第三節-04.皇子と公女の旅行になりました。港町へ。
◇◇◇
その日の8月第三週の6日の午後。ジェルブラ様、イビスキュス様お二人の騎士様とテター家の下男三人は、街郊外にある牧場へ向かった。
馬の購入の為だ。
「ペルスネージュ嬢は乗馬が得意と以前仰っておられたが、ガルデニア嬢、乗馬は?」
「はっ!姫様程ではありませんが、ガルデニアもお馬には乗れます。殿下」
「ああー、一つ君にも言いたいんだけどね。僕のことは、『ヴォル』と呼んで欲しい。だって、僕ら、狩猟者のパーティー『豊穣の魚』の一員だろ?」
「ではヴォル、ガルデニアのことも『ガルデニア』 、とお呼び下さい」
───ガルデニア、まんまじゃん!
そこは、『ガリィ』とか、『ガーデ』とか、そう言う愛称を提示すべきなのではないかしら?
まあ、ガルデニアは何処に行ってもガルデニアなのよね。。。
夕方、聖都の別宅、テター伯家のダイニングで、バルザミーヌ、……バルザ様とそのご両親の伯爵夫妻、ヴォル様とわたしとで会食した。
わたしの傍付きの侍女、ガルデニアもわたしの後ろに控えている。
ヴォル様は、午前中にわたしの受け取った大公ジャスマン三世からの手紙の内容と、テター家を巻き込んで仕舞うことになったことを伝えた。
その為、テター伯の聖都別宅にグランフルーリア帝国の聖都領事館駐留の内、二個分隊20名を別宅の警護として駐兵させることを約束したのだった。
その頃には、馬の買い付けを終えたジェルブラ様とイビスキュス様は戻って来ており、翌朝の出立の準備をしている。
わたしの準備、とは言っても馬での移動になるので、持って行く荷物は限られている。あのリュックに入る分だけだ。
当然、わたしの大事なコツコツ貯めた(ちょろまかした)金貨の商業組合の証文も忘れずに入れた。
ところで、犯罪奴隷として売られた盗賊36人は、と言うと、
金額は金貨216枚であった。
盗賊一人が金貨六枚の値段で取り引きされた計算だ。
わたし達の取り分はその半分の108枚。内、税金と手数料の二割強を差し引き、金貨83枚と銀貨が5枚。後は、大銅貨数枚に銅貨に銭貨が数枚であった。
わたしの予想よりも若干、多かったのは単純に嬉しい!
馬、五頭の代金とその他を引いてわたしの取り分は金銭11枚と少しであった。
報酬の受け取りを固辞するガルデニアに無理矢理金貨を持たせた8月第四週の始めの早朝、わたし達は聖都イン=アンナの街を後にした。
◇◇◇
今回の旅は、馬車では無い。
馬車の購入記録からわたし達の足取りを知られる可能性があるのだそうだ。
まして貸し馬車は持っての他、返した都市を特定されるのだ。
馬の購入記録も同様ではあるものの、機動力を考えれば、何れ足取りを知られたとしても、その頃には船上若しくは、南部湾岸州の都市に入っているだろう。と言うことをヴォルビス殿下、……ヴォルさんは仰って、……言うのだった。
ああー、『殿下』とか、『様』とか、ヴォルさんが第二皇子と知った今、どうしてもそうお呼びして仕舞う。わたしの演技力のなさか、或いはこれがお慕い申し上げる。と、言うことなのだろうか??
「姫様、ガルデニアは思うのです。馬上でクネクネ致しますと、落馬の危険がある。と、ガルデニアはご指摘致します」
「おぉーいガーデちゃん!言葉遣いが、侍女っぽいぜぇー!?もぉっとこう、砕け無えーとぉー」
ああ、前のイビス様、さんに戻っていらっしゃる。流石、諜報の第七ってところかしら。
そうね。そうだわー、
「ガル、貴女わたしのことは、マリーって呼ぶよう言ったわよね!?早急に直しなさい。───ああ、そうだわ。わたしと初めて会った頃に戻しなさい!ガルぅ。ふふふ………」
「意外と意地悪です。姫様、…ぬぅ。……マリーって!だったらいいぜ!オレ、言葉前に戻すわっ!」
港町『ブー・ルポール』の手前の町『アントレ』に着いたのは、まだ午後3時の頃であった。
「少し頑張ればブー・ルポールの町まで行けるけど、代え馬を五頭もしたら、悪目立ちするね!っと、言うことで今日は、この町に滞在しますよー」
と言うヴォルさんの提案(命令かしら?)で、宿に入った。
わたしの格好は、マロンダムのダムの町でピエールピエール、……ピエール・ピーウェルさん達に揃えて貰った物を着ている。
ガルデニアもわたしに似た感じの装いだ。
只、なんと言うか、カッコいい。
ガルデニアってば身長が、わたしより頭半分以上高いのだ。で、意外とスタイルも良い。と言いますか、男装の麗人っぽくて、「キャーキャー」言いたくなる感じだ。
ちょっと、ちょびっと身長の低いわたしは、なんか悔しい!
