魔法の目覚め
クラヴィクスさん……と、寒気のする体を擦りながら名前を呼ぶ。
街中にはまだ警笛の音はなっていないが、由良の寒気は信頼に値すると思っているのか由良を一度眺め、直ぐに討伐準備を整えている。
「まるで魔物探知機だな」
「そんなのいらないです……」
寒気のするこの感覚はあまり好きじゃないと思っていると、急に頭に布が掛けられた。
悲鳴を上げながら取り掛けられた布を眺める。
「これ、ストールですか?」
大判で暖かさを感じる朱色のストール。
一体どうしたんだろう?とクラヴィクスを見つめていると、無造作に首にぐるぐると巻かれた。
大判を首に巻かれると顔が隠れ息苦しくなる。
口元に来たストールを下げると、クラヴィクスの視線とぶつかった。
「あの……」
「研究の一環で使用した物だ。寒気対策に良いだろう?」
「着けていて良いんですか?」
「ああ、それにも多少の加護はついている」
だから着けていなさいと言われ、例え研究に使用した物だとはいえそれをわざわざくれる優しさに、にやける頬を抑えられない。
「ありがとうございます」
嬉しい気持ちを全面に出すと、クラヴィクスの盛大なため息が聞こえてくる。
同時に街に警笛の音が鳴り響き、クラヴィクスは由良を一度見つめた後街へと向かっていった。
***
今回はあのスライムっぽい魔物だったらしく、ここに来た時にはもう片付いていた。
今は怪我人がいないか確認している段階のようで、街の様子から見ても大丈夫そうだ。
来て早々帰ることになるのかな……と思っていると、クラヴィクスが何かに反応したのか、一点を見つめている。
近くにいた対魔法使い部隊長のランクスも、何かを感じ取っているようで、しきりに辺りを見回している。
「クラヴィクス様……」
「ブレスレットはあるか?」
「はい」
ランクスが自分の鞄からブレスレットを1つ取り出し、不備が無いか確認をしている。
「クラヴィクスさん、どうしたんですか?」
「……何者かが魔力に目覚めたようだ。周囲に魔力を撒き散らしている」
「クラヴィクス様。周囲の捜索をしてきます」
ランクスがブレスレットを手渡してきた後、数名の魔法使いを連れ、辺りの警戒に当たっていく。
「……厄介だな。君はこの場から動かないように」
「厄介……?」
「目覚めた直後に周囲に魔力を撒き散らすのは、魔力がそれだけ蓄えられていたということだ。下手をすれば暴走する」
魔力の暴走は、他の人が怪我をする可能性がある……ということだろう。
一体どんな人が目覚めたのだろう?と思っていると、助けて!と叫ぶ声が聞こえてきた。
聞き覚えのあるその声にクラヴィクスと顔を見合わせる。
クラヴィクスの制止も聞かずに走り出し、声のする方向へ行くと予想通りの人物がいた。
「ロッティ!」
「……由良……?」
ウサギのような髪型と可愛らしい服装。どこからどう見てもロッティだ。
ロッティが不安そうに泣く度に、ロッティの周辺には水が湧き出る。
その水はいつぞやのミミズの魔物のように暴れ回り、由良の方へ突っ込んできた。
当たる寸前の所でクラヴィクスが由良を引っ張り、水は壁に当たり蒸発していく。
威力は弱いけれど壁はポロッと欠けていて、当たったらアザになりそうだ。
「……君はバカか」
「すみません……」
その光景を見ていたロッティは由良が怪我をしなかったことに、ホッと胸を撫で下ろした様子だけど、涙は止まらない。
その涙は集合体になり、塊がクラヴィクスに向かってくる。
右手を出し、同じ量の魔法で相殺をしたクラヴィクスは何やら魔法を唱えた。
ただ由良やロッティ周辺には何も起こっていないようで、何をしているんだろう……とクラヴィクスを見る。
唱え終わったクラヴィクスはロッティを見つめ、ゆっくりと近付いた。
「ロッティ。落ち着きなさい」
「ごめんなさい……私……っ!」
水は近付いたクラヴィクスも、その後ろにいる由良も襲おうとする。
その度クラヴィクスが相殺しロッティの元に辿り着いた時に、魔力がなくなってきたのかロッティが崩れ落ちる。
「ロッティ!」
思わず駆け寄りロッティの傍に座り込む。
「由良……怪我は、してません?」
「大丈夫。それよりロッティが……」
見るからにしんどそうだ……とクラヴィクスを見ると、クラヴィクスはロッティの前に跪き、ランクスから受け取ったブレスレットを見せた。
