懐かしい姿
顔を覆い嘆く由良の袖をノルが引っ張る。
引っ張った先には元の世界の映像。
遥は水泳部の大会なのか会場で気合いを入れている。
「遥先輩気合い入ってますね!」
「うん。私自身も勝ちたいし、願掛けもしてるから」
「……もしかして」
「そう。由良が無事に帰ってきますようにって。だから必ず優勝するんだ」
先生は相変わらず図書室にいた。
変わったのはブレスレットを着けていないことだ。
図書委員の女の子が好奇心旺盛な瞳を見せている。
「先生、前までブレスレット着けてましたよね。やっぱり彼氏からだったんですか?」
「ううん。……大事な思い出かな。思い出ばかりじゃ前に進めないから外しちゃったの」
両親は変わらず生活を送っているかと思いきや、母が本屋を辞めたようで、何やらメモを片手に歩いている。
歩いた先に見えたのは、神隠しに遭遇してしまった人の会合。
「娘はまだ戻ってきてなくて……戻ってきた時、何が嬉しかったですか?」
「暖かく出迎えてくれることと……お米ですかね」
「えぇ?私行った時お米あったよ!」
「俺は……やたらと無表情な顔の魔法使いに変な薬渡されたな」
「名前全然覚えられなかったままだった」
「あー、難しいよね」
「そうそう。あ、1ヶ月以上戻って来ないなら、良いところに落ちてると思いますよ!」
皆由良の事を考えながら前に進んでいる。
会えてなくても確かな友情や愛情を感じ、由良は胸を押さえて崩れ落ちる。
「私は………」
帰りたい。でも、まだクラヴィクス達を見ていたい。
相反する気持ちにどうしていいか分からない……と、心配そうにすり寄るノルを抱き締める。
わん!と1度鳴いたノルは、ペロリと由良の涙を舐めて離れた。
ノルが鳴くのと同時に、かーしゃの声が聞こえ由良の体が宙に浮く。
「え?え?………ひゃぁぁぁぁ!」
神隠しに有った時と同じ浮遊感に悲鳴が出る。
また水に落ちたら……と、ギュッと目を瞑ったが、ポスンと誰かに抱えられ、呆け顔で抱えてくれた人を見る。
「かーしゃ?」
「からかう方法を変えようと思ってさ」
地面にソッと下ろされ辺りを見回すと、目を見開き呆然とするクラヴィクス達の姿。
クラヴィクスと互いに見つめ合っていると、かーしゃに抱き締められ見えなくなってしまった。
由良……と呟いたかーしゃに顎を持たれ、どうしたの?と問い掛ける間もなく、唇に優しく口付けをされた。
「……え?」
何が何だか分からず戸惑っている間に、かーしゃの顔が1度離れ、また啄むように1度、同じように口付けをされる。
かーしゃにキスをされている?……と理解すると、心臓がバクバクと動き出す。
頬を真っ赤にしながらかーしゃを見ると、嬉しそうに微笑んだ。
「由良、もう1度……って、痛いなぁ」
「離してかーしゃ!」
「だーめ」
バシバシとかーしゃの腕を叩き解放させてもらうよう頼んだけれど、またぎゅうっと抱き締められる。
ぐいーっと押して離れようとしても離してくれない。
「……お前」
ゾクリと響くクラヴィクスの怒ったような声に心臓がギュッと縮む。
会えて嬉しいのに、まさか好きな人の前で……いや、そもそも公衆の面前でキスをされてしまうとは思わず、恥ずかしさと様々な感情が押し寄せ涙が出てくる。
そんな由良に1度微笑みかけたかーしゃは、クラヴィクスを見て不敵な笑みを見せる。
「そこで怒るんだ?クラヴィクスだって……」
「……早く行け」
「はいはい」
パッと由良から手を離したかーしゃは、由良の額に口付けを落とす。
「いつも君を見守ってるよ。私の元に来たくなったら言ってね。迎えに来るから」
「……ここにいて良いの?」
「うん。私がクラヴィクスで遊ぶから。その間どうぞ?」
お別れを言ったら離れ離れになると覚悟していたけれど、どうやらもう少しいて良いようで、ホッと胸を撫で下ろす。
それと同時に元の世界に帰らない選択をしてしまった自分が、親不孝者に感じて心の奥にモヤモヤが産まれてくる。
そんな自分が嫌で俯くと、グッと腕を引かれ驚いて引っ張った相手を見た。
「クラヴィクスさん……」
「……君は……」
久々に見たような不機嫌そうな表情に、ボロボロと涙が溢れる。
「クラヴィクスさんの、ばか……」
「……バカは君だろう」
涙を拭う手が優しくて、更に涙を流す。
クラヴィクスの顔を見ると、苦しんでいた時とは違い顔色も良い。
「無事で良かった……」
「それはこっちの台詞だ」
呆れたようにおでこを叩かれ、何だか嬉しくて笑うとクラヴィクスの表情も和らいだ。
やっぱりその表情が好きで、自分の心は少しでも長くクラヴィクスといたい……と思ってしまう。
(ごめんなさい……)
元の世界に帰りたい気持ちはあるけれど、もう少しだけこの世界にいさせて欲しいと願う。
「由良、決まったみたいだね?」
「かーしゃ……」
誤魔化しは効かないような瞳にこくりと頷く。
その答えに頷いたかーしゃは、フワリと体を浮かせ、陽気に手を振って帰っていった。




