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終わった後の世界で勇者になれない僕は  作者: 師走
序章『ここに至るまでの経緯と言い訳』
2/11

チュートリアル

 何故あのような状況になったかと言えば、それは転生前まで遡らなければなるまい。


 十七歳の引きこもり、端的に僕の肩書きを表すなら多分これが適切だ。


 高校には一年の終わり頃からいかなくなったから、僕の引きこもり期間は半年くらいだっただろう。別に学校で酷いいじめを受けていたとか、クラスに馴染めなかったとか、そういう特別な理由は特にない。ただ、授業をちょくちょくサボっているうちに、気付いたら学校にいかなくなっただけ。


 言っておくがニートではない。僕は学校には行かなくなったがバイトはしている。そうしないとゲームを買うお金がないから。父親からせめて金くらい自分で稼げと言われた結果、始めたのが父の知り合いが経営する喫茶店のウェイターだ。


 最初はどうかと思ったが、やってみれば案外接客くらいはできるものだ。客はそれほど多くなく、変な客もいなかったので僕でも難なくこなせていた。給料は最低賃金だが飯も家もある学生にとっては十分な額だ。


 そんなバイトの帰りに、僕は横断歩道に差し掛かった。


 勘のいい人なら、ここで何が起こったか気付いただろう。ありふれ過ぎて嫌になるかもしれないが、残念ながら、僕はその予想を下回る。


 もう省略してしまうが、僕が車に轢かれたのは子供を助けようとしたからでも、ひったくりを捕まえようとしたからでもない。


 ただの前方不注意、歩きスマホをしていたため、少し遠くからスピード違反気味に走ってきた軽自動車の存在に気付かなかった、ただ、それだけだ。






 それから僕がこの記憶を思い出したのは、この世界に転生してからちょうど十年が経過しようという頃だった。


 それまでも前世のことを徐々に思い出すようになっていたが、それをハッキリと認識したのはこの体で十二歳になってからだ。ちょうどその年に十二歳になった子供は教会である儀式を受けるという。


 勇者選別の儀。


 この世界は例の如く、魔王軍の侵攻を受けており、この国、イスカベランド王国の王様は魔王軍を退ける勇者を探している。そして、予言によると、虎歴1999年に十二歳になった子供の中に、神に選ばれた勇者がいるらしい。


「やっぱり慣れないな……」


 誕生日のその日、歯を磨くために洗面台に立った僕は鏡で自分の顔を見た。

 そこに映るのは白人っぽい色白の肌に日本人顔の少年。記憶を取り戻してからというものの、鏡を見るたびに違和感を覚えるようになった。やはり目の前に自分と違う人間が映っているとなると、どうも落ち着かない。


「アレク、早くしなさい」

「はーい」


 廊下から今の母親の呼ぶ声を聴き、僕は急いで歯を磨き始める。


 アレクシス=ノマルコモン、通称アレク、それが今の僕の名前だ。


 歯を磨き、髪を整え、玄関まで降りると、古びたドレスを着た母が早く早くと手招きしてくる。僕の行事だというのに、親の方が張り切ってしまうというのはどこの世界でも一緒なのだろう。


 とはいえ僕も浮ついていないと言えば嘘になる。


 記憶を取り戻す前は年相応の精神年齢だったからもちろんのこと、記憶を取り戻してからも自分が勇者になれるかもしれないという状況は、自分が物語の主人公になったみたいでわくわくした。


 むしろ思い出してからの方が、勇者になれる確信が得られてテンションが上がっていたかもしれない。自分が異世界転生して、わざわざこの年に十二歳になったのはもう運命としか言いようがあるまい。


 そんな親子共々浮かれ調子で教会に着いた僕らは、シスターに案内され礼拝堂にやってきた。正面には水晶を抱えた大きな女神像、その奥に聖水が入っていると思われる人工の池があった。


