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夏詩の旅人

クロスロード伝説(夏詩の旅人シリーズ第7弾)

作者: Tanaka-KOZO

 2006年8月中旬。

僕は福生市のとある農道に車を停めていた。

時刻は深夜24時になろうとしている。


虫の音が微かに聴こえるクロスロード。

辺りは真っ暗闇で何も見えなかった。


僕は停めた車の中でLEDランタンを照らしながら、ある資料を手にし読んでいた。



 ロバート・ジャクソン

1911年生まれ、1938年8月、27歳の若さでこの世を断つ。


伝説的なブルースマンとして知られる彼は、死の2年前の36年8月に、アメリカのミシシッピ州クラークスデイルにある交差点(クロスロード)において悪魔と契約を交わす。


「“ギターが上手くなりたければ、クロスロードへ行け”、“そこで悪魔に自分の魂を売る契約を交わせば、願いが叶う”」

ロバート・ジャクソンは、ある日悪魔の契約についての噂を聞いた。


そしてジャクソンは噂話の通り、8月のある夏の夜に、ギターを持ってクロスロードに立って悪魔を待つ事にした。


夜中12時になる少し前、ジャクソンの目の前に、黒マントをかけた大柄な男が光と共に突然現れた。


その大柄な男は、自身の事を「レグバ」と名乗った。


「俺に用事があるのか?」

レグバと名乗る男はジャクソンにそう聞いた。


「あなたに用事がある」

ジャクソンは言った。


「ギターが上手くなりたい。その為には自分の命と引き換えにしても構わない…」

ジャクソンがそう言うと、レグバは「ギターをよこせ」と静かに言った。


ジャクソンからギターを手渡されたレグバは、チューニングをしてからその場で1曲弾いた。


そしてギターをジャクソンに戻すと、「これで今から何でも弾けるようになる」と言った。


ギターを手に喜びの表情をしているジャクソンに、「2年だ…」と一言、レグバが言った。

そう言い残すと大柄の男は、彼の前から光と共に忽然と消えた。


それからのジャクソンは卓越したギターテクニックと歌を手にし、一躍名声を手に入れる事ができた。


しかしその日からジャクソンは、地獄の番犬に常に追われる日々を送る事となった。


恐怖で眠れない日々が続くなか、2年後の8月。

ジャクソンは、原因不明の死を遂げる事となる。


悪魔との契約は遂行されたのだった。



 僕は、ここまで資料を読むと本を閉じた。

腕時計の時間を確認すると、時刻は深夜0時となった。


時間を確認した僕は、正面に顔を戻した。

すると前方から何か光っているものが近づいて来ているのが、フロントガラス越しから確認できた。


「こんな農道の1本道に…、こんな時間帯に通るなんて…」

僕はその光を、対向車が向かって来たヘッドランプだと思い込み、そうつぶやいた。


光はどんどん広がり、僕の目の前に来た時には、ついには真っ暗だった農道が、逆にその発光体のせいでまったく見えなくなった。


「うわッ…、なんだこりゃ?」

目の前が真っ白に光っていて何も見えない!


僕は段々と気が遠のいていくのを感じた…。






 2006年8月上旬。

僕はR16号線を車で走っていた。


助手席には音楽雑誌のライターのマイが乗っていた。


僕はカーラジオのチューニングをAFNに合わせる。

ラジオからはチャーリーと名乗るDJが、流暢なネイティヴ・イングリッシュでトークしていた。


16号が福生に入ると、左側には広大な敷地が広がる米空軍の横田基地が見え始めた。


「あ!飛行機!」


マイがそう言うと、フロントガラス越しからエアフォースの大型輸送機、C-17が離陸していく姿が見えた。


「大っきいよねぇ~!?」

飛び立っていくC-17を眺めながら、彼女が言った。




この日僕は、マイが仕事している音楽雑誌「ロッキンS」の取材で福生に向かっていた。


「ねぇ?、ところで今日はどこから取材に行くの?」

助手席のマイが運転している僕に言う。


「どこから行くの?…て、君の雑誌の企画じゃないか!?、そんなこと俺が知るもんか…」

僕は前を見ながら、ぶっきらぼうに彼女へそう言った。


「え~ッ!だってあなたが紹介するっていう趣旨の、街グルメ企画でしょ~!?」


「“俺の食いしん坊バンバンザイ!”コーナーは、あなたがお店を決めとかないと…ッ!」

呆れた感じで彼女は言う。


「そんなの聞いてないぞ!」


「なんであたしが決めとくのよ!」


「君が俺に声かけたんだろ!」


「あんたが仕事無さそうで、困ってるからでしょッ!」


「俺は別に困ってないッ!」


「あんたねぇ~……ッ」


僕らは車内でケンカし出した。


険悪な雰囲気となった2人は、お互い黙ってしまった。


(ヤレヤレ…)

