2月4日
エミールと共に朝一で浮島へ戻ると、小野坂は既に卵を持っていた。
そして先ずはと、女従者の話になった。
『私は、女性の方が安心するので』
「そうか、日本のでも良いか?」
『はい、お任せします』
「いや、出来たら選んで貰いたいんだが」
『そうなんですか、分かりました』
省庁へ向かわせると、その日に居た女性従者がそのまま伴う事になったらしい。
そしてエミールと俺は小野坂と共に、鍛冶神巡りへ。
従者とセバス、アレクは里で術の会得を。
ハナは、蜜仍と共にニュクス神の元へ。
変化は一切させるなとのお達し付き、だが不安だ。
「はぁ」
《コレ、少しは子離れせんか、おタケよ》
『あんな突拍子も無い事を言うんだ、無理も無いだろう』
『えー、私ならやらせちゃうのになぁ』
「エイル神は、賛成か」
『だって、一応女の子だし。魔道具を奪われて体を治されたら、だもの』
《そんな手の込んだ事はロキ位じゃろうよ》
「有り得る」
第2での危険性か。
だが、直ぐに無毒化出来ていた筈。
筈で、確信は持てない。
脊髄反射で反対してしまったが、させるべきだったんだろうか。
『あらー、重症ねパパ。例え話で、半分冗談だったんだけどなぁ』
「いや、念には念をだ。クエビコ神、もしハナが言い出したら」
『武光さん、どうでしょうか?』
「あぁ、似合うと思うが。戦闘用なら地味な方が良いのでは?」
『かも、なんですよね?災害かもだし、ならコレの方が目立って良いですよね?』
『そうですね、裏はカモフラージュ出来るので大丈夫かと』
「そうか、なら安心だな」
『リクエストをと言われてるんですが、大丈夫なんでしょうか』
「あぁ、対価か。何か、渡すべきと思うモノは有るか?」
『祈りや聖歌は、どうなんでしょうか』
「俺らは渡したことが無いんで、聞いてみると良い」
『はい』
『僕らが言う、異教の神々に、異教の神を称える歌はどうなんでしょう』
「珍しいなら、万が一にも喜ぶかも知れん。ベリサマ、すまんがコレを渡しておく」
『あら、もう貰ってるから大丈夫よ、ほら、蝋燭。可愛いでしょう』
『あーん、良いなぁ、ハナに言ったらくれるかしら』
「勿論、伝えておく」
『ワシがな』
『ありがとうございます、クエビコ様』
武光様が居ないけれど、桜木様は落ち着いてる。
単なる過保護なだけでは?
寝台の上で横になるニュクス神にご挨拶して、今度はそのままヘカテ神の元へ。
女神達に揶揄われながらも、沢山の魔法を覚えた。
『良い子良い子、次は何が良い、ハナたん』
「変身が相性良過ぎるみたいなんですが」
《そうねぇ、じゃあ少し見てみましょうか【さぁ見せて、素敵な変身を、アナタの怪物】》
試す、では無く確かに見る、だった。
ヘカテ神が桜木様の目を覗き込み終わった直後、影が桜木様を、床が桜木様を飲み込んでしまった。
そして、鉤爪持ちの小さな真っ黒い子供が吐き出された。
「桜木様?」
『小さいハナたんも可愛いですけど、コレ、戻れますかね』
《あぁ、夢遊病の気があったのね、ごめんなさいね。良い子良い子》
「あの、戻れますか?」
『嫌なの?ハナたん』
《そう、動いてみたいのね、はいどうぞ》
猫やリスみたいに跳んだり跳ねたり、クルクル、コロコロ。
『蜜仍たん、戦闘訓練したいみたい』
《気を付けるのよ》
それは僕への言葉だった。
鉤爪は鋭く、空間移動を使われては僕は何も出来ないまま、怪我だけが増えていく。
そして治療魔法は使えるのか、僕を治しては傷を付け。
『あー、物足り無いですかねぇ』
《強くて楽しいのね、良い子良い子》
「あの、戻れるんですよね?」
《そうねぇ、この子次第よねぇ》
『もう少し、訓練がしたいそうですが』
「1度、戻って頂けませんか?」
《あら、何処かへ逃げちゃったわね》
『予測は付きますか?』
「いえ、ですが。武光様」
蜜仍から連絡が来る直前に、真っ黒で小さい何かが訓練場にやって来た。
【あの、桜木様がそちらに】
「ハナか?」
頷くといきなり戦闘態勢に。
楽しいのか、嬉しいのか、空間移動を使いながら戦う。
