大閑話-02.皇子、子犬?を拾いました。その2。
◇◇◇
山の梺を東に向けて歩いている少女を背おったヴォルビス。
夏の昼は長く、夜は短い。辺りが暗くなった頃、一件の小屋が見えた。
「灯りが見える。あそこ!泊めて貰えるかなあ?もし、悪い人だったりしたらどおしよう?」
「それについては問題無い。妾が見定めようぞ」
「そお言うの、分かる?」
「問題無い」
たどり着いた小屋の入り口と思われる戸をノックすると現れた大男。
「ん?貴族の子?───どうした?夜に」
「ええと、あっちの谷に落ちて、なんとか上がってこられたのですが、どうしても帰り着けず、今こうして貴方に助けを求めて、失礼と思いつつ、ノックしました。名乗りを失念しておりました。僕はヴォルビス。この背の子はクロワッサン───」
「長げーよぉ。入れ」
「失礼致します。」
男はおもむろに手を出した。そして、
「食え、クロワッサン」
「うおっ!?いただく、ぞ?」
男の手にはクロワッサンがあり、クロワッサンは、クロワッサンを口に入れた。
「うまっ、旨いのお!これ、なんぞや?」
「クロワッサン。俺が焼いた」
「──いや、それは妾の名ぞ?この食物の名称を尋ねておる」
「クロワッサンだ。ところで、何故、裸だ?この俺を籠絡するには最低あと2~3年は時が必要だ。10年経ったら、無理になる」
(何を言っているんだ?成人になったらダメってこと?)
ヴォルビスは考えたが、訳が分からない。
なので、訊いた。
訊こうとしたら、男が先に言葉を発した。
「俺、名乗っていなかったな。俺の名は、レオポルド、戦車っぽい名前だろう?レオでいい。殿下」
「え?何故、僕が、………皇子、だと!??」
「あー、これも言ってなかったな。───俺は砦の脱走兵だ。捕まったら、絞首刑決定なので、言わなかったが、何となく、言ってもいい気がした。」
「で、でも───」
「殿下、静に!」
急に穏和な顔のレオポルドが顔をしかめた。
辺りは、夏の虫の音と、竃で鍋の煮える「コトコト」と言う音以外は、聞こえていない。
口に指を当て、「シィッ!」と、レオポルドは言う。
一分と経たず、
「頃合いだ」
と言うと、レオナルドは台所の竃から鍋を、棚からスープ皿とスプーンを持って来た。
スープが煮える時間を測っていた。らしい。
三人分の皿に野菜たっぷりなスープをよそうレオポルド。
次に彼は薄く切った肉と、赤茶色の液体の入った器を持って、テーブルに置いた。
「さあ、召し上がれ」
レオポルドは、いい人だった。
別にお腹が空いていたヴォルビスとクロに食事を与えてくれたから『良い人』、と思ったのではない。
何処の誰とも知れぬ少年少女に対し、何の疑いも無く、小屋へ招き入れ、無条件で食事とベッドを提供してくれたのだから……
いい加減疲れていたヴォルビスは、食事中にも拘わらずにテーブルに臥して寝息を立てていた。
「あれ?俺、別に眠薬とか入れてねーぞお?」
「大丈夫ぞ。妾は分かっておる。こやつは、妾を背おって谷底から救い出してくれた恩人じゃ。妾を害する輩であるなら、先に妾がその者を害するであろうよ?じゃがレオポルド、貴殿はよい人じゃ。妾には分かる」
「そうか。俺は───その前に服を何とかせんとな。まあクロワッサンは食ってろ。今服を用意する。女物で、子ども用とか、んんー。下着でいいかあー」
翌朝、ベッドで目を覚ましたヴォルビス。
彼には食事中の記憶が、途中から無かった。
そりゃどうだ、食べながら寝るなんて、そんなの幼児であったら可愛いが、9つの男児ではどうだろう。
想像してみた。兄のナルスィスで、………意外、逝けるかもしれない。
そうヴォルビスは思って仕舞った。
兄好き過ぎのヴォルビス皇子は、少し、………ブラコン?
