2月9日
何章目かの3月27日の下書きから、変形したのがこうなりました。
ショナ君が証明書を持ち出すとは、完全に想定外だった。
いや、コートも嘘を見破るピアスも、そして眼鏡も持たせていたんだ。
寧ろ想定すべきだった。
「すまんが俺も、女性体のままで向かうぞ、柏木卿」
「はい、どうか、宜しくお願い致します」
全てを装備し家を出ると、アレクが待っていた。
差し伸べられた手を取ると、一瞬で無色国家へと辿り着いた。
女性は全身ベールで覆われ、常に男性の親族と同行しないと何処へも行けない。
そして2人きりになる事も夫婦にしか許されず、外見を知る者も親族だけ。
「証明書は御座いますか」
「はい」
純潔の指輪は適当に買った骨董品だけれど、怪しまれる事は無かった。
そして証明書も、まだ無記名だった所へ僕の名前を入れた。
「はい、確かに。ようこそ、お帰りなさい」
「はい、ただいま帰りました」
中枢は報告に無かった状態になっていた、魔道具も移動魔法も何もかもが結界石で禁止されている。
魔法を否定するのに、結界石の使用には疑問を持たないらしい、全ては自衛の為だからと。
そして同じく報告に無かった召喚者の子孫が存在していた、神々も魔法も科学も否定する存在。
自分こそ人理主義の転生者、マルクスの生まれ変わりだと名乗る何者か。
真の平等を謳いながらも、自身は白い治癒魔法を有していた。
世界を革命するんだ、と、自身も召喚者の血族でありながら、召喚者を排除する論を展開し。
何れは政敵の病を押し進め、味方を増やすんだとも、完全にソシオパスの分類だった。
『助かります、従者の帰化は大変珍しいので。情報を頂けますか?』
「女性1人、男性3人です」
『報告には女性は2人だと聞いていますが』
「念入りに偽装された情報なので、内部の人間で無ければ得られない情報です」
『そうでしたか、疑ったワケでは無いのですよ、どうか気を悪くなさらないで下さいね』
魔道具を使うまでも無く、嘘がハッキリと表情に出ていた。
何の訓練も受けては居ないらしい、ココで育った人間なのだろうか。
「出来ればもっとお話しを聞かせて頂きたいんですが」
『そうですか?では、私の生い立ちからでも宜しいでしょうか』
「はい、是非」
ココへ救い出された人間、要は誘拐されて来たらしい。
そうして完全な洗脳教育の元、魔法も科学も悪だと教え込まれた人間だった。
そう教育した者はとっくに亡くなり、それを親と呼んでいた。
この事に、誰も何も苦言を呈さず、選ばれた素晴らしい人間だと褒め称えている。
特別になりたかった人間の残渣だけで、こんなにも汚染を拡げる事が出来るんだろうか。
『私達はそうして支え合って生きているんです』
「そうなんですね。例えば、参謀の様な方は居られないんでしょうか、些末な事でお手を煩わせるワケにはいきませんし、多少は専門的なお話しになると思うので」
『そうですね、では彼と引き合わせましょうか』
結界石への守りは0。
俺の拳で物理破壊し、スクナ様が作った偽物を設置。
そうして全ての石を取り払い、ショナ君に呼び掛ける。
「ショナ君、聞こえるか」
【はい、お手洗いは何処でしょうか。はい、はい、ありがとうございます】
「無事な様だな。エインナガ神、ユルルングル神、協力は頂けないだろうか、出来るだけこの地を荒らす事無く、穏便に済ませたい」
『私がエインナガ』
《ユルルングルだ、どちらがどちらか見分けが付く事が条件だよ》
苦手等と言っている場合では無い、見る程度では死なない。
ハナはもっと、大変な事になるんだ。
「コチラが、エインナガ神、コチラがユルルングル神だと思いますが」
《正解》
『なら次は私の条件だ、我らを同行させよ』
あぁ、苦痛を対価とする場合も有るんだったな、忘れていた。
この、冷たい感触を感じたとしてもだ、俺は死なない、俺よりハナが。
『仕方無い、我の体に巻き付けば良いだろう』
『ふふふ、冗談だ、暑いのは嫌いなんだよ我々は』
《飛べるしな、お前は見守るだけにしろ。本来はココの人間が動くべき事、さ、行こうか》
2匹の虹色の蛇が、僕の足元へ。
しかも、他の人間には見えてはいないらしい。
《すみませんね、長旅でらしたでしょうに》
「お気遣いありがとうございます」
《実に不誠実そうな笑顔だ》
『結界石の設置はコイツの案だ、全く、住まわせてやってるだけ有り難いと思えと何度も伝えた筈なんだがな』
《いえいえ、今日はお疲れでしょうから、お話はお昼にでも》
「いえ大丈夫です、現状を把握させて頂きたいんですが、主に現地の方との交流等は」
《代理に任せているので大丈夫ですが、まだ異教の神へも配慮されますか》
