》

「恋が叶わぬ程度で死なんよ、今まで世話になった人達に顔向けが出来ないモノ」


《生きる活力、目標になればと考えた者も居たので、少しつついてみただけですよ》


「あぁ、その気力は無いわ。良くないか」

《そうですね、元気が無いのは心配になるので》


「すまん、まだココに慣れて無いだけでしょう」

《結論を出すのはもう少しだけ待ってて下さい、最善策を模索してますので》


「生きてたらね」

《ついでに死なない様にも頑張って貰えませんか?》


「死なないよ、そこまでおセンチじゃ無いし」

《そうですかね、まだ何も無いのに失恋した様な顔をしてますよ》


「まだよ、下準備中なだけ」

《天使にも変わりは務まりませんかね》


「土台で、見本だから」

《待つのは苦手、ですか》


「そらね、ただ待つなんて苦痛過ぎる」

《では、少しユグドラシルへ行きませんか、紫苑さんで。淡雪さんを植えられるそうですよ》


「あぁ、そうか、そうする」




 たった数ヶ月でも、若い人間には影響する事。

 桜木花子を変えるには十分な月日だったらしく、自身の身の振り方に本気で悩んでいる様子、その危うさが自己犠牲へ繋がらないと良いんですが。


《それって、アナタの役に立つ?》

《役に立つ様に動けば良いんじゃよ、例えばエミールとお前が仲良くなる事も、ハナの役に立つじゃろし》

「だね」


《仲良くすると、嬉しいの?》

「嬉しいに決まってるが、眼福だが」

《お主が馴染む事でハナは安心する、誰かと仲良くなるは嬉しい事じゃよ》


《私を独占するのは嫌?》

「そうだね、嫌かも。気持ちは嬉しいけど、独占するは嬉しく無い」


《もう愛して無いの?》

「違う。愛には色んな形が有る、皆と仲良くして欲しい」


《分からない、どうしてなの?》

「困ったぞコレは」

《それを知ろうとする事も、ハナの役に立つと思うんじゃがのぅ》


「それは役に立つ、独占と愛を理解して、淡雪の観点から教えて欲しい」

《頑張ってみるけれど、ずっと一緒には居られないわよ?》


「おう、それでも死なないでおくれよ」

《うん、分かったわ》


 妖精の淡雪さんがユグドラシルへ根付き、やっとユグドラシルを探索し始めた。


「助かった」

《ふふ、こうなるとは思っておらんかったか》


「まぁ、ココまでとは」

《精霊や妖精の愛は強く重い、本人にとっては真っ直ぐでも、受け止められ方に個性が出るんじゃ》


「みたいね」

《もっと聞きたいんじゃがなぁ、色々、どうやら隠された項目も有るらしいしのぅ》


「妖精の顔が、似る事は有るんだろうか」


『無意識に求めた像が投影される事は有るかも知れん、なんせ』

「魔法は何でも出来るからか。はぁ、何だかんだ言って、心細かったんやね」

《そりゃそうじゃろ、見知らぬ土地に1人、しかも従者の様な案内人も居らんでは》


『賭けをしてるんだコヤツらは、誰の顔をした妖精だったのか、とな』


《もぅ、余計な事を言いおって》

「ほうほう、クエビコさんは賭けた?」

『あぁ、泣く泣くショナに一升瓶1つ』


「ショナだよ、その通り」

《ネイハムでは無かったか、残念じゃなぁ》

『そうですね』


「同情は要らんよ先生」

《そう壁を作られる事は望んで無いんですが、私はどうすべきでしょうかね》


「先生で居てくれよ、冷静で客観的で中立的で、ワシそう言うの自信無いんだわ」

《では、出来るだけそうしますので、もう少し壁を下げて貰えますでしょうか》


「頑張るわ」




 浮島の端に空間を開き、結界中に入ろうとして弾かれた何かが目端で動いた。


 直視するに、掌サイズの黒い仔山羊。

 タケちゃんの所とも違うし、コレ、アレか。


 抱え上げると、フワフワで温もりも有る。


《第2の地球と呼ばれる場所から来ました》

「しゃべったぁあ、可愛いのにしゃべった、先生、どうしようか」


《あの、私には見えも聞こえもしないんですが》

《じゃの、我にもじゃよ》

『クーロンもなの』

「え、幻覚?」


《兎に角、ココに結界を張り、武光君を呼ぶべきでは》

「あ、そうね」

《じゃの》


 タケちゃんを呼び出したモノの、相変わらず見えずで。

