夢の中での逢瀬
優しい声が何処からか聞こえる。
気持ちの良い風が頬をなぞる。
甘い匂いにパチリと目を覚ますと、見晴らしの良い野原が見えた。
野原の中心にあるベッドで寝かされていたようで、起き上がると見覚えのあるブランケットが掛けられている。
「夢……?」
「夢じゃないよ」
「………え?」
目の前に現れたサラサラとした白髪。
優しそうな瞳と声が懐かしい名前を思い出す。
「……かーしゃ?」
「ふふっ、正解」
嬉しそうに由良を抱き寄せたかーしゃは、由良の髪の毛に口付けを1つ落とす。
そして遠くにいた一匹の動物を呼び寄せた。
嬉しそうに駆け寄ってくるその姿に、由良の瞳からボロボロと涙が溢れる。
「ノル……ノル!!」
「わん!」
ベッドにいる由良にダイブしたノルは、昔ブランケットと共にいなくなった犬のノルだった。
「どうしてここに?」
「ノルは病気だったんだ」
「え?」
「もう長くなかった。今は私の力で治したけどね。君の両親は知っていたと思うよ」
ノルの命が短いと分かっていた両親は、ノルが死期を悟っていなくなったと思ったようだ。
だからしょうがないのだと、由良に言い聞かせていたのだと思うと、両親も辛かっただろうな……と理解する。
「君はいつまでも泣いていたね。私にはそれが何故か理解出来なかった」
たかが犬一匹いなくなるくらいと思っていても、由良が泣き続けるのが不思議だったようだ。
ベッドに座りかーしゃを見上げる由良の目尻をソッと撫で、でもね……と呟いた。
「異世界に連れていった人と、連れていかれた人を観察していると、君がノルを失った悲しみで泣いていたのを理解出来た」
「え?かーしゃが……皆を連れていって……?」
かーしゃの言葉が上手く理解出来ずに、かーしゃを見る。
何となく言われるがままに受け入れていたけれど、そもそもここは一体どこなのか?かーしゃは何者なんだろう?と沢山の疑問が頭に浮かんでくる。
まるで悪びれた様子もなく、笑って頷くかーしゃが怖くなりベッドの端に逃げる。
「ねえ、どうして?」
「元々、私はこの世界で暮らしていたんだ」
「……もしかして……神様……」
「うん。皆私をそう呼ぶね。怒らせて地面を割られたとか……だって殺し合いばかりでムカついたんだもん」
まさか勉強で習った、地面を五分割した神様が目の前に現れるとは思わなかったし、そもそも子供の頃に出会っていたとは思いもしなかった。
「だから、気晴らしに違う世界に飛んで、適当な神社に体を寄せたんだ」
適当に見つけた神社が、あのボロボロな神社で、そこで由良と出会ったらしい。
「他の奴は怖がって近付いて来なかったのに、君はいつも私と一緒に遊んでくれた。だから、もっと遊べるように、私の元に来れば良いなって思ったんだ」
ニッコリ微笑む神様はズイッと近寄り、由良の髪の毛を優しく撫でる。
「でも、だったらどうして…」
「他の奴を異世界に連れてきたかって?」
当然の疑問に頷くと、かーしゃは難しい顔で腕組みをする。
「君を呼ぶ時に失敗したくなかったんだよ。ほら、危険のないように微調整する実験は必要でしょう?」
研究時に実験は必要だ……と神社に近寄った人を連れていっていたらしい。
実験の必要性は何とか理解出来るものの、神隠しが由良自身のせいで起こっていたことだと思うと、心の奥にもどかしさが生まれていく。
「計算外だったのは、神社がボロボロで調節に時間が掛かったのと、呼んだ時に君が逃げたことと、一人イレギュラーがいたことかな」
「イレギュラー……」
「君もよく知ってるでしょ?君の先生だよ」
偶然神社に立ち寄ったのが先生で、それが運命の日。
違う世界に落とした先生を観測していると、他の人より見ているのが面白かったようで、長生き出きるように工夫をしたらしい。
「だから先生は3ヶ月以上……」
「うん。えーっと、クラヴィクスとルッツだっけ?アイツらと仲良くなっていく姿に興味が湧いたんだ」
フォンツァは直ぐに死ぬ中、生き続ける先生にクラヴィクスとルッツが興味を持ち、特にクラヴィクスと仲良くなっていった。
3人の日常を見て、友情や恋心や親愛……様々な気持ちについて学んでいき、楽しく眺めていたらしい。
「ならそのまま先生を……」