『タケミツさん?!』
「大丈夫だ。ハナ、思った通りに動けるのが楽しいか?」
コクコクと頷くと、また裏拳や回し蹴りを繰り出す。
何処かで、格闘センスが無いと言われていた筈なんだが。
『え?本当にハナさんなんですか?』
「あぁ、らしい」
楽しく遊んでいたら、突然根が邪魔をした。
そして舞い降りて来たのはマーリン。
『帰るぞ、チビ』
「マーリン、もう少しだな」
『武光さん!その化け物は』
マーリンの腕で暴れていたハナの動きが止まった。
『ほら、だから帰るぞと言ったんだ、良いな』
コクコクと頷くと、マーリンに抱えられて行ってしまった。
表情は真っ黒で見えないが、きっと悲しい顔をしていたんだろう。
俺に依存させたせいで、俺にただ強くなったと見せたかっただけで。
「どうして、こうなるんだ」
『タケミツさん』
《アレは、ハナだったんじゃよ、何て事を言いおる》
『え、でもだって、戦って』
『全く、アレは演舞だ』
『ほれ、怪我1つして無いだろう』
『ただただ、遊んでいたんだろうな』
『すみません、だって、そんなつもりじゃ』
「いや、仕方無い。良いんだ。ハナも迂闊だった」
『タケミツさん、どうしてハナさんだって分かったんですか?』
「蜜仍から連絡が来た。それに神々を見れば分かるだろう、敵意も殺気も発さなかった」
『まぁ、見た目で人間は騙されるのは良くある事だが』
『可哀想だが、仕方無い』
『俺はもう今日は止めた、またな坊主』
『ベリサマさん、私』
『まぁ、気紛れだし』
『私、様子見てくるわベリサマ、じゃあね』
『僕、謝ってきます』
「いや、誰が悪いワケでも無いなら、謝るのは得策じゃ無い」
『でも、だってハナさん、悲しそうでしたよ』
『私、桜木さんに』
《残念だけれどアナタとあの子の運命は交わらないわ》
《今も、未来も、関わっても良い相性じゃ無いの》
《残念ね、可哀想に》
『そんな、可哀想だなんて』
「エミール、普通にするなら俺も一緒に行く」
『します、行きます』
「すまんが、小野坂は暫く自主練をしててくれないか?直ぐに戻る」
『はい、すみません、ありがとうございます』
「蜜仍、ハナはそっちか?」
【いえ、ニュクス神の神殿です】
「分かった、向かうが問題無いか」
【はい】
マーリン導師によって連れて来られた桜木様は、ヒュプノス神とモルペウス神によって深い眠りにつかされた。
変身を解くには、ドリームランドで変身を解かなくてはいけないから。
だから、武光様は過保護になっていたのかも知れない。
こんなにも、例外が起きるんだから。
「邪魔する、李 武光だ」
『エミール・ペンドルトンです。ハナさんは大丈夫ですか?』
『あら、可愛い子達ね』
『大丈夫だよ、深く眠ってるだけだ』
《ごめんなさいね、最初は楽しそうに遊びに行ったのに》
『沢山遊べば、戻る気になると思っていましたが、何が有ったんですか?』
武光さんが泣くと思っていなかった、エミールさんも、僕も思っていなかった。
もう、まるでハナさんが死んでしまったみたいに崩れ落ちて、ポロポロと。
「化け物と、言わせてしまった。すまない」
「なんて事を、誰がそんな」
『突然で、多分、弾みだとは』
「いや、俺が、引き留めたせいだ」
武光さんの不安が的中し、本当に運命の3女神から相性が悪いと言い渡されたのだそう。
『それで、マーリン導師は』
「桜木様を置いて帰られました」
『優しい子だよねぇ』
《ごめんなさいね、暫くウチで面倒見るわ》
『是非、ね。良いかしら?』
「はい、ハナを、どうか宜しくお願いします」
「あ、武光様。長がお呼びです」
「あぁ、分かった。ココでは繋がるのか」
「はい、相性が良いみたいです」
「そうか、ハナを頼んだ」
「はい」
心も体も、出来るだけ傷付けさせたく無かった。
俺が代わってやれない時に、沢山傷付くのだから、だからこそ守ってやりたかったのに。
《あぁ、馬鹿だなぁ、そんなに泣いて、どうした》
「俺はまた、ミスをした。ハナと演舞が出来て楽しかった、嬉しかったのは俺なんだ、だから小野坂に、化け物と言わせてしまった」
