1.始まりは何処にあったのか
不定期投稿。
私は失敗した。
それは禁じられた魔法陣であった。それは友人の形見だった。
我が友の断末魔が滲むような、荒い文字より記されたソレは、世界の根底を覆すが如し、悍ましい現実の外にあるもの。
世界がまるで書面の上の文字になってしまったかのように、何処までも薄っぺらい物と知ってしまう禁断の知識の断片。
ふざけるなと悲痛な声を上げたのは、おそらく先に旅立った友も同じだったのだろう。
ああ、──ああ分かるとも。
共に過ごし、共に歩み、何処までも馬の合わないままに、互いに切磋琢磨した悪友であったお前が、ある日突然命を絶ったのは、この事実を知ってしまったからなのだろう? 信じていた神の証明も、誇っていた我々の人生も、愛していた家族や友の存在も、全てが嫌になってしまったのだろう?
そしてお前がこの魔法陣を私に託した意味もよく分かるとも。
復讐だ。我々の世界を壊した者に対する復讐だ。ただただ理不尽な怒りと憎しみだと分かっていようとも、このさながら煮詰めた毒液の如く薄汚い心の声を抑えることが出来る者などいったいどこにいるというのだ。
復讐だ。──私の、お前の、私達の!
この悍ましい現実を! この悍ましい知識を! この悍ましい机上の空想を!
我々の世界を妄想で片付ける、悍ましい神へと呪いを捧げよう!
空想と切り捨てられ、妄想と片付けられ、現実を知ったと我々の世界を丸めて捨てた貴様に極上の呪いをくれてやる!
貴様を、──ああ、そうだ! 貴様を主人公に仕立て上げてやろう!
どうしようもない救いのないこの世界で、貴様が思い描き、貴様が諦めたこの世界で!
結末のない、薄っぺらい貴様のようなこの世界で! 誰にも知られず、物語の端役の如く!
何処までも理不尽に、何処までも無様に、誰にも求められないままに死んでしまえばいい!
◆
小説家になりたいと、執筆活動を始めたのが今から8年前。
今年で24歳になるが、未だに自分自身で納得できた作品というのが出来た試しがなかった。
プロットが出来てもそれを文に起こすと何故か全てが駄目な気がしてくる。
自分自身に自信が持てないというよりも、文章力が致命的に酷いのだ。何度も本を読み、ネットで調べ、書き方を知らべて投稿して悪態の一つでも付けばまだいい方。誰の目にも止まらない事も多々あるけれど、それよりも読まれて何もない方が辛いのだ。
……才能が無いとは言わない。そもそもそんなのあると思った事はないんだ。
努力をしたのかと聞かれればどうなんだろうか。したと思っているけれど、それは人から見れば違うかもしれないし。
やっぱり向いていないのかもしれない。……こんな事を思ってしまう時点で小説家になりたいと思う事自体が分不相応なのかもしれない。いや、そもそも本当に自分は小説家になりたいと思っていたのだろうか?
面白い小説があった。それは有名な小説家の作品ではなくて何処かの誰かの作品だった。だから、自分もそんな作品が書けるのではと思いあがったのではないか? ……ああ、そうだ。ただ誰でも書けるという謳い文句に魅かれただけだ。
現実の自分は凡庸で、小説の中の主人公に自分を重ねてみたいと思ったから小説を書き始めたのかもしれない。
最強無敵のチートを携え、魔物が闊歩する世界を旅する自由気ままな日本人。
そんな有り触れた主人公が、あまりにも楽しそうで、だから重ねて小さな満足感を得たかったから書きたかったのかもしれない。
「…………はぁ」
書いて楽しいと感じていた気持ちに嘘はないだろう。
読んでもらえて感想が貰えたのは嬉しいし、それがただの罵倒だった時は胸が痛かったのも嘘ではない。
ストーリーを考えるのも、キャラクターを動かすのも、その全てに必死に悩んだし、これでいいのかと自問した。
その結果、完結させた作品にぼろくそな評価が来ても、問題なんてない筈だったのに。
気が付けば小説が完成させることが出来なくなった。評価が気になる。自分自身に納得がいかない。批判に怯えている。ストーリーに終わりが見えない。キャラクターが完成しない。ずるずると伸び続けて、そして気が付けば筆が止まる。
それを繰り返して、いつしか自分が書いているのが小説なのかただの自己満足なのかすら分からなくなってしまった。
もう、辞め時なのだろう。書こうにも何を書けばいいのかすらも定まらないのだ。何を書きたいのかすらも、分からないのだ。
少し前まで書いていた作品を、ゴミ箱へと移動する。本当に捨てるのかと、まだ足掻こうとする部分に蓋を占めて、私をそれをゴミ箱へと入れた。………妙に、心が寒いと感じた。
妙な物悲しさを感じた私は、なんというか今日はパソコンを構う気になれなくて。
少し早いけれど今日は眠ることにした。明日も仕事はあるし、速く眠るに越した事はない。………けれど暫くは眠れそうになかった。捨ててしまった作品が、なんだかとても悲しくて。
それでも、いつかは睡魔が訪れる。深く深く沈むような、気持ちの悪さを置き去りにして意識だけがそこに行くかのように。
気が付けば、私は眠っていた。眠ってしまった。
この夢が、人生で最も長く苦しい物だなんて知りもせずに。