「魔法使いは安泰だとは言われているが、制約も多い。領主の娘とはいえ、魔物退治に駆り出され、特別視もされない。他にも様々な困難があるだろう。それでも、君は魔法使いになりたいか?」
静かに語る言葉の内容からも、クラヴィクス自身も様々な苦労をしたと垣間見え由良はグッと胸を押さえる。
「……私、クラヴィクス様に憧れておりました。クラヴィクス様に近付きたくて、魔法使いになりたかった」
頷くロッティの頬には涙が溢れる。
由良がその涙を持っていたハンカチで拭うと、ロッティは由良を見て微笑んだ。
「でも、それだけじゃない。私を友人として見てくれた由良やディアナの力になれるなら……どんな困難でも受け入れます」
「ロッティ……」
ロッティの言葉に嬉しさが湧いてくる。
ロッティを抱き締めると、恥ずかしいですわ……と言いながらもソッと抱き締め返してくれた。
「君の水の力は必ず友人達の役に立つ。……育てて見せなさい」
「……はい」
ブレスレットを手渡されたロッティが左腕に着ける。
すると、周囲にある水分を吸収するような音が聞こえた後、ブレスレットに集まっていく。
留め具の部分が青くなった所で、クラヴィクスが立ち上がり周囲を見回した。
「ロッティ。君の初仕事だ。私のようにやりなさい」
指を動かすと、ロッティが壊した壁の石が元に嵌められていく。
はい!と大きく返事を出したロッティは、クラヴィクスの横に立ち、説明を受けながら壊した部分を修復する。
「ほう、呑み込みが早いな」
「本当ですか!」
憧れの人に褒められ喜んだロッティが跳ねるように喜ぶ。粗方片付けた辺りでクラヴィクスが視線を上にあげ、軽く敬礼のポーズを取っていた。
由良も上を見上げると、ロッティの魔力の暴発により壁を壊された市民の人が安堵した息を吐いている。
「クラヴィクス様。直して下ってありがとうございました」
「ああ、もう魔力が暴発することはない。……さて、ロッティ。君の魔法により人は傷ついた」
「……はい」
「だが、同じように君の魔法で家を修復し、人々に安心を与えた」
スッと指を上げたクラヴィクスに釣られ、ロッティと由良も視線を上げる。
そこには魔法学校頑張れよ!とロッティを応援してくれる人々の姿。
「あの者達を泣かせることも、笑顔にさせることも出来るのが魔法だ。……決して使い方を間違えないよう今一度、あの者達の表情を覚えておきなさい」
「……はい!」
クラヴィクスの言葉にロッティは唇を噛み締める。市民にペコリと頭を下げたと同時に、クラヴィクスが市民に張っていた結界を解いた。
「見守っていただきありがとうございました」
「最初は私達どうすれば良いのか不安だったのよ。クラヴィクス様が来てくれたから安心して任せたけど」
「そりゃ、クラヴィクス様がロッティちゃんに教えてんの邪魔出来ねぇからな」
ガハハハ!と豪快に笑った市民は、クラヴィクスが市民を蔑ろにしないと信用しているのが良く分かる。
ロッティが誰かを傷付けないよう魔法で相殺し、またロッティ自身が心に傷を負わないように結界を張り人々を守る。
ブレスレットを着けて魔力をコントロールさせ、壊した部分をロッティ自身に直させて、言葉を交わし市民の不安も解消させる。
「クラヴィクス様!」
「ランクス。こちらは解決した。他に報告は届いていないか?」
そして休む暇なく衛兵達に指示を出し、他に傷付いた人や家が無いかの確認をする。
それを当たり前のようにするクラヴィクスは、どれだけ経験を積み重ねてきたのだろう。
ロッティとクラヴィクスをじっと眺めた由良は、ストールを握りながらポツリと呟いた。
「……やっぱり好きだな……」
「あら、私もクラヴィクス様のこと好きよ」
「えっ!?」
只でさえ、偽とはいえマグダレーネという婚約者がいるのに……とギョッと目を見開くと、ロッティが声を出して笑った。
「クラヴィクス様は憧れですわ。……由良、外泊許可が降りた時には、ディアナと一緒にお茶会を致しましょう?」
最初に出会った時とは違う楽しげな微笑みに、由良も釣られて笑う。
年齢や礼儀作法から考えても、順調に行けば半年から1年以内には魔法学校を卒業出来るだろう。
そのクラヴィクスの言葉を信じ、由良はロッティと手を振り別れた。




