第三節-03.皇子と公女の旅行になりました。婚約者。
◇◇◇
「まあ妾の告白は良い。あの王子ども、……と言うか妾は知らぬ者かや?」
「何度か見ていると思うんだけど、……ええと、一つ下の学年で、茶色い髪で青い瞳の──」
「なんじゃ、主ではないか」
「違うってクロ」
「妾がこの姿の時は。『ノワール』と呼べとゆうたではないか!主の名付けの中では意外と気に入っておる名なのじゃぞ」
「今そう言うのいいから!」
全く、話しが進まないよう。
「主よ。でこを妾に着けよ!」
了承して、僕はクロのおでこに僕のおでこを当てた。
こうすると僕のイメージをクロに伝えることが出来るのだと言う、クロ話し。
結構、……と言うか、クロは、かなり有能な僕の友達だ。
友達だと思っていたのに、あんな告白するんだもの。ちょっと、意識しちゃうよー。
「あっ!ああー!」
ん?マリー、起きたみたいだ。
「な、何、を!人の枕元で、何をなさっておいでなのですの!」
「ああ、これ?……ちょっと待ってて、マリー。もう少しだから」
「そっ、そんな仲睦まじい様子をわっ、わたくしに見せつけて、ヴォル、……殿下は、わたくしに諦めろ。と、暗に仰られておいでなのですの?」
何を言っているんだマリーは?
「おなご。勘違いするで無い。情報の共有手段なのじゃ。が、主の中に王子の顔はあったが、弟君の顔は浮かばぬ。ぬしよ。当事者であろう?弟の方の顔は覚えておるかや?」
「え?」
「あまり嫌な記憶であろうが、ぬしの為なのじゃ。協力せよ」
と言う感じにマリーのおでこにクロ、……ノワールではあったが自身のおでこをくっ付けた。
◇◇◇
わたしは、夢を見た。
幼いわたしの夢だ。
良い夢であったのなら、幾らでも見たい、と思うわ。そうじゃ無くて、湾岸州の会議で会ったあの子ども達の夢だった。
「ばばあ頭!おまえ、何でここで遊んでんだよぉー!どっか行っちまえよ!年寄り臭せーんだよぉー!」
「ホント、白髪移るんじゃねーの?」
───ギャハハハーーー!!!
そして、
「オマエ、母さんが死んだショックで白くなったんだって?」
と言う言葉で、わたしはお母様の最期の姿を思い出した。
血だらけになっているお母様。
あれは、事故だったのだ。
魔獣の大猪の突進。わたしに向かって来るあの魔獣。
お母様の矢は届いているのに、何本も刺さっているのに、速度は衰えない。
お母様はわたしを弾き跳ばして、「早く逃げなさい。私の愛し子」と言っている。
何故か、ゆっくりと時間が進んでいるかのように、お母様の身体は、魔獣を受け止めようと両手を広げた。そうして大猪の牙がゆっくりお母様の身体に入って行った。
気付くと、あの子ども達が燃えていた。
微睡みの中で、あの人、……ヴォルビス殿下の声がする。
でも、あのクロ様の声も聞こえた。
わたしが目を開くと、お互いの顔を近付けている二人が見えた。
「な、何、を!人の枕元で、何をなさっておいでなのです!」
「ああ、これ?……ちょっと待ってて、マリー。もう少しだから」
「そっ、そんな仲睦まじい様子をわっ、わたくしに見せつけて、ヴォル、……殿下は、わたくしに諦めろ。と、暗に仰られておいでなのですの?」
ああ、わたしは、嫉妬しているのだ。けれど、あの人に敵う訳が無い。
凄く美人で、凄くスタイルが良くって、何時も彼といっしょなのですもの。
夢でも悲しくって、目が覚めても悲しいだなんて、あんまりですわ!