ため息をつきながら、僕はあてのない運転を続けた。






 1週間前。

東京都渋谷区宇田川町、「ロッキンS」編集部に僕は呼ばれていた。


僕をここに呼び出したのは、雑誌ライターのマイだった。


 マイは24歳。

小柄で、前髪ぱっつんのヘアースタイル。

写真と猫が好きな、アート系な女の子だった。


 彼女は僕が以前働いていた職場の後輩である。

僕が会社を退職した半年後には、マイの方も会社を辞めていた。


退職後、音楽雑誌社へ転職した彼女は、念願だった音楽雑誌の編集者になる事ができた。


「“俺の食いしん坊バンバンザイ!”!?」

編集部のオフィス内にある会議室で、僕は目の前に座っているマイに言った。


「そう!、最近雑誌の売り上げが落ち込んできてね…、まぁそれはうちの雑誌だけに限った事じゃあないんだけど…」


「だから今までの音楽雑誌の既成概念をぶっ壊して、グルメ企画を始めようと思うのよ!」

マイが僕に説明する。


「ね?こういうの得意でしょ?」

「毎月の連載企画だから、定期的に収入が得られるわよ」


「どういう事をするんだよ?」


「毎月、グルメ紹介するお店を何軒か紹介したら、最後に、“ではまた来月!食いしん坊バンバンザイ!”って言って終わるの!」


「なんだそりゃ!?」

「まるっきりセンスねぇな!もうちょっとマシな企画は無かったのかよ!?」


「何よぉ~ッ!」


「大体、俺そういうキャラじゃないし…」


「いや…、キャラだし…」


「世間に対する、俺のイメージってもんがあるんだよッ!」


「へぇ~?、そこまで有名人さんでしたっけ?」


「なんだとッこら!」


「なによッやんのッ!?」


なんだ?、なんだと!?と、作業の手を止めて、会議室を眺めているロッキンS編集者たち。

パーテーションで仕切られているだけの会議室では、僕らの声は編集部中に筒抜けであったのだ。






 僕はマイとのやりとりを思い出しながら、黙って車を運転していた。

このまま車を走らせてると、福生を抜けて他市に出てしまうと思った僕は、彼女に言い出した。


「とりあえずどこかに車を停めて、打ち合わせをしないか?」


「そうね」とマイ。


「河原がある。あそこに一旦止めよう」

僕はそう言うと、ウィンカーを右に出して、河原の方へと下って行った。






「ほら!」

缶コーラをマイに投げる僕。


「うぉっと!…、サンキュ…」

コーラをなんとかキャッチしたマイが言う。


僕らは多摩川沿いの河原に車を停めていた。

自販機が1つだけあったので、僕はそこでコーラを2つ買ったのだ。


「暑いな…」


プシュッ…。


僕は多摩川を見ながら缶コーラを開けた。


「うわッ…!」

マイのコーラは吹き出した。


ははははは…。


「ちょっとぉ~…。投げて渡すからでしょう~!」

少しベタついたコーラの泡を振り払おうと、マイが手を振っている。


「ここってさぁ…、前に来た事ない?」

コーラを口につけたマイが僕に向かって言う。


「ああ…俺もそんな気がしてた」


「ほら、あそこにサマーランド見えるし…」

対岸を指差していうマイ。


中出(ナカデ)とか、リョウ(涼子)とか、会社の連中とみんなで集まって、BBQしたとこだよな…ここ?」

マイに確認する様に僕は言った。


「ナカデ氏は今何やってんの?」


「さぁ…?、全然連絡取ってないから分からんけど、噂では“マル帽トラック”の配送を始めたとか聞いたな…」


「マル帽トラックぅ~!?、なんか怪しい名前ね。大丈夫なのその会社?」


「いや、アイツ自体怪しいやつだから…(笑)」


ははははは…。


「リョウは何してる?」


「彼女はジャーナリストになってるよ」


「へぇ…、どこの?」


「毎朝新聞だって言ってた」


「マジかよッ!すげえな…。なんだよ俺のこと取材しろよなぁ…!」


「やっぱり困ってない?生活に?」


「まっ……たく!困ってませんッ!」

僕はマイへ、必要以上に強く言った。