あっ、そうそうわたし、髪色をまた染めています。皆が、『黄土色金髪』と揶揄う髪色です。
ジェルさんとイビスさんは、「俺達、仲良し三兄妹♪」なんて仰っていたりします。
それと、ヴォルビス殿下、……ヴォルさんも染めて、黒髪になっています。
結構、カッコいい。……まあ、惚れたわたしの欲目でしょうか。
「マリー。何で真っ赤っか?熱でもあるの?」
「───あ、あーっいいえ、大丈夫です」
貴方を思って赤くなったの。だなんて、言えません!言えませんとも!
「貴方を思って赤くなったの。じゃと……」
急に現れたクロ、……ノワール様。いきなり何を仰るのっ。。。
◇◇◇
僕の生母、ミラベルの生家の当主、フロコン侯爵は帝国の財務卿である。彼のフロコン侯爵は貴族主義者の帝国主流派だ。
僕は彼の失脚を狙い、内務卿のブリュイ伯爵を頼みにクロの集めた徴税の裏帳簿と言うべき物を預けている。
もしも兄上、……ナルスィスとその母、プリムヴェール皇妃の安全が脅かされた若しくは、僕の指示で、帳簿を皇帝陛下に渡すことになっている。
僕は、ブリュイ伯爵に指示を出した筈なのだが、伯爵からの連絡の無いまま、馬上の人となっている。
「何で真っ赤っか?熱でもあるの?」
「───あ、あーっいいえ、大丈夫です」
「貴方を思って赤くなったのじゃ。だと……」
何故か僕の影からでは無く、マリーの背後に現れた犬ッコロ、クロ、……じゃあ無くって、ノワール。
悪戯好きの真っ黒フェンリルは、マリーを揶揄って遊んでいる。
馬を宿に程近い厩の下男に預け、宿に入った。
何処の町の宿屋も大体同じ造りのようで、入り口付近に宿の宿泊者の為のカウンターがある。
宿帳に記入し、宿代を払う。
まあ、風呂など余程の宿でも無い限り無いのが普通で、客は井戸の水をたらいに入れて借りた部屋で身体を拭く。
髪の毛の長い女性客などは、井戸の傍で髪を洗う者も居ることは居るが、まあ宿で洗髪する者は皆無と言っていいと思う。
大抵は旅の途中の河原や池などで、洗髪しているものだ。
ペルスネージュ、……マリーは公女だ。
お城で暮らす生粋のお姫様。ようだが、その行動は破天荒。
おかげて、お国元のシャテニエ公国では石工や大工達に人気とか。
今着ている旅装束も石工組合の知り合い達から贈られた物だと言う。
お傍付きの侍女も変わった経歴の持ち主だ。
普通、お姫様、……王族の王女の侍女は、大体が、……訂正。全て、貴族令嬢である。
王女付き、となれば上級貴族の令嬢であろう。
王女のお気に入り、ともなれば引く手あまたな上級貴族令息の元へ輿入れする優良物件だ。
当の王女の輿入れに着いて行く侍女はどう言った人物か?
婚期を逃したまたは、結婚せず主に一生使えると決めた元令嬢辺りかなぁ?って、僕は思っている。
さて、件の侍女ガルデニア嬢は、貴族令嬢では無い。
街の大通りに飛び出した貧民窟の娼婦。何時から春を鬻いでいたのかは分からないが兎に角、公女ペルスネージュが拾った10歳までは少女売春を強要されていたのだと言う。
少々長い閑話休題。
で、宿のカウンターの向こう側無いし、カウンターから直ぐの所には必ず食堂がある。
食堂は夕食時からの営業である。
まだその時間には早い為、僕達は各々の部屋で寛ぐことにした。
マリーは、商業組合に行った。
付き添いは、ガルデニアとイビス。
本当は僕が行きたかった。
「|主よ。王子兄弟だがの、あのほれっ、詰まらぬ神殿の街の────」
「聖都イン=アンナのこと?」
「それじゃ。そこに向かっておって、まあ要するに妾が殲滅した。妾に攻撃する者全てのう」
何勝手にやってんの?クロさんってばあー。。。
「小汚ない雄が30くらい?と兵隊じゃろか?8人おったが、まあ殺して来た。王子とかはその場に放置するのもどうかと思うてのっ。その聖都であったかの門の前にに置いて来た」
「まあ、それでいいかー」
何となく、こんな感じになるのでは?とは思っていたよ?
