クッキー作り
『……来……』
『私……来て……』
『由……』
雑音の中に聞こえてくる声は、段々とクリアになっていく。
(私を、呼んでる……)
手を伸ばせば届く。
そう思っても中々手が伸ばせないまま、次第に声は聞こえなくなっていった。
***
***
クラヴィクスがルッツとの話を聞いてしまっていたと知ったのが、由良が魔法使いに襲われた翌日のこと。
執務室で休憩中のルッツと話している時に発覚し、思わず叫んでしまった。
今はルッツの休憩も終わり、クラヴィクスと2人きり。
午後の勉強ももう終わった。
何の会話も出来ていなくて何だか気まずい……とクラヴィクスを見たものの、クラヴィクスは我関せずと言わんばかりに書類を片付けている。
「クラヴィクスさん」
「何だ」
「……先生のこと、好きだったんですか?」
「………は?」
ポロッと出てしまった問い掛けに驚いたのは、由良だけでは無くクラヴィクスもだ。
困惑した表情で見つめてくるクラヴィクスに、悪いことをしてしまった……と謝る。
「あの、じゃあ、会えたら嬉しいですか?」
「……死んだと思った者に会えるのなら、嬉しいものなのではないか?」
「そう、ですよね……」
極めて冷静にいうクラヴィクスの言葉に頷く。
「君が見た恵梨は幸せそうだったか?」
「………」
当たり前のように名前を呼ぶ姿に、胸がズキズキと痛むのは、未だ名前を呼ばれたことがないからだろう。
でも、呼んで欲しい、羨ましいと思ってしまうその思いは迷惑だ……と微笑んだ。
「幸せかは分からないですけど、ブレスレット大事に持ってますよ。あ、結婚はしてないです」
「恵梨は聡明な女性だ。そのうち良い出会いもあるだろう」
その出会いがクラヴィクスだったのでは?と思ったものの、2人を再び出会わせられない現状に、申し訳なさとホッとした気持ちと両方が同時に襲ってくる。
その気持ちから逃れるようにビシッ!と手を上げる。
「あ、あの!今日、ディアナとクッキー焼く約束してるんです!」
「そうか。午後の勉強も終了しているのだろう?行ってくると良い」
了承の返事を得て立ち上がると、タイミング良くディアナが迎えに来た。
ディアナとお辞儀をして執務室から出ると、謎の緊張感から解放されて大きく息を吐く。
「どうされました?」
「うーん……クラヴィクスさんと話すの何か緊張しちゃって」
ディアナは、クラヴィクスに対する気持ちを知っているから話しやすい……と、キッチンに着いてから、思っていたことについて語る。
「クラヴィクスさんが先生ともう一度会える方法って無いのかな?」
「同じフォンツァが再び来たことは無いですね……でも、もし可能だとして、由良様はそれで良いんですか?」
窺うような視線に苦笑いを見せる。
「分からない。けど、もし方法があるなら……会わせたい」
寝言で名前を呼んでいた時の表情が柔らかかった。
そんな表情を見せたクラヴィクスを、もう一度先生に会わせたいと思ったけれど、今までの歴史の中で実現したことは無さそうだ。
「クッキー作ったら資料室行きましょうか?」
「……うん、そうする!」
ここで悩んでいたって、悩みは解決はしない。
資料室に行ってもう一度資料を見よう……と、提案をしてくれたディアナに笑いかけた。
「お、なんか作ってるのか?」
「ルッツさん!今からロッティにクッキー作るんです」
「へぇ、ロッティになんて珍しいな」
話を聞いてくれたお礼に作っているというと、どんな話?と聞かれそうでグッと言葉に詰まると、ディアナが助け船を出してくれた。
「ルッツ様も一緒に作りませんか?クラヴィクス様に差し入れしてみましょう」
「は?俺がアイツに!?……面白そうだな」
しかもかなり面白そうな助け船だ。
今なら何とか時間が作れるらしい。
キッチンに入り、クッキー作りを開始したルッツの手捌きは異常に早い。
「特技の1つ、料理って言っただろ?お菓子も一応作れるんだ。クッキー以外にも何種類か作れるぞ」
「……ルッツ様。今度教えて頂けませんか?」
レパートリーを増やしたそうなディアナの瞳がキラキラと輝く。
「おう、由良ちゃんもどうだ?」
「是非!」
ディアナの嬉しそうな表情と、ルッツの得意気な表情に笑みが溢れる。
2人が楽しそうに話ながら作るのを見て、由良自身も嬉しくなっていく。
「見ろ!これがクラヴィクスに渡すクッキーだ!」
「かっ、可愛い……!」
そして完成したクッキーは、キュウリやオーちゃんの形をしたクッキー。
もうお店に出しても良いくらいの出来映えだ。
「クラヴィクスに渡すのは由良ちゃんで良いか?俺が持ってくと突き返されそう」
「えっ?………はい!」
またクラヴィクスに会いに行くのかと思うと、戸惑ってしまうものの、何とか笑顔を見せた。
「私も付き合います。渡したら資料室行きましょう」
「資料室に何か用あるの?」
「……クラヴィクスさんと先生がもう一度会える方法が無いのか、探したいんです」
「……そっか。資料探し宜しくな」
ポンと頭を叩かれルッツを見る。
ルッツの表情はどこか複雑そうで、その瞳から逃れるようにキッチンを後にした。