 コレ、幻覚の可能性が。


「その、何故、入ろうとしたの」

《大きい光、ココだと思うの》


「大きい光、ココだと思うの。だって」

「ハナの事だろうな」


「その大きい光にどうして欲しいのよ」

《助けて欲しい》


「どう」

《方舟、助けて欲しい》


「もっと詳しく」

《脱出しようとしてる》


「第2の地球からか」

《うん》


「タケちゃん、第2の地球から脱出しようとしてる箱舟を助けて欲しいらしい」

「どう手助けが出来ると言うんだ」


《ママが、来たら分かるって》

「ママが、来たら分かるって」

「ソッチから人を寄越したろう」


《それは知らない》

「知らない?違う勢力って事?」


《勢力?ママから助けてって言えって言われた、箱舟を助けてくれそうな人間に言えって》

「勢力が分からないらしい。ママから助けてって言えって言われた、箱舟を助けてくれそうな人間に言えって」


「判断に困る絶妙な感じだな」

「盟約魔法とかして貰うか、ソラちゃん」

《了解》


 仔山羊に告解と血の盟約魔法を掛けると、すんなり掛かった。

 ただ、掛かっては居るが、嘘を言われない事には何も信じ切れない。


「好きな食べ物は?」

《人間》


「人間て、嫌いな食べ物は?」

《不味い人間》


「不味い人間はどんなの?」

《悪いお年寄りの妄想》


「悪い年寄りの妄想は不味いらしい、美味しいのは?」

《若い人間の悪夢》


「若い人間の悪夢って、凄い性癖と言うか、食指と言うか。実体は食べないの?」

《それはママが食べる、死んだ人間食べる》


「ママが死んだ人間食うらしい。ココまでに嘘が無いのがまた」

《嘘ってなに?》


「嘘が分からんのか、ピュアだ、どうしよう」

《ピュア?》


「純粋」

《純粋、美味しいに純粋は入ってる》


「純粋が美味しいに入ってるらしい、夢魔系かなぁ。誰かを殺したい?」

《ううん、なんで殺す?》


「殺して無いって。悪い知識を入れたく無いな、どうしたもんか。お腹は減ってる?」

《ううん、ご飯いっぱい有ったからお腹いっぱい》


「お腹いっぱいか、食べた悪夢はどうなる?」

《人間の記憶から消える、バレ無い様にコッソリ消える》


「食べた悪夢は記憶から消えるらしい。悪そうに見えないんだよなぁ、でも他に接触させたく無いし」

「いや、確認作業は必要だろう、アクトゥリアン」

【はいはい!アクトゥリアンですよ】


「この仔山羊をどう思う?」

【ん?何処に仔山羊が居るんですか?】


「この掌の上」

【えー、視認出来きず、すみません】


「見えないのか」

《合わないと見えない、聞こえないってママ言ってた》


「合わないと見えない、聞こえないってママが言ってたらしい」

【どうしましょうね、魔道具で見える様にってのも不可能でしょうし】

「声も、か」


【えー、聞くのも無理で。もしかして、次元が違うんですかねぇ】


「第2の地球には行けないか」

【はい、文明が到達していないので、と。それしか情報は開示出来ません】


「生命体は居るとかもか」

【はい】


「成程ねぇ。魔法、有る?」

《うん、有る》


「有るかぁ、生き物も居るか?」

《人間と馬だけ》


「へ、人間と馬、だけ」

《他はもう居ない》

【コミュニケーション取れてるんですね】


「おう、他はもう居ないって」

「神はどうだ、精霊は」

《居るのは知ってるけど会ったことない》


「居るのは知ってるけど会ったことない」

「なら、お前のママの名は何だ」

《ママはママだよ?》


「ママはママだよ?だって」

「特徴は、いつも何処に居るんだ」

《特徴?いつもは大地に眠ってる》


「そも特徴ってのが分からないらしいが、大地に眠ってるって」

「なら地母神かも知れんな、リストから探ろう」


「あの、タケちゃん、トイレ行きたいんだけど」

「そうだな、その仔山羊を入れる設定は可能なんだろうか」

《可能性です》


「なら、ソラは認識が可能なんだな」

《はい》


【あのー?】

「すまんな、助かった」


【いえ、ではまた】

《今のはなに》

「秘密。秘密は、内緒は有る?」


