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3月2日

 映画館に行っても、そして起きても、俺の主導権は戻らないままだった。


《義手と義足は完成しましたが、治す方法も有るのでは》

「あっと言う間に治ってしまったら、またマサコが不安定になるかも知れないだろう。エルヒムの問題をどうするかを決める前に治すかどうかは、最終的にはハナに任せる。俺は先ず大罪化を警戒したい」


「そうだねぇ、今はすっかり心酔しているからね。桜木君の悲劇と自分の幸運に酔いしれているんだ、直ぐに目を覚まさせる方が僕は怖いね」

《ですが桜木花子が不自由なままに》

「だから義足なんだ。それに、心の整理が付いているかどうか、その確認が先だろう」


《はい》


 映画館には相変わらず例の神だけ。

 ハナの資料によれば、よれば、名前が、思い出せない。


「すまんが、引き続きマサコを頼むよ五十六先生」

「はい、では」


《穏やかなのは結構なんですが、このままでは本当にエルヒムか小野坂さん、またはその両方が厄災だと言う事になりますよ》


 本来の道筋は、第2地球の後、マサコの事が片付いた瞬間だった。


「それか、単に見極め中なのか、まだ残党が居るのか」


 いや、前回も含めても取り溢しは無い筈だが、微妙に違った事で因子が増えたのか?

 

