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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

もらい事故の影 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 む、つぶらやくん、眠たいかい? さっきから目をこすっているけど。

 さすがにこれからの話し合いで眠るのはまずいな。目薬さすとか、やることやってどうにか耐えたまえ。ちゃんと睡眠はとっておいたほうがいいぞ。


 ――ああ、いちおう確認しておきたいんだが……その目のこすり、本当に純粋な眠気からだろうね? なにかが視界を横切っている、とかではないだろう?


 いや、つい昔のことを思い出してしまってね。当時の私の周りで起きた、少し奇妙なできごとについて……。

 なんだい、急に目を輝かせて。こちらでやる気を出してもらっても困るんだが。

 まあ、眠気が少しでも飛ぶならいいだろ。ちょっとだけ話をしようか。



 その晩、私は自分の部屋で寝転がりながら、雑誌を適当にめくっていた。

 ふと、窓の外で救急車のサイレンが近づいてくる音がする。続いてパトカーも。

「おいおい物騒だなあ」と思いつつも、のんきに構えていた私だが、音はフェードアウトしていく気配を見せない。そのまま車のエンジン音と一緒に、いきなり止まった。

 近くで事件が起きたかもしれない。だが私は静観の構え。

 今から現場に向かったところで、警官の方々の邪魔になるだけ。明日知っている人から話を聞けばいいやと、その日はさっさと眠ってしまったんだ。



 翌日。全校集会が開かれて、昨日起こったという通り魔事件の話が取り上げられる。

 拳や鈍器、刃物によるものじゃなく、火を扱ったものだとか。被害者は顔面にひどいやけどを負い、搬送されたとのこと。

 ただマッチやライターの火を押しつけられただけで、そんな惨事は起きないだろう。しかも話によると、顔以外に被害を受けた箇所は見られないとのこと。火のついた服からの延焼といった線も考えづらい。


 頭だけをピンポイントで焦がすにはどうやるか。私は考え込んでしまう。

 ギャグマンガのように、高所から油壷を見舞って、スコンと頭にホールインワンさせたとしても無理だ。油が身体中に降りかかってしまう。その状態で火炎をぶつけたら、火だるま必至だろう。

 あと思いつくのは、被害者のほうが準備を整えているパターン。頭に撒く帽子や手拭いのたぐいに、あらかじめ燃料をしみ込ませ頭に被る。そいつに誰かから火種をよこしてもらえば、頭部だけを焼くことはできるかもしれない。

 

 でも、もしそうだとしたらなぜ?

 焼身自殺を望むのなら、それこそ先に挙げた身体中を油だらけにする方法をとり、自分の息の音を確実に止めればいい。それをやらず、中途半端に自分の顔を焼くにとどめ、生き延びてしまったのはどうしてか?

 お尋ね者だから、顔を隠したかった? 

 自分の頭に、陰謀の詰まったチップでも埋め込まれているのか? 

 それとも脳みそそのものに、データや設計図が入っているから、まるごと焼いて消そうとしたのか?

 

 分からない。まったくもって分からない。

 いくらでもひっそり闇に葬る手はあるのに、どうして公衆の面前で、自分の顔を焼こうと思ったんだ? 自己顕示欲を抑えられなくなったにしても、そのパフォーマンスはロックに過ぎるだろう。わざわざ死と隣り合わせの状況に、自分を置くなんて。

 尽きない疑問に首をひねりつつも、私の足は無意識に、事件が起きたであろう現場へ向かっていたんだ。

 

 

 その道の途中で、私はふと景色を横切る何かを目にした。

 ほんの一瞬。ずっと遠くにあるがら空きの車道を、一台の車が通り過ぎたかのようだ。猛スピードで。

 確かに、このまま真っすぐ進むと交差点がある。そこの車が通ったものだと思って、その時は気にしなかったんだ。

 肝心の現場はというと、通り魔事件が起きた痕跡はまったく見当たらなかった。

 地面に血痕や焦げ跡とかはもちろん、コーンやロープの用意もない。情報提供を呼びかける、立て看板なども見られない。あたかも昨日、何もなかったかのように人が行き来していた。