《ない》

「コレにも反応しないか、紋章は出てるのに。誰も何も傷付けないで欲しい」


《うん、しない。ママにもするなって言われた》

「そうか。悪夢食べるのも、ちょっと待って欲しい」


《うん》

「よし、トイレ行くわ」




 試行錯誤の結果、黒い仔山羊に花冠を乗せる事で存在証明は完了したのだが。

 問題はシュブニグラスとアマルティアを導き出すべきか、そうで無いか。


「先生、どう思う」

《幻覚でしたら、人間と馬しか居ないと言う極秘情報は手に入れる事は不可能かと》

「極秘なのか」


「らしいな。そのママと呼ばれる神か何かが悪神なのか、どうなのか」

「そうよな、反政府勢力だとしても、良いヤツとは限らないんだし」

《どう、来たんですかね》


「粒と一緒に来た、鳥に掴まって来た、光ってるの見付けた」

「一緒に来たのは仲間か?」


「ううん、仲間違う、人間はごはん」

《ちょっと待って下さい、ならあの怪物は元は人間と言う事ですか?》


「うん」

「ハナ」


「大丈夫、予想はしてたし」

「その人間はママが送り込んだのか?」


「違うって」

《すみません、交代出来たら良いんですが》


「いや、今更よ、207人になっただけだもの」

「ハナ」

《では、続けますよ。今までどうしてたのか、どう見付けたのか》


「先生」

「光、薄くなったり光ったりした、ずっと消えて、探して見付けた」

《箱舟には何が乗ってるんでしょうか》


「ママの人間」

《では、一緒に来た人間は》


「神様の、人間」

《その神様とママ、人間とママは仲良しですか?》


「知らない、神様には会った事無い」

【武光、聞こえてるか】

「すまん、少し外すぞメイメイ」


「おう」


【桜木が一緒だったか】

「おう、どうした」


【使節団から、全員が指名された】

「そん、無茶だろう」


【あぁ、だが流石に無茶だと分かってたのか直ぐに引き、誰か1人で構わないとさ。どうする】

「駆け引きを知ってる手口だな」


【本当にな】


 ココでハナを行かせなかったら、どんな弊害が生まれるのか。

 俺に移民が救えるのか、あの移民船を無事に。


 いや、ハナの魔素とエリクサーと魔石で、シュブニグラスがエルヒムを抑え込んでこそ脱出が叶ったんだ。

 だが、今の状態に憂いが無いなら、俺が行く事で。

 それで残ったハナの立場がどうなるか。

 救えなければ、それだけの罪悪感をハナまでもが背負う事になる。

 なら。


「紫苑に、行かせる」

【お前、アレだけアイツを】


「今さっき、黒い仔山羊に会った。大きな光を求めて浮島に現れた、ココに居る筈だと」

【マジかよ、結界付きだろう】


「ロキが出入りさせたせいだろう。ハナにだけ見えるが、確かに存在してる」

【だからって】


「俺らでは箱舟が救えない、移民船を助けるにはハナでなければならないらしい」

【でもだ】


「俺も行く、内密に、な」

【それ、もっと危ないだろうよ】


「あぁ、けど俺は生きて戻るつもりだ、メイメイと共に。少し話し合ってくる、じゃあな」

【分かった】




 こんなに可愛いのに、他には見えないのよな。

 しかもアレが人間だった、神側の人間。


 最悪は内通してて、どっちにしたってワシを得たいとなれば、良い利用をされるか悪い利用をされるか。

 そもそも、どちらも悪い利用しかしないのか。


「メイメイ、使節団から同行者を求められてる」

「ほう」


「最初は全員、だが1人だけで良いとなった」

「ワシしか居らんくない?」

《どうして、その結論になるのでしょう》


「少なくともこの子のママからご指名が来てるんだし、他のまで巻き込む必要が無いでしょう」

《仔山羊さん、ママが求める人間を生きて返してくれますか?》


「戻すって、なら良いじゃない、ワシで」

《ですけど、なら、無事に生きて戻って下さい、お願いします》


「そらね、迂闊には死ねないので」

「ハナは使節団に送られてくれ、俺は隠れて向かう」


「ちょ、話を聞いてた?」

「あぁ、だが念には念をだ」


「そん」

「大丈夫だ、俺に死ぬ気が無いのは充分に分かっているだろう?」