そうすれば由良自身が出会い、苦しい思いをすることなく生きれていた。
悲しみを堪えることなくかーしゃを見ると、かーしゃは首を横に振っていた。
「その頃、彼女は病気になっていた。それこそ、ノルのように死期が近い病気だよ」
「……えっ?」
無理矢理世界に居続けさせた弊害か、先生の体はボロボロになり、いつ死んでもおかしくない状態だったそうだ。
それを治すには、他のフォンツァと同じように命を止め、日本に返す必要があった。
「生かす力を止めて死なせて、ちゃんと病気を治してから返したよ」
楽しませてくれたせめてものお礼に……と、病気を治して日本に返したお陰か、先生は元気に暮らしている。
「それは嬉しいけど……どうして皆ここで直ぐに死んじゃうの?それに、命を落とす必要があったの?」
自分の死を体験するなんて、そんな良い経験でも無さそうだし、かーしゃが何とかすれば、死なずにお別れ出来る場面があったかもしれない。
「うーん。異世界の空気は合わないから、私が加護を授けるか、強力な薬でも飲ませないとすぐ死ぬんだ。それと、1つの魂はどちらかでしか生きられない。………試させてもらったから、帰すのは当然でしょう?」
だから死んだら元の世界に戻るように魂に命じた。
そう告げられゾクリと背中が震える。
「漸く準備が整って君を迎えに来たのに、君が逃げるから……」
逃げたから今いる場所ではなく、また違う場所に落ちてしまった。
「迎えに来ようにも、あのクラヴィクスが薬を作った時同様、また面白いことしてくれちゃってさ」
由良の髪の毛の上……髪飾りにかーしゃが触れようとすると、バチン!と静電気が弾け、かーしゃが手を離す。
「へぇ、本当に面白い。……あれと大違いだな」
「かーしゃ?」
微笑むかーしゃの瞳は笑っていない。
何故かクラヴィクスの身が危うくなるような気がして、かーしゃの袖を握る。
「クラヴィクスさんに、何もしない?」
「鋭いな。………まあ、君が望むなら。でも、君がそう望むのなら、私も君に望むことがある」
「何を?」
「私の元に来て」
クラヴィクスが自身のせいで死ぬようなことになれば耐えられない……と、小さく頷く。
「後、何個かお願いがあるの」
「叶えられることなら」
「ここにいるなら、両親や皆にはもう会えない?」
「……」
かーしゃはその問いには返答しないで、手のひらから光を出す。
すると、両親や遥や先生の姿が映し出された。
両親はいつ帰ってきても良いように……と気丈に振る舞っている。
遥は自宅で由良お薦めの小説を握り締め泣いていた。
その光景を見ているとポロポロと涙が溢れる。
「……ちゃんとお別れしたい。それと……」
図書室には先生がいた。
窓辺に佇みブレスレットを握り締める光景に、由良の決意は固まった。
「クラヴィクスさんと先生を……出会わせてあげて」
「……え?由良は、クラヴィクスのこと好きなんでしょ?どうして?」
由良の決意に驚いたかーしゃは、オロオロとした様子で由良を見る。
「うん。好き……好き」
「ならどうして?」
ギュッと抱き締められ、暖かな温もりに更に涙が溢れる。
「クラヴィクスさん、いつも無表情でしょ?」
「うん。アイツ怖すぎだよ」
激しく頷くかーしゃは、余程髪飾りが怖いらしく、触れないように気を付けている。
「そんなクラヴィクスさんが、寝言で先生の名前を呼んで……少しだけど、表情が柔らかくなったの。だから、クラヴィクスさんを笑顔に出来るのは、先生だと思ってる」
いまいち納得いかない表情で、うーんと唸っているかーしゃに、お願い!と手を合わせる。
「私の好きな人の、嬉しそうな表情が見れるなら……」
本当はもっとクラヴィクスや皆といたい。
家族の元に帰れるなら帰りたい。
でもその全て叶わないのなら、クラヴィクスの表情を和らげてくれる人が、クラヴィクスの傍にいて欲しい。
「分かった。君の願いを叶えるよ。さあ、少し休んで?」
そういい額に手をかざされ、クラヴィクスの優しい手のひらを思い出し、自然と涙が溢れる。
「ここに来れば私といれて、ノルもいる。更に君は地球にいるよりも長生き出来る。だから、君は幸せだよ」
その言葉を聞きながら、ふっと意識が遠のく。傍にノルが寄ってきた所で意識が完全に闇の中に落ちていった。




