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骨を折る旅なのか、心が折れる度なのか

現実が残酷でも夢を見続ける事が出来るのだろうか。

夢が残酷でも現実を見続ける事が出来るのだろうか。

 声が聞こえる。憎悪に満ちた声だ。

 その声は広がっていく。広がり続けている。それはまるで雪崩のように、広がって、広がって、戻る事はない。

 声が響くその場所は、まるで操られるかのように歓喜の声を上げている。まるで焚火が弾けるみたいに。

 笑うように、泣くように、怒りと悲しみを混ぜ合わせて、最後に全てを塗り潰すどす黒い感情ばかりで。

 それが、私の感じた夢の始まりで終わり。もう思い出せない最初の悪夢とその結末だった。



 ◆



 稀に、夢を夢だと認識する事がある。……今見ている光景も、どうやら夢であるらしい。

 目の前には半透明の扉。プレートには「REALITY」の文字。ノブすらないその扉には、けれども大きなカギ穴だけがあって。

 背後を振り向くとそこには「DREAMT」と看板が立つ道が続いていた。合成樹脂の様な手触りの植物、玩具のように弾む石、土というよりもそういうプレートの様な道。全てがまるで作り物みたいな夢の道。……いや夢を見た道だろうか? まあ大して変わらないので夢の道と呼ぼう。

 深く考える事もなく、私は現実の扉から背を向けて、夢の道を進んでいく。そもそも開かない扉を開けようと悪戦苦闘するつもりもなし、それならさっさと夢の道を進んでしまった方が有意義だし、何よりも楽しそうだったからだ。……現実から逃げ出したいというのもあったが。

 とくに意味もなく、ノリで歩き出した道を進んでいくと、遠くに橋が見えてきた。そこまで長い物ではなく、大地に入った亀裂を跨ぐ様に作られたソレは、コンクリートというよりも、岩を切り出して作ったかのようだった。それを越えた先にも道があるのだけど、……うっすらと雪が積もっているのは冗談だと思いたい。

 先程まで寒くなんてなかったのに、何故だろうか。雪を見たせいか急に冷え込んでいるような気がする。

 格好も見事に上下ともジャージだ。ポケットにスマホがあるのでゲームでも起動してカイロ代わりに使おうかと思う程度にはこの寒さの中では心もとない。防御力が圧倒的に足りてない。せめてマフラーと手袋が欲しい。出来ればニット帽も。

 特に今一番の問題は靴がスニーカーという点と、風が地味に強い事だろうか。

 滑るのは危ないし、踏ん張りがきかないのは歩きにくい。風が強いとジャージの防御力では耐えれそうにないのもいただけない。おまけに滑った時に体制が崩れやすくなるのが凄く辛い。


 夢なのだから自分の好きなように変えれるのではとそれこそ夢のある考えに行きついたものの、実際問題夢を自在に操るってどうやるんだろうか? それちょっとした超能力では? 

 頭を抱えて悩んだところで解決などするはずもなし。まあ、夢だし風邪をひく事はないだろうと決意を決めて一歩を踏み、


「その先に行くのは止めときな」


 背後から声が、背中から鋭い感触が、首筋がひやりと粟立つのを感じた。

 何重にも声を重ねたようなその声の主は、私の背中に何かを当てている。──うわぁ、まるで漫画やアニメのワンシーンみたいと頭の中の能天気な部分がちょっと喜んでるのをどうにか黙らせる手段はないだろうか。

 ……いや待とう。これはあくまでも夢であるのだから別に何かされたからってどうにかなるものではないだろう。せいぜい目が覚める程度だと思う。なら別にこの状況を楽しんでも問題はないのでは?

 いや、駄目だ。もしかしたら痛いかもしれない。痛いのは嫌いだ。人が痛がるのを見るのだって嫌なのに何が悲しくてチャレンジ精神で自分にダメージ与えなければいけないのか。コラテラルダメージなんてゲームの中だけのもの。少なくとも私の夢には必要ない。


「……その、理由は教えていただけますか」

「お前さんは飢えた狼の前に躍り出る羊になりたいのかい?」

「それは、襲われるという意味ですか?」

「それはお前さんの頑張り次第、……かもな。ま、今のままなら死ぬだろ」


 覚悟もなければ、現実も見えちゃいないしなと呟いた後、背中に押し付けられていた物が離れていく。

 背中に先の尖った物が触れている感覚が無くなるというのは此処まで安心できるものなのかと胸を撫でおろす。夢だと分かっていてもこの感覚は正直慣れそうにない。というか、慣れたくはないな。


「この先を通るには一つ条件がある。……難しい事じゃない、簡単な質問に一つ答えてくれればいい」


 振りむこうとすると背中の感触が戻ってきた。どうやら振り向くの駄目らしい。


「お前さんはこの先で骨を折る旅に出るんだが、それには武器が必要かい? それとも防具の方が嬉しいか?」

「……戦うよりも逃げたいので防具ですね」

「そうかい、じゃあ武器をやるよ」


 足元に何かが転がった。──これは、古びた鉛筆?

 それを転がした相手はシヒヒヒという妙な笑い声を上げると、私の頭上を軽々と飛び越えて橋の方向へと消えていった。

 ……最後にちらりと見えた格好が、黄色い雨合羽と片手に傘だったのは流石に冗談だと思いたい。

 というか、傘の先端にあんなに怯えていたのか私は。なんとも情けない話である。


 ……それにしても変な夢だ。

 現実への扉に夢の道、亀裂を渡る橋には謎の雨合羽の登場だ。変な夢にも程がある。

 それはそうとあの謎合羽がくれたこのF鉛筆はなんとも中途半端な長さだ。長いとは言えないが短いとも言えない。上に消しゴムが付いていないのは好印象だ。ただ元の持ち主に噛み癖があるのか歯型が少しついてるのが悲しい。

 まあ、貰える物は余計な仕事と厄介事以外は貰っておく主義なのでポケットに入れておいた。

 片方にスマホが入ってるので逆側に入れたけれど、……普段鉛筆入れて歩かないから分からないけど、結構違和感があって妙な気味悪さを感じる。


「なんか、煙草吸いたいな」


 妙な緊張感を覚えていたせいか無性に煙草が恋しい。ストレスフリーな生活をしていた時は吸いたいとも思わなかったが、ストレスの捌け口として一度覚えてからはなかなか手放せなかったせいか夢の中でも吸いたくなってしまった。……アメスピとライター、何処かにないだろうか。

 まあ、無い物ねだり程悲しい事はない。別に吸わなければ死ぬわけで無し、現実に戻ればカートン単位で部屋に常備してあるのでゆっくりと吸うとしよう。

 その為にもさっさとこの夢から目を覚ますべきなのだろうが、いかんせん今のところ目を覚ます様子はない。

 起きるまでの間、少しでもこの世界を探索するとしよう。もし覚えていたなら小説のネタに、……という事もないが何もしないよりは楽しそうだ。


 改めて橋へと一歩踏み出した。硬い感触、靴底が少しざらざらとしたものを踏んだ時のような音。

 踏み込みと同時に気温が一気に下がるかと思ったがそんな事はなかった。精々先程同様に少し肌寒い程度で済んでいる。

 ……なんだか拍子抜けだ。寒い寒いと身構えていただけにこれは正直ないだろう。

 なんとも素敵な一歩からのスタートだが、まあ、こういうのもまあ夢らしくはある。

 さて、この夢は何処まで続くんだろうか。どんな終わり方をするんだろうか。それが少しでも楽しい物であることを期待して、私は対岸へとたどり着くのだった。

尚作者は喫煙者ではありませんので煙草の詳し描写などは出来ません。

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