相対/仮契約
選抜は余裕だった。僕は剣の腕と必殺の魔法を買われ、ユウナは凄まじい拳闘の腕を買われ、そして二人ともルイスさんの物凄い後押しがあって見事二人で合格。部隊に加わることができた。
そして作戦当日。
五百人ほどの部隊が編成され、ゴルガンドから北東三十キロほどの街、アリア。森を抜けなければならないため、見かけより時間がかかる。
「はぁ……」
狭い馬車の中で縮こまり、僕はため息を吐いた。
馬車の荷台には他にも九名の騎士が同じように座っており、みんな落ち着いた様子で床を見つめている。
ちなみにユウナは別の馬車だ。別に彼女がいても会話が弾むなんてことはないだろうが、知り合いが一人もいないという状況はなかなか気まずい。後、悪路の所為もあるだろうが、馬車は乗り心地が悪いので、喋っていないと酔いそうになる。
「あのー……」
耐え切れず、隣に座る騎士に話しかけようとしたその時、
ドォォォンッ
「うぉっ!」
激しい爆発音と共に、馬車が激しく揺れる。
「何だ……?」
僕はすぐさま馬車を降りて外に出る。
外は森の中にある開けたスペースで、既に他の騎士と魔物が交戦していた。敵は武装したゴブリンやコボルト、オークなど。野生の魔物ではなく魔王軍の手先だろう。
「乱戦は苦手なんだよ……」
僕は馬車の荷台の陰に隠れ、状況を見守る。騎士たちも奇襲で対応が遅れたのか、しっかり陣形を組めていない。元々防衛戦を得意としていたからだろう。敵の多さも相まってかなり押され気味だ。
というか、何でこっちは奇襲を喰らってるんだ?
正面から攻め込んだからバレたというのは分かるが、騎士団が周囲の警戒を怠ったとは思えないし、待ち伏せされていたとしか……
「とにかく、こいつらを倒さないと」
違和感を振り払って剣を抜き、魔物の集団に突貫する。
「はぁぁぁぁっ!」
魔力で強化した剣で敵を斬る。いつもより剣の切れ味がいい気がするのはスキル「勇者の洗礼」のお陰なんだろう。
「ガァァァッ!」
オークが雄叫びを上げ、前方左右の三方向から襲い掛かる。
振り下ろされる三本の斧。僕はスライディングで敵の股下を抜けてかわし、背後を取る。
「燃えろ!」
手から炎を放ち、オークの背中を焼く。
初等魔法のファイア。オークは悲鳴を上げているが、威力は低いのでこれでは決定打にはならない。
「ガルァァッ!」
逆上したオークが僕に襲い掛かる。
流れるように振り回される斧をぎりぎりで見切って回避、そして振り終わった隙を練って一閃、二閃と斬撃を浴びせる。
「はぁぁぁっ!」
オーク三匹の腹を捌き、なんとか倒すことができた。騎士達も何匹かの魔物を排除できているが、それでも敵が減った気がしない。
もういっそ天熾煌炎波でぶっ飛ばしてしまいたいが、あの魔法は射程が短く、敵の一掃には至らない。放出と同時に熱が拡散してしまうからだ。連戦を強いられる以上、ここで消耗の激しい魔法を使う訳にはいかない。
「密集陣形!」
すると一人の騎士、ルイスさんの掛け声で、その場にいた騎士数名が一か所に固まる。
「何をする気だ?」
騎士たちは盾を前方に構え、その後ろでルイスさんが剣を敵に向ける。
「汝に乞う―――」
彼は目を閉じ、呪文を唱え始める。
「―――剣に光を、力を我が手に―――」
言葉を紡ぐごとに、他の騎士たちが構える盾から光の粒子が剣に集まり、その先に光の輪を形成し始める。
「―――戦火を駆け、命の頸木を解放せん―――」
彼のやろうとしていることを理解してか、魔物たちが一斉に攻撃を始める。しかしさすがは守りに長けた騎士団、同時に防御術式を展開し、発生した光の障壁で攻撃を阻む。
「まさか……」
魔法を使う上で呪文は必須ではない。魔力操作の感覚さえ掴んでしまえば、魔法は発動できるからだ。呪文を唱えるのはまだ感覚を身に着けていない初心者、もしくは呪文がなければ起動できないほどの高位の魔法か。
「―――放て! 極光の神槍!」
剣から放たれたのは戦場を穿つ一筋の光。
戦場を駆ける光は、破壊の足跡を残しながら、空の彼方に消えていく。
「はぁ、はぁ……」
高位の魔法を使用したせいか、ルイスさんの息が荒い。それどころか一緒にいた騎士たちの方にも疲れが見える。おそらく複数人の魔力を使い放つ集団魔法なのだろう。
「けど、お陰で戦力はかなり減った。これなら……」
その時、
ドォォンッ!