「危ないのう主様よ」
ベッドの隣で横になっているクロワッサンが、居た。
「この寝台、狭いのじゃ。あまり主が動くと妾が落ちる。落ちるのは嫌じゃ」
ご最もです。
「ねえクロ。いい匂いだね。パンを焼いている匂いだね。お腹空いた?」
クロワッサンを『クロ』と呼ぶヴォルビスに、
『妾の名は、クロワッサンぞ?何故、クロと呼ぶか』
「ッと、だって僕、ヴォルビスだけどね。親しい友達、……は、今まで居なかったけれども、親しい家族は僕をヴォルって呼ぶんだ。親しいと、ね」
『なる程、……親しい、と?妾と主は親しいかや?』
「僕は、クロと、……その、親しいと、友人、友達になったと思っているよっ!」
真っ赤になって、言い切るヴィルビスにクロは言うのだ。
『それは、違う。妾は主の従撲ぞ?そう言う契約を結んだではないか』
「それでも、それでも僕は、君と親しくなったと、友達になれたと思っているよ!」
真っ赤になりながら、結構、恥ずかしいことを叫ぶ、ヴォルビス。
「恥ずかしい台詞もいいが、殿下、焼けたぞクロワッサン」
パン篭を持ったレオポルドがベッドの直ぐ脇に立っていた。
何故、こんな所に立っている?
答えは直ぐに分かった。
この部屋は台所兼食堂兼居間兼寝室だったのだ。と、言うより、この小屋は、やっぱり小屋なので、一部屋です。
「おはようレオポルド。そのう、貴方のベッドを僕らが奪って仕舞ったのですね。感謝を。そして、謝ります。感謝と謝罪に見合う物かどうかは、子どもの僕では、判断が出来ませんが、これを受け取って欲しい」
そうヴォルビスは言うと、自分の首からペンダントを外し、レオポルドの空いている左手にかけた。
「噂って言うのは、往々にして誇張が含まれる。……が、皇子。ヴォルビス殿下の噂に関しちゃあ、誇張でも無いのだな。
それに、謝罪は無しで、感謝の言葉は受けよう。だからこれは過剰な品物ってことになる」
ヴォルビスが渡したペンダントには、フルーリア皇家の紋章、九つの首を持つ多頭蛇と言われる大蛇と薄雪草の花の意匠の浮き彫りがしてあった。
そのペンダントの裏には、ヴォルビスのお印である『燕』の意匠がある。
皇族の男子は大抵、鳥のお印。女子は、花と決まっている。
因みに妹君であるネモフィラ皇女のお印は、何故か、『朝顔』である。
「で、殿下。このような物、受け取れるわきゃ無えーです。第一、こりゃあ皇子の、……ヴォルビス殿下のお印のペンダントだ。こんなの持った日にゃあ俺、脱走兵どころか、皇族の持ち物を奪った盗人どころの話しじゃ無え。身体から首が離れちまいますよ」
「受け取ってくれ、レオポルド。……それに、僕、燕なんて、嫌い!鷲とか鷹だったらカッコいいのにさ。だから僕、僕のお印変えるんだ。ねえ、クロ。狼になってくれない?
レオポルド、僕のお印、『狼』にして貰うんだ!だからペンダントはいらないの」
「いいよ主様よ」
ベッドの上で、大狼、……フェンリルに顕現するクロであった。
勿論、レオポルドは驚いたのだが────
「お、おいっ!そこで姿現したら───ああ~~~っ!もう、なにやってくれちゃったのおー!ベッド潰すんじゃ無えーよおー!!!」
「す、すまぬ。許せ、レオポルド。今直す。妾が────。よしっ、治ったであろう?」
ベッドから降りた漆黒のフェンリル、……クロの言う通り、ひしゃげたベッドは、元通り、クロが壊す前の状態に戻っていた。
「どうやった?どうして潰れたベッドが元通りになったんだ?」
「……説明するのは面倒臭い。まあ所謂妾の『魔法』じゃのっ」
「ねえクロぉー、僕思うんだけど、クロ、そんな魔法使えるのなら、自分の身体だって元通りに出来たんじゃないの?」
「───あ、そうであった……………」
◇◇◇
ノールプラージュの国境の砦。
そこの国境を守る警備兵であったレオポルドが何故、脱走したのか?
