弾けたブレスレット
淹れた紅茶が不味いと言われて早数日。
その日から、紅茶を淹れてはクラヴィクスの執務室で飲むを繰り返している。
少しずつ飲めるような味になってきたものの渋みが多く、何故こんなになってしまったのだろう……と落ち込む。
家にいる時は紅茶はティーパックで、茶葉から淹れた機会がなかったせいか。
「小説であったかな……」
今まで読んできた小説内で、紅茶の淹れ方を教えてくれたような文面を思い出せない。
もう一度シェフに淹れ方を教えてもらおうと思いながら二杯目を注ぐと、クラヴィクスがひょいっとティーカップを取った。
「ふむ。相変わらず不味いな」
「飲まなくて良いですよ。ちゃんとシェフに淹れて貰いましょう?」
わざわざ不味い紅茶を飲まなくても、シェフに頼めば美味しい紅茶を用意してくれる。
「面倒だ。君がここで用意するならそれで良いだろう」
頼むのすら面倒で不味い紅茶で良いとは、クラヴィクスはいよいよ執務室から出なくなるのでは無いか?と心配になる。
「じゃあ美味しく淹れる研究しますね」
「いい心がけだな」
頷いたクラヴィクスは、ティーカップを由良に渡すと、数枚の書類を持ち扉に向かう。
「私はこれから会議に向かう。君は執務室から出ないように」
「あ、はい……」
あまり歩いていないような気もするものの、執務室以外にも出歩いてくれるのなら一安心だ。
そんな考えを読み取られないように頷きクラヴィクスを見送る。
飲んでくれた空のカップを見ながら頬を緩ませていると、ドンドン!と執務室の扉を叩かれビクッと肩を揺らす。
「は、はい……」
開けた方が良いのか悩んでいると、扉を叩いた時と同様に乱暴に扉が開かれ、クラヴィクスの机近くに逃げる。
ズカズカと入って来たのは、西洋の王子様のような出で立ちをした、中学生くらいの茶髪の男の子と、同じ様な格好をした、小学低学年くらいの可愛らしい黒髪の男の子。
2人とも教科書で見た王家の紋章をマントに付けている。
「……王子様?」
「そうだが?」
恐る恐る聞くと、ふん!と睨まれてしまった。
これは小説にある良く不敬を働いてしまったのか?と焦り、オロオロとしていると、睨んできた王子様が由良に近寄ってきた。
腰辺りに見えるのは、魔物退治でも使われていたような剣。
剣に手を掛け、ズンズンと近寄ってくる王子様は恐怖の対象でしかない。
「ねぇ、兄上……僕たちはフォンツァと仲良くするようにって……」
「知らん!」
どうやら王達に言われ来たものの、兄の方はフォンツァの存在に納得がいっていないらしい。
弟がおどおどしながら兄に寄り添おうとしても、それをうるさい!と振り払っている。
バランスを崩した弟を助けようとしたけれど、その前に兄が立ち塞がる。
「フォンツァの存在なんて、認めない」
緊張感のある声が執務室を包む。
兄の言葉に由良はハッと気付く。
クラヴィクスやルッツやディアナは支えてくれていたけれど、こうして敵意を向けられることもあるのだと、勉強の際に教えてもらっていた。
それは神の子だと言われるフォンツァの力を手に入れるためもあるし、魔法使いに利用される可能性もあると教わっていた筈だ。
それと、勉強をしていてもフォンツァについて理解出来ない人がいると、クラヴィクスが言っていた。
それにルッツはその時、問題はないと言っても受け付けない子……と言っていたと思い出す。
クラヴィクスやルッツが言っていたのは、きっと王子様のことだったのだろう。
もう1つ、特殊な理由もあるだろうと、クラヴィクスが言っていたのは気になる所だったけれど、それは今考える余裕が無かった。
「フォンツァなんか……この世界に来るんじゃねぇよ!!」
理解出来ない恐怖を全面に押し出す兄の言葉が、鋭いトゲとなり由良を襲う。
由良も巻き込まれた被害者で悪い訳ではない。