不意な爆発が僕らを襲う。
「!?」
見上げると、蒼い炎が空から矢のように降り注いでいる。
「ぼ、防御術式!」
騎士団の人達がすぐに盾を構え始める。
「駄目だ! よけろ!」
それを見て僕は声を張り上げた。しかし、その声は届くことなく、降り注ぐ炎は防御魔法ごと彼らを焼き尽くす。
防御不可の蒼い炎。
僕はこの攻撃をよく知っている。
「他愛もない」
低い、そしてどこまでも冷たい声が僕の耳に届く。
振り返ると、漆黒の鎧を纏った一人の男が、ゆっくりとこちらに向けて歩いてきていた。
「騎士王……グリム」
魔王軍幹部「七王」の一人、騎士王グリム。おそらくこの世界で最強の剣の使い手であり、魔王以外では僕らが最も苦戦を強いられた相手。
「久しいな。勇者アレクシスよ」
僕の存在に気付いたグリムが、こちらに近付いてくる。
「騎士王グリム、何でお前がこんなところに……」
七王なんて、滅多に魔王軍領土から出てこない連中なのに、何でこんな最前線にいるんだ?
「ふんっ。それは貴様が敗北したからだ」
「は?」
「我が領土内にいたのは、万が一魔王様が勇者に倒されぬようお守りするため。勇者さえ倒せば領土に留まる理由はない。もっとも、その前から侵略のために密かに動いていた七王はいたが」
つまり、なんだ。この状況は僕の所為とでも言いたいのか。僕が負けたから、逃げ出したから、今この国は追い詰められていると、そう言っているのか?
「どういうことだ?」
「彼が、勇者……?」
周囲の視線が僕に集まる。その目は不安、疑念、軽蔑、様々な感情が渦巻いて、僕を攻撃する。
「さあ、剣を取れ。勇者よ。この余興を精々盛り上げてくれよ」
グリムが黒い剣を僕に向ける。
僕も仕方なく剣を握る。
「我こそは魔王軍七王が一人、騎士王グリム=ディストボロス」
今時誰もやらないような口上を高らかに叫び、剣を構える。それに合わせて、魔物たちは後ろに控える。どうやら僕との一騎打ちをご所望らしい。
正直まるで勝てる気はしない。確かに僕は一度こいつに勝っているが、それは仲間のお陰、もっと言えばあいつがパーティにいたから、この男と真正面から打ち合える剣士がいたからだ。
だが、こうなってしまってはやるしかない。
「いざ、参る!」
グリムが僕に突進してくる。
単純な突進からの縦斬り。だがその極限まで無駄を省き、洗練された動きで瞬く間に刃は僕の眼前に迫る。
キィィィィンッ
僕の剣と、グリムの剣が交差し、激しい火花を散らす。
彼の剣は一発一発が重く、鋭く、何より早い。
「くっ!」
上段からの振り下ろし。続けざまの左から薙ぐ斬撃。斬り上げ。
何とか見切れてはいるが、それでも防ぐことに手一杯で攻勢に移れない。
「やはり腐っても勇者、剣の腕はそれなりだな」
「それ褒めてるの?」
さっきから剣を受けるだけで、衝撃で腕が折れそうだ。このまままともに打ち合っても勝負は目に見えている。ならばと、僕は魔力を解放し、剣に熱を集めて纏わせる。
ジュゥゥ
僕の剣に触れた途端、グリムの剣から肉を焼くような音がでる。
「!」
それを受けて、グリムは反射的に距離を取った。その瞬間、僕は剣にまとわせた熱を一気に放出する。
「天熾煌炎波!」
放射された熱線がグリムを襲う。
「チッ」
だが、グリムも手から蒼い炎を放ち、僕の魔法を受け止める。
熱線はかき消されるが、蒼い炎は消えるどころかさらに勢いを増して僕に襲い掛かる。
けどその行動を読めていた。
僕はすぐさま右に回避し、そのまま剣を右手で持ってグリムに突きを入れる。
キィィィンッ!