《馬鹿野郎、そんなドンピシャでその言葉を吐かれると誰が思う。それに神々が居たなら演舞だと》
「それでもだ、マーリンが迎えに来た時点で直ぐに返してやれば、アイツは」
《まるで死んだみたいに泣くな、無事なのだろう?》
「あぁ、連絡は行って無いのか?」
《コチラから一方的なんでな、お前に用事が有ると伝えてみたんだが》
「すまんな、用事とは、何だ?」
《ショナ君がハナを見たと言うんだ、影の奥底で。もしかしたら何か有ったのかと》
「あぁ、繋がっているのか、ハナと」
《そんな筈は無いんだが、もしかして変化したのか?》
「あぁ、らしい」
《蜜仍にはさせるなと言った筈なんだが》
『ドリアード経由ですまんがな、見るだけだと、確かに言っていたらしい』
《あぁ、女神との相性が良かったんだろう。見極めに引き摺られたな》
『らしいな』
「良く有る事なのか」
《あぁ、だが、それだけでは》
「マーリンは、ドリームランドと重なっている、と」
《あぁ、それか。成程、困った子だ》
「そんな悠長な事を」
『面倒だ、許可するぞドリアード』
《マーリンが面倒を見ておる、心配するでないよ。それに、お主は脳内物質ドバドバじゃったろ、仕方無い》
「もう、訓練は封印しようと思う」
《極端な奴だ、世界を守るんだろうに》
《そうじゃよ、誰も死んでおらんのじゃし、逆にハナが悲しむぞ?》
『あぁ、あんなに楽しそうに跳ね回っていたんだ、そう極端に振るな』
「アイツは、俺の出来ない事を出来る、だから俺が守らないといけない、なのに」
先へ進めても、どうにかなると思っていた。
まして変化には注意しろと蜜仍が言い聞かせられていたから、何も無いと油断した。
例え何か有ったとしても、神々なら何とかすると。
ショナ君が居れば大丈夫だろうと。
楽観的な部分が、どうしても治らない。
《そう落ち込むで無いよ、ほれ、目覚めぬワケでは無いんじゃし》
「目覚める意志が有れば、だろう」
《察しの良い奴は嫌われるんじゃよ?》
「なら、ショナ君はどうしている」
《向こうで変化の練習だが、伝える気か?》
「あぁ、ハナが戻る鍵なんだ、ショナ君は」
マーリンとおじさんと、後、誰か。
前にも来た真っ白な砂浜で遊んでいると、後ろから水際を走る音が聞こえて来た。
振り向くと、知ってる様な知らない様な人。
何か話しているみたいだけど、良く聞き取れない。
『チビ、少しは聞いてやれ』
マーリンに無理矢理顔を向かされた。
太陽を背にしているから眩しいし、良く見えない。
「桜木さん、帰りましょう」
差し出された手と自分の手を比べる。
向こうは普通の手、コッチは真っ黒な鉤爪、傷付けるかもと思って手を引っ込めた。
『変化の練習、指輪が有るだろう』
そう言えば。
有った、嵌めてみる。
「素敵な指輪ですね」
「うん、借りた」
『声は戻ったな』
「記憶はどうでしょう、僕は、召喚者の桜木さんの従者なんですよ」
「従者、召喚者」
『そうだ、お前は召喚者だ』
「でも、多分スペア、地盤固め用で後衛」
《バッサバッサと倒しておったろうに、それにじゃ、誰が後衛と言ったんじゃ?》
「なんとなく?運痴だし」
「じゃあ、スキップの競争してみましょうか」
「それは得意!」
目覚めると、ニュクスさんの真っ黒な宮殿で眠っていた。
しかも真横には豊満なおっぱいが。
『おはよう、元気そうね、ふふふ』
「おはようございます」
「桜木様、おそようございます」
「ワシ、スキップの競争してたんだけど」
「僕が勝ちましたね」
「ショナ、訓練は?」
「切り上げて来ました」
「桜木様、何処まで覚えてますか?」
桜木さんは、全部覚えていた。
化け物と言われた事にはダメージは無さそうだけれど、見た目には全く出さないかも知れないと、武光さんや先生に言われていた。
だからこそ、本番はココから。
「運命の3女神から相性が悪いとお墨付きを頂きましたので、以後は接触禁止でお願いしますね」
「それはまぁ、お互いの為でも有るだろうけど、緊急事態時は?」
『ふふっ、それは短時間だけ、ちゃんとお互いが存在していると認識している時に、ね』