 いや、既にマサコが大罪になりかけているのか。

 だが、そんな素振りは無いぞ。


 それとも、本当にエルヒムが厄災なのか。




 エリクサー作りは出来るし、電子書籍は見れるし、映画も見放題。

 穏やかだけど、軟禁状態を楽しんじゃうのってどうなのよ。


 そら拷問されたく無いけど、何か、尋問とか覚悟してたんだけどな。

 マサコちゃんの事で大変なのか、残党が居るのか、他の要因か。


「お、同伴ですか」

「あぁ、俺が何か誘導しないか、されないかの見張りだ」

《心配はしていませんが、念の為ですよ》


「エルヒムが悪かどうかって、悪魔の証明ではないの?」


《先ずは検証や考察を経て、認めるかどうかですね。現状が良くても変異する可能性は有るので、そこも検討中なんです》

「どの位掛かりそう?マサコちゃんの事とか」


《暫く掛りそうなので、お持ちしました》

「おぉ、義手と義足か」

「細かい動きは出来ないが、支えにはなるらしい」


 先ずは義足から。

 消毒して良く乾かし、ゲル状の貼り付け部分を圧着して、立ち上がる。


 立つのは良いが、歩くのは。


 うん、着地怖いわ。


「着地怖いな、体重掛けるの怖いわ」


 感覚が無いのは勿論、どれだけ着地の時に体を傾け、体を預けたら良いのか分からない。

 分かってる筈なのに、不安。


《慣れだそうですし、このまま腕も付けてみましょう》


 コレも同じく消毒し、乾かし、圧着。


 うん、足よりは違和感は無い、寧ろ違和感が収まる感じ。


「コレは落ち着くかも」


《魔道具ならもう少し良い性能の物をご用意出来るんですが》

「いや、不便を知る良い機会なので大丈夫、一時的だからこその余裕ですよ」


《なら良いんですが》


 コレでもかなり良い方だと思う、床ずれ的なのも気にしないで良さそうだし、見た目は凄くリアルだし。

 つか大立ち回りするワケじゃないんだから、コレで。

 いや、するかしら。


「いや、厄災で動かないとダメな時って」

「俺とエミールで動くつもりだ。それでも(メイメイ)の力を借りる事になるなら、ホムンクルス施設で新造させる」


「それは良いの?」

《はい、いつでも可能です》


「ぅうん、ぶっちゃけマジで貴重な体験中だから勿体無い気もするんだけど。ストレージに用意しておくのはダメ?自分で接合する用に」

《ストレスは無いんですか?》


「そら相応に有るけども、治したらまたこの状態には成れないでしょう。飽きたらストレスとして認知する可能性は有る、と思う」

《分かりました。ではアレクに運ばせますが、宜しいですか?》


「おう。ソラちゃん受け取って」

《了解》


《それと、小野坂さんから面談の要請が有りまして》

「ほう」


《躊躇っているのは、君が嫌な思いをしないか、と言う事なんです》

「あー、それはもう大丈夫だけど」

「無意識に無理をしないか、ストレスを感じないか、なんだが」


「何か、どう振る舞えとか有る?」

《いえ、そのままで結構ですよ》


「なら、うん、任せる」


 けど、ワシのせいで大罪化は嫌だな。




 桜木君はベールと義手によって、パッと見は何の問題も無い様に見える。

 けれども実情は耳も無いまま、支えるだけにしてもコツが要る義足を使い、支えられながら歩いている。


 本来なら痛ましい、同情してしまう光景に対し。

 小野坂君は羨望と憧れの眼差しを向けている。


 必要とされ、こなした者への羨望の眼差しは、少しでも何か違えば嫉妬へと変貌してしまう。


 例え如何に桜木君が言動を気を付け様とも、例え何もしなかったとしても、その立場に憧れ嫉妬するだろう。


「さ、まだ桜木君は義手と義足を付けたばかり、今日は軽く慣らしもしないとだからね、軽めでいこう」

『はい』


「お、どうも」

「ご苦労様です、桜木君。では、初めての交流会を始めようか」


 相槌を打つ事も出来るし、音量バランスも問題無し。

 そうやって最初は無難にこなせていたんだけれど、どうしても、少しでも踏み込んだ内容になると自己主張と断言が目立ち始めてしまう。


 そして相手に興味が無いかどうかに、気付けない。


「ちょっと、トイレに良いかな」

『あ、はい。私、喋り過ぎちゃいましたかね』


 ココで正直に、そうだと言って機嫌を損ねない方なら良いんですが。


『そうですね』


『そう、ですよね、ごめんなさい』


 そうして完全に黙ってしまう。

 まるで2度と話すなと言われてしまったかの様に、黙り、控える。


「ふぅ、ただいま」


 今回は皆さんに小野坂君が不機嫌になっても、決して反応しない様に、桜木君には少し素っ気無い素振りでと言ってあるのですが。

 見事に皆さんの対応がバラバラで、実に個性が見られますね。


 武光君は変わらずタブレットを眺め。

 エミール君は神獣と会話を始め。

 桜木君は中空を見つめながら、義手をさする。


「そろそろ、お開きにしましょうかね」




 反省会が行われ、先ずはハナさんから。


「どうでしたか、と言われましても」

《正直に仰って頂いて良いですよ》


「言葉の選び方に棘が有る気がするな、と」

《言いたい事を言わないと異常にストレスが溜まる、言葉選びが幼稚な事に対して正直なだけだ、と罪悪感がほぼ無いんですよ》

『本当に3才児なんですね。僕、あんな風にしてたら言って下さいね?』


《そう省みる事が出来るなら、気になさらなくても大丈夫ですよ》

『でも、楽しくなってしまったり、それこそ調子に乗って話してしまうと、出ちゃうかもなって』


《そんな時が半分では無いなら大丈夫ですよ、自制し、言葉選びが可能なら心配は無いですから》

「でもウッカリ言っちゃうのよね、そんで人間関係に不具合が出る」

『ハナさんにもそんな事が有るんですか?』


「そらそうよ、正直に言い過ぎだって言われて、最初は良く分からなかったけど、相手がどう思うかも考えて話した方が良いって言われて。それから多少考える様にはなったけど、偶に出る」


 今までハナさんにそんな事は感じた事は無いけれど。


《念の為にお聞きしますけど、どの様な?》


「知り合いの恋人が念願の職場に就職、同棲、結婚するつもりだから避妊無し、って話で、けど相手の母親だけの家庭で中々結婚を許して貰えないって言ってて。それ順序が逆だし避妊しないからじゃね、って言ったら、キレ気味になられた」


 それは、それこそ図星を突かれたから逆ギレしただけなんじゃ。


《それは、痛い所を突いてしまったからでしょうね。けど小野坂さんは少し違うんですよ、順序が逆で避妊もしないからだ、と正直に言ったら逆ギレされてしまった、私は本当の事を言っただけなのに。となり、似て非なるモノです。君は断言を避け、提案をした、お相手の方の母親の気持ちになった際の結論を伝えたに過ぎない》