「すみません、最近まで召喚者様に同行していたので、単なる癖です、忘れて下さい」
《あぁ、そうだったんですね、キツイ物言いをしました、どうかお許しを》
「いえ」
《指導者様とお話が有るので、どうかお昼までご休憩下さい。それまでに色々と教えられる者をコチラに寄越しますので》
「はい、ありがとうございます」
『ふふ、我ら神性に慣れているな小僧』
《だが召喚者の匂いがしないな、色恋沙汰かと思ったのに》
「そん」
《まだか、初いな》
『そう誂ってやるな、臍を曲げられては面白い事が減ってしまうぞ』
《あぁ、だが君の想い人ならココには居ない、この世界には居ない》
『残念だがな、もう帰るか?』
「解決するまで、ココに居させて下さい」
《分かった》
『頑張れ小僧』
神々が姿を消し、何を頑張れば良いのか、そう思った時に参謀が寄越した人間が来た。
女性だ、一体何を考えているんだろうか。
『婚約者に任命されました、ハンナです』
「あの、婚約者とは」
『成人されてらっしゃるんですよね、ココでは全ての成人に結婚する義務が発生するんですが。ご存じでは』
「いえ、ただ真の神に仕えられる場所が有ると聞いて」
『そうでしたか、ですがココはそう言う決まりなので』
「認識はしましたが、僕は」
『大丈夫ですよ、この麻袋に入ればお互いに何も見えませんから』
「あの、他の事が知りたいんですが」
『全ては、この儀式を済ませてからになりますよ』
《くふふ、焦っておるのぅ》
『独断専行するからだ、馬鹿者め』
《実に楽しいな》
『あぁ、そうだな』
このままじゃ情報収集すら中途半端で、桜木さんが好きだと言ってくれた僕の貞操すら。
「あ」
「ふう、ショナ君を手助けするなとは言われて無いんでな」
武光さんがヒュプノス神の魔道具を使い、女性を眠らせてくれた。
もし、僕だけだったら。
「あぁ、ありがとうございます」
「独断専行は良くないと、身に染みたか?」
「はい、髄にまで染み込みました」
「取り敢えずは、この麻袋に詰めるか」
服を脱がせる事までお任せしてしまい、何とか女性を麻袋に入れ。
更にもう麻袋を1枚使い完全に拘束したが、行動できる猶予が僅かになってしまった。
【且つては同じ主を崇拝していたのに、実に嘆かわしい事です。せめて、私が見守っていましょう】
「助かる」
「あの、コレから」
「任せる。ただギリギリまで偽装し、入り込め」
「はい」
貞操の危機のお陰か、ショナ君の嘘が冴える事になった。
《あら、気に入りませんでしたか》
「いえ、初めてだったのでもう終わりましたが、珍しいですか?」
《いえいえ、ココでは素晴らしい事ですから、問題有りませんよ。ですが彼女は》
「横になって頂いています、妊娠率を上げるのに、問題が有りますか?」
《素晴らしいお心遣いですね、そうでしたか、では暫くは安静にさせないといけませんね》
「はい、それで。内部へ入り込める情報をと思ったのですが、急ぎで無いなら」
《とんでもない、是非、可及的速やかに情報の提供をお願い致します》
「はい」
緊急事態が起き、省庁で召喚者も含めての会議が有るとショナ君に言わせ、総力戦を仕掛けさせる事になった。
そこで根こそぎにするつもりだが、問題は相手がどう乗って来るか。
《その、緊急事態とは》
「1名、行方不明なんです。多分、逃げ出したんじゃないかと」
《それは一体》
「もう1つの地球が厄災として来るので、それが怖かったんでしょう」
ショナ君は顔色を変えず、片や参謀の顔は真っ青に。
今までの仮想敵は国1つか2つ、それと地球じゃ比べるまでも無く困難な状況になると計算出来たんだろうな、そう馬鹿で無くて助かる。
《それは、本当なんですか?》
「嘘を見抜く、魔法も魔道具も無いんですよね、なら信じて頂くしか無いんですが」
《その情報は、何処まで降りてらっしゃるんでしょうか》
「側近までです、僕がその間近に居た従者なので」
《では、どうして》
「話に聞くよりも弱いですし、逃げ出された時点で目が覚めたんです、救いを求めるべき真の神に仕えるべきだと」
《そう、でしたか》
「まだ僕は所属している状態になってる筈なので、向こうの陣営へ行って情報開示をさせましょうか?」
《そうですね、お願い致します》
どこも日和見なのは変わらないらしい、ココでもショナ君が二重スパイとは思ってもいない。
そして、賢人の居る基地の人間もだ。
「視察です」
「おう」
「なーんか、端折ってるっすよねぇ」
「マジでハナが居なくなってな、ショナ君が独断専行をした」
「すみませんでした」
「もう大好きじゃないっすか、何か有ったんすか?」
「まぁ、それは追々だな。偽装された方の情報開示はどうだ」