再びぶつかり合う剣と剣。だが、これはフェイク。僕は空いた左手でピストルの形を作り構える。
刹那、雷閃が指先から放たれ、グリムに突き刺さる――――が、
「この程度か」
グリムの心臓に向けて放った魔法は、その心臓を守るようにピンポイントで発生した蒼い炎であっけなく防がれてしまった。
「小細工の腕は落ちたな」
「くっ!」
僕は咄嗟に跳んで距離を取り、何とかカウンターの斬撃はかわすことができた。
「やっぱり厄介すぎる……」
グリムの放つ蒼い炎、あれは厳密にいえば炎ではない。
その正体は魔力を喰らい、そのエネルギーを破壊力に変える炎。だからどんな防御魔法も効かず、どんな攻撃魔法も喰われてしまう。
それが命喰の蒼炎。
剣の腕もさることながら、この厄介極まりない魔法が僕と僕のパーティが苦戦を強いられた理由だ。
「つまらん」
僕が心中で焦りを覚えているのに対し、グリムは本当に詰まらなさそうに鼻息を鳴らす。
「以前戦った貴様は勝利に対する貪欲さがあった。策を巡らせ、小細工を凝らす泥臭い戦いぶり。勇者らしからぬやり口だが、少なくとも今の貴様よりはよほど戦い涯があったぞ」
心底退屈そうに、そうやって勝手な事を言う。
「まあ所詮仲間がいなければこの程度か。やはり腰抜け勇者では、我の相手にもならん」
グリムのこのセリフに反応するように、何人かの騎士の声が聞こえる。内容は分からないが多分ろくなものじゃない。
本当、どいつもこいつも勝手なことばっかり言いやがって。
あーもう本当に――――
「イライラするなぁっ!」
怒りに任せて袖をめくり、そこに付けられた鎖の切れた手枷を掲げ叫ぶ。
「コールチェイン!」
瞬間、僕とグリムの間に一つの影が現れる。
「拳技、剛打!」
その姿を認識するより先に、彼女の拳撃はグリムの顔に炸裂する。
「ぐぉっ!」
完全な不意打ち、想定外の攻撃にさしものグリムも防御が間に合わず、魔力で強化された拳をまともに喰らう。
「全く、呼ぶのが遅いっての」
ユウナは拳法の構えを取ったまま、僕に文句を言う。
「有効だと思うタイミングが今だったんだ」
「絶対嘘。イライラしたから呼んだだけでしょ」
喋っている間に、歴戦の戦士であるグリムは体勢を立て直している。
「不意打ちとはいえ見事な一撃。だがそれよりも、先の妙な技、それにその首輪。貴様、まさか……」
「奴隷だけど、何か文句ある?」
サラッとそういう彼女に対して、グリムは目を見開いて―――兜被ってるから分かんないけど―――こちらを見る。
「勇者よ。女の奴隷を従えるとは落ちたな」
「魔王軍幹部に言われたくないよ」
それにユウナと僕は一時的に奴隷契約を結んだとはいえ、対等な協力関係だ。やましいことは何もない、はずだ。
「ていうか、私が女だから勘違いしてるみたいだけど、私は元・拳闘奴隷。専門はベッドの上じゃなくて戦場だからね」
そう冗談めかして言う彼女に、グリムは笑い声を溢した。
「なるほど。ならばしばし付き合ってもらおう」