『僕もそう思いますけど』

「彼女の場合、その誰かの立場になる、が難しいんだよ。自分の中の母親像を元に考え発言してしまうからね、ウチなら、私なら、()()順序が逆な事を気にする。中には気にしない人も居る、と言う予断を含まないからこそ、断言しても気にしない」


《当然、べき、すべき。君のご家族も良く言っていたのでは?》


「あー、言われた事は有る。学校を途中で抜けて家に帰って来たら、向こうが休みだったらしく、いきなり怒鳴られた時。本当なら真面目に学校に行ってるべきなのに、お前は何をしてるんだ、って。お腹が痛くて休んでた事を言ったら、少し位は我慢すべきだ。いや学校から帰されるレベルなのに、って思ってると標的が母親になって、またお腹が痛くなって。こんなに大変でも働かないといけないなんて、大人って嫌だな、怖いなと無意識に。だから、大人になったら死ぬないんじゃないかと、思ってたんだな、成程」


「こう話すと整理出来るタイプも居るからこそ、僕らが居るんだけれど、そうじゃない子も居る。目先の表面上の言葉に囚われて、本質に辿り着く前に反論をしてしまう」

《貶される事に異常に過敏で、過剰な自己防衛から、揚げ足取りや屁理屈だと思われる様な事を言ってしまう》


「それ、ワシ言われる方よ」

《それは、誰からですか?》


「マジなのは、家族だけ、の筈」

《自己投影はご存知ですよね。批判の内容に自身や自己の考えを投影する方も居る》

「所謂ブーメランだね、君を謗った男親こそが、そうだった。良く考えてみて欲しい、小野坂君の父親が子を謗った、無関心だった、そんな親について君はモンスターだとは思わないかな」


「思うが、自己紹介って、コチラに都合良く解釈し過ぎでは」

「だけ、では無いよ。ただ少なくともそんな面が内在しているのであろう、と僕らは先ず思う。それから予断を多分に含んで想定しながら、余計な情報を隔離しながら、相手の本質について考える」

《なので私達は特に()()を避けるんです、意思決定を左右しては人権問題になりますから》


「それが私生活にも染み付いちゃってね、偶に家でもやらかす時は有るけど、それを家族が補助してくれている。今は断言してくれると助かる、コレは断言を避けずに言って欲しい、とね」

《そうやって相手に注意や諫言をするのでは無く、本来なら助言をしたり促すのが、家族なんですよ》


 僕の家だと。

 完璧にそうだったとは言えないけど、少なくとも頭ごなしに休んだ事は問い詰められなかった。

 先ずは、どうしたんだって聞いてくれて、僕が言えないと聞き出してくれて。


『僕の家だと、同じ事が起きたら、どうしたかは聞いてくれます』

「どんな時でも、無い、と思う」


「その環境で話が通じ難い子になるか、君の様に違和感を感じてズレに苦しむか。小野坂君は君とは違う方向へと育ったのかもと、僕らは想定しているんだ」


「実は家庭環境が同じかも知れないのか、同情してしまうわ」

《ですがソコが問題なんです、促しはしたのですが、親の言動を真芯で捉える事が難しい》

「果ては自分を否定する事になるからね、君の男親と同様、自己否定は絶対に許さない」


「ワシの振る舞いからの予測?」

「大丈夫大丈夫、君はそんな事はしていないよ。寧ろ真逆だからこそ、君がそうなのかも知れないと推察したんだ」

《自己評価や自己肯定感の低さ、ですね》


「何で皆そんなに自信満々に振る舞えるの、って思ってた時期が有りました」

『僕にもですか?』


「いや、感じた事も無い。けどタケちゃんは分かる、納得出来る。自分で選んで選択して、努力して、実が伴ってる感じがする」


 それは僕も思う。

 強くて、頼りがいが有って、優しくて。




 最初の俺は慣れた者に任せ、成り行きに任せていたに過ぎないんだがな。


「厄災とは何か、その想定の幅に忌避はイカンと思ったからな」

「そうだねぇ、それこそ考え過ぎだって言われそうな事もハッキリ言う、言える強さが有る。その強さは自信が有る様に見えるし、自信にしても問題無い。批判にも耐えられ、柔軟性が有るからこそ、自信を持っていても許される」


