本章3話 魔法は便利アイテム扱いで
「出来なかった事が出来るって楽しいわぁ♪」
面倒だと滅多に表さなかった感情。
それが今は目一杯出ているのを自覚する。
でも止める気も無いし誰にも咎められない。
内なる同居人の戸惑いは極大だがこちらも止めも咎めもしなかった。うん、有難い。
ただ『不気味だ……』と呟くのは止めて頂きたい。
内なる部分なので他人には聞こえない。
なので下手に返事した日には周囲から変人扱いされる事請け合いだ。無視して流そう、そうしよう。
周囲を見渡しても誰も居ない事など気付きもしなかった。かなり浮かれていたのだろう。
今までとは全く異なる、だが現実に間違いない現状を心行くまで楽しんでいた彼女としては。
かつて母親にすら無感情を非難された事も有りはしたが聞こえないふりをして遣り過ごした。その後も何度か言っていたがその内何も言わなくなった。
諦めたのか見棄てたのかはもう分からないけど、どちらにせよ二度と逢う事も叶わないのだから今更気にしても始まらないし無駄でしか無い。
内心で自己完結して頭の中から消去した。
心に微かに響く痛みは無視し記憶に蓋もする。
「にしてもさぁ……」
『あん?何か用か?』
痛む動きを見抜いては居たが黙っていた方が無難だと考えた至高の存在はそちらは無視して呼び掛けには応じた。彼女の心は手に取る様に解る。
ぶっきらぼうな返しになってしまったのには出来ればいや是非とも目を瞑って貰いたいものだが。
「うん、あのね。貴方を何て呼べばいい?」
『…………!?!?』
その言葉に少なからず衝撃を受けた。
名前、など誰も知りもしない。当の本人すら。
永い永い年月の中に在っても、その存在を知る僅かな者達すらも思いに到らなかっただろう。
その衝撃は図り知れずに至高の存在を襲い、いきなり沈黙してしまった。逆に少女がそれに驚く。
「……え~ともしかして物凄~く変な名前だったりするの?だったら聞いてゴメンなさいッ!!」
『いや……、単に人の姿で世界を歩くのも稀だしそもそも名付ける存在すら居なかったから呼ばれる必要も無かっただけだ』
「名無しなのは了解したけど理由が想定外ね」
さすがに呆れた返事をする少女。
理由が想定外が遥か斜め下に横切り、そのまま地中深くを自ら掘り進んで行っている気分だ。思わず見えないそれに視線を向けてしまっていた。
『……別に好きに呼べば良かろう。どうせお前しか知らぬ名となるのだからな』
「そりゃまた責任重大だわね」
そう言いながらも少女の雰囲気は軽い。
重い内容に反して特に内の別意識が気に掛けていない事を察したからだろう。実際、至高の存在の言葉通り、自分にしか関係の無い事なのだ。
早速頭の中で候補を探し始めた少女の、そのあまりにも理不尽な名前の数々に、同調出来る彼がさすがに青ざめて猛抗議するまで後少し……。