「コレで、どうっすかね」
第2地球の到来が予知され、召喚者の1人が予知夢を見る為に長い眠りについた。
場所は何者にも不明で、神々のみが知っている、と。
「あぁ、それで会議はどうなる」
「マジでするんで大丈夫っすよ、ってかショナさんが報告すれば良いのに」
「仮にも寝返ってる側なので、念には念をですよ」
《致したとまで嘘を言っておるしのぅ》
『簀巻きのはまだ目覚めないらしいが、猶予は少ないと思うべきだろう』
「ぅわぁ、誤解されないと良いっすね」
ショナ君が、落ち込んだ。
「賢人」
「あ、俺もフォローするんで大丈夫っすよ、ね?」
「良いんです、どうせ選ばれないと思っているので、もう良いんです」
あぁ、そう振り切れてのコレか。
厄介だ。
「諦めたらそこで試合終了っすよ?つかその程度で見切りを付ける方じゃ無いと思うんすけどねぇ」
「そうだぞ、俺のメイメイにそんな風に見切りをつけてくれるな」
「はい」
絶望状態のままのショナさんを見送り、情報開示。
デカい事象だから、反応が大きくて助かるっすよねぇ、直ぐに見分けが付くんすもん。
スパイって、結構居るんすね。
「中つ国に3名、旧米国はもう、半分以上っすね」
【最悪の展開だな、アレを関わらせずにいて正解だったな】
「あぁ、大丈夫なんすか?」
【エミールに任せているが、ベリサマも居るんだ、大丈夫だと思いたい】
「お疲れ様っす」
【おう】
マジで子供のお守りまで、大変っすよねぇ。
情報を持って、指導者と参謀へ会う事が出来た。
すっかり信頼してくれるのは良いんだが、女性の方を何とかしないと。
「あの、そろそろ様子を見に行きたいんですが」
『あぁ、そうでしたね』
《是非、お部屋にお戻り下さい》
急いで部屋へ戻り、麻袋を1枚だけ解いた。
生殖器の部分だけ切り抜かれた麻袋、痒がりの桜木さんには拷問になるだろうに。
「大丈夫ですか」
『え、あ、はい』
「僕はもう服を着てますし、後ろを向いていますね」
『はい』
早々に立ち去ってくれるとばかり思っていた、なのに、擦り寄られるだなんて。
振り払いたい気持ちを我慢して、用事が有ると言って部屋を出た。
《くふふ、誤解では済まぬかも知れぬのぅ》
『あまり心を乱させるな、コレも大事な仕事なんだ』
《私怨半分だろう》
『その半分が大事な仕事なんだろうさ』
軽口のお陰で、僕は正気を保ててる気がした。
明朝、日本時間の朝9時会議が決定された。
早速各国の人間が準備を始め、大きく動いた。
そして中つ国ではシェリーが俺の右腕となり、諜報活動をする事に。
もっとスムーズに、仲間に引き入れるべきだった。
そして国連内部も、誰を味方にすべきか、やっと見極められる。
「名乗らなくても分かるだろう、話し合いをしに来た」
反応は上々。
先ずは敵の炙り出しからだ。
もし僕が二重スパイじゃ無かったら、テロへの幇助で国際裁判に掛けられ、死刑になる。
もし二重スパイと認められなかったら、そこはもう、潔く死のう。
きっと、桜木さんへの想いは叶わないだろうし。
『何から何までお手伝い頂いて、ありがとうございます』
《優秀な方に来て頂けて、本当に助かります》
「いえ、飛行機の手配をしただけですので」
『会議場所まで案内して貰えるとは、中々出来ない事かと、ですよね?』
《はい、神のご加護が有る証拠ですよ。大事にしなくてはいけませんね》
「受け入れて頂いただけで充分なので、多くは望みません」
『謙虚でらっしゃる、実に素晴らしい方ですね』
《はい、帰って来たら改めて部屋をお選び頂いて、講師になって頂きましょう》
『そうですね、それが良いでしょう』
《はい、暫くお休みになっていて下さい、出発までまだ時間が有りますから》
「はい、失礼します」
部屋に戻ると女性は居なかった、だが鍵を掛けられない。
鍵は所有を示す事になる、だから既婚者でないと家に鍵は付けられない。
紙媒体も新聞も1社だけ、ネットも無い。
有るのはあの本と、農作業と生殖だけ。
桜木さんがココに居なくて良かったけれど、苦痛で仕方無い。
早く会いたい、会って他愛も無い話をして、食事を一緒に作ったり、一緒に食べたり。
もし戻って来てくれたら、こんな嘘ばかり言った僕を、傍に置いてくれるんだろうか。
おタケが起きてると、ハナちゃんの方の映像は無し。
コレが観れるのって、もしかしてクトゥルフのお陰なんだろうか。
「はぁ、どうだ」
『君が寝ないと進まないみたいだねぇ』
「そうか、何処までだ」
『まだ13日、良いなぁお子様ランチ』
「あぁ、明朝はお子様ランチにするかな」
『うん、美味い』
コレ、何で味が分かるんだろ。