彼は言う。
「食事は当番制で作る訳だが、作っているうちに、兵隊やってるより、食事作りが楽しくなっちゃって、……特にパン作りが楽しい。でも、パン作りって時間が掛かる。そんなに時間を掛けて兵隊食なんて作れないだろう?だから、脱走したんだ」
「ぬしよ。たったそれだけの理由で脱走かや?ぬしは阿呆か?」
「本当だよレオポルド。だったら、砦の厨房とか、お城でお料理させて貰えば良かったじゃん」
最もな子ども二人の意見にレオポルドは、
「採用される訳が無え。俺、有名な料理人に師事してる訳でも調理の修行だってやったこたあー無え。第一、そう言うのって、推薦とか無えと採用され無えーんだ」
「そうなの?」
このグランフルーリア帝国、それ以外の国、この世界に於て、身分と言う物は絶対であり且つ、どのような職業に於ても、『推薦状』と言う物が必要不可欠な物である。
その人物の身分の証でもあったし、推薦人が誰であるか?と言うのも重要な要素でもあった。
但し、近衛以外の国軍兵だけは例外であった。
国軍は志願制で、年に幾度かの採用試験があり、そこでは特別に身元保証人はいらなかった。
いや、実際には帝国国民であることが、最低限の条件である。勿論、採用されるには、その選考試験に受からなければならないのだが────
国軍以外、皇族に拘わる役職では全て『推薦状』が必要であった。
侍従職は勿論、料理人も例外ではない。
「レオポルド。その推薦、……状。僕、書くよ。そうしたら、砦でパン作り出来るよ?」
「主様よ。それよりももっと大きな問題がありそうじゃぞ?」
「ああ、殿下はご存知無いのかも知れな無えーが、脱走兵ってのは、絞首刑って決まってんだ。俺、砦戻ったら、確実に死ぬ」
暫く考えるヴォルビス皇子であった。
牛酪の良い匂いの中、クロは知ったのだった。
「───レオポルド、それは真かや?妾の名、クロワッサンとは、この牛酪香る食べ物のことなのか!?……ぬうぅーっ!なんたる、なんたる主であろうか。妾がこの食べ物と名を同じくする者、……物であったとはっ。屈辱じゃっ!」
「でも嬢ちゃん。クロワッサンってのは、『三日月』って意味なんだぜ?お月様とおんなじってなあー、良くね?」
「いい訳無いであろうが!レオポルド。
主よ、改名を要求する!妾の名をもっと、こぉー、カッコ良さげ、……可愛いらしい?美しい。兎に角、改名を所望する!」
名前を変えろ!と言うクロ、クロワッサンに対し、ヴォルビス皇子は、、、
「───そうだ!名前を変える。これだよ!レオポルドっ!レオポルドじゃ無きゃいいんだよレオポルド!……んん~~~~~、おおっ!いい名前が浮かんだよ。レオポルド!