 そして今日は、やけに遠くで車の影が視界を横切ることが多い。一度や二度ならともかく、頻繁に繰り返されるといささか気になる。

 私は何度も目をこすりながら、色々と腑に落ちずに家へ戻ったんだ。

 

 

 次の日も、私は自分の前を横切る影を見た。

 心なしか、見る頻度があがっている気がする。しかもどうやら道路を走る車のように思えたのは、間違いだったらしい。

 私の前方、100メートルほどをそいつはさっと横切ってはすぐに消えていく。さすがに壁に顔を向けている時には、視認できない。

 どうやら他のみんなには、見えていないらしい。私が何度目をこすったり、顔を洗ったり、睡眠をしっかりとっても、付きまとってくる影は離れない。

 それどころか見る頻度にくわえ、奴との距離も近づいてきている気がする。

 100メートルの距離は、数日の間に50メートルを切り、いよいよ私の数歩先にまで迫ってきたような感覚だ。視界が壁やドアとかで遮られない限り、屋外どころか屋内でも姿を見かけるようになった。

 目にも止まらぬ速さなのは変わりないけど、その物体はおよそバスケットボール大くらい。それも通り過ぎる際に「キリキリキリ」と甲高い音を鳴らして、影の端から火花と思しき黄色い粒が走ることもあった。それに伴う、思わず飛びのきたくなるほどの熱も感じた。

 ちょうどドラマとかで、汽車の鉄のタイヤが急ブレーキをかけたときのようさ。

 

 

 ここまで考えて、私はふと思った。

 汽車、列車、電車。これらは自転車や自動車と違い、運行できる場所が限られている。線路のない歩道、車道へ出てくることはかなわない。

 そして場所によっては「環状」で走るところもある。その仕事を帯びた車両は、日に何度も同じ駅を訪れ、客の乗降を行うんだ。

 いま私の前を横切る影も、同じような性質を帯びているのではないか? 

 日中に距離を詰めてこないのは、ルートが決まっているから。目にする回数が増えているのは環状の大きさが狭まり、一周が短くなっているから。

 そのまま同じように円が狭まり続けているのなら……。



 それから10日余り。

 いよいよ私は起きた時から、自分の周囲をぐるぐると回り続ける影の姿を認めた。

 メリーゴーランドとて、これほどの速さにはなるまい。私の視界は、もはや開く時間の方が短くなり、着替えをはじめとする朝の動きはほとんど感覚で行った。

 顔を洗う時、大げさに手を当てようとしたけれど、影はことごとくすり抜けた。それでいて、これまではまれにしか漂わせなかった焦げ臭さが、ひっきりなしに私の鼻腔をくすぐってくる。

 すでに私は確信していたよ。こいつらが顔を巻き込んで事故ったせいで、「通り魔事件」になったんだとね。



 そしてついにその瞬間が来る。

 警戒し続けていた私が、信号待ちをしているとき。ついに一寸のすき間もなく、私の視界が完全に覆われた。

 自分のしっぽを食んで輪になった蛇のように、「電車」の前と後ろが完全につながるほど、環状が狭くなったんだ。

 私はさっとその場で思い切りしゃがむ。立ちならぶ皆の中でとても目立つ動きだったが、ほどなく私の頭上で「ボウッ」と音がする。同時に近くにいる人が一瞬、身を退いたのが分かった。


 私もすぐに見上げて確認した。宙には私の顏をすっかり覆う大きさの、キツネ色の火が浮かんでいたんだ。

 時間にしてものの数秒。かがんでいても、髪の先がちりちりと音を立てる熱を放ち、火はふっと姿を消した。臭いも含め、あれがあった痕跡はもう、どこにもなかった。

 事なきとなれば、たむろする意味もなくなる。怖気づいていた人々も、信号が青になると足早に去っていった。連れがいる人の中には、あの火の球のことを話題にしていたりもしたな。


 それから私は、目をこする人を見ると少し心配になるんだよ。

 ひょっとしたら私と同じ、環状の事故を予告されているんじゃないか、とね。


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― 新着の感想 ―
[一言] はぇ〜、奇っ怪な事件に自らも巻き込まれながら、すんごい冷静に推測してその対処までとれるなんて……。 あらかじめ予測できたとしても実践するのは難しかったりなのに、なかなかの人物だなと思いました…
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