「けど」

「でもだ、準備をするぞ」


 そう言われ装備を完全に整え。

 一服するかどうか迷っていると、ノック音が。


《失礼しますね》

「おう」


《夜這いに来ました》

「なんでよ」


《本当に生きて帰って来る気はありますか?使命感以外で》


「そう見えてるって事よな」

《即答しない事からも、ですね》


「そう恋愛脳になりたく無かったんだけどな、結局は恋愛なのな」

《もし願いが叶うなら、津井儺君と一緒に生きたくは無いですか?》


「整形したワシを愛されて、ワシは納得出来るんだろうか」

《彼次第かと、ただ、凄くウブでらっしゃるので、補佐は必要かと》


「どうしたって先生の世話にはなるのよね」

《ハーレムでも、私が管理をしようかと》


「なんで」

《とても興味が有るからですけど、灯台の効果では無い事だけは信じて下さい。神や精霊からもお墨付きは頂きましたよ》


「天使にも神様にも粉を掛けられてるものな」

《だけならそこまでは言いませんよ、観察対象から適度に離れてる方が良いので》


「あぁ、何が良いのよ」

《マゾっぽい所とかですかね》


「サド臭いもんな先生」

《津井儺君を落とす方法も伝授しますよ》


「そうテクニックを使うのは好かん」

《そう潔い所も気に入ってるんですけどね》


「ショナにはハーレムなんかに入って欲しく無い」

《もし入りたがったらどうするんですか?》


「正気に戻れと説得するわ」

《もし正気なら》


「何故なのかによるけど」

《なら聞いてみましょうかね》




 桜木さんを送り込むとの武光さんの決断に、僕はどうしても納得がいかず。


「撤回して貰えませんか」

「ならハナを説得してこい」


「だけでは」

「俺が止めてもハナは、下手をすれば単独で向かう可能性だって有るんだ。なら公式で抑え込んだ方が御せるだろう」


「ですけど」

《失礼しますね、ハーレムに入りませんか津井儺君》


「へ」

《嫌ですか?》


「あの、どうして急に」

《桜木花子に生きて欲しいからです、守る者が多い方が力を発揮出来そうですし。死地からでも戻って来てくれそうなので》


「桜木さんは、別に僕をそんな風には」

《思っていた場合でも、身を引くんですか?経験が浅いと言う程度で、他に譲れますか》

「ショナ君、そんな事で身を引く等とは思わないでくれ。誰にでも初めては有るんだ」


《そも、その状態を歓迎しない人かどうか、判断をしてみましたか?》


「いえ、ですけど。僕が、嫉妬してしまうかも知れないな、と」

《その嫉妬は経験不足故の余裕の無さから来るだけでしょう。君が真に求める事は、桜木花子の幸福では?》


「勿論です。けど、メンクイなんですよ?」

《君の顔は別に悪くは無いですし、観賞用と実用品では違うかと》


「そう、なんでしょうか」

《食用の花は存在してますが、花は観賞用だからと言って全て食べますか》


「そうでは無いでしょうけど」

「大丈夫だ、嫌ってる素振りは無いんだ」

《ですね、寧ろ好意的かと》


「ほらな、ハーレムが嫌なら、それもしっかり伝えれば良い」

《ですね、悩まれてはいらっしゃる様ですから》


 けれど、僕で良いのか、僕なんかで良いのか。

 ハーレム形成者で、召喚者様で。


「もう良いよ先生、拒絶されてるみたいでもう無理だ」

「さ」

「ハナ、それは違う」


「説得しなきゃ無理な程度ならもう良いよ、虚しい」

「メイメイ」

「その、僕は」


「ワシも自信が無いから良く分かる。けど、何か、見誤られてたんだなって」

「違うんです桜木さん、ただ自信が無いだけで」


「なら、自信が無い程度で足踏みするなら別に要らない」

《ハードルが高過ぎですよ》

「そうだぞ、付き合っても無い状態で」


「ワシ我儘なのよな、すまん。前なら納得出来たかもだけど、今はもう無理なのよ、色々と有ったから」

「前の世界の事か」


「それを振り切って戻って来た、役に立ちたくて。けど、こうだもの、悩んでたのが馬鹿みたいだ」

「メイメイ」


「そんな人の為に遺伝子変えたって、失敗するかもだし、ならハーレムを受け入れた方がマシだわな」