今日からレオポルドの名前は『ティガー』です!虎だよ!レオポルド、戦車っぽいし。……じゃあ無くて、ティガー、ね!」
「俺、脱走してから、まだ一年だぜ?国境警備隊の任期ってのぁー、二年。一年毎に約半数の兵員は変わる。いくら俺が『ティガーです!』って言ったところで、バレるだろうが……」
まあ、バレるであろう。
「そんなことより、妾の名じゃ!はよお変えよ!」
「───分かったよお。それじゃあ、『ノワール』だ!」
「なんの捻りも無いおう。。。────妾が、光らぬ。何故じゃ?」
この時、クロワッサン、……クロは知らなかった。
名付けの契約が、一生に一度の儀式魔法であることを。
そのことを知るのは、それから七年の月日が必要であった。
◇◇◇
クロワッサン、……ノワール、……取り敢えずクロと言う名前の漆黒のフェンリルの子どもは、九歳の男の子と身長2メートル弱の大人の男性をその背に乗せ、東へと走っていた。
それこそ疾風の如き速さで。
ヴォルビスがノールプラージュ山脈南の峡谷に転落して、四日目の朝。
砦では皇子の捜索活動を一旦中止し、皇子二人の護衛であった三人の兵と国境警備隊の隊長の処分が行われようとしていた。
刑は斬首でも、絞首刑でも無く、峡谷への突き落とし刑である。
そこに、漆黒の突風が走った。
勿論、クロとそれに乗ったヴォルビスとレオポルド、……ティガーである。
「待って!待って待ってってばあーっ!僕、生きているし、誰も死んじゃいないし、僕の所為で誰かが死んじゃうのも嫌だし。
父上、皆、ただいま!僕、ヴォルビスは元気に帰ったよおーっ!」
取り敢えず、処刑は執行されずに父であるクリザンテム五世に峡谷へ転落した時から今まで、~この四日間のことを報告した。
「父上、僕、もうすぐ十歳になります。誕生日のプレゼントで、是非欲しいものがありまして、……そのおー、『推薦状』を、……推薦状の書式が知りたいのです!どうか、お教え願えないでしょうか?」
クリザンテム五世陛下は困惑した。
(推薦状、だと?ヴォルビス、欲しい人物が居るのなら、「その人物が欲しい」と言えば良いものを。只、「欲しい」とねだらないところは、ナルスィスと違うのう。が、何を考えているのか、さっぱり解らん。訳解らん)
「『推薦状』の書式など無い。おまえが思うように推薦状を認め、私の執務室、……ああ、ここはノールプラージュの砦であったな。───私の客間に持って来るが良かろう。
して、そのおー、そこな裸の少女であるが───」
ヴォルビスは後ろを見て驚いた。
クロワッサンが、素っ裸で立って居たのだ。
「く、クロ!レオポr………ティガーに貰ったお洋服、どうしたの?」
「ああ、服な。ほれ、妾は、人形時とフェンリルの時の身体の大きさ違うであろう?そりゃあ、破ける」
「いやいや、そんないちいち服を破いていたら、着るもの無くなっちゃうよおー。父上、取り敢えず、何か着れる物をお願いします。誕生日のプレゼントででいいから!」
侍女に連れられ、ドレスを着せられたクロ。
何気に、黒髪の美少女クロであった。
なんとなく、顔が紅潮するヴォルビスであった。
「いいお洋服貰ったんだから、もう破かないでよ?クロ」
「承知した主様よ。───一つ良い魔法があったのを思い出しての。これじゃ」
そう言うと、クロは一瞬で裸になった。
「なっ、なんでまた裸なの?」
「良いのじゃ。後で、主にも教えよう。『索引収納』と言う魔法じゃ。つまり─────」
物質を一つの情報体として記録、……記憶し、任意の場所に再構築する。と言う魔法。
まるで本の『目次』のように使うことが出来るのだと言う。
『情報体』なので、その物も、物を置く場所もいらない。のだと言うのだが………。
まあ、便利なので、覚えようと思うヴォルビスであった。
ヴォルビスが、『索引収納』の魔法を覚えられたのは、それから半年程後のことであった。
因みに、規格外生物、『黄土色金髪』公女は、その日のうちに覚えた。らしい。
◇◇◇
ナルスィス、ヴォルビス両殿下十歳の誕生パーティーで、配られたケーキは好評であった。
「こう言う運命だか、巡り合わせって、不思議だよな」
パーティーの料理人の一人としてティガー、……レオポルドは、レオポルドの名前で評価を受けたのであった。