「考え過ぎって言葉だけで、もう打たれ弱さを発揮しそうになるわ」

「そう怯えて言わないか、言うか、言うならどう伝えるか。だよ」

《状況次第で言ったり言わなかったりしているなら、自分も同じなのかどうかは悩む必要は無いですよ》


「あぁ、言っちゃうのか、言葉を選ばず」

《ですね、8割強》

「まぁ、割合は人其々だけれど、君の男親の場合は人を見て明らかに自分より上なら言わない。所謂モラハラだろうねぇ」


「あー、うん、そう、それ。外面の良いモラハラ、出来無い事でも、さも出来る様な事を言って、頼まれたら相手が勝手に誤解したとか言ってキレる。お兄ちゃんもそう、凄かったな、ワシの周り」


 俺なら、どれだけ曲がってた事か。


「俺なら曲がってたかも知れない、反発心から家出か、荒れたか。(メイメイ)は良い子に育った方だと思うぞ」


「神経質で疑り深い、納得するまで、覚えるまで時間が掛る。繊細なクセに考えないと相手を思い遣れない」

「そう育ったから、だろう。土に石が混ざっていたら根は避けて育つ、殆どは育てられた様にしか育たない」

「そうだよ、エミール君の家で君や小野坂君が育ったとしたら、もう少し素直に育っているとは思わないかい?」


「思う、エミールにとって嫌な面が有ったとしても。聞く限り、凄い羨ましいなと思う」


『僕は、ハナさんがお祖母さんと過ごせて羨ましいなと思います。もっと料理を覚えておけば、懐かしい味を共有出来たし、ハナさんに食べて貰えたのになって、思うので』


「発言までイケメン」

『茶化してます?』


「いや真剣ですよ、その言い回しワシには思い付かない、やっぱり羨ましいですわ」

『そうですか?変って事では?』


「真剣に褒めてる。会話が上手い、一気に良い方向へ転換された」

『あ、話を変えるつもりは無くて』


「いや、このままメシの話をしよう。エミールの懐かしい味について」

「そうだねぇ、個々の悩みは追々で、今は思い出を共有しようじゃないか」

「だな、エミールの懐かしい味は美味い味か?それとも不味い味か?」


 今は良いが、いつ、俺の主導権は戻って来るのだろうか。




 桜木さん達の会合の映像記録で、初めて義手と義足が付いた桜木さんを見る事が出来た。


「凄い、さすってますけど、気になるんすかね」

「いや、寧ろ愛着を感じているらしいよ。実物より綺麗に感じてしまっていて、触り心地も良いらしい」


「それ、醜形恐怖症じゃないんすか?」

「まぁ、ちょっと出ちゃってるね、けれど自覚は有るからまだ大丈夫だよ」

「自覚、とは」


「自分じゃないから、触れても嫌悪感が湧かないのかもと、自分で言い出したんだよ」

「それヤバいんでは」


「寧ろ整形へと傾く事は、今回は問題とは捉えていないんだよ。問題は相手だね、相手に愛される外見と言う事に発展した場合、どうなるかだ」

「好みが一貫してる人なら、どうなるんすか?」


「想定としてはソレをベースに万人受けする程々の状態を呈示し、フラれても遺伝子レベルまでは変えない様にと、提言するつもりだよ」

「そんな人を宛がう気なんですか」


「付き合ってみて、だよね。表面上は穏やかで優しい、そんな相手でも半永久的に一緒に居られるかどうかは別だ。細かい部分での合う合わない、それに対してどう摺り合わせを行うか、折れるか。例え折れてもストレスにはならない範囲か、その範囲がどれだけ重なり合うか、重なり合い続けられるか。人は無意識に我慢し、合わせる事が出来てしまう生き物だからこそ、状況が変わった瞬間、立場が変われば変化もする。出産、子育て、老い、そんな変化の中でも添い遂げられるかどうかは、それこそ神様にしか分からないと思うよ」