川はカジカガエルの美しい水鳥の様な鳴き声が響いていた。






「なぁ…、今日はもうヤメにしないか…?」

河原の石の上に座りながら、小石を川へ投げる僕。


「え~ダメだよぉ!」


「大丈夫!大丈夫!、明日気合入れて店回るから…」


むっとして、こちらを見てるマイ。


「店も俺が調べとくよ、今夜中に…」

「だから今から飲みに行こうぜ」


「あんた車どうすんのよ!?」


「福生の駅前に、出張サラリーマン用の長期滞在できる民宿を、さっきスマホで見つけた。ボロボロだったけど…」


「ええッ!あたしはイヤよ汚いとこ泊まるのは!」


「汚いとは言ってないよ。ボロボロだって言ったんだ」


「同じことよ!」


「君は電車で帰ればいいじゃないか」

「俺は明日の朝早くから、ここに着ける自信がない。明日の朝、駅前で待ち合わせするってのはどうだ?」


「もう…」

ふくれっ面をしたマイが言う。


「じゃあ決まった!飲みに行こう!」

僕は立ち上がって尻をパンパンと叩く。


「ホントに明日、頼むわよ…」

マイはそう言いながら、車へ向かう僕に渋々とついて行く。






 15時。

宿のチェックインを済ませた僕は、駅前で待っているマイと合流した。


「お待たせ、お待たせ…」

ちょっと手を挙げてマイに駆け寄る僕。

マイは少し不機嫌そうな顔で待っていた。


「この近くで、良い雰囲気のロックBARを見つけたッ!」

慌てて言う僕。


「上手くいけば取材のネタになるだろう!?」

強引に仕事にかこつけて言う僕。


「飲みに行く店は探すの早いのね…?」

マイが僕にチクリと言った。






 ロックBAR「ヴァージン」

僕とマイは店内のカウンター席に座り、ハイネケンを飲んでいた。


店内のステージでは、エアフォースの外国人バンドが、70年代ロックを演奏していた。


「ねぇ!、ここで打ち合わせするって言ってたけど、ホンキで言ってんのッ!?」

演奏音にかき消されまいと、マイは大きな声で僕に耳打ちした。


「キビシイかね…?」

僕が笑顔で言う。


「あったり前でしょッ、もうホントさっきから全然アテになんないんだからぁ!」

マイはそっぽを向いてそう言った。


 しばらくすると、次の演奏がブルースバンドに変わった。


僕はハイネケンをやりながら、何気なくステージを見る。

そこで歌ってるギターボーカルの顔を見て驚いた!


(あいつぁ…愛川!、愛川ゼンじゃねぇか?)

僕は驚きのあまり、ステージに喰いついた!


 愛川ゼンは、デビューが僕と同期のシンガーソングライターであった。


年齢が僕より少し上だった彼の歌う曲は、ねっとりしたネガティヴなキーワードばかり出てくる歌詞で、僕はあまり好きではなかった。


“作詞・作曲は人間性を反映する”と云われてる様に、彼の性格も嫉妬深くて、ネクラな感じだった。


いつだったか、新人ミュージシャンの週間ランキングで、何度チャレンジしても僕に勝てない奴は、酔っ払って僕の携帯へ電話してきた事があった。


自分のプライドが許せないのか?、理由はハッキリ言わないが、“お前のせいだ!”、“お前が目障りだ”と、罵ってきたのだった。


初対面は温厚な性格だったので、僕も油断して愛川と連絡先を交換してしまったのだが、その一件があって以来、僕は奴と絶縁状態になっている。


“人間40歳過ぎると性格が人相に現れる”と云われるが、相変わらず不細工で意地の悪そうな顔をしていやがる。


(それにしても、なんで愛川が、ガイジンバンドでセンター張っていやがるんだぁ?)

僕は、彼のバンド演奏を眺めながらそう思った。


福生や横須賀など、米軍基地の側にあるロックBARでは、本場さながらの演奏テクニックを持ったツワモノどもが集まる。


だから「日本人には、本物のロックミュージシャンはいない!」と海外ミュージシャンたちから揶揄されている僕らとしては、福生や横須賀、横浜などでライブをやるというのは、それなりに勇気がいるものだった。


だが、今ステージで歌ってる愛川はどうだ!?


