動かない足
また遠くから何か声が聞こえてくる。
その声は寂しそうで、思わず手を伸ばそうとしたけれど、パリン!と音が鳴り、びくりと手を引っ込めると、次第に声は聞こえなくなった。
***
ふと目が覚めると、外から騎士達の掛け声が聞こえてきた。
昨日開けられたカーテンは閉められている。
そのカーテンを開け、外の光景を眺め、やっぱりファンタジーな世界に落ちてしまったのだと嫌でも理解する。
外を覗くと、昨日助けてくれたルッツが部下と思わしき人達と訓練している姿が見える。
自身に気が付いたのか、手を振り挨拶をしてくれたルッツに、戸惑いながらペコリとお辞儀をする。
「ディアナー!由良ちゃん起きたぞー!」
周りに大勢の人がいるにも関わらず、大声で名前を呼ばれると恥ずかしくなってしまう。
思わずカーテンに隠れると同時に、ルッツのいてぇ!と言う声が聞こえてきた。
恐る恐る覗くと、由良様が隠れたじゃないですか!と部下に説教をされている光景が見れた。
朝食を届けにきたディアナいわく、最年少のフォンツァに皆興味津々なようで、会って話も出来たルッツを羨ましがっているそうだ。
名誉の為に言っておくと、ルッツは王宮騎士の中でもかなりの腕前……と言われても、あんな平和なやり取りを見せられると説得力がない。
「ルッツ様はいつもあんな調子ですので……ただ、他の部隊より、部下の方たちとのコミュニケーションが取れていると思います」
誰とでも良く話も相談を受け、遊んでいるように見えて実は努力家……とルッツに付いて教わっていると、バン!と勢い良く扉を開けてルッツが入ってきた。
「おいおいおいおい!それ以上誉めてくれるな!!」
顔を真っ赤にさせたルッツは、いや、でも誉めてくれるのは……いやでも……と何やら一人言を呟いている。
「ノックをせずに女性の部屋に入ってくる方を褒めたのは間違いでしたね」
「え、あ、はい……いや!ルッツさんは信用してるので……」
助けてくれた恩人に失礼なことは言えないと頭を振ると、ルッツが近付き由良の両手を握った。
「由良ちゃんは神だ!」
嬉々とした笑みを浮かべたルッツが、ズイッと近付いた瞬間、由良の目の前に、ぼふん!と音を立てながら、大きめの白い手袋を着けている手が現れた。
「手……」
どこからどう見ても手だけ。
不気味なように見えるけど、嫌な雰囲気は感じ取れず手の動きをじっと見つめる。
手は一目散にルッツの耳にたどり着き、思い切り捻りあげた。
「痛い痛い痛い!!」
由良の手をパッと離したルッツは、降参のポーズを取りながら由良から距離を取る。そして扉の方を睨んだ。
「クラヴィクス痛いぞ!」
「ふん。お前の行動の方が痛い」
鼻で笑うのはクラヴィクス。
どうやら魔法で手を出したようで、手は未だにルッツの耳を握っている。
「わぁ、なんか可愛い……」
大きめな手袋は、どこかのマスコットキャラクターの手を想像でき、可愛く感じる。
そう言うと、ポカンと見つめてくるクラヴィクスと、吹き出すディアナとルッツの姿があった。
「ははっ、クラヴィクス驚き過ぎだろ」
「手だけを見て、可愛いと思う女性がいると思わなかった。……この年代はこういうものなのか?」
眉間に皺を寄せ、メモを書こうとしている姿を見て、思わず悲鳴をあげた。
「全ての人がそうではないです!!」
なので書かないで下さい!と言ったにも関わらず、クラヴィクスは問答無用でメモを取る。
「興味深いデータは私の手中に納めないと気がすまない」
「お前本当……研究バカだな。由良ちゃん使って実験とかすんなよ」
「……善処する」
言い淀むクラヴィクスを見て、マッドサイエンティストと言われた理由が良く分かる。
まさか人体実験でもされるのだろうか…と、戦々恐々とクラヴィクスを見ると、クラヴィクスはベット横のチェストに目を向け、眉間の皺を深くした。
「誰か昨日ここに侵入したか?」
「いえ、何度か見回りしましたが……何かありましたか?」
「いや……」
チェストの上にあった銀の時計を手に取ったクラヴィクスは、ふむ……と呟いた後、由良の方を見た。
「君は変わったフォンツァだな。俄然興味が出てきた」
差し出された銀の時計を見ると、夜中の2時で針が止まっている。何より驚いたのは、中心にヒビが入っている。
「これは昨日私が帰り際に用意した物だ。簡単には壊れないよう出来ているが……面白い」
その時計が知らぬうちに……、それも一晩で壊されているのだから、研究バカと言わしめたクラヴィクスの興味をそそるのは、当然のことだった。
あまり表情を変えないクラヴィクスの口角が上がり、ブルーの瞳に輝きが増していく。
「君には他にも装具を渡した方が良さそうだな。私の執務室に来てくれ」
「ああ、由良ちゃんごめん……」
「由良様、着いていきますので……」
2人のなんとも言えない表情に、クラヴィクスに着いていくのが不安になってしまうが、クラヴィクスに目で合図されゆっくりと立ち上がる。と、足がガクッと落ち、近くにいたクラヴィクスに支えられた。
「すみません……えっと……」
父以外で、こんな風に近くで抱き止められた経験が無く、恥ずかしさで慌てて立ち上がろうとしたが、何度やっても支えが無いと立ち上がれない。
焦り涙目になっていく由良を見かねたのか、ため息を吐いたクラヴィクスが由良を抱き上げる。
「ひっ!」
「……なんだその悲鳴は。もう少し女性らしくありなさい」
そう言われても、小説で読んだくらいしか無かったお姫様抱っこをされ、突然の浮遊感に女性らしくない悲鳴が出るのは致し方のないことで……。
「うぅ、すみません……」
でも女性らしくないと言われてしまうのは悲しくもあり素直に謝ると、クラヴィクスの瞳が一瞬和らいだ。
「……ディアナ。荷物を頼む。ルッツ、書類は揃っているのか?」
「ああ、観察人は俺が入るとして、後見人は……」
「私で良い」
「はっ?お前忙しいだろ?」
「時間は作れる」
「また睡眠時間削るのかよ。……まあ、クラヴィクスが入ってくれたら心強いけど…」
ポリポリと頭を掻いたルッツは、難しそうな顔をしているものの、クラヴィクスの提案が一番だと思ったのか頷いている。
後見人や観察人とは一体何なのか。
きっと執務室に着いたら分かるのだろう。
そう思いながら、抱っこされている現実から目を逸らすように顔を伏せた。




