2月2日 幕間 ドリームランド。
おタケは意外にも精神のバランスを崩さないもんだな。
クトルゥフ的にはつまらんけど、ココのクトルゥフ的には…あ、始まった。
「初めまして、蜜仍です!」
『あぁ、宜しく頼むよ。お嬢ちゃん、久しぶりの漁村はどうだい?霧も晴れて綺麗になっただろう?』
「うん!なんか進化してる!」
うん、前回と同じ場所かよって感じだな。
綺麗で爽やかで、クトルゥフの欠片も無いじゃない。
《お嬢ちゃん!お帰り!》
「おじちゃん!ただいま。先生は?」
《今は漁から帰って診療所だろな、行っておいで》
「うん、ありがとう」
でた、このノードンスも俺の事に気付いてるっぽいんだよなあ。
やりづらい。
『お嬢ちゃんか!そちらはお友達かい?』
「蜜仍です!宜しくお願いします!」
『おうおう、良い子だ』
「でしょ、強いんよ」
「武光さんには負けましたけど、ショナさんだけなら勝てると思います!」
正直。
『そうかそうか!頼もしいな、お嬢ちゃんは恥ずかしがり屋さんだからな、宜しく頼むよ』
「はい!」
『それで、今日は隣町に行くんだったか』
『えぇ、次の町を見せてあげたくてね』
「どんな町なの?」
『猫の街さ』
『猫は嫌いかお嬢ちゃん』
「すき」
『じゃあ行こうか』
「うん!」
ノードンスもコイツも、お互いを認識してるっぽいし。
俺が見張る必要…いや、別に見張ってるワケじゃ無いんだけど。
あ、猫だ。
《やあ、いらっしゃい、ココは初めてかい?》
「うん」
《じゃあルールを説明するから、良く良く守っておくれね》
「はい!」
《1つ、猫を殺さない事。以上だ》
「襲って来ない?悪い事しない?」
《ココの猫は特別上品で、品行方正だから大丈夫。では、ルールは守れるかな?》
「はい!」
建物がもう、子供の積み木よね。
バランスとか重力とか無視、好きを集めましたって感じ。
『そうだ、町の人からお礼として金の粒を貰ってあるから、コレを渡しておこう』
「わ、こんなに」
『まだ再建途中で少ししかお礼が出来ないけれど、受け取ってくれと頼み込まれてね。コレでお買い物すると良い』
「うん、ありがとう」
本当に何でも食える様に加工しちゃうのね。
どれどれ、悪く無いなマタタビ酒。
《やぁやぁ、夜の部へようこそ。面白おかしく騒げるよぉ~》
「可愛ぃい」
「ねー、触りたいなぁ」
《お触りならコッチだよぉ~》
『お、行ってみようか』
お触りて。
アイツもノリノリじゃん。
《いらっしゃ~い、ボンジュールはただいまサービスタイムだよ~》
「おいくらまんえん」
《お1人様で金の粒1つ、1時間。ドリンク飲み放題だよ》
「3人で20分、1粒でお願いできない?」
《良いよ~、3名様ご案内~》
「やった」
あーぁ、寄り道して。
ヤバいんじゃないの、この世界。
『わぁ、堪らないねぇ。お、子猫も良いのかいい?おぉ…』
「可愛いですねぇ、よしよしよし」
「にゃんこ、いいこ、かわいいこ」
《ありがとうにゃの、この子達は僕の兄弟、2ヶ月前に生まれたばかりにゃの》
「ごはんは?」
《さっき貰ってお腹いっぱにょ》
「お母さんは?」
《食べられちゃった、お父さんも山の怪物に。だからココでお世話になってるにょ》
「好き?」
《うん、大好きにゃ》
「そっか、おじさん、倒しに行こう?」
『そうだね、そんな子達ばかりの様だし。行こうか』
「うん」
うん、怪しい雲行き。
何が出るかなぁ。
『蜜仍君は戦闘の経験はあるかい?』
「実戦は始めてですけど、足を引っ張らない様に頑張りますね」
「あ、じゃあ一応盾を渡しておくよ」
「ありがとうございます」
『そろそろかね、臭いがしてきたよ』
全然ヒントになんない。
皆、殆ど臭いじゃんか。
「凄い臭いですね」
「秘儀、口だけ呼吸」
『居たよ、少し様子を見よう』
あ、ムーンビーストね。
この造形は同じかぁ。
「うわ、アレなに」
『ムーンビーストだ、どうやら密入国したらしい』
「どうします?」
この子も正気度どうなってんの、メンタル強過ぎじゃない?
ちょっと、視界を覗いてみたいなぁ。
あ、やっべ、ムーンビーストになっちゃってんじゃん。
やべー、どうしよう。
来ちゃうじゃんハナちゃんが。
1体、2体。
3体。
良かった、体液でスリップしてくれた。
ありがとう、おじさん。
うん、戻ろ。
《ハナちゃん、危ないよ》
「ありがとうヒュプノス」
《うん、じゃあちゃんと構えて、最後の1体だ》
「うん」
危ねっ、縦に真っ二つじゃん。
強いなぁ。
《お疲れ様》
「ヒュプノスは汚れてない?大丈夫?」
《うん、ハナちゃんも汚れてないよ》
「お、本当だ。蜜仍君、大丈夫?」
「もー、今度は僕のも取っといて下さいねー」
「ごめんごめん」
楽しそうにしちゃって。
何かムカつくなぁ。
壊したいなぁ。
『よし、じゃあ次は』
不意に全身の感覚を乗っ取られた。
目を開けると、俺がおじさんの肩を食い破ってる。
お嬢ちゃんの瞳には、山姥が写ってる。
俺か。
俺が、お嬢ちゃんのいつもの悪夢役か。
「おじさん!」
『君は逃げるんだ!』
余裕な癖に。
クソが、やってやるよ。
森も山も何個越えても無駄、体力なんて存在して無いも同義。
俺も今はドリームランドの登場人物、お嬢ちゃんをひたすら追い掛ける。
そして俺にも見慣れた都会のマンションへ。
何処に居るかもハッキリ分かって。
あぁ、コレ。
この子の過去、現実か。
『記憶の奥底に文字通り眠っている恐怖。誰にでも有る潜在的恐怖、コレで満足か?ココで終われば続きが見れなくなるよ、ニャルラ』
ほら、ピンピンしてる。
流石。
『そうでも無いよ、私は、ただのおじさんだ。ただ少し迷っていてね、蜜仍かマーリンか。ココの柱になって欲しいんだ』
そんなん、あのプリティちゃんだろう。
『理由は?』
夢魔ってエロいじゃん。
『チッ』
うわ、マーリンに認識されちった。
悪戯しないから勘弁してくんないかなぁ。
『開けろ、ココから出るぞ』
あれ、今度は俺がお嬢ちゃん?