《そうそう、全員で短時間限定よ》
『ごめんねハナたん、変身しちゃったのが問題だし。相性が良過ぎたみたい、ココや女神達と』
「ほう。お世話になって、大変申し訳ございませんでした」
《良いの良いの、危険な因子を見逃したのは私だから》
『そうよ、この子が悪いから気にしないで、ね?』
『そうです、ヘカテたんが全部悪いですから』
『それで、提案なのだけれど』
《ウチに暫く滞在するか》
『それか、エイル神から提案が有るそうです』
「あれ、エイル先生まで、ご心配お掛けしまして」
『気にしないで、それより。息抜きに何処かに出掛けてくれない?』
「どうしてそうなります?」
『蝋燭、私も欲しいなぁって。それと、他にもお土産が欲しいの』
「こういうの?」
『あーん、可愛い』
『私も欲しいんですが』
『私は、コレ』
《ニュクス早いわね、じゃあ私はコレ》
「そんなに良いですか」
『そうよ、だからハナが旅行先で選んだモノなら』
『成程です、更に幅が拡がる。と』
『良いわね、候補は、有るのかしら』
《もう、行く事がほぼ決定じゃないの。良いのよ無理しなくても》
「ショナ」
「是非、行かないといけませんよね。例えば、ケバブを食べにイスタンブールとか」
「ぅわぁ、行きたい所をドンピシャに」
「行きましょう桜木さん。公務ですよ、公務」
休めとか休暇とか遊べとか言われると行かない、そんな自分の特性を完璧に把握されてしまっていた。
公務なら仕方無い。
女神達にお礼を言って、早速イスタンブールへ。
「アレク、セバスはどした」
「もう終わったし、セバスは双子達の所、後はショナだけ」
「桜木さんが影の中に見えた気がして、途中で中断になったんです。追い掛けて遠くに行くと危ないって事で」
「ご迷惑をお掛けしまして」
「いえいえ」
「あ、あの、桜木様で、宜しいでしょうか?」
「あ、すみません、桜木花子です」
「どうも初めまして、雨宮マキです」
タケミツさんが真っ赤な目をして帰って来た。
そしてこれからどうするのか、何をするか、ネイハム先生と一緒に説明してくれた。
まだ悪夢を撃退出来ていないので、またコレからもドリームランドや悪夢に引っ張られるかも知れない事。
それでも、ドリームランドには行く価値が有る事を、ベリサマ神も教えてくれた。
ハナさんが持っている剣は、既に魔剣の領域に達していると。
そして、浮島を借りる間、ハナさんは公務で何処かに出掛けるとも。
それから泣いていたらしい小野坂さんへフォローをしに行き、訓練へ。
ただただ、ハナさんが目覚めてくれる事だけを願いたかったけれど、狙撃には集中が必要だから、何も考え無かった。
少しづつ、的の距離を遠くしていくだけ。
遠くに、もっと遠くに。
《ふむ、楽しそうじゃの》
「お、許可が出たのか」
『あぁ、入った瞬間にな、許可するとだけ』
『良かったぁ』
「あぁ、有り難いな」
『ですね』
もう小野坂さんには桜木さんの情報は入れない。
だけれど、女性の従者さんにはしっかり伝えないといけない。
行き違いが有ったら、さっき以上の不幸な出来事が起こってしまうだろうからって。
津井儺君とは会える望みは無いけれど、従者の仕事が出来てとても嬉しい。
《マサコ様、そろそろ休憩された方が》
『あ、はい。すみません、魔素って概念に慣れないとですね』
《一応、体調に異変が出る前にとの設定なので、先ずはココに慣れるのが先ですね》
『その、他の方はどの位で慣れたんでしょう』
《武光様が休憩されてますし、お伺いしてみましょう》
『そうですね、ありがとうございます、華山さん』
小野坂が泣いていた理由は俺には分からないが、今はすっかり調子を戻したらしい。
そして休憩中の俺に話をしに来た。
「いつ、慣れたか?」
《はい、魔素に慣れたか、ですね》
「そうだな、俺らは神獣を得た位で眠くて仕方無かったが。大丈夫か?」
『はい!どんな子が生まれるんでしょうね』
「親の姿は見て無いのか?」
『はい、泉で起きた時に既に有って』
「ナイアス、親は」