どうやら今度はユウナとの一騎打ちをご所望らしい。後ろの魔物は暴れたそうにうずうずしているが、支配の魔法でもかかっているのか、こちらに襲い掛かることはない。かといって水を差すようなことをすれば、グリムはたちまち火の雨を降らせて僕らを焼き殺しにくるだろう。
「はぁっ!」
グリムの斬撃を、ユウナは両手を使って捌く。一見防戦一方に見えるが、あのグリムの攻撃を危うくはあるが受けきり、さらに隙を見つけては掌底や蹴りを打ち込んでいく。その渾身のカウンターは悉く防がれているが、今のところ互角には戦えている。
「やるな」
グリムが一旦距離を取ると、ユウナは無理に距離を詰めずにお互い睨み合う形になる。
ユウナがグリムと打ち合えているのは、彼女の戦闘技術もそうだが、一番は彼女のスキルによる恩恵だろう。
奴隷専用スキル『束縛の代価』
主人として契約した人間に応じて、身体能力や魔力量などを上昇させるスキル。僕とユウナは今、二十四時間限定の仮契約を行うことで、彼女の持ついくつかの奴隷スキルを有効化している。
「くっ!」
再度打ち合った彼女が腕に斬撃を受けた。それに怯んだところをさらに二撃目、三撃目が襲い掛かる。
「ダメージチェイン!」
それを受けて、僕は彼女のスキルを発動させる。
すると、彼女が受けていた傷はたちまち回復し、代わりに僕の腕に傷が残る。
ダメージチェイン。主人と奴隷の傷を自由に移し替えるスキルだ。多分本来の用途は逆なんだろうけど、お陰でユウナは追撃を見切ってかわし、生じた一瞬の隙にカウンターの拳を打ち込む。
「エナジーチェイン」
それに合わせて、僕もユウナのスキルを発動。自身の魔力をユウナに送り込み、彼女の拳撃を強化する。
「ぐっ!」
この一撃で初めてグリムにダメージが入った。
だが与えた傷は浅く、グリムはすぐに体勢を立て直して反撃する。
「コールチェイン!」
僕が叫ぶと、彼女の姿はグリムの目の前から消失し、すぐに僕の前に現れる。
奴隷を主人の元へ転移させるスキル、コールチェインだ。
「はぁぁっ!」
空振りでテンポを崩されたところに、ユウナの前蹴りが炸裂する。僕も同時にエナジーチェインで威力を増幅する。だが、
「!」
ユウナは何かに気付いて、咄嗟に蹴りを寸止め(キャンセル)し、後ろに跳ぶ。
見ると、グリムは自身の前に蒼い炎を発生させていた。
「決まらないわね」
ユウナは鬱陶しそうに舌打ちする。
さすがは七王の一人、二度三度も不意打ちを許すほど甘くはない。
「なんか作戦あるの? 多分私じゃあいつに勝てないよ?」
「勝てなくていいよ。無事に撤退できればどうにでもなる」
幸いグリムの方は、未だに手下の魔物をけしかけるつもりはないらしい。どうやらユウナのことを随分気に入ったようだ。
「しばらく僕のサポートなしで大丈夫?」
「まあ受けに回れば何とか。どれくらい持つかは分かんないけど」
「じゃあ頼んだよ」
僕はグリムに背を向け、一気に自陣後方まで駆け抜けた。