襲撃/自供
シスターに連れられ、やってきたのは街の東門を出たところにある広い農園だった。
森の木を切り開いて作られたようで、そこでは老若男女多くの難民が畑仕事に勤しんでいる。しかし、やはり見るからに人手は足りているどころか余っているように見える。
現にサボって談笑する者や、手持無沙汰で棒立ちしている者がチラホラ目に映る。
「それで、僕は何をすれば?」
「アレクさんには、ここ一帯の警備をお願いします」
「警備?」
てっきり僕も畑仕事をするのかと思っていたので、その意外な依頼に僕は目を丸くした。
「はい。アレクさんは剣を持っておられますし、本職は剣士ですよね?」
そういえば普通に腰に下げてたな。
「まあ一応そうですけど、でも街の警備は騎士団の人達が行っているんじゃ……」
「そうなんですけど、騎士団の方も人手不足でして」
確かにこの広い農園を守るにしては騎士の数は少なく見える。
聞くと、どうもこの農園は魔王軍との戦争が激化したここ数年に作られた場所で、だから城壁の外にあるのだとか。一応結界の範囲内にあるのでその恩恵は受けられるが、結界を破って侵入してくる魔物がいるので、その対処をしなければならないとか。
だから難民にも、戦える者は警備に回ってもらっているらしい。
「そういうことなら、やらせてもらいます」
「ふふっ、ありがとうございます。では頑張ってください」
そう言って彼女は街の方に戻っていった。
「はぁ……でも正直戦力として頼られたくないんだよな」
剣を握ると、嫌でも魔王に敗北した時の光景が目に浮かぶ。
―――― 助けて、アレク…… ―――――
「僕は悪くない……」
そう自分に言い聞かせ、脳裏に響く声を振り払う。
そもそも、あんな化け物にたかが数人のパーティで挑ませること自体が間違っているんだよ。悪いのあんな采配をした国の所為。
―――― お前が逃げ出したから ――――
違う。自分の身を守るために逃げるのは当然だろ。だから……
ゴォォンッ!
その時、突如けたたましい鐘の音が鳴る。
「魔物が出たぞ!」
騎士の一人が大声で警備する人達に呼び掛ける。それに呼応して、他の騎士もその場に集まり始める。僕も彼らの後を追い、現場に向かうとそこにいたのは巨大なオークの集団だった。
「デカい……」
オークと言っても、普通は人間より一回り大きいくらい。だが、そこにいたのは三メートルはあるであろう体躯、太い双腕に斧を携えた化け物。しかもそれが十数体いるのだ。
「肉、肉……」
オークが結界の中に足を踏み入れようとする。
バチィツ!
しかし、結界に触れた途端、奴らの足元で火花が散り、侵入を拒む。それを受けて、オーク達は何度も結界を蹴り、斧を叩きつける。そのたびに、結界はまるで悲鳴を上げるかのように火花を散らしている。これでは破られるのも時間の問題だろう。
「狼狽えるな! まだ結界は破られていない!」
この場のリーダーらしき騎士が他の騎士に指示を出す。すると、流石は訓練された騎士団。結界の前で足踏みしているオークを、魔力を込めた剣で切りつける。
「がぁぁぁっ!」
ひと際デカいオークが、騎士に足を斬られて膝を着く。
「今だ! かかれ!」
それを好機ととらえ、騎士達が一斉にそのオークに襲い掛かる。しかし、
バチィィンッ
結界が破られ、他のオークが敷地内に侵入してくる。
「危ないっ!」
僕は咄嗟に飛び出し、オークが振り下ろした斧を剣でいなす。だが、逆側から迫るオークの斧を止めるすべはない。
「拳技―――」
その時、何者かが物凄い勢いでオークに飛び掛かる。
それは先程出会った首輪の少女、ユウナ。彼女は空中で体を反転、足を思いっきり開いて蹴り落とす。
「―――白刃落とし!」
彼女の細い足が斧の側面に叩きつけられると、傍から見ても分かるほどの衝撃がオークの腕に伝わり、斧はその手から滑り落ちる。
一瞬戸惑ったが、これを好機と見た僕はすぐに攻勢に移る。
まずオーク達の脚を一閃。そして剣に込めた魔力を操り、魔法を発動させる。