『……ケンタウロスですぅ』
『そうなんですね、宜しくお願いしますね、マサコです』
『…はぃ』
「小野坂、男が苦手なら、もしオスが生まれたらどうする」
『んー』
「苦手な理由を教えては貰えないだろうか」
『武光さんやエミール君は別だと思いますけど、乱暴だったり横暴な人って多いじゃ無いですか。それに、毎日一緒に居る以上は、純潔のリングって知ってますか?』
「あぁ、その名前の通りらしいが」
『なので、疑われる様な事も私は嫌なんです』
「そうか、ただ、神獣の性別を変えられるか俺は知らないんでな。鍛冶神達に尋ねてみると良い」
『失礼じゃ無いですかね?どうやって聞けば』
「それを俺に聞かれてもだな」
《一緒に考えましょう》
『はい』
《武光様、少しお話が有るので向こうで宜しいでしょうか》
「おう」
《あの、桜木様は大丈夫そうでらっしゃいますか?》
「あぁ、問題無い」
《今の所は、ですよね。私も繊細な方なので、良く分かるんです。もし何かあったら、いつでもお力になりますので》
「あぁ、助かる」
《いえ、では》
繊細にも、種類が有るんだろうな。
「先生、少し良いか」
《告白でもされましたか?》
「いや、今のがな、ハナと同じ繊細さが有るから、いつでも力になるとさ」
《華山香さん、でしょうか。熱心な従者さんにも見えますね》
「も」
《誰か探してた素振りが有ったので、もしかしたらですが》
「あぁ、ショナ君が目当てか」
《恐らく、ですので》
「いや、確認させる」
《念入りですね》
武光さんからラブコールとは、俺、モテ期かも。
「どうしたんすか?」
【情報が欲しい】
「うっす」
新しく配属された子の情報、華山香さん。
まさかショナさんを好きな子が配属されるなんて、運命って最高っすねぇ。
【最悪だ】
「何か有ったんすか?」
【戻って来たら教える】
「ひゃー、ズルいっすねぇ、あ、切れた」
流石に、早々に復帰したら桜木様に怒られそうだし。
かと言って向こうが超気になるし。
あー、気になるぅ。
桜木さんがケバブとバザールが好き過ぎて、もうココに住みたいとまで言い始めてしまった。
そして今休憩しているハンと呼ばれる場所も、構造が好みらしい。
「もう、好きばっかりだわ」
「豪邸だと中庭が一面水辺だったり、噴水だったりもするんですよ」
「はー、全部終わったら、別荘を渡り歩きたいかも、夏は北海道、冬は沖縄」
「素敵ですね、けど、ココにはいつ来られるんですか?」
「秋と春?」
「成程ですね…あの、ショナさんは一旦何を?」
「ワシの好みが根掘り葉掘り書かれてる」
「え、お仕事で?」
「はい、そうですけど」
「そうなんですね、てっきり」
「なー、そう誤解しちゃうよなー?」
「これアレク、マキさん誂わないの」
「えー、なー?」
「ショナもいじめるな」
「えー」
「ズルズルしないの、もう飽きたなら帰るか?体力そんな無いだろ」
「ううん、ちゃんと人になったから大丈夫」
「は」
「クヌムさんに」
「何て事を、お礼を、本当に?」
「俺の顔ちゃんと見た?イケメンになって無い?」
「あ、マジかバカか、お礼をしに」
「武光さんがお渡ししたそうで、大丈夫ですよ」
「は、ショナもか」
「事後報告を受けました」
「マキさーん」
「大変ですねぇ、お疲れ様です」
この雨宮大使は大丈夫らしい。
遠慮等は何も無い。
それどころか胸や他の諸事情もカミングアウトし、一気に仲良くなった感すらある。
「桜木さん、同性でもセクハラになるんですよ」
「えー、マキさーんアレは逆ギレだと思うんだがー」
「そうかもですねー、それかきっと、この会話が羨ましいんですよ」
「なるほどー」
「不思議ですねー」
(誂われてんの)
(助けて貰って良いですかね)
「対価は?」
「互助って概念分かります?」
そして雨宮氏を大使館へ送り届け、今日はお開きに。
帰り際、雨宮大使から頑張って下さいねとの口パクとガッツポーズを頂いてしまった。
(頑張って下さいね、だってお)
(そんなに、何か僕、表に出てますかね)
(え、なに、好きじゃ無いの?)
