夜な夜な皿を数える幽霊が現れるのでフリスビーを混ぜておいた
草木も残業する丑三つ時、彼女は決まって古井戸の傍に居る。
「いちまい……にまい……さんまい……」
毎晩現れては、お皿の数を数えている彼女。
「……きゅうまい…………一枚足りないぃ……」
何故か一枚足りないらしく、何度も、何度も皿の数を数え直していた。
ある日、古井戸の傍にフリスビーを置いてみた。
お皿みたいな、小さなお盆みたいな、穴の開いていないタイプのフリスビーだ。
「いちまい……にまい……」
今日も彼女がお皿を数え始めた。
しかし今日は大丈夫だろう。
「……きゅうまい……じゅうまい……?」
フリスビーを手にした彼女が、頭を傾げた。
──ブンッ!
おもむろにフリスビーを投げた彼女。
茂みの影でスタンバイしていた私は、待ってましたとフリスビーに向かって走り出した!
「いちまい……にまい……」
家の塀に当たって落ちたフリスビーを拾い、彼女に向かって走り出す。一枚足りなくなる前に返す。それが私の決めたルールだ。
「きゅうまい…………いち」
「ワンワン!」
フリスビーを彼女に向かって差し出した。
面食らったような表情で、彼女の動きが止まる。
「…………」
「ワンぬ! ワンぬ!」
そっとフリスビーを受け取ると、少しイラついたのか思い切り振りかぶる彼女。私もまた、スタンバイをした。
──ブオンッ!
「いちまい……にまい……」
今度は投げたと同時に走り出す!
持ち主にも見放された荒れ地を駆け、落ちたフリスビーを勢い良く拾った。
「はちまい……きゅぅぅ……」
「ワンワン!」
嬉々としてフリスビーを差し出すと、無の表情でそれを彼女は受け取った。
纏わり付くハエのような、ある種の鬱陶しさを私に感じたのか、彼女は暫し思考を廻らせた。
「…………」
「ワフ?」
お窺いと言うよりは催促に近い声色に、彼女は腕捲りをしてみせた。やる気だ。私も嬉しい。
──ブオォォンッ!!
まるで高速回転する切断機のような圧を感じる投擲音と共に、私は飛んでいったフリスビーを追い掛けた。
塀を越え竹林に向かったフリスビー。私も塀を乗り越え後を追う。
全力で駆け抜けフリスビーを拾い上げると、彼女に向かってまた走り出す。
「きゅうまい…………やった、一枚足りな……」
「ワンッ!」
ギリギリのところ、所謂滑り込みセーフ。
一枚足りなくて喜んだ彼女の傍に、そっとフリスビーを置く。
「…………」
「ハッハッ……!」
二本脚で立ち、おねだりのポーズをした。
私を見下ろす彼女の瞳は、当初会った頃の虚無感とは違った生の輝きを放っていた。
「犬ころめ……」
「くぅ~ん……」
腕をまくり、ルーティーンに入る彼女。二度、三度投げる構えを確認し、思い切り振りかぶった。私は嬉しくて嬉しくて仕方なかった。
──ヴゥオオォォォォッッ!!
音は遅れてやって来た。
一瞬で遠くまで消えたフリスビーに向かって、私は走り出した。
「いちまい……にまい……」
彼女が数え終わる前にフリスビーを返す。それだけなのに私は楽しくて、夜が明けるまで彼女と二人でフリスビーを楽しんだ。
夜が明け、草木が過労死しだすと彼女は疲れたような顔で静かに消えていった。消えゆく間際の彼女には、何処か爽やかなものを感じた。
そして私は彼女とフリスビードッグの大会にエントリーした。
「楽しみだね」
「ワン!!」
沢山の人や犬達に囲まれ、お祭りみたいな華やかさが溢れていた。
「すみません、人間の方はちょっと……」
スタッフに止められる私。
「……人面犬って事でも?」
「どう見ても海パン一丁のオッサンにしか見えないですが。お引き取りを」
折角体に『シベリアンハスキー』ってマジックで書いたのに……。
「ダメだってさ」
「くぅ~ん……」
悲しそうな彼女に、そっと体を擦りよせた。
「帰りに大きな公園でフリスビーしよう、ね?」
「ワンッ!」
「さ、行こう。リードを着けるよ」
「ワンワン」
会場を後にする彼女と私。
夢は叶わなかったが、それでも私達にはフリスビーがある。場所なんか何処だっていいのさ。
「もしもし、ちょっといいかな?」
今度は公園で職質をされた。
「二人とも身分証が無い? 困ったねぇ」
二時間の質疑応答の末、何とか私達はいつもの古井戸へと帰ってきた。
「やっぱりココが一番」
「ワンぬ!」
フリスビーを手に、彼女が微笑んだ。
私も喜び、走る構えをとった。