「ならその人を」

「宛がうのかい?選択の自由も無しに」

「そこっすよね、俺らは失敗して欲しくない、けど強制も出来ない、したくない」


「そして仮に桜木君が望んだとしてもだ、その概念に囚われず無理をしないとも限らない」

「あー、運命の人なんだしって、俺でもなっちゃうかも」

「そう悟られない様に」


「そう作為的にされたとして、君は、望んだ事だからと我慢すらしないだろうと、どうして言い切れるんだい」

「運命なら」


 そう言い掛けた事で、自分が思考停止している事に気付いた。

 運命の人なら大丈夫だろう、誰か、他人がどうしてくれるだろう、そうして思考する事を止めていた。


 当事者意識の欠落した、無責任な考え。


「まぁ、桜木君ならそれでも良いと言うかも知れないけれど、それが本当に桜木君の幸せとなるかどうかは、別だよねぇ」

「そうなんすよねぇ」


 桜木さんの望む幸せ、僕らが望む幸せ。

 本当に桜木さんが幸せと感じられるか、それが実際に幸せだと僕らが信じられるかどうか。




 気にするなと言われも、我が身は愚かな事をして無いかを振り返ってしまいますよ。

 そうして黒歴史を思い出し、悶絶するのです。


「殆ど記憶の無い転生だったら良かったかも、凄い人に遭遇すると、抉れる」

《天使さんに記憶を消して貰いましょうか》


「それって自分なのだろうか、欠けた自分では無いだろうか」

《リリーさんや巫女さんの事なら、彼女達が振り返る事が出来る様になった段階で、補完は完了するかと》


「ある意味で完全体を欠損させ、補完させるに至ったワケで」

《乳児期の記憶を保持していないのは、羞恥心で死んでしまうからだとは思いませんか》


「それは確かにそうだろうけど。リズちゃんってどうなんだろ」

《転生前の自意識の芽生える時期とリンクし、自意識の形成と共に、徐々に記憶が鮮明になったそうですよ。例えばハサミ、最初から危ないと分かっていて、触る事すら避けていたそうです。そして経験する全ての事について失敗した記憶が先行し、最初はとても臆病な子で、常に親にベッタリでしたね》


「そう教えて無いのに危ないかどうか知ってる、かが見極めの要?」

《そうですね。そして自意識が芽生える毎に、どう扱えば良いのかを思い出し、その臆病さが抑えられ、好奇心が勝り、外界へ関心を向け始める》


「聡い子供の成長とそう変わらないのでは」

《そうですね、なので未だに観察対象は多く存在していますが、自治区の子は例外ですね》


「それよ、何でよ」

《魂や心の耐久度では、と。乳児期の経験すら貴重な体験だ、と喜んで仰っていますから》


「っょぃ」

《何でも経験だと捉えられるかどうかが強さなら、君にも可能なのでは?》


「せんでも良い経験と、そうか、その篩い分けが出来る人なのね」

《元は精神科医だそうですから。ですので、篩い分けのお手伝いならお任せ下さい》


「若気の至りだと許しても良い事は?」

《それこそストレートな発言でしょうね。何事も、何歳まで許されるかどうかを決めるのは、結局は周りの環境ですから》


「ワシは何歳までかしら」

《未成年の間に注意された事は全て、若気の至りですよ》


「断言を避ける筈では」

《コレは例外ですよ》


「他に断言したい事をどうぞ」

《褒め言葉を受け取るか受け流す練習をした方が、君はもう少し生き易くなる》


「生き易さの手伝いを、お願いします」

《はい》


 上手く生きられる様にと言われたら、きっと引っ掛かったと思う。

 けれど生き易くなる方法をと言われると、ズルさや汚さを感じない気がするけど、コレも主観なのよね。

 全部、主観。




 主観が過ぎる、って。


『誰だって、主観で物を言ってるんじゃ無いんですか?』

「けれども僕には妻が居る、妻ならどう言うか、妻ならどう思うか。それを僕は客観性を持っている、と呼んでいるよ。君は心にどんな方を住まわせているのかな」


『私は、神様を住まわせていると思っています』

「なら桜木君の趣味に対して、貶めたり侮辱と捉えられかねない言い方を、君の中の神様は、そんな言葉遣いをするのかい?」


 そう言われて、確かにもっと他の言葉を使うべきだったと思った。

 けど、どう言えば良いのか。


『はい、けど、どう言えば良かったのか』

「君の趣味に対して、君はどんな言葉で何を言われた事が有るのかな」


『カッコイイとか、強そうとか。けど、()()マンガを読む()()とかは』

()()マンガを読む()()。マンガを読む事に否定的な見解を持っている様に聞こえるけれど、マンガを絵画に変えても同じ言葉が出るのかな。()()絵画を見る()()、ただ彫刻を眺めるだけ、ただ山を登るだけ」