(オブラートに包むって概念覚えて貰えますか)
「なんで、別に良いじゃん」
「何が?」
「サクラはダメー、男の子の話だから」
「えー、じゃあ変身するぅ」
「変身が怖く無いんですか?」
「いや、向こうの方が怖かったろうよ。謝りたいわ」
「なら、手紙では?」
「字が汚いのよなぁ」
「タブレットでの出力なら、誤字修正、印刷が可能ですよ」
「やる」
「じゃあ、手紙選びに行きましょうか」
「いや、アレク疲れたでしょう。疲れたって感覚分かる?」
「分かるけど、そのウチ」
「はいはい、ホテルどっちだっけ」
「向こうですね」
「えー、平気なのに」
「筋肉痛なるよ」
「またまたぁ」
「入院経験舐めんな、なっても治さないぞ?」
「大丈夫なら診て貰いましょうよ」
「ショナぁ互助は?」
「やっと理解出来ました?」
「で」
「行きますぅ」
アレクはソファーに寝転ばされると、暫くして寝息を立て始めた。
コレは、流石と言うべきなのだろうか。
「流石、と言って良いんでしょうか?」
「おう、コレは褒めてくれて構わんよ」
「そこは良いんですね」
「おう、手紙を選びに行こうと思います。さ、どっちがお留守番か」
『じゃーんけーん』
《ぽん。かちー》
そして子供のカールラを連れ、再び外へ。
突破的な事以外は、桜木さんは普通にしっかりしている。
突発的な問題にしても、しっかりしてないと言うか、突発的な事が偶々起こってしまうだけで。
「ショナも疲れたろう、直ぐ終わるでな」
「いえ、桜木さんよりは体力は有るので」
「ワシ昼寝してるしー」
「アレって昼寝と言えるんでしょうかね?」
「なー、子供には手加減しようや」
「それで勝てて嬉しいですか?」
「んー」
《お、安くしとくよお嬢ちゃん》
「マジかー、ありがとう、お兄さんイケメンだね」
《爺さん誂ってもお茶しか出ないよ、飲んでくか?》
「さっき飲んじゃった、あのハンの珈琲屋で」
《あー、あそこのはイケメンだろう》
「味じゃないのね」
《味は勿論だけどな、あそこの親父さんも昔は》
こう言った雑談も平気でこなすし。
人見知りと言うか、実は本能的に苦手な相手を嗅ぎ分けられるんだろうか。
「ありがとねー」
《あいよー、またー》
「桜木さん、ちょっと良いですか?」
「話によるが」
「辛いとか悲しいとかって、今は?」
「もう無いんだよなぁ、コレが、マジで」
「魔道具、お借りしても?」
「おう、先ずはあの謎お菓子買って」
「はい」
そしてホテルに戻り魔道具を使っても、本当に平気だと。
寧ろ、罪悪感が有ると。
「怖がらせちゃうって事に神経を使うべきなのにさ、やっちゃったなと」
「だそうです」
《はぁ、じゃったら、本当に相性の問題なんじゃろなぁ》
『そうだな、土蜘蛛も納得している』
「何か、もっとショック受けてるべきかな」
「いえ、そしたらもっと大事になってたかと」
「例えば?」
「武光さんが妹離れ出来なくなるかと」
「あぁ、そりゃ困るな」
いつも桜木さんは笑う時に顔を逸らして、口元を隠してしまう。
罠に掛けるのは良く無いとは思うが、繊細な人間関係に自称繊細が及ぼす破壊力は脅威。
そう先生が判断してくれたお陰で、女従者に張り付く許可が出た。
出来る事なら何も有って欲しくは無かったんだが。
ショナ君と先生によれば、従者が精霊等を使っての個人情報の引き出しは違法だそうだ。
今回は妖精、菓子と話術で誑し込んだらしい。
《そうでしたか、良かったです。私よりはマシなんですね》
繊細さの種類が違う人間に、ハナはこうして同じ筈の人間にすらマウントを取られていたんだろうか。
それこそ、ハナが可哀想過ぎる。
《違法行為、確認出来ましたね》
「はぁ、女媧神、ハナの性質をどう見る」
《あら、覚えててくれたのね》
「勿論だ、些末な事で煩わせてはイカンだろう」
《はいはい、あの子はそうね、灯台。アッチの子は誘蛾灯ね》
「先生はどう思う」
《難しい比喩表現ですね》
《どストレートに言ったわ、本当にそのままよ》
「誘蛾灯なら、羽虫が近付けば怪我をするか」
《小物で迂闊だとそうなるわね、強い子だもの。片や向こうは灯台、深部に触れない限りは問題無いわ》
「そうなると、虫以外も来るだろう」
《有象無象が引き付けられるわね、誰でも真っ暗闇で明かりを見付けたら近寄るでしょう。そうね、最低な表現をするならスペアね、前にも在ったわ。だから、一緒に居られないのよ》
《どちらが、どちらのスペアなんでしょう》
《それって意外と問題じゃ無いのよ、バランスよ、バランス》
「どちらかに当たる光が強ければ」
《影は濃くなり調和は崩れるわね》
《光、影とはなんでしょうか》
《その子が欲するモノよ。おタケ、私にも蝋燭を献上なさい》
「あぁ、分かった」
《桜木花子の欲するモノは、平和でしょうか》
「で、向こうはどうか、か、さっぱり分からん」
欲しいモノ?