「それでは、アレクシス様はこちらへ」


 僕は女神像の間近に連れてこられて、そこで説明を受けた。


 儀式の手順はかなり単純で、右手に聖水をつけ、その手を女神像に差し出して跪く。水晶が輝けば、それが勇者に認められた証だ。


「それでは」


 シスターの合図で、僕は言われた通り濡れた手を差し出した。すると、


 パァァァァッ


 水晶が真っ白い光を放つ。その瞬間、母が大喜びで飛び跳ねて、シスターに咎められている。僕はそんな母に苦笑いを送りつつも、内心では母と同じく跳んで喜んでいた。


 これから僕はこの世界で英雄になる。


 そんなイベントに期待して始まった僕の勇者としての物語は、二年の戦闘訓練と三年の旅の末に、魔王軍に敗北するという形で幕を閉じだ。


 世界は滅んで、めでたくバットエンド、本来ならここで終わるはずだった。


 終わってくれと願ったから、僕はあの質問に『NO』と答えた。なのに、気付くと僕は何もない、真っ黒い暗闇の中にいた。


「なんだ一体……」

「ようこそ」

「!」


 背後からした不気味な声に僕は振り返る。そこに立っていたのはスーツを着た男だった。

 二メートルはあるであろう体躯に、背の高いシルクハット、そして不気味な笑みを浮かべた仮面をつけている。


「お初にお目にかかります。アレクシス様。私はガイドと申します」

案内人(ガイド)?」


 転生した直後どころか、何もかも終わった後に出てくる案内人とは一体どういうことなんだろうか。


「まず初めに質問をさせて頂きたいのですが、何故あなたはリセットを選ばなかったのですか?」


 質問をしたいのはこっちだと言いたかったが、その言葉は飲み込んで返答する。


「決まってるだろ。僕が勇者になった時点で詰んでる。それだけだ」


 あの時、僕が勇者に選ばれた時点でこの世界は詰んでいる。僕は順当に進めてきたのに、それでも魔王には勝てなかった。ならリセットなんてするだけ無駄だ。


「あんたにも聞きたいんだけど、ここは本当に異世界なのか?」

「と、言いますと?」

「とぼけるなよ。リセットボタンなんて、まるでゲームじゃないか」

「おや、あなたはゲームがお好きなのでは?」


 論点をずらしてわざとらしく首を傾げるスーツの男。僕はその態度にイライラしながら抗議を続ける。


「もしかして、現実の僕は実は死んでなんかいなくて、シミュレーターの中で実験中とか、そういうオチなのか?」

「いえいえとんでもございません。あなたは確かに死にましたよ。そもそもあなたの世界にそのような技術はまだありません。なんならご自分の死体を確認することもできますが」