2年前には、お世辞にも上手いと言えなかった彼のギターと歌は、今や微塵も感じられなかった。

バックに従えているツワモノのメンバーたちをも、愛川は完全に支配していた。


「すげぇなぁ…、すげぇギターテクニックだ…」

呆然と眺める僕。


「だけどなんで日本人のやつが、アメリカ人引き連れて歌ってるんだぁ…?」

僕がそう言うと、1つ離れた席に座っていた20代後半くらいの白人男性が、ニコっと微笑みながら僕に向かって言った。


「ソレハ、彼ガ、テクニックヲ、認メラレタカラデス…」

片言の日本語で言う白人男性。


「チャーリー、デス…」

彼は僕にそう言うと手を差し出した。


僕も自分を名乗り、彼と握手した。


「しかしこんな短期間で、よくもあそこまでテクニックが上達したもんだ…」

「歌といい、演奏といい…とても同じ人間とは思えん」

僕は、ステージで演奏する愛川を見ながらそう言った。


「クロスロード伝説ヲ、シッテマスカ?」

チャーリーが突然言う。


「ロバート・ジャクソンのアレか?」

僕がチャーリーにそう言うと、隣のマイが「ナニナニ…?、クロスワードパズル?」と言い、話に入って来た。


「オオ!プリティナ、カタデスネェ!」

「ドモドモ…」

チャーリーは僕の前から腕を伸ばし、マイと握手し出した。


「ねぇ、ロバートのクロスワードって何よ?」

握手が済んだマイが僕に聞く。


僕はやや呆れ顔で言う。


「君ねぇ…、ロック雑誌の編集者なのにデルタブルースの伝説のミュージシャン、ロバート・ジャクソンを知らないのかぁ?」


「あたしJ-POP担当だから…」

マイが笑顔で言う。


「ちょっと待て!、すると俺の曲は、ポップスだというワケか…?」

僕がマイに聞く。


「あのね…、専門家の立場で言わせて貰うけど、あなたの曲はポップスよ!」

「80年代風のシティ・ポップスってやつよッ!」

マイがそう応えた。


「ロックだろうがぁッ!」


「ポップスッ!」


「マアマア…」

2人のやりとりをチャーリーが止めに入った。






「オジョウサン、音楽雑誌ノヒトダッタンデスカ?」

僕らの話を聞いていたチャーリーが言った。


「そう」とマイが言う。


「ワタシハ、AFNデDJヤテマス、チャーリーデス。チャーリー・スミスデス」

チャーリーのその言葉に僕らは驚いた。


「チャーリーってAFNの!、あの人気DJのッ!?」

2人は声をハモらせて言う。


「ソデス、ソデス…」

チャーリーはうんうんと笑顔で頷いた。






「クロスロード伝説ハ、今モツヅイテマス…」

チャーリーはバドワイザーを手に、先ほどの話の続きを僕とマイに話し出した。


「サミー・ヘンドリックス、ジャニス・チャップリン、デュアン・コールマン…、サイキンデハ、プリンス・パープル」


「彼等ハミンナ、悪魔ノ、レグバト契約シタトイウ噂デス…」

チャーリーは真剣な顔で僕らに言う。


「彼等ハ、名声ヲ手ニ入レ、2年後ニ契約完了シ、謎ノ急死ヲトゲテマス」

チャーリーがそう言うと、マイはブルッと震えた。


「愛川ハ日本デ、レグバト契約シタトイウ噂デス」


「日本でッ!?」

チャーリーにマイが言う。


「だってクロスロードは、アメリカのミシシッピ州だろ?」

僕もチャーリーに言う。


「アナタタチハ誤解シテマス、クロスロードハ…、悪魔ハ、ドコニデモイマス…」

「決メラレタ時間ニ行ケバ、アエルノデス」

「ソシテクロスロードハ、ココ、福生ニモアリマス」


僕とマイは仰天して見つめあった。


「ようようよう!、どうしちゃったのよ?こんなとこで…?」

