かーしゃの思惑
庭から1度客間に戻る。ベッドに腰掛けかーしゃ?と空に向かって呟いた。
暫くして由良の横に風がふき、風が収まるとかーしゃが現れた。
「……決めたんだね」
「うん。それで……1度、お別れって出来ないかな……って」
お別れを言うだけに1度帰して貰うなんてわがままだ。
それは分かっているけれど、諦めないで自分の存在を探し続けてくれるのは、どうしても心残りになってしまう。
それに、この世界にいたいと自分で決めたと、しっかりと伝えたい。
そう思いながらかーしゃを見つめると、分かった……と微笑んでくれた。
かーしゃがパチンと指を鳴らすと、由良の体がフワリと浮く。
段々と意識が遠くなり、パッと目を開くと学校の図書室の窓辺に佇んでいた。
佇むといってもフワフワ浮いているような感じで、見る人によっては幽霊と勘違いされそうな様相だ。
目を瞬かせ辺りを見回す。そしていつも先生と遥が座っている席に、変わらず先生と遥が座っていてクスリと微笑む。
「遥。先生」
「えっ、由良……?」
「……片山さん……?」
スマホを弄っていた遥はガタン!と席を立つ。本から顔を上げた先生も同じように立ち、窓辺に近寄ってきてくれた。
「遥。お母さんとお父さんを呼んで欲しいの」
「えっ、どういうこと?」
戻って来たんだよね?と不安そうな瞳で見つめてきた遥だったけれど、由良の強い目線を受け慣れた手付きでスマホを操作する。
「すぐ来るって」
「……片山さん貴女は……」
立ち上がった先生が由良の髪の毛に触れて呆然とした表情を見せた。
まさか……と呟く先生にニコリと微笑み、遥に聞こえないように小声で告げる。
「クラヴィクスさんがお父さんに返しました」
「っ!………そう……良かった……」
クラヴィクスを心配していた先生にはどうしても伝えたかった。
それだけで父親と会えたことや、わだかまりが無くなったのが伝わったのか嬉しそうに微笑んでいる。
お互いに微笑んでいると、ぎゅうっと遥が抱きついてきた。
「彼氏が由良と会いたいって言ってたよ」
「あ、順調なんだ!良かった」
彼氏が出来たと聞いた後、異世界に行ってしまったから気になっていた。
恥ずかしそうに頷く遥に幸せをお裾分けしてもらった気がする。
バタバタ……と慌ただしく走る音が聞こえパッと図書室の扉に目を向けた。
勢い良く扉を開け入ってきたのは、遥に呼んで欲しいと頼んだ両親の姿。
肩で息をし、必死の形相で由良を見る両親の姿は、今まで見たことがない。
少し痩せたような印象と、長い年月会っていない訳じゃないのに、酷く懐かしい雰囲気に由良の両目から涙が溢れる。
由良!と叫ばれ両親に引き寄せられると、いよいよ涙が止まらない。
「由良、無事で良かった!」
あまり母は力強くないと思っていたのに引き寄せる力はとても力強かった。
今にも泣き出しそうな父の姿なんて見たことがなかった。
2人に会えて良かったと思うと同時に、そんな姿をさせてしまい申し訳なさが襲ってくる。
そして今からまた悲しませてしまうのだと思うと、胸の奥に苦しさが襲ってくる。
でも、お別れが出来なくなるより、ずっと良い……と抱き締めてくれている2人からスッと離れた。
「お父さんお母さん……遥も先生も……」
何かに気が付いたようにまさか……と呟く先生に微笑む。
「私、あの世界にいたい……助けたい人がいるの」
「由良、何、言って……?」
戸惑った視線を向けてくる父にごめんなさい……とポツリと呟く。
「この世界には帰れない」
「ダメだ!!変なこと言っていないで家に帰ろう!!」
「そうだよ由良!」
手を伸ばしてくる父と遥の必死な姿に決意が揺らぎそうになるものの、クラヴィクスの姿が脳裏にちらつく。
「大好きなその人がね、私を無理矢理帰そうとするの……。家族といた方が良いって」
「片山さん……」
「……由良、好きになった人と別れるのは辛いだろう。でも、その人の言った通りにしなさい」
それが良いと真剣な瞳で見てくる父が近付こうとすると母がそれを制した。
そして由良の瞳をじっと見つめる。
「もしかしてその人は、クラヴィクスさんって人かしら?」
「な、んで……」
「その世界に落とされた人達が集まる会合に行ったことがあるのよ」