「おなご。勘違いするで無い。情報の共有手段なのじゃ。が、主の中に王子の顔はあったが、弟君の顔は浮かばぬ。ぬしよ。当事者であろう?弟の方の顔は覚えておるかや?」
「え?」
「思い出したくなど無い嫌な記憶であろう。が、ぬしの為なのじゃ。協力せよ」
彼女はそう言って、わたしのおでこに彼女のおでこを付けた。
「辛いであろうが、イメージせよ。件の王子どもを!」
◇◇◇
「それで、クロ、……ああ、ノワールだったな。ノワール、王子達を覚えてどうするんだ?」
すると、彼女、……クロ様、……ノワール様?が仰った。
「少々、偵察じゃ。数日戻らぬ。ことによっては今日中に戻るやしれぬが、まあ、寂しくて泣くでないぞ?主は妾が見えぬと、よく泣いておったでのう」
「そんな昔の話しするなよな!ほら、とっとと行けよ」
少し、少しだけクスリと笑えました。
ノワール様はくつくつ笑いながら、お姿を消したのでした。
「彼女、ノワール様とお呼びするのが良いのですか?」
「ああ、拘っていてね。僕が付けた『クロワッサン』ってのはお気に召さないようだよ?人形の時は、ノワールって呼べってさ。さっきも怒っていたし」
「ノワール様、何処へ行ったのですか?」
「多分、王子達を探して捕らえる。だろうと思うよお。あいつ、やりかねないから……」
今までも殿下、……ヴォル様が困った時や、暗殺の未遂の時など、実行犯は元より、首謀者を見つけて来たことがあったのだそうで、今回も……と言うことだった。「凄い方なのですね」と、わたしが言うと、「あいつ、フェンリルだぜ?」と仰った。
そう言えば、真っ黒な毛並みの大きな狼だったのでしたわ!
とても美しい大狼でしたわ。
どうして、ヴォル様とごいっしょしているのでしょう?
聖獣、……神獣と呼ばれる彼らのような存在が人に、……特定の人物だけの傍に居る。と言うのは、訊いたことなどありません。
彼女ノワール様は、恋をしているの?
絵本や物語の中には、そう言うお話がありますもの。
獣と人の悲恋、と言うのは、物語の題材として、結構ありますわね。
もしもそうであれば、悲恋に終わって欲しくはありません。応援したくなります!
「そうしたらわたし、どうなるのかしら?」
「大丈夫だよ。あの王子達、少なくとも直接、こちらに手は出せないし、僕らが出させないよ。まあ、ノワール、……クロかな?あいつが居るしね!」
そうじゃ無いの。わたしのお話しなの。ノワール様を応援したら、わたしはどうなって仕舞うのでしょう?
「一つマリーに、……いや、ペルスネージュ嬢に提案があるんだ。……嫌だったら、断ってくれてもいいのだけれど、そのう、僕ヴォルビスと婚約をして欲しい………あー、いや、偽装で、婚約者になって欲しい」
「ええっ!わたしと、ですの!?な、何故?」
彼の言う偽の婚約。とは、こう言うことだった。
彼の国、グランフルーリア帝国の第二騎士団第七小隊、……帝国の諜報部隊を動かしたいが、わたしの公国とチボールディア王国とのいざこざに帝国と言えど、介入するのが難しいのだと。
例え両国共、帝国の属国ではあるのだが、一応主権を持つ国家であって、そこに大国である帝国の意思で、どちらか一方に組することは出来ない。
もしもそれを実行した場合、帝国に反意を持つ国の帝国に対する良い攻撃材料になり得るのだと………。
だが、婚約者やその婚約者が害される事態になるのであれば、それらを守る。と言う大義名分が出来るだろう。
と、言うことだった。
理屈は分かる。だけど少し、ちょっぴり寂しい気持ちにわたしはなって仕舞った。
「───と言うことさ。どうかな?まあまだ時間はあるから、考えてみて……」
そうヴォル様は言って、お部屋から出て行かれたのでした。
そのお話しは、ガルデニアも静かに訊いておりました。
