大閑話-01.皇子、子犬?を拾いました。
第○節と字数を合わせたかったので『大』を付けた。
それだけ。
◇◇◇
その子狼は、雌親によって、谷へと落とされた。
深い谷だと思っていた子狼であったが、意外と浅かったし、上に至る道もあった。
戻る手段もあったのに怪我を負った子狼には谷底から雌親の元へ帰ることが出来なかった。
◇◇◇
グランフルーリア帝国には、二人の皇子がいた。
剣術の師範が絶賛する程の才能に恵まれたナルスィス皇子と弟の皇子、ヴォルビスである。
ヴォルビスも剣術を褒められることはあるが、兄ナルスィス程の才能には恵まれていなかった。
だから、あらゆることを学んだ。槍も棒術も弓も。格闘だって習った。
まあ、皇子だから、やる気があるだけで、教える師は好きなだけ与えられる。
武術意外にも興味を示す皇子に、皇帝である父親は惜しみ無く与えるのであった。
興味はそれに飽き足らず、算学、理学、歴史に政治経済学言語学。更に魔術にまでも興味を示した。
魔術は才能があったのだろう。何時か兄皇子を越える物となっていた。
だが、魔術の才能のことは誰にも知られていなっかったし、ヴォルビス自身も知ってはいない。
帝国の北、ノールプラージュ地方のル・メートル子爵領は、隣接する『ノールプラージュ王国』との国境のある領地だ。
ヴォルビス皇子は、皇帝の砦視察に同行してこの地に来ていた。
勿論、同行者には、兄であるナルスィスもいる。
他に財務卿のフロコン候も同行しているのは、侯爵領であったこの国境地帯一帯を子爵に分譲しているのだ。分譲したのは数代前の侯爵である。
そう言う経緯もあって、フロコン侯爵は代々、ル・メートル子爵の寄り親であった。
国境の砦に向かって左手、つまり西だ。そこには夏にも拘わらず、頂が雪で真っ白な山々の連なるノールプラージュ山脈があった。
山脈は西へ行く程に深い峡谷になっている。
その峡谷の底は見えないものかと覗き込むナルスィスとヴォルビス皇子であった。
「見えないなあー」
「ホントだねえ。ねえ、もうちょっと下に行ったら見えるかもっ」
ナルスィスの提案に首肯し、ヴォルビスを先頭にして階下へと降りて行く皇子達。それに気付き、追い掛ける衛兵が三人。
三人の衛兵の中に後のヴォルビスが友として部かとして長い付き合いになるかもしれないジェルブラが居たことは余談である。
砦の下、崖の縁に出た皇子達は衛兵達の制止も訊かずに谷底を覗き込んだ。
ヴォルビスは、この時の予感を忘れずにいたのであれば良かったと思い出すのは、随分と後の話し。
彼はほんの少し殺気を感じたのだが、そう感じたその瞬間、景色が反転し、強い風がヴォルビス目掛けて襲って来た。
ヴォルビスは落ちたのだ。
身体が、幾度も幾度も硬い斜面に当たり、「痛い」とも叫べずに深い谷底へと落ちて行った。
助かったのは、偶然だったのだろう。
谷底へ至る崖は、底に近くなる程に緩やかになっていて、何度もバウンドしながら落ちたヴォルビスの落下速度のブレーキになった。
「ううぅー。寒いぃ、てか、痛いよお」
擦り傷だらけで、しかも頭皮の何処かを切ったらしく、ヴォルビスの顔は、地だらけだ。
まあ、他の場所の方が打撲やら擦り傷が痛かったので、気になっていない様子であった。
峡谷を上に登るには、
「やっぱ、東に行けばいいんじゃね?」
この頃のヴォルビスは、楽観主義の九歳児だった。
谷の底には川が流れているし、図鑑で見た覚えのある食べられる野草も生えていた。
どのくらい時間が過ぎたのであろうか。ヴォルビスの目の前には上の見えない程の崖があった。空は見えるけれど、ね。
川は、その崖の下へと吸い込まれるように流れていて、その川に沿って歩いて行けば、何れ外。と思ったヴォルビスの心を砕くに十分であった。
「仕様がないけど、戻ろう」
何時か日は落ち、暗い谷底は、真っ暗になっていた。
「もう疲れた。暗いし危ないし寒いし痛いから座る僕」
誰もいない場所で、一人言を言うヴォルビス。まあ元々お喋りで、話し好き。
結構、鬱陶しいヴォルビスではあったが、意外にお城の老若男女の使用人に好かれる質だったりする。
彼らからすると、「気さくな皇子」枠のヴォルビス殿下なのだが、一方のナルスィス殿下は、寡黙。と、言うよりも、気分屋気質な皇子で、女官に当たり散らすこともあるのだそうだ。『そうだ』と言うのは、対象以外いない時を狙って当たっているから、と言う複数の使用人からのお話し。
「眠ることが、出来なかったよお。だって……」
闇の中、身体を這う虫?生き物が居たから。実際、虫は居たのだが、身体に触れて居た殆どは、草だった。
そのことを知らないヴォルビス皇子。
頭皮の傷は既に塞がり、身体の擦り傷も乾いたようで出血も止んだ。
昨日歩いた方向とは逆に歩き、そして歩いた。
「いい感じに汗もかいたし、お風呂に入ろう!」