カウンターに座る僕のところへ、演奏が終了した愛川が背後から、僕に肩を組んで話しかけて来た。


「久しぶりだな…」

僕が愛川へ不愛想に言う。


「なんか最近全然見かけねぇし、噂も聞かないから、俺はてっきり引退しちまったのかと思ってたぜ」

愛川は笑いながら僕に嫌味を言って来た。


「今日はどうした?」

続けて愛川が僕に質問する。


「今日はロッキンSの仕事で、ある取材をしに福生に来てる」


「ほぉ…、何の取材だ?」

冷ややかな目で愛川が言う。


「食いしん坊バンバン…んッ!…ムグッ…!」

マイが余計な事を言い出したので、僕は慌てて彼女の口を塞いだ。


ん~?と確認するように、愛川は僕らを眺める。


「取材かぁ~、イイねぇ~!俺も取材してもらおうかなぁ…」

ガハハハハ…と、愛川が笑いだす。


「おあいにく様!、あんたみたいなキャラには頼まないから…、食いしん…んッ!…ムグッ…!」

僕は慌てて、またマイの口を塞いだ。


「まぁいい…、俺はビッグスターになった。これからいくらでも取材が来る」

「おたくみたいな弱小雑誌社からの取材なんて、頼まれても受けたくねぇ…」


そう吐き捨てると愛川は、僕らの場所から高笑いをしながら去って行った。


「なによあいつ~!ヤなやつねぇ~…」

愛川の後姿を見ながらマイが言った。


僕は人差し指を立てて、(だろ?、だろ?)と、しぐさをしてマイに共感した。





 BARの生演奏は、カントリーミュージックを演奏するバンドに変わっていた。


「グルメノ取材デスカァ~!?」

マイの説明を聞いたチャーリーが言った。


「そうなの!、それでこの人ぜんッ…ぜんアテになんなくて…」

僕を指さして、軽蔑の眼差しでマイが言う。


「オ~!アナタハ、ミュージシャンナノカト、勘違イシテマシタァ…」


「ソ~リ~、ソ~リ~」と謝るチャーリーに、僕は「いや、ミュージシャンだから…!」と、謝る彼を手で制した。





 「ジントニックを…」


僕はバーテンに追加ドリンクをオーダーした。

マイはチャーリーと意気投合したのか、話が盛り上がっている様だった。


「どうぞ…」

バーテンが僕に、追加のジントニックを出す。

心地よいカントリーミュージックに浸りながら、僕はそれに口を付けた。


「ええッ!ほんとうチャ~リ~!?」

すると隣から、神の恵みと、言わんばかりのリアクションをするマイの声。


「イイデスヨ!、僕ガ福生ノ美味しい店タクサン知ッテマスカラ、マイサンタチニ案内シマス」


チャーリーがそう言い終えると、彼とマイは互いの連絡先を交換し合っていた。


 こうしてチャーリーと僕らは、「食いしん坊バンバンザイ!」の取材を明日から行う事となったのである。






 翌日になった。


「クイシンボォ~!バンバンザイッ!」

ニコニコ笑顔で叫ぶチャーリー。


その場面を撮影してるマイ。

僕は遠巻きにチャーリーを静観していた。


「ちょっとぉ~あんたもやんなさいよぉ…」


カメラを構えたまま、顔を僕に向けてマイが言った。

僕は聴こえないフリをした。



「それにしても、ここのハンバーガーは大きかったわねぇ~」


楽しそうにチャーリーと話すマイ。

僕はもう、完全に部外者であった。


「次ハ、ホットドッグデ~ス!」

チャーリーがはりきって言う。


(俺は運転手か…?)

そう思いながら、僕は車を次の店へと向かわせた。






 更に翌日となった…。


昨日はハンバーガーとホットドッグ。

今日は、ステーキとロコモコの店に行く。


(おぇ…、連日肉ばっかじゃねぇか…、さすがアメリカ人)