「メイメイ、決断を早まらないで欲しい。大事だからこそ戸惑い、躊躇う事も有るんだ」


「ワシが死地に行くのにコレだぞ?付き合ったとしても、たかが知れてるでしょう」


 本当に、桜木さんが戻って来れないかも知れないのに、僕は自信が無い程度で戸惑って、躊躇ってしまって。


「そう比べるなメイメイ」

「嫌なら無垢な処女でも狙えば良いんだよ、何も知らない純粋培養とでも一緒になれば良いさ」

「好きです」


「ムキになるなよ、一服してくるわ」

「違うんです、本当に」

「メイメイ」

《騙し討ちと言うか、私なりに機会をと思ったのですが、すみません》


「お前、ワザとだろう」

《だとしても、少なくとも生きる活力は確実に復活していますよ、少しの怒りと共に》


「何も今」

《自己犠牲を選ぶ可能性を潰したかったんですけど、こうも津井儺君が好きでは無いと思わなかったんですよ》


「ふざけるな」

「止めて下さい武光さん」

《もう少し早く好きだと言ってくれたなら、ハーレムを推す事も考え直そうとは思ってました、ですがこうですし。迷い悩んでミスをする、もしくは大罪化や魔王化をしてしまう、それだけは避けたかったんです。桜木花子の為に、ですが今彼はアンカーの役を手放した、意図せずとも無意識でも、彼は選択しないと言う結論を見せつけてしまった。ですが次は私がアンカーになりますので、ご安心を》


「お前は、担当医だろう」

《降りろと言うなら降りますが、ハーレムの管理にも能力は使いますよ。彼女の為に》

「武光さん、お願いですから放して下さい」


「良いのかショナ、こんな奴に」

《相応しいだとか相応しくないだとか、そんな事を気にする人では無いと理解していたなら、迷う必要は無かったんですよ》


「お前、もう降りろ、全て」

《良いですよ、ですがまたアナタが居なくなったら復帰します。そしてエミール君も取り込んだハーレムで桜木花子を幸せにしますので、ご心配無く》


「ショナ君、まだ挽回は出来る」

《したいんですか?良くてハーレムですよ》


「僕は、本当に、傍に居たいと思ってたんです。けど、もう」

《これ!言い争うてる場合では無いぞ!使節団の場所に向かいおった!》

「な」

《この行動力を鑑みて遂行したんですが、どうか自棄にならない様にお願いします》


「お前」

「あの、桜木さんを」


「分かってる、俺の代理はドゥシャに頼んである、後は任せた」

「はい」

《津井儺君は行かない方が良いかと、今でも弱点ではありますので》


「はい」


 折角、戻って来てくれたのに、僕が優柔不断なばかりに。




 あの医師の挙動もそうだが、ショナ君がこんなにも。


「ハナ」

「泣きそうだ畜生」


「すまなかった」

「タケちゃんは悪く無い」


「いや、あんなに自信が無いとは、失敗を恐れるヤツだとは思わなかった」

「失敗って、そら、上手く出来ない場合が有るとは聞いてるけど」


「いや、緊張が過ぎるとだな」

「もー」


「俺はどちらの性別も繊細だと思ってるぞ、大事なら余計に重要な事だろう?」

「全く、これから死地に向かうと言うのに」


「だからだ、先生もお前の憂いを感じ取ったんだろう」

「それは、そうだけども」


「アレは努力家なんだ、努力で埋められない事に怯えても仕方無いとは思わないか?」

「そうだけど、振ってココまで来たのに」


「それもだ、選んで貰う事で後悔をさせたく無いんだよ」

《すまんが、そろそろ時間じゃ》

「あ、おう」


「ちょっと待て、向こうでの心構えを伝えておく」

「おう?」


 少しでも上手く立ち回れる様に、一般的だがより特化した情報をハナへ。




 私としては彼だけを選ばせるより、ハーレムの方が良いと思うんですけどね。

 性豪だそうですし。


《君に狗神を憑けたく無かった。だから私は賭けたんです、君に覚悟が有るかどうか。時期尚早だとは思いますが、生きて返すとだけ黒い仔山羊は言ったていた。つまりは無事では無いかも知れない、生きているだけで何がどうなってるか、そしてそんな死地で役立つのは欲なんですよ。我欲、情欲、独占欲、そう言った欲が桜木花子には見えなかったんです、だからこそこんな事をしました、申し訳無い》