勿論、風呂などある訳無い。
意外、川は深かった。
慌てて川から上がる皇子。
上がった岸辺にペタンと座り、見上げる。
「空、青いな。綺麗だなー」
そう言えば、と、空を見上げる途中に対岸の壁、……崖にジグザグ模様を見た気がして、視線を空から下へと下ろすと、
「ジグザグあった。何だろ?ジグザグ。ジグザグ、ジグ、ザグ、ギーグザーグ。ジーーーイグ、あれえ?」
模様は、崖の上の方が長い『線』になっていて、面白い。
「近くで見よう!そうしよう!」
川の流れは、真ん中に行く程早かったが、それでもどうにか向こう岸まで泳ぐことが出来た。
「着衣水練。やって於て良かったよ」
崖の下まで行って、見上げるとその模様が細い道であることが分かった。
「僕、やっぱついてる!」
谷底に落ちた事実を棚上げする楽観主義の幸せ思考は極まれり。
ヴォルビスは登り口を探すべく、歩いた。
崖の岩肌は黒くなっていて、近づいて初めて気が付いた。
真っ黒な中型犬がそこに踞って居たのだ。
あちこち血が滲んでいるのを知ったのは、犬の毛が黒いと言うことが出血を分からなくしていたのだ。
「暖かいし、息もしている。そおだー水を……」
両手で川の水を掬って、犬の口に運ぼう、……と走ったのだが、殆ど溢れて仕舞い、犬の口を湿らすに留まった。
「なれば!成せば成るうっ!」
履いていた靴の片方をコップ代わりに犬に持っていく。
犬の口にその靴を近付けた切な。
『靴!?流石にそれは無いぞ?まあ、気持ちはありがたいがのっ!』
瞠目し、動きを止める皇子ヴォルビスであった。
「どうしてここで倒れているの?」
『女親にのう、おっことされたんじゃ』
「ええーっ!?───まあ僕の母上も酷い人だけれど、君のお母様も大概だねえ。女親って、何処の世界でもいっしょなんだなあ」
『人の子よ。人の子の女親に落とされたのかや?』
「違うよ。何か勝手に落ちたんだー。自分で落ちた、的な?」
話しをしていくうちにヴォルビスは気がついた。
(僕の母上は、他人を蹴落とす為、この犬の子の母は、我が子の成長を願ってやっている)
何となく寂しくなるヴォルビスであった。
「ねえ、もしも僕が君を助けて仕舞ったら、君はもう、お母様や兄弟といっしょに居られなくなっちゃうの?」
『おそらくの』
「それでも、助かりたいかい?」
『その内、折れた足も治る。その時、戻る』
「君、どのくらいで治る?」
『数ヶ月、かー一年か?』
「君が死んじゃうじゃん!」
『死なぬよ?妾は、******、で******************の。*****◆**■からじゃ』
死なない理由をこの時のヴォルビスには理解が出来なかった。
理解が出来るようになるまで、ヴォルビスには数年の時間が必要であった。
余談だが、あの公女は、一日で理解し、行使出来たのも数日の時間で十分であった。
彼女は、規格外生物である。
「ねえ、僕名前言ってなかったね。ヴォルビス。ヴォルって呼んでいいよー。君は?」
『妾らフェンリルに名は無い。名は、番が出来て初めて付けるものじゃ』
「でも僕だけ君君言っていたら、なんだかなあ。なんだよ?じゃさあ、付ける」
『何を付けるのじゃ?』
「名前!」
(んんー。。。真っ黒な子、だから『クロ』は、安直だしなあー)
「そおだなあ、」
『名前、止め!らめ、』
「君の名前は──『クロワッサン』!決めた!クロワッサン、ね!」
『やってもうたあーーー』
漆黒のクロワッサンの身体からなのか分からないが、青白い光が谷底に放りがった。
青白い光は白から次第に暖かなピンク色になり、暫くして輝きは消えた。
その時には、クロワッサンと名付けられた黒いフェンリルの子どもの身体の傷の殆どが消えた。
残念なことに、骨折だけは完治には至らなかった。
「何、今の?」
『よく聞け人の子。妾と主の主従の契約が為された光ぞ。これで妾は、主の従撲じゃ。なんてこった………』
「んー。ま、いいや。じゃあ抱っこするねー」
数時間歩き、やっと登り口にヴォルビスはたどり着いた。
流石にヴォルビスはくたくたで、崖を登るのに際し、
「おんぶとか出来たら良いのに……」
『その方が良いなら』
そう言うと、クロワッサンは、姿を変えた。
「僕、今日は驚き過ぎて、驚く気にもならないよお。服無い?無いよね。汚れているけど、無いよりはいいと思うの」
ヴォルビスは上着を女の子になったクロワッサンに着せる。右腕、左腕と袖を通し、最後にボタンを閉めながら、
「クロワッサンは、年幾つなの?5~6歳に見えるけど……」
『何処を見て判断したかについての言及は勘弁しようとは思うておる。12歳じゃっ』
「ウソだねえー。7つかなあ」
『当たりじゃ。主に嘘はダメじゃな!よろしくの。主様』
「こちらこそ。クロ!」
それから2日掛け地上、崖を登り切ったヴォルビスであった。
~~つづく。