「へ?」
《真の望みじゃ》
「引き籠もっても大丈夫な位の平和」
「引き籠もりは外せないんですかね」
「平和って何よってなるでしょ?だから、引き籠もっても大丈夫な位の平和」
《なんじゃろ、めっちゃ良い事を半分は言うておるのに》
『残念感が有るな』
「もー、久し振りの手紙で悩んでるのに」
「テンプレート有りますよ?」
「謝罪文テンプレートはどうなの?」
「謝罪文のレベルなんですか?」
「だって、泣いてたんでしょ?」
《あぁ、それは大丈夫じゃよ、お主のせいでは無い》
「と言いますと」
《個人情報じゃよ?》
「ぐぬぬ」
『関わると禄な事が無いんだ、白紙の手紙でも良いだろう』
《お、粋じゃのぅ、それが良かろう》
「じゃあ、もう、ごめんねだけで」
「何を、を書かないと悪用された時にですね」
「そんな警戒する?」
「今は良いかも知れませんが、後々に響く事も無くは無いかと」
《親切にしても後々で問題になった事は、無いんじゃな?》
「じゃあ、白紙にしときます」
「有るんですね」
タケミツさんは表情を崩さずに小野坂さんの話を聞いているけれど、僕には無理みたい。
《エミール様、大丈夫ですか?》
『すみません、疲れてるので、もう失礼しますね』
可哀想を連発するし、慣れて無いからか任せるって文言ばかり。
何だか、凄い疲れたよパトリック。
「エミールは体調でも悪いんだろうか」
《いいや、じゃがもう寝おったわぃ》
『疲れてたんですね、話に付き合わせてしまって、可哀想な事をしてしまいました』
《まだ幼いんですし、仕方無いですよ》
「すまんが、俺もまだ幼いらしい。休ませて貰うよ」
『あ、はい、おやすみなさい』
《おやすみなさいませ。お疲れだったみたいですね、可哀想に》
可哀想、可哀想と、可哀想と言い合う選手権でもしとるんじゃろか。
《のう、ハナや》
「なんじゃい婆さん」
《それは無視するが、可哀想じゃ可哀想じゃと連呼するのは流行りじゃろか》
「婆さんじゃからじゃろう、おはようの挨拶代わりに可哀想、孫を見れば可哀想、子供を見れば可哀想」
《真面目に聞いておるのにぃ》
「ワシャ真面目じゃ」
《ふん!》
真面目なのか何なのか、いつもハナは良く分からん!