「どうしてそれを」

《ドリアード経由です。従者と召喚者の記憶は君にとって大事な記憶、それを失わせる選択をしたくは無かった、それ程に君を大事に思っている。ですがそうなれば迷いが生じ、果ては敵側の交換条件にされ兼ねない。もし、君と今のままで一緒に居られるのならと、交渉に応じてしまうかも知れない。君を諦めきれずに死を選ぶかも知れない、生きて戻れば君が誰かのモノになるのを確認する事になる、それは辛過ぎるんですよ彼女には。君が支えだったんですから》


「それを」

《先に私が君に伝えるのは誘導になりますから、それは望まれていなかったんです。けれど、今は急激に事態が動いた、もっと言うと君にはハーレムに入って欲しい》


「僕だけでは、無理なんでしょうか」

《私だけでも無理かと。遺伝子を変えて、体臭も声も顔も何もかも、全く別人になった桜木花子を全く違う名前で呼ぶ事になるんですよ?しかも性格までもが変わってしまうかも知れない、君に好みや性癖が有れば合わせる事も出来たんですが、無いのでしょう》


「はい」

《好みも何も、拘りが無いと言う事は、逆に言えば何でも良い、にはなりませんか?》


「そ、それは、そうかもですけど」

《私にも好みはありますよ、高くない声で、弱々しくない、個性的で弱さのある強い人。お互いにそう選択肢が限られる方が安心だとは思いませんか?君も付き合うウチに好みが開花するかも知れませんが、その条件を満たせなかった場合です。桜木花子の声に全く似ない、可愛らしいキンキン声の笑い声に不満を持ち、小食に不満を持ち、困ってる人を無視して身を飾る事に熱中する。死ぬまでそれに付き合い続けるんですよ、嫉妬深いけれど性欲が無い人と、80年一緒に居るかも知れない》


「それは、今はそれでも」

《ですが今度は桜木花子がどうか。君の好みに添えないと気付いた時、別れる事になるかも知れない、けれど遺伝子を戻すかどうか、戻して君が惹かれてしまったら、どうなるか》


「そこまでは」

《ですよね、常識外れな条件ですから。ですが彼女はそう言う人なので、ハーレム入りを検討して頂けませんか?》


「流石にもう、無理では」

《そう諦めきれてたらあんなにショックを受けてませんし、君を推す武光君が同行してるんですから、まだ希望はありますよ》


「その、僕で役に立つんでしょうか」

《君は結構万能なので、かなり、私は料理が苦手なので、お願いしますね》


「そう、なんですね」

《そう不審がらないで下さい、ハーレムには信頼が必要なんですから》






 怖いなぁ、この先生。


「クソっ」

『まぁ、伊達に年は食って無いよねぇ』


「だとしてもだ、どうしてこうなる」

『好意に気付くタイミング、とかじゃね?』


「そのせいだけか?」

『後は情報と時間かな、先生に与え過ぎたんだと思うよ』


「コレじゃあ先が」

『つかさ、マジで生きて帰って来れるの?ハナちゃん』


「生きる気力さえ有れば」

『なら確かに先生は正しかった、マジで萎れてたもの、ハナちゃん』


「ハナにも自覚させるのが早過ぎたか」

『だね、次は2人にはギリギリまで自覚させない方が良いんじゃない?圧縮して濃縮された方が良く燃えるじゃん、燃料ってさ』


「そうだな、確かに、熱量で押す、か」

『そうそう』


「にしても、使節団の魔法は凄いな」

『この解明はされたんだっけ?』


「アクトゥリアンが居た時代の遺産だったらしいな、ワームホールだ」

『ハイテクだぁ』


「全て壊れたんだが、アクトゥリアンが弁明して解明されたんだ」

『そっか。落ち着いた?』


「あぁ、すまんな、悪態で耳を汚したな」

『良いの良いの、何なら好きな方だし』


「変態か」

『まぁ、大多数派(ノーマル)では無いかな』


「何が良いんだ?」

『弱さとか底が見えると親近感が湧かない?』


「あぁ、確かに」

『そ、そんな感じ。もっと拡大解釈すると、ゴールとか果てとかだよ』


「果て、か」

『この果ても無事に辿り着けると良いんだけどねぇ』

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