そんな話しをして、僕は手紙を認める。
先ず、皇帝クリザンテム五世陛下宛。もう一通はシャテニエ公国大公ジャスマン三世閣下宛。
書いた内容を確認して、婚約届けの書式を出した。
僕の署名、それとお印の印を押した。
「あっ!封蝋持って来るの忘れた!?──んー。無いや。ちょっと買って───」
「ついでなんで、俺が買って来ますよ」
「え?いいの!?ジェルぅ。じゃあ頼む」
ジェルブラは、「たのまれた」と言いつつ部屋から出て行った。
「おーい。ジェル、妾も行くぞよぉー。酒が欲しいのじゃあ。んっ」
と、左の掌を僕に差し出すクロ、……ノワール。
「『んっ』って、何?ノワール」
「お代が欲しいのじゃ。でないと買えぬのであろう?酒」
「でも、ノワールは12歳じゃなかったっけ?」
「妾はもう5歳を越えておる。成人したフェンリルじゃ!」
まあ、よく分からないけど成人?なのなら。
「ああーっ!間違おたあー!成獣であったわあー」とか言いながら、ジェルブラを追いかけて行った。
「久し振りに僕、ひとり……」
静かだ。
◇◇◇
商業組合を出てアントレの町の小さな市場をガルデニアと散策する。
「良かったのかマリー。オレも商業組合に登録して?」
「ガルぅ、登録しないと、お金預かって貰えないのよお。でも、これでわたしとはぐれても組合のある町なら何時でもお金が引き出せるのよ?便利よねえ」
そんなに大きな町ではないのだが、どうもわたしとガルデニアは目立つらしい。
見た目まあ、ガルデニアはマジ男装の麗人そのものだし、……ああ、ヴォルさんも言ってた「やけに派手だよな」って。
わたしの『黄土色金髪』と赤い瞳。
これは、面倒事の予感。。。
「おいっ、ねえちゃん。こっちでいっしょに呑もうぜぇー!」
ああ、あー。やっぱりかあー。
面倒事ホイホイって何時の頃から呼ばれていたのかしら?そもそも誰がホイホイだなんて、…………。。。
───ポイッ。ポイッ。
男性二人が飛んでいた。
投石機ならぬ、投人機はクロ、……ノワール様でしたの!?
酔っぱらいに絡まれていたのはノワール様でした。
自意識過剰でしたわ。わたくし。
「何時からお飲みになられたのですか?」
「いんや、今しがたじゃ。いろいろ話し掛けられてのう。鬱陶しかったわ!」
「お一人ですの?」
「──んー?ジェルがおらなんだ。何処ぞ行ったかのっ」
未々呑むっ!と言うので
ノワール様は置いて行きました。
「俺ぁ、兄貴探して来る」
と、イビスさんは市場の中心部へと行って仕舞われたので、宿へはガルデニアと二人で戻りましょう。
「……ですね。組合の用事も終わったし戻りましょマリー!」
言葉遣いが、ぶれぶれですねガル。
借りた部屋は二部屋。三人部屋と二人部屋。
勿論、わたしとガルデニアは二人部屋です。
三人部屋の戸をノックする。
ヴォルさん、ジェルさんとイビスさんのお部屋。
ジェル兄弟は、未だに市場だ。
そう言えば、クロ様ノワール様もホロ酔い気分であった筈。
今、お部屋にはヴォルさんだけなのかしら?
で、では。「トン、トン」……………………。あれえ?「トントンッ」………………。おっかしいなあー?「トントンドンッ」…………ふううむうぅ?「トン…!」「カチャッ」。。。あ、鍵が掛かっていなかったわっ!
内開きの戸は勿論内側に開いて、わたしはお部屋に心ならずもお部屋に入ってしまった。
ベッド脇の小さな物書き机の上には、封筒と便箋、それと、
『婚約届け』と書いてある用紙がある。
わたしは、『ヴォルビス・ブルーエ・エデルヴァイス(狼)』とおそらくヴォルさんの字の横の空欄に、『ペルスネージュ・マルグリット・ド・シャテニエ(薄雪草)』と書いた。
それから、自分達のお部屋へ、「ソォー」っと戻ったのだ。