「どうしよう?ガルデニア……わたし、嬉しいのか、悲しいのか分からないわ。。。」
ガルデニアは、ゆっくりとわたしの顔を見て、言うのでした。
「ガルデニアは思うのです。姫様、このお話しお受け致しましょう。
これは好機だと、とても卑怯だとガルデニアは思いますし、姫様もそうお考えになられるでしょうが、例え偽装であったとしても、婚約したのならそうそう白紙に戻したり、破棄など出来ません!だって姫様は、公女なのです───」
彼女は言う。
もし撤回しよう物なら、一国の姫を傷物にした皇子になって仕舞うのだ。と………。
姫様も婚約破棄の後は、中々他の殿方からの求婚が難しくなるのだから、と。
「わたし、バルザミーヌ様とお話しがしてみたいの。きっと失礼なことをお訊きになるかもしれない。と、言うことも合わせて伝えてくれる?ガルデニア」
「承知しだぜ!姫さん」
「あらやだ、会った頃のガルデニアみたい!でも、とっても楽しいわ!」
◇◇◇
お部屋を伺うと、バルザミーヌ様は、パシフロール様を抱いていらっしゃった。
「乳母は、いらっしゃらないのでしょうか?」
「ええ、私が、勝手に生んだのですもの。私が一人で育てたいの。だから、私には乳母はいらない。
ところで、公女様。恋のご相談でしょう?」
なんか、バルザミーヌ様は強い大人なのだわ。いいえ、お母様なのね。
「そうです。バルザミーヌ様の仰る通り、恋のお話しがしたくて、恋のお話しがお訊きしたくて、参りました」
それから、わたしはヴォルビス殿下の仰ったことをかいつまんでお話しした。そして、ガルデニアの提案も………。
「───そう、……貴女の侍女の言う通り、……でも、そうね。多分、なのだけれどもヴェル君、……ああ、殿下とお呼びしないと不敬罪、かしら?まあ、学園の二つ年下の可愛い後輩って思って付き合っていたのだから今更なのだわ!そのヴェル君は生徒会で役員だったの。
彼は兄君のナル君、……ナルスィス殿下共々凄く真面目でね。髪色こそ違ってはいたのだけれど、お二人共とても澄んだ綺麗な瞳をしていたわ。
そんな彼らには何時も取り巻き、……とでも言うのかしら、お砂糖菓子に群がる蟻のように纏わり着いていたの。ナル君は彼らの好きにさせていたのだけれど、ヴォル君は、明らかに嫌っていたわ。その嫌っているであろう人の中に、私の好きな彼が居たの。私の二つ上の先輩。ヴォル君達からすると四つ年上ね。でもね、『バルザ先輩、彼は良くないと思います』って、言うのよ?
今思えばあのフェンリルの子、『クロ』様が彼の本質を見て、……見抜いていたのね。でもね彼、私には優しかった。別にお付き合いとか、そう言うことだってしてはいなかったのだけれど、学園の四年生、……デビュタントの前ではあったのだけれど、あの冬、帝都のブルジュオン城の大広間で、再会したの。
恋は盲目。って本当よ?私は学園を卒業して五ヶ月経った頃だったわね。この子パシフロールを身籠ったのが分かったの。……一応私、伯爵家のご令嬢なのだけれども、二女と言うこともあったし、家格的にも伯爵家としては上位なの。まあ、公女様に言うことでは無いのだけれど。
……私は比較的に自由にしていたし、両親も私の好きにさせてくれていて、婚約を強要されることだってなかったの。
二つ下に皇子が二人も居て、間よくば、って言う私の両親が思っていたのかもね。
兎に角、身籠った私は彼、……公爵家の嫡男なのだけれど、……に婚姻を迫ろうとしたのよ。でもね酷いのよ?先触れだって出したのに、面談のお約束だって取り次いで頂いたのに、彼も彼のご両親、公爵夫妻もお会いしてはくれなかった。
何度も何度もお会いしたいと願ったのに。
でもねパシフロールを生んで良かった。生んだことは後悔していないわ。
だって今の私、幸せなのですもの!」
「バルザミーヌ様、恋をして幸せでしたか?」