剣が炎を纏い、刃の元で揺らめくそれはやがて純粋な熱へと形を変え、剣先に収束する。
「天熾煌炎波!」
剣を振り抜くと、オレンジ色の光が放たれ、それがオーク達を焼き尽くす。
熱エネルギーを限界まで収束させて撃ち出す僕の魔法。通常の炎熱系の魔法とは比べ物にならない熱量を持つこれなら、オーク数体でも軽く焼き払える。
「はぁはぁ……」
まだオークは数匹残っているが、彼らも身の危険を感じたのか一斉に後退りし始める。
「今だ! 押し切るぞ!」
騎士たちが、逃げ腰になっているオークに襲い掛かる。
ここまでくれば僕の出番はない。弱腰のオークは程なくして殲滅された。
「助かったよ君達」
戦闘が終わると、騎士のリーダー格らしき男性が僕とユウナに話しかけてきた。
金髪碧眼、身長は百八十後半くらいの長身で、白銀の鎧がよく似合う整った顔立ちと言い体格をしている。
「いや、まあ……」
「……」
「まだ名乗っていなかったね。僕はルイス=エレクトラム。この農園の警備を担当する部隊の隊長だ」
「あ、僕はアレクシス=ノマルコモンといいいます」
「ユウナです」
「アレクシスくんにユウナくんか。二人ともいい腕をしてるね。どうだい? よければ騎士団に入らないか?」
ルイスさんの唐突な申し出に、僕は目を丸くした。
「君達ならすぐにうちの主力として活躍できる。どうかな?」
この人ぐいぐい来るな。
そういえばシスターも騎士団は人手不足だって言ってたっけ。
「お断りします」
先にそう言ったのはユウナだった。
「私、騎士とか興味ないんで」
ばっさりそう言い捨てる彼女に、ルイスさんも少し傷ついたような顔をしている。
「君はどうかな?」
「えーっと、僕もちょっと……」
警備くらいならともかく、騎士団として魔王軍との戦争に参加するなんて僕はごめんだ。
「そうか……気が変わったらいつでも来てくれ」
ルイスさんは残念そうに肩を落とし、自分の持ち場に戻った。
「ねぇ」
二人っきりになると、ユウナが僕に話しかけてきた。
「あんたのさっきの魔法。あれなに?」
「ん? あれは僕のオリジナルの魔法だよ」
天熾煌炎波は僕が養成学校時代に編み出した魔法だ。僕自身の魔力量は平均レベルなので、少ない魔力で最大効率の破壊力を出すために考え出したのだ。それでも食われる魔力は多いので連発できないが。
「オリジナル……あんた何者?」
彼女は訝しむような眼を僕に向けてくる。その探る様な目に、僕は思わず目線を反らして、
「えーっと、ここに来る前は街の衛兵をやってて」
それっぽい嘘を吐いた。
流石に勇者という立場を明かすわけにはいかない。というか、明かしたら袋叩きにあいそうだし。
「嘘ね」
しかし、そんな魂胆の元吐かれた嘘を、彼女はすぐに看破した。
「その剣、衛兵の装備にしては高価過ぎる。第一、衛兵ならあんな高威力の魔法なんていらないでしょ」
「じ、実は傭兵なんだ」
「傭兵なら嘘つく必要ないでしょ。本当は何者なの?」
「はぁ。分かった、言うよ」
これ以上隠し通すのは不可能と判断し、観念して答えることにした。
「アレクシス=ノマルコモン、元勇者だよ」
「へぇ。魔王に負けた勇者ってあんたの事だったのね」
「悪かったな」
勇者だと明かした途端、水を得た魚のようにうれしそうな顔をする。
「私はむしろあんたに感謝してるよ。あんたが魔王に負けてくれたお陰で、私は奴隷から解放されたんだし」
にやにやしながら皮肉めいたことを言う。
何でこいつはこんなに楽しそうなんだ。
「もういいだろ。僕は戻るから」
彼女に背を向けて、僕は自分の持ち場に戻ろうとすると、
「何で勇者なんかになったの?」
去り際に、彼女はそんな質問を投げかけて来た。
本当にいい加減にしてほしいんだけど。
「はぁ……」
僕は露骨にため息を吐き、振り返って彼女を見る。
何故勇者になったかって? そんなの――――
「ただの気の迷いだよ」
よろしければブックマークをお願いします。