『いえ』


「なら他にも例えてみよう。警官や警備が、ただ見回っているだけ、と思っているのかな?」

『いえ、不審な点が無いか、困っている人が居ないか、安全を守る為だと思います』


「では、少しアプローチを変えようか。ただ見るだけで勉強を覚えられる子が居たら、勉強をしていない事になるかな?」

『いえ』


「じゃあ、君はマンガから何1つ得られた事は無いのかな?」

『はい』


「どんな本を、どの位の量を呼んだのかな?」

『隣の家の子の弟さんのを、数ページとか。日本で流行ってるけど、知ってるか聞かれて、1冊も読んで無いです』


「なら歴史の教科書を途中から数ページだけ、ただ読めば分かるのかな」


『いえ。ただ、とか、だけ、とか。貶める言葉に()聞こえる様な事を、使いました』

「では、褒めているのかな?」


『いえ、褒めてはいないです』

「褒める言葉では無いけれど、貶める言葉に()聞こえる言葉で、評価が含まれてはいないかな?」


『すみません、含んでいます』

「誰もが常に評価されたいとは思ってはいない、その言葉を覚えているかな」


『はい、それは覚えてました。けど、言ってしまいました』

「だけ、と言う言葉にサイズを測る言葉は含まれないかな?」


『は、いえ、含まれます。たったそれだけ、とか、使います』

「そうだね。じゃあ、剣道だけしかしてこなかったんですね、と言う言葉は褒めていないかな?」


『はい、褒められてるとは思えません』

「じゃあ次だ。爪の形だけを除けば、君は完璧だね。コレに対してどう思うかな」


 こんな時に私が気にしてる事を言うなんて、やっぱりこの人は私を嫌いなんだ。


『貶められながら褒められて、嫌な感じです』

「そうだね、僕も凄く気分が悪いよ。褒めるなら、褒められる部分だけを言った方が気持ちが良いからね」


 けど、もしそれが本当の事なら、私は嫌に思わない。

 だって、正直さは正しさだし。


『はい』

「無理に同意しなくて良いんだよ、思ってる事を言ってくれないかな」


『本当なら私は嫌じゃないです』

「なら君の子供が言われたら嬉しく感じるのかな」


『それは、そうじゃないと思うかも知れないですけど。本当の事なら、しょうがないですし』

「君が子供の爪の形が綺麗だと思っていて、爪の形以外は完璧な子供だと言われた場合はどう思うのかな」


『その人の感性が、少し、変わってるのかな、と思います』

「なら2人に言われたら?」


『偶々なのかな、と』

「なら次は、そうだね。何人に言われたら意見を変えるのかな」


『それは、別に生きる事には必要じゃ無いだろうから無視させます』

「将来モデルになりたいと言っていたら、必要になるんじゃないかな」


()()()()()()()()()なら、流石に気を付けさせますし』

「少し論点がズレたね。子供が将来モデルになりたいと言っていて、君は爪の形も何もかも完璧だと思っていたのに、他者から爪の形が欠点だと言われたらどう思うか、だよ」


『それなら嫌だなとは思います、貶されてるんですし』

「1人だけに言われてもかな?」


『はい』

「どんな人数に言われても、かな」


『それは、モデルの人に言われたら悩むかも知れませんけど、別にモデルは手だけじゃないでしょうし』


 それに、だって、どうせそんな事を言う人って、嫌がらせの為に言うんだろうし。


「そう。じゃあ次は、褒める、について勉強した事の提出をお願いしようかな」


『あの、何も言いませんから、移民の方々に何かさせて頂けませんか?』

「すまないけど、相手方には情報過多で混乱を招きたくは無いからこそ、接する者を厳選しているから無理なんだ。すまないね」


『いえ』


 これだけ私は()()()()()んだもの、そうだよね、どうせ私は不適格なんだもの。

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