《一応聞きますが、どうしたんですか》
《ネイハムや、可哀想連呼問題じゃよ》
《あぁ、相づちや挨拶代わりですよ》
《本当なんじゃな?》
《そして可哀想と言った方は覚えていない》
《何故じゃ?》
《投げた球は意外と自覚出来無いモノなんですよ、時には永遠に投げた速度や球種の判別がつかない人も居ますし、酷いと暴投し続ける人も居ますから》
《言葉のキャッチボールじゃな》
《そうです、普通は。可哀想系譜としては、ボールを余所見しながら投げ、キャッチを望まない場合も有りますし。コチラが受け取っても、投げて無いと言い張る場合も有ります》
《喋る意味が無いじゃろうに》
《投げて気が済むんでしょう、暴言と同じ様に》
そうじゃったか。
《おタケや、つまりは、暴言なんじゃと》
「成程、端折り過ぎで何も分からん」
《お、生まれたようじゃな》
「大丈夫そうか?」
《ふむ、ダメじゃな》
小野坂の部屋に向かうと、従者がドアを開けて出て来た。
そして中に入ると、嘗てはハナがコンスタンティンと呼んでいた神獣が、困った顔をしてベッド脇に蹲っていた。
『武光さん』
「どうした」
『武光さんがあんな事を言うから、だから』
「すまんな、それで、性別は変えられるのか?」
『無理だって言われました、それにこんな子』
「何が不満なんだ、ケンタウロスは嫌がって無かっただろう」
『こんな、あく』
「分かった、集まって相談しよう」
そうしてエミールを起こし、ハナを呼び出し、神獣を交換して貰った。
悪いと思っていないのか、礼だけを言い終え立ち去ろうとしたので呼び止め、しっかり謝罪させた。
しかも、従者が交換を先んじて願い出る始末で、ショナ君すらキレ気味だったが。
先生の評価はどうだろうか。
《ちょっと、査定的には即時落としたいですね》
「安心した、俺が厳しいだけかと思っていたが。そうか」
《流石に不味いと思った様じゃな、従者が謝罪しに来るぞい》
「良い機会だ。ショナ君、良いか」
【はい】
桜木さんが神獣にコンスタンティンと名付けると、人化し、話し始めた。
そうして相談の結果、暫くは里で知識を得る事に。
何でも、歴史的にも珍しい種族なので、人界の知識が浅いかも知れないからと。
暫く離れる事になる、と桜木さんがコンスタンティンに謝罪し、里を後にした。
そうして僕の方では小野坂さんの従者と少し話し、武光さんと先生も同行して省庁へ。
そのまま他の方と交代して頂き、次に自治区へ行き、武光さんの推薦でマイケル・ジョンソン氏を補佐係とし、同行して貰う事に。
そして小野坂さんには華山さんに業務上の過失が有ったので交代と説明し、納得して貰う事になった。
『はい、頑張らせて頂きます』
「はい、宜しくお願いします」
『宜しくお願いします』
「すまんな、ショナ君」
「いえ、もう良いですか?桜木さんが心配するかもなので」
「おう、邪魔したな。ベランダで良いか?」
「はい、宜しくお願いします」
「おう、またな」
「桜木さん、ただい」
《閉まっておるのぅ、くふふ》
「桜木さん、開けて下さい」
「何が有ったのよ」
「入れてくれたら、話します」
「仕方無いなぁ」
「どうも」
「で」
「ザッと言うとですね」
従者の職権乱用が有ったそうで、先生も現認したからと即時降ろされたらしい。
辞めさせるまでには至ってないが、ショナはそれが不満だそうだ。
「へー、大変ですな」
「呆れてます?」
「いや、被害無いのに大袈裟と思う」
「被害が有ってからじゃ困るので、見せしめと未然防止措置です」
「可哀想と思うべきなのか、自業自得なのか」
「自業自得です」
「さようか」
「それよりです、まだ日も高いんですし。出掛けませんか?」
『あそびいくの!』
「へ?!」
「すまんなアレク、自家製エリクサーを少し飲ますけ、遊びに行きましょう」
「…おう」
起こされ、酸っぱいエリクサーを飲まされ、バザール見学を再開。
サクラが珍しく服屋を気にしたので、そのまま店に押し込む。
男の方の服も、と色々買わせる。
そこからはもう、ショナと公務だからとトルコランプや水タバコのキットだのを買わせ。
休憩。
「もう本当に、充分っすよ」
「非常用品は別腹だよな?」
「はい」
「別腹に突っ込もうよ」
「必要経費なので」
「使わなければ」
「安心を買ったんです」
「だす、ほれ次に行くぞ」
そして石鹸屋でも色々と買わせ、ハマムへ。
流石に男女別のハマムへ行き、フロアで合流。
それからメシへ、ココでもケバブのテイクアウトに食べ歩き。
他にも色々買い、ドライフルーツ屋のお婆さんの家に行き果物を渡す。
そこで気に入られたのか飾りを貰い、オススメのケバブ屋とハマムを教えて貰った。
やっとこホテルに帰り、そこでやっと、ちゃんと寝れた。