僕は胸やけをこらえつつ、その取材に同行した。



 ハワイアンレストランの店内。

ロコモコの取材も終えて、僕はレストランのオーナーと2人で話していた。


「南シュンって、ミュージシャン知ってます?」

ハワイアンレストランのオーナーが僕に言った。


「ええ…知ってるも何も、その人がやってるライブBARを利用した事があったけど…」

僕はそのオーナーに言う。


「あの人、亡くなったんです…。クロスロードの呪いで…」

「まぁ、信じるか信じないかは、アナタ次第ですけどね…」

マスターが、都市伝説を語る芸人みたいな事を言い出した。


 実は取材にことかいて、僕は店のオーナーたちそれぞれに、例の福生のクロスロードの噂を聞き回っていたのだ。


初日はアタリなしだったが、2日目にしてヒットしたというワケである。


 マイとチャーリーはテラス席で、ハワイアンパンケーキを楽しそうに食べていた。

2人は笑顔で語らい、まるで恋人同士の様だった。


僕は遠巻きから2人の姿をチラッと見てから、オーナーから話の続きを聞いた。


「あの人(南シュン)は奥さんと一緒に、ここへたまに来てたんです」


「数年前にあの人、ロック調の曲でヒットしたでしょ?」

「その頃から、なんか顔つきが変わって来たんですよね…」


僕は南シュンがオリコンで1位になった事を思い出していた。


 彼の元々のテクニックが、どんなものだったのか僕は知らないが、その頃TVで観た南シュンの歌と演奏は、確かに卓越したものだと思っていた。


「ある日、奥さんがこの店に1人でやって来て、私は“ご主人は?”って聞いたんですよ」


「その時に南さんの奥さんが、“主人は福生で悪魔と契約して死んだ”って言いました」

僕はオーナーの話を黙って聞いていた。


「南さんは曲が売れれば売れるほど、何かに怯えるような行動をとり始めたそうです」


「そして彼が死ぬ前日には、“俺はもうダメだ。契約が完了する。息子の事を宜しく頼む!”と言い残し、翌日、TV局へ向かう途中、タクシーの中で突然心臓麻痺を起こして亡くなったそうです」


「それでクロスロードの場所は?」

僕はオーナーに聞く。


「それは知りません」とオーナー。


「そうか…」

僕がガックリしていると。


「ゲッツ坂田って知ってます?」とオーナーが言った。


「ああ…、あの仮面を被った、よく当たるという有名な占い師か?」

僕は思い出す様に言う。


「あのTVによく出てる占い師は、この福生の駅前で商売やってんですよ」

「南さんは死ぬ間際まで、ゲッツ坂田のところへよく通っていたみたいです」


「ゲッツ坂田なら、何か知ってるかも…?」

オーナーはそう言うと「私が知ってる事は以上です」と言った。






 僕が店のオーナーとの話が終わると、マイだけがこちらへトボトボと歩いて来た。

チャーリーは遠くから、その姿を不安そうに見守っていた。


「チャーリーね…、来週アメリカへ帰っちゃうんだって…」

マイがちょっと寂しそうに言った。


 そうか…、確かAFNのDJは、アメリカの国防情報学校で教育課程を修了した下士官だったはずだ。

チャーリーも日本での兵役を終えて、いよいよ本国で軍の報道員としての道を進む事になったんだろう…。


「私ね…プロポーズされたよ…」


「ええッ!急だなッおい!」


「まじめに聞きなさいよ!」

キッと僕を睨むマイ。


「はぁ…」

スミマセンと僕。


「それで、“僕と一緒にアメリカへ来てくれないか?”って…」


「どうすんだ?」


「悩んでるよ…」


「あいつは良いやつだ。試しに行ってみるとか…?」

僕が笑顔で言うと。


「そんな簡単にはいかないよ…」

マイがため息をついて言う。


 僕は思い出した。

マイには病弱なご両親がいた。


マイは一人っ子である。

親を日本に残したまま、彼女は簡単にアメリカなどへは行けないのだ…。


「それでなんて返事した?」


「考えさせて欲しいって言った…」


「そしたら…?」


「今夜チャーリーがDJをやる最後の放送があるの…」

「もしOKなら、リクエスト曲と一緒にメッセージを送ってくれって…」


「好きなのか…?」


「たぶん…」


「じゃあそれまでに決めておかないとな。後悔しないように…」

僕がそう言うと、マイは沈んだ顔をして黙っていた。






 帰り道の車内。

マイは助手席に座り、チャーリーは後部座席に座っていた。


「ゲッツ坂田ッ!?」

マイが驚いた顔をして言った。

僕はハワイアンレストランのオーナーから聞いた話をマイに言っていた。


「やつに会えば何か分かるかも知れない…」

ハンドルを握った僕は言う。


「まだ調べてたんだ…?、実は私もね…」

そういうとマイは、バッグから一冊の本を出した。


“ロバート・ジャクソンとクロスロード伝説の真実”