「ええ、それは勿論!恋はいいわ。貴女、……ペルスネージュ様も恋をしているのでしょう?きっとヴォル君、……ヴォルビス殿下もペルスネージュ様に恋をしているわ。私にだって分かるのだもの彼、……ヴォルビス殿下にだって分かっているのだと思う」
「ありがとうございます。バルザミーヌ様───」
「私のことは、『バルザ』とお呼び下さい。公女様」
「あら、それならわたしを『ペリィ』って呼んで頂きたいわ。バルザ様」
「分かったわ。ペリィ」
その後は、ヴォル様やそのお兄様のナルスィス殿下の学園、生徒会でのエピソードを夕食の前まで訊くわたしであった。
打算的だと分かっている。
利己的だとも知っている。
何よりもわたしが彼を好きなのだ。
「わたくしペルスネージュは、殿下のお申し出を受けようと考えております」
夕食後のお茶の席、サロンのソファの前で、わたしは殿下と対峙したのだった。
◇◇◇
残念な神殿観光から二日後、8月第三週の6日。午前9時の音が響く頃、一通の手紙がわたし宛に届いた。
手紙は大公ジャスマン三世から。シャテニエ公国の国主であるお父様からであった。
手紙には、カクティスとダフネ。……チボールディア王国の王子兄弟の逃亡の子細が記されていた。
王子達の故国、チボールディアに公式な抗議文を使者と共に送った後、グランフルーリア帝国帝都のチボールディア王国公館、王国の帝都本邸駐在の一個分隊十名が8月第二週の始めに公国公都に来訪。
話し合いによって、王子兄弟とその近衛四名の公国外退去と本国チボールディア王国への強制送還を決め、送り出したのが、第二週の6日。
その翌日第三週の1日の夕方、王子達の乗った馬車が大規模な賊に襲われ、王子兄弟諸とも馬車が奪われたのだと言うことだ。
ここまでの経緯は、「よくある話し」と一言で片付けて良い物でも無いが、問題は襲った賊が王子達の雇った者共であると言う点だった。
襲われた分隊の数名の遺体と、賊の十数名の遺体に混ざり、生存していた賊が数名、……賊に三人の生き残りが居た。
その賊達は、口々に「裏切られた」と言い、彼らの知り得ている情報を洗いざらい語ったと言う。
ペルスネージュ、つまりわたしのの行き先、同行者、全てを知っていたのだ。
何故知り得ていたのか?
公都より聖都への駅馬車に間者が紛れていたのだと、彼らは言う。
赤銅色の髪色の男がその間者だと言うことだった。
「あの香辛料の行商人の男か!?───おかしいとは思っていたんだ。もし香辛料を売っているのなら、行き先が真逆だ。
香辛料を買い付けるのなら南部の湾岸州で直接買えばいい。まあ公都までの河川交通の船便に買い付けをしたとしても、公都から南西方向の聖都へ売りに行くこと自体、おかしかった。もし聖都の誰かが香辛料を求めているのなら、港のある聖都近郊の町からか、直接湾岸州からの方が複数の商人、商会を介するよりも安く購入出来るんだ。
なのにあの行商人は北から、……内陸のシャテニエから聖都へと向かった。……何故、僕はそんなことに気が付かなかったのだろう」
頭を抱え床に視線を落としたヴォル様。
「殿下、我々の動向を相手は把握している。そう考えますし、……言いにくいのではありますが、我らも元よりバルザミーヌ嬢、生まれたばかりのパシフロール嬢、延いてはテター伯家に類が及ぶものと愚考致します」
「───そこなで考えが及ばなかったイビスキュス」
「なれば、如何されますか?我らが殿下」
暫くの間、床を見つめていたヴォル様は顔を上げ、わたしを見詰めて言う。
「ペルスネージュ嬢、……僕と、僕達とこの聖都を離れ、また旅を続けることになりますが、宜しいか?」
ヴォル様は座っているわたしの前に立ち、ご自分の胸に握った右手を当て、騎士の礼を取り仰った。
翌朝、わたし達は馬上の人となり、聖都イン=アンナの街を後にした。