 言われて、無残に潰された肉塊が頭に浮かぶ。気持ち悪くなって僕は慌てて首を振った。


「先程の表示は、あなたにも分かりやすいように、馴染みのある方法で表示しただけですよ。それ自体に深い意味はありません」

「ならリセットっていうのは……」

「それはそのままの意味です。時間の逆流。創造主様であれば、その程度のことは造作もありません。自ら組み立てた積み木を破壊するようなものですからね」


 創造主、端的に言えば神様がいて、そいつが僕をこの世界に呼んだという訳か。


「それはつまり、僕に世界を救って欲しいってこと?」


 わざわざ僕を勇者に選んで、一度失敗した後でもリセットのチャンスを与えるというのはそういうことなのではないか。しかし、


「まさか、そのような事、あなたに期待などしていませんよ」


 この一言で僕の推論は否定された。この言い方にムカついたが、次の彼のセリフによってその怒りは打ち消された。


「これはあなたへの罰なのです」

「は?」


 男の言葉が理解できず、僕はそんな声を漏らす事しかできなかった。


「あなたがリセットを選んでも、選ばなくても、それはどちらでも良いことです。選べば勇者として戦い続け、選ばなければ滅びた世界で生かされ続ける」


 そんな僕を他所に、男は意味の分からないことを言い続ける。


「まああなたの性格を考えれば、リセットしないという選択は予想通りでしたが」

「どういう意味だ?」


 その言い方に腹が立って、僕は低い声で睨みながら言ってみたが、


「あなたはそういう人間、ということですよ」


 彼は全く意に介さず、そう返すたけだった。


「さて、いい加減長い前置きも飽きてきたところでしょう。そろそろ説明に移らせていただきましょうか」


 そう言って彼は指をパチンッと鳴らす。すると、暗闇の中にいくつもの景色がプロジェクターで投影されたように浮かび上がる。


「これよりあなたは再び魔王軍討伐を目指して戦ってもらいます」

「何でそんなこと……」

「もちろん、苦しんでいる人たちを救うためですよ」


 そう言って映された映像の中で、子供が泣いている様子を指さす。さっき期待していないとか言ったくせにこれか。


「あなたも多少良心が痛むでしょう。何故ならこれはあなたの所為なんですから」

「……僕は悪くない。そもそも勇者一人にそんなものを押し付けるのが悪いんだ」

「おや、浮かれ調子で引き受けたのは他でもないあなたでしょう」

「……」

「それに拒否権はありません。あなたは魔王を倒す。そうしなければあなたは一生この地獄に囚われ続けるのです」


 ついに地獄とか言いやがった。誰がこの世界に送り込んだと思ってるんだ。


「まあ安心してください。一度敗北しているのでいくつかサービスを上げましょう」


 そう言って、男が再び指をパチンッと鳴らすと、僕の目の前に何かが表示される。


 上から順に読み上げていくと、攻撃、防御、魔力……


「これは……」

「ご存じステータス画面ですよ。まあ正確には『観察眼』といって、身体的なパラメーターや魔法などの特殊能力を可視化するだけのものですが」


 確かにその人の現在の能力や潜在能力を巻物(スクロール)に表示する魔法は存在したが、ここまで露骨にされると逆に嫌になる。


 第一これが見えたところで何になるんだ。そう抗議しかけたが、その前に僕はあることに気付いた。もう一度ステータス画面を見返してみると、やはりここには肝心なものが抜けていた。


「HPはないのか?」

「ありませんよそんなもの。人間は心臓一突きで死にますからね」


 なら防御力はどう説明するんだと突っ込もうとしたが、数字の頭に+とついていることに気付く。多分僕のではなく、防具の防御力を現しているんだろう。


「そしてもう一つのサービスは情報です。この世界には実はあなた以外にも転生者がいます」

「僕以外にもって、聞いてないぞ」

「そりゃ言ってませんからね。彼らもまさか他にも転生した人間がいるなんて思いませんし、自分が転生者だと触れ回ることはしないでしょう」


 確かにそうだ。そんなことを言っても頭のおかしい奴だと思われるだけで、何一つメリットがない。


「転生者は皆特別なスキルを持っています。あなたの持つ『勇者の洗礼』のようなね」

「そんなんあったの?」


 慌てて僕は自分のステータスにあったスキルの項目を確認する。そこには確かに、


 勇者の洗礼:魔王を穿つ神聖なる力。その刃は魔の加護を受けし者を屠る。


 と書かれていた。多分要約すると、一部の敵にダメージボーナスが入るとかそういう事だろう。こんな特攻スキルを持っていて僕は魔王に負けたのか。


 こんな接待を受けても負けて、命からがら逃げてきた自分に嫌気が差した。


「『観察眼』を使えば、その特別なスキルの持ち主を見つけられるはずですよ」

「つまり、当面の僕の目標はパーティメンバーを見つけて、魔王を倒すためのレベリング、そういうことだな」

「ゲーム的に言うと、そういうことですね」


 さっきから全部ゲームっぽくして全部台無しにしたのはどこの誰だよ。


 心の中のそんな突っ込みを察してか否か、彼は不気味な笑い声をあげる。


「ではそろそろチュートリアルもここまでといたしましょう。頑張ってくださいね。そうすればいずれ元の世界に戻るチャンスもありますから」

「え、元の世界って……!」


 最後のセリフの意味を聞く前に、僕の意識は再び消失した。

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