『何を怯え…分からないのか?マーリンだ』
あぁ、お嬢ちゃんの視界だ、本当に呪われてんじゃん。
『なんだこのうるさいブスは』
だからヒュプノスにもモルペウスにも、このマーリンにも発狂しないで居られるのね。
凄い曇ってんだもん。
『これがお前の親か、クソだな』
それは同意。
『コッチにはお前の味方が沢山居る、こんなクソは見放せ、お前から見放すんだ』
残念、潜在的な残虐性じゃ無かったのね。
『もう化け物でも良いだろ、これから戦争なんだろうから』
あぁ、マジヤバいんだココ。
『おい』
『何か言え、チビ、ガキ…』
『ほら、お前の好きな月虹だぞ』
『もう怖がるな』
『塔にはドリアードも居るぞ』
『なんだ、会いたく無いのか』
『じゃあ綺麗な場所に連れてってやる』
『大丈夫だ、もう終わった事だ』
『もうアイツらは死んでる、忘れろ、それが一番だ』
『ほれ、コッチだ、虹と海だぞ』
やっぱ優しいじゃん、コイツ。
それからはもうハナの視界から離れて、チビハナちゃんが遊ぶ姿をただただ眺めた。
例のおじさんと一緒に。
子供の視野って狭いのな、俺らに気付かない位に狭いの。
『よし、塔に帰るぞ』
あは、ゴネてんの。
そうだよな、楽しいもんな。
『ほら、また来れるから行くぞ、大丈夫だ、いつでも来れる』
何で、こんな繊細ちゃんココに呼んだのよ。
可哀想じゃん。
『水だぞ、人魚姫』
コレも暗喩で比喩で。
喋りたく無かったって表現の1つ。
『声か?お前、変身の仕方は習って…』
あぁ、変身出来るのかこの子。
『手を出せ…ほら、一時的に戻れる。紅茶を淹れるからさっさと上がって来い』
素直。
『姿は戻ったな、砂糖とミルク入りだ、飲め』
『それか、指輪はやる』
『遠慮するな…別にゆっくりすれば良い、今戻ろうとしても、悪夢に引っ張られるだけだぞ』
『気にするな。ドリアードが何とかする』
お嬢ちゃん、もう大丈夫だぞ。
コイツは良い奴だから、大丈夫。
「ありがとう、また助けてくれて、ありがとう」
『あぁ』
「お礼はどうしたら良い?なにか、欲しい物は無い?」
『燕の子安貝』
「なん」
『考えておく』
「もう関わらないとかでも良いよ、嫌でしょ?」
『別に』
「関わるの嫌じゃ無いの?」
『別に』
「顔、痛くないの?」
『別に』
「治そうか?」
『いい』
《お!ハナ!ヒュプノスもモルペウスもお主を見失って、慌てておったんじゃぞ》
「すんまそん、取り乱した」
《無事で何よりじゃ、じゃが、何があったんじゃ?》
「おじさんが、いつもの鬼婆に奇襲された」
《ほう、そうじゃったか》
『昔からのだろアレは、倒さない事には今後も不安定さは消えないだろうな』
「うん、良く考えたら迎撃出来たのに、つい逃げちゃったなぁ」
『…その奇襲の前に何かあっただろ、ドリアード。向こうでの出来事で何か無かったか』
《ん?まぁ、強いて言えば諍いを目の当たりにした事じゃろうか?》
『お前の不安定さはソコだ、それで心が不安定になっていたんだ。戦闘が終わって気が緩んで、不安が一気に溢れた、だから危ないんだ夢見は』
「ごめんなさい」
『いや、お前だけが悪いんじゃ無い、お前の過去の記憶が混ざって悪夢が強化されている。対策は事実を認めた上で鬼ババァを殺すか、忘れるしか無い』
「…あ、おじさんは」
《大丈夫じゃよ、モルペウスが直ぐに助けたそうじゃ》
「忘れてた…ごめん、おじさん」
『仕方無いさ、怖い夢を久しぶりに見たんだからね』
『勝手に入ってくるな、おっさん』
『すまないね、君があんまり強情だから。お嬢ちゃん、マーリン君の手を煩わせたく無いと思っているんだよね?』
「うん」
『なら、土蜘蛛族の子を柱にするかい?』
『アレはまだ子供だろう、向こうでいくら強くても』
そんな心配なら、ちゃんと構えば良いのに。
ココで切るか、一生面倒見るかだよ。
『そうだね、難しい問題だ。少し時間をあげよう、さ、行こうか』
「うん」
マーリンちゃん、何で悩むかなぁ。
あ、何か始まった。
あぁ、マーリンちゃんの過去か。