そう題名に書かれた本を僕に見せた。


「私も音楽雑誌編集者のはしくれとして、勉強させてもらったわ」

マイが僕に言った。


「これからゲッツ坂田に会いに行くつもりだ。結果は明日教えるよ」

僕はマイにそう言うと。


「なんでぇ~!?、ずるいよ~!あたしも行くよ~!」と、マイが急にゴネり出した。


「ず…、ずるい…?」

僕が不思議そうな顔をするとマイが、“ハッ!やばい!”という顔をした。


「お前まさか…占ってもらおうとしてんな?、れんあ…、んッ!…、ムグッ…!」

“恋愛運”と言おうとした僕の口を、マイが透かさず塞いだ。


「チョットッ!、マエッ!マエッ!」

後部席のチャーリーが、ハンドルを取られそうになってる僕に向かって叫んだ。






 福生駅前にある雑居ビルの前。

僕はマイと2人で来ていた。

チャーリーは最後の放送があるので基地へ帰っていた。


「ここか…」

ビルを見上げながら僕は言う。

このビルの7Fにゲッツ坂田の占い事務所がある。


狭いエレベーターに僕らは乗り、7Fのゲッツ坂田の占い事務所の前まで、ついにやって来た。


薄暗い店内。

大きな水晶玉の前に座るゲッツ坂田がいた。


「一人2万円になります…」

仮面をしたゲッツ坂田が僕らに言う。


「にまッ…!2万円って…、俺たちは占ってもらうんじゃなくて、ちょっと聞きたいことがあるだけだぜ!」


「どんなご質問にも払っていただけなければ、お答えできません」

ゲッツ坂田はピシャリと言った。


僕は(おい!)と顎をしゃくり、マイに“経費で落とせ”と無言で指図する。


マイは僕に、“無理!無理!”と手を左右に振った。


ふむ~~~……ッ。

僕は鼻息を荒げ不機嫌そうにして、自分の財布から2万円を出した。






「ええ…、確かに来ましたよ。南さんも愛川さんも…」

ゲッツ坂田は、僕に無表情でそう言った。


「客がいっぱい来てるのによく覚えてるな…?」

僕が言うと。


「芸能関係のお客様は宣伝になりますからね…」と、すまし顔で言った。


「クロスロードはどこだ?」

僕はゲッツ坂田に詰め寄って聞く。


「クロスロード…?」

「ああ…悪魔の契約先とか彼らが言ってた場所ですか?」

占い師は思い出した様に言う。


「本当にあるのか?」


「本当にあるかどうかは分かりません」

「ただ彼らの持ってきた情報を元に、私の方位学とタロットで割り出してから、その条件に該当する場所を、GoogleMAPで見つけて教えただけです」

ゲッツ坂田は言う。


「恐らくですね…、彼らは強力な自己暗示に掛かっていたのだと思われます」

最後に占い師はそう締めくくった。


「でも、それじゃあ説明がつかない!、あの演奏力の説明が…ッ!」


「大体、この世の中に悪魔なんているわけないでしょう?」


「つまり、あんたのタロット占いもインチキって事か!?」


ゲッツ坂田は不機嫌そうな顔をして黙ってしまった。


「じゃましたな…。今度宣伝しとくよ!」

僕がそう言って立ち去ると、僕の後姿を占い師は、凄い形相で睨みつけた。


ドアが閉まるとゲッツ坂田は、手元の電話でどこかに電話をし出す。


「変なやつらが来て今出て行った」

「余計な事を言って、商売の邪魔をしそうな連中だ。ちょっと懲らしめてくれ」

そう言うとゲッツ坂田は電話を切った。


稼ぎまくっていた売れっ子占い師は、用心棒を雇っていたのだった。






「結局何も分からなかったか…」

ビルを出た僕は言う。


「でもクロスロードの場所は分かったわね!」

「あ~良かった!お金出さなくて♪」


「おまえなぁ…ッッ」

僕は、わなわなと震えながらマイを睨みつける。


「おい!ニイさんたち」

誰かが僕らを呼ぶ声がした。


 振り返るとガラの悪い連中が、暗がりの路地裏にいる僕らを囲んだ。

連中は4人いた。


「なんだお前らは…?」

僕は言う。


「変な噂広められて、商売の邪魔されちゃ困るんでね…」


男たちの一人がサバイバルナイフを手にしながら、こちらに近づいて来た。

こいつらはゲッツ坂田の関係者か…!?


(マズイな…、俺一人ならともかく、マイをかばいながらこいつらと戦うのはやっかいだぞ…)


僕はマイを後ろに隠して、塀際に後ずさりした。


ジリジリと詰め寄る4人組。


「マイサァ~ンッッ!」

その時、チャーリーの叫ぶ声が聞こえた!


「チャーリーッ!?、なんでここにッ?」

走って来るチャーリーにマイが言う。


チャーリーが4人組の後ろに着いた。


「チャーリー、放送はッ!?」

僕が言うと。


「ソンナモノヨリ、コッチノ方ガ大切ダァ~ッ!」と叫びながら、チャーリーは4人組に襲い掛かった!


ぐえッ!