でも迫力に圧され思わず、ごめんなさい……とポツリと謝ると、兄の目が見開く。
「やっぱりお前が悪いんだな!!早くこの世界から帰れ!!」
頭を振って否定しても、正しいと信じている者の前では滑稽でしか無いようで、由良を突き飛ばそうと手を伸ばしてきた。
瞬間、クラヴィクスから貰ったブレスレットがカッ!と光る。
「な、なんだ!?」
「兄上!!」
ブレスレットが弾け飛び、代わりに出てきたのは牙の鋭い狼のような生物。
「魔物か!」
弟を庇うように後ろに下げた兄は、剣を魔物に向ける。
由良を守るように前に立ち、低く唸った魔物は、力強く前足を蹴り一気に距離を詰めた。
勢い良く振り上げられた剣を避け、兄の手に噛み付く前に吠える。
吠えた風圧で執務室の窓が揺れ、空だったティーカップは机から落ち割れてしまう。
クラヴィクスが読んでいた本や書類が空を舞う。
「ま、待って!!」
幾らなんでもやり過ぎだ!と魔物の首に抱き付くと、魔物は吠えるのを止め大人しくお座りをした。
「待ってくれてありがとう……」
頭を撫でるとフワフワとした毛並み。
ノルのように柔らかい……と撫で続けていると、尻尾をパタパタとさせている。
キュウリと言い、もしかしたら魔物は可愛らしい子が多いのでは無いか?と思ってしまう姿だ。
「……あの」
撫でていると、弟がおずおずと近づいてきた。
「僕も撫でても良いですか?」
由良と魔物にも窺うように聞いている弟は、魔物に興味津々なようで、子供がヒーローや恐竜などに憧れている光景のように見えた。
そんな弟をじっと見た魔物は、危険性は無いと分かったのか、ふんと鼻を鳴らし許可を出している。
目を輝かせ魔物を撫でる小さな少年の姿は可愛らしい。
何だか気まずそうに剣を納め、ムスッとした顔で由良を見た兄は、小さな声で呟く。
「……俺は、フォンツァなんか、嫌いだからな」
「兄がごめんなさい。その、フォンツァは……兄上の婚約者になり得る存在だから……」
「………え?」
突然の発言にポカンと口を開け2人を見る。
余命が短くても、フォンツァが望めば王子様の婚約者になれる地位にいるらしい。
クラヴィクスが、特殊な理由もあるだろうと言っていたのはこれか……と漸く理解できた。
「フォンツァがどんな人か確かめたかったんです。ね、兄上」
「……」
クラヴィクスが理解出来ない者と言っていた。
ルッツが問題はないと言っても受け付けないと言っていた。
そんな中でこんな風に魔物に襲われたら、もっと嫌われてしまっただろうな……と兄を見つめると、兄も由良をじっと見つめていた。
「別に俺は、落ちて来ただけで特別扱いされるフォンツァを婚約者にしたくないだけで……魔物をこんな風に扱う女は、面白くて嫌いじゃない。……俺と弟を守ってくれてありがとう」
「兄上」
「分かってる。……女性に剣を向けたことは、俺の不徳の致すところだ。その、悪かった……」
複雑な感情の中でも、しっかりと謝ってくれた姿に好感が持てる。
申し訳なさそうに謝る兄に微笑むと、兄が胸を押さえ、は?と呟く。
「兄上?」
「……なんでもない!」
弟と2人で顔を見合わせ首を傾げる。
そこであることに気が付き、はい!と手を上げた。
「なんだ」
「あの、2人の名前を教えて欲しいです……」
「は?お前、俺達の名前を知らないのか?」
王子様の名前を知らないのはやはり失礼だろう……と思って謝ると、兄が笑い声を上げた。
「ははっ!俺はユリウス・ケーニヒだ」
「僕はマリウス・ケーニヒです」
「ユリウスとマリウス……私は片山由良。よろしくお願いします」
「敬語はいらないぞ由良」
互いに微笑み握手を交わした所で、狼の姿をした魔物はシュッと消えていった。
後に残ったのは魔物が吠えた時に出来た、執務室の惨状だった。