そう言えばかーしゃに見せてもらった……と思い出すものの、そこでクラヴィクスの名前は出てこなかった筈だ。
「そこで、気難しくて無表情で怖そうなクラヴィクスさんって人の名前を聞いたわ」
一瞬先生と顔を見合わせると、知らなかったのか驚いた表情を見せている。
「でも、とても頼りになって本当は誰よりも優しい人だって」
「………うん。クラヴィクスさんが……私の好きな人……」
「例え辛いことがあっても、その人の傍にいたいのね?」
クラヴィクスの名前を呼んでしまうと涙が止まらなくなる。
「だからって……じゃあ由良はこの世界にもう帰ってこないってこと!?」
同じく泣き出した遥に先生がソッと寄り添っていると、図書室の入り口に風が巻き起こる。
風が止み現れたのは当然かーしゃだ。
先生はともかくとして、遥達はポカンと口を開けかーしゃを見ている。
全員から見めつられているかーしゃは、注目されているのには慣れているのか、軽い足取りで由良に近付いた。
「ねえ、さっきから聞いてたんだけど。おかしくない?」
「え?何が……?」
「1つの世界に決めたら、こっちには帰れないって一言でも言ったっけ?」
かーしゃの言葉に由良もポカンとかーしゃを見つめる。
そう言っていなかったっけ?と、かーしゃとの会話を思い出す。
再会した時、両親や遥に会えないか聞いていた。
「答えてなかった……」
「その通り。まあ、私としては由良が思い違いしてくれてた方が都合が良かったから黙ってたんだけどさ。ごめんね」
あの時は、かーしゃがいる空間にいるしかないと思い込んだ。
魂は1つの世界にしかいられないとも言っていたけれど、それなら自分の魂を行き来させるだけなら可能と言うことだろう。
皆が皆、どちらかを選べばもう1つの世界には帰れないと思い込んでいた。
「嘘……」
「嘘じゃないよ。私の力でこの世界にも、あの世界にも送れる」
「なんで、今まで黙ってたの……」
八つ当たりするようにかーしゃの腕を引っ張ると、拗ねたような表情をさせている。
「だって、クラヴィクスの為とかムカつくし……」
その発言にポカンと呆けた顔を見せる両親と遥とは違い、先生は口元に手を当てクスクスと笑っている。
「かーしゃさん。じゃあ、何で今教えてくれたの?」
「それは、クラヴィクスが張り合いないのつまんないし……教えた方が由良の為になるかなって思ったんだよ。ずっと悩んでる由良を見るのも辛かったし」
ムスッとしているかーしゃの表情に、ピリついていた図書室の雰囲気が和らいでいく。
この機会にかーしゃについてや、今までのことなど説明したいけれど上手く説明出来ない。
どうしよう……と悩んでいると、かーしゃが指をパチンと鳴らす。
すると由良を覗く4人の前に茶色の本が現れた。
「それは由良があの世界で何をしていたかの記録だよ」
恐る恐る受け取り中を読んだ皆は、時に険しく、時に優しく何度も表情を変えていく。
パタンと本を閉じた父は、由良の頭を1度撫でる。
「……悩んでくれてありがとう。由良も成長したな」
嬉しそうに微笑む父に何だか涙腺が緩む。
「かーしゃさん、でしたっけ?ずっと由良を見守っていただきありがとうございます」
ペコリとお辞儀をする両親の姿にかーしゃは嬉しそうに微笑んだ。
「……由良、たまには帰ってきなさい」
「今度は、クラヴィクスさんも一緒に来れたら良いわね」
「由良!連れてきたら彼氏と会わせようね!」
快く送り出してくれる雰囲気が嬉しくてたまらない。
でも1つ言わないといけないことが……と全員を見る。
「クラヴィクスさんにはフラれてるから、連れてこれないと思うけど……」
「おい、そのクラヴィクスって奴今すぐ連れてこい」
優しそうな表情から一変、怖い形相をした父の姿が印象的で、何だか笑えてきてしまった。
笑いながらお別れ出来るとは思っていなかった。
「人間って不思議だな。由良を私の手元に置いておかなくて良かったかも」
「……かーしゃも、ありがとう」
「うん。ああ、クラヴィクスに1つ伝言しておいて」
「クラヴィクスさんに?分かった」
かーしゃの伝言を胸に、由良は再び異世界へと向かっていった。