うぉッ!


ひでふッ!(北斗の拳か!?)


ナイフを持った相手をものともしない、彼の軍隊仕込みの格闘技は、4人組を瞬く間に叩き伏せた。


ヨレヨレになって逃げだす4人組。


 僕は、腰を押さえながら一人だけ逃げ遅れているやつのケツを思いっきり後ろから蹴っ飛ばしてやった。


「痛てぇ~…」と言いながら、最後のやつも去って行った。


 マイの方を振り返ると、恐怖で泣いている彼女に「ダイジョウブデスカ…?」と、チャーリーが優しく言っている姿が見えた。


彼はマイの事が心配で、ここへ引き返して来たのだった。






「放送開始マデ、アト30分アリマ~スッ!」

バイクに跨ったチャーリーが言った。


「マイサン、良イ返事待ッテマ~スッ!」

そう言うと彼は、急いで基地へと戻って行った。






 R16号線の路肩に、テールランプを点滅させて停まっている僕の車。

僕とマイは車の中で、チャーリーの最後の放送を聴いていた。


「いいのか…?、もうすぐ放送が終わるぞ…」

僕がマイに言う。


「私にはアメリカは遠すぎたよ…」

遠くを見る様に彼女はそう言うと、うつむいて肩を震わせて泣いた。


 ラジオからビートルズの「イエスタディ」が流れて来た。


 チャーリーがマイの為に、最後まで取っておいたリクエストの枠を、自分のリクエスト曲として最後に流したのであった。


 車内から見える横田基地には、C-17輸送機がライトを点滅させながら着陸していく姿が見えた。






 それから僕は、マイを駅で降ろして彼女と別れた。

R16号線を走らせながら僕は時計を見た。


時刻は23時半だった。


まだ間に合うかも知れない…。


そう思った僕は、どうしても説明のつかない理由をはっきりさせる為、福生のクロスロードへと車を走らせた。


 クロスロードは、辺りに何もない真っ暗な農道だった。

僕は細い農道から脱輪しない様にゆっくりと車を走らせた。


 クロスロードに到着した。

僕はエンジンを止めてライトを消した。


時刻はもうすぐ深夜0時になろうとしていた。


辺りは真っ暗闇で、虫の音だけが微かに聴こえていた。


 僕はLEDランタンランプを取り出し明かりを点けた。

そしてマイから預かった「クロスロード伝説の真実」を読みながら、その時間が来るのを待つ事にした。


 しばらく本を読んでから、僕は腕時計を確認する。

時刻が深夜0時になった。


顔を上げると前方から、対向車がハイビームで近づいて来るのが見えた。


「まいったなぁ…対向車か…。こんな細い道でバックするのかぁ…」

そう独り言を言った僕だったが、どうも前方車のライトは、車のライトにしては眩しすぎる事に気が付いた。


その光は大きな発光体となって、どんどん近づいて来た!


「眩しい…ッ!、何も見えないッ!」

僕はその激しい光を浴びていくうちに、頭の中がボーッとして来るのを感じた。






コンコン…。

車の窓ガラスを軽く叩く音。


「どうされましたか?」

誰かが僕に話しかけている。


「う…、う…ん…?」

僕は目を開ける。


 目の前には1人のポリスマンが車内を覗き込んで、僕を心配そうに見ている姿が確認できた。

どうやら僕は車の中で眠ってしまった様だった。


「こんなとこで何してるんですか?」

ポリスマンが僕に職務質問を始めた。


どうせ「クロスロード」の話なんかしたらよけい不審者に思われるに違いない…。


「なんでもありません」

「すいません、人と待ち合わせてたんですが、もう大丈夫です。用事はありません」と言って、僕は車のエンジンをかけた。


「そうですか…。用事は無いんですね?」

ポリスマンは僕にそう言うと、パトカーの方へ戻って行った。


 対面にパトカーが停まってるので、僕は細い農道に注意しながら、車を慎重にバックさせる。

後ろを向きつつゆっくり進みながら、ふと変だと思った。


あれッ!?

ここって日本だよな?


なんで日本の警察官じゃなくて、ガイジンのポリスマンなんだッ!?


僕は急いで顔を正面に向けた!


「あッ…、あッ…」

僕は言葉を呑んだ。


 今、目の前にあったはずのパトカーが消えているッ!

僕の車のライトが照らす先には、何一つ見えないではないかッ!?


「今のはッ…!」

「今のは一体、なんだっただぁ~ッ??」




fin


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