2 初日
急いだかいもあり、無事早めにレッド本部に到着することができた。
レッド本部は想像以上に小規模で、あまり目立った場所ではない。
チェクスの住民でなければ分からないようなレベルだ。
小規模なのは、そもそもレッドは少人数で構成されているためだ。
レッドはフレイモル、アクテラスト、プランテリカ、ソルテニー、メルタスの5つの魔族からそれぞれ一人ずつが選ばれ、計5人で構成されているためだ。そのため大規模な拠点はない。
そして、レッドのメンバー入れ替えは脱退メンバーが生じない限り滅多に行われるものではなく、今回トキがレッドに加入できたのもアクテラストメンバーが一人脱退したためだ。
つまり、残りの4人のメンバーは既に去年からもチームだったということである。
「馴染めるか不安だなぁ・・・」
トキはレッド本部の入口でそう呟き、立ち止まる。
ここで、これから脱退までの生活が始まるのだ。これはその貴重な第一歩となる。
トキは大きく深呼吸をして、心の準備を整えた。
そしてついに最初の一歩を踏み出そうとした・・・その時。
「おーい、早く入ってー。邪魔邪魔」
後ろから知らない女性の声が聞こえた。と思ったら、すぐに背中をドンと押され無理やり本部の中に入れられてしまった。
最初の一歩が・・・と落ち込んだのも束の間、トキはハッとして後ろの声の正体を確かめる。
「・・・あなたは」
トキが振り返った先に立っていたのは、レッドの一員であるプランテリカのリリーだった。
「リリーさん!」
あの有名なレッドの一員であるリリーが今、自分の目の前にいる。その興奮で思わず大きな声を出してしまった。
リリーは相変わらずの綺麗な金髪ショートヘアの巻き髪、そして奇抜な露出多めの服を着ている。レッドのリリーといえば、誰もがこの人を思い浮かべるだろう。
トキの大声を聞いて、リリーは「わっ」と声を出し、少し驚いた表情を見せた。
「びっくりした。・・・で、ここにいるってことは新人のアクテラストって君?」
リリーはすぐに冷静に戻り、トキの顔をじろじろと見てきた。身長は高めに見えるが、トキと並ぶとヒールを履いていても少し低い。
「は、はい!今日からレッドでお世話になります、アクテラストのトキです。よろしくお願いします!」
トキは第一印象を取り戻すため、しっかりと挨拶をする。
「アクテラスト・・・?トキ・・・?」
トキの自己紹介を聞き、そう言いながらリリーの後ろからもう一人人が出てきた。レッドの一員であるフレイモルのゼンだ。
チェクスの魔族の中でフレイモルとアクテラストは二大戦闘魔族と呼ばれているが、そんなフレイモルのレッドとなると、ほぼチェクスのトップの人物と言っても過言ではない。
ゼンは少し長めの黒髪の隙間から、トキをチラリと見ている。
その風貌や
「ゼ、ゼンさん!初めまして・・・!!!」
トキはリリーとはまた違った緊張感の中、ゼンにそう挨拶した。
ゼンはそんなトキを見て、フッと口元を緩ませる。
「そんな緊張するなよ。俺ら、今日から仲間なんだからよ」
そう言ってゼンはトキの頭に手をポンと乗せた。そのまま二人より先に本部内に入る。
「ゼン、待ってー」
リリーは無気力にそう言いながらゼンの後に続く。
トキもそのまま緊張を隠せないまま、本部へ入室した。
本部の中は九畳ほどの広さで、机が一つと椅子が五つ置いてある。
そして、化粧品、本、ゲーム機、筋トレ道具など、ありとあらゆる種類のものが床や机の上に散らばっていた。
残りのメルタスとソルテニーの二人も既に室内にいた。
「えっと・・・ここは・・・」
トキが思わず声を漏らすが、それに聞く耳を持たずにリリーが手を叩いて注目を集める。
「はいはーい、皆。今日からレッドの新メンバーになる、アクテラストのトキ」
リリーはそう言って、トキの肩を組んでくる。
リリーが至近距離にいることに緊張しながらも、精一杯胸をはる。
「あ、改めまして、今日からレッドの一員になりました、アクテラストのトキです。これから精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!」
トキはそう言って、深々とお辞儀をする。
すると、パチパチと拍手をする声が聞こえてきた。
「よろしくね!私はメルタスのリコ。私も去年から入ってきて新人みたいなものなんだけど、一緒に頑張ろうね!」
リコと名乗る女性は、去年メルタスのメンバー脱退を機に加入した新人メンバーである。彼女は新人ではあるものの、驚異的な戦闘能力の持ち主であり、メルタスの中ではヒーロー扱いである。なんと、抜擢でレッドの方からスカウトを受けたのだ。
メルタスは金属魔法を主として用いる魔族で、基本的には金属武器の生成や、金属製の家具の生成などの物作りに特化している魔族である。しかし、リコはメルタスの中でも金属の生成が著しく素早く、瞬時に銃弾を生成できてしまう。そのため、メルタスでは史上初の戦闘要員とされているのだ。
リコは栗色のセミロングをしており、身長も小柄で可愛らしい雰囲気だ。
その驚異的な能力を備えているようには到底見えない。
「よろしくお願いします」と、トキはお辞儀をする。すると、リコはにっこりと微笑んだ。
「ソルテニーのイロです。よろしくね・・・」
面倒くさそうに短い言葉で自己紹介を済ませた少女は、なんと16歳というレッド最年少でレッドに加入したスーパー女子高生である。基本的にレッドは19歳以上が加入できるが、イロはその腕を見込まれ16歳での加入が許可された。
土魔法を主として用いる魔族であるソルテニーは、土や砂を自在に操り攻撃したり小さなゴーレムを生成したりすることができるが、イロは巨大なゴーレムを生成できる他、砂状の乗り物などを作ることができ、戦闘には欠かせない超凄腕の持ち主なのである。
イロは深緑の長い髪をしており、大きな丸めがねを着用しているため、殆ど顔が見えない。さらに、実年齢は16歳であるが身長が低いために実年齢よりも幼く見える。謎の多い人物だ。
「よろしくお願いします」と、トキは同様にお辞儀をする。イロは「ん」と言いながら小さく頷いた。
「改めて、ゼンだ。アクテラストの超人が入ってくるっていうから期待していたんだ。よろしくな」
ゼンはそう言って、トキに手を差し出す。大きな手だ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
トキは、誇りを持ってその大きな手をそっと握る。ゼンはその様子を見て、「だから緊張するなって」と笑いながらその手を握り返した。
ゼンはレッド最年長の23歳で、レッド歴も一番長いベテランだ。身長はトキより少し高く、その貫禄を感じる。
「で、さっきも言ったけど私はリリー。よろしくね。それじゃ、早速だけど仕事確認ね」
そう言ってリリーは軽く自己紹介を済ませ、机に広げてあった資料をトキに手渡す。
「この資料は一日のToDoリスト。基本この町は平和だから、大した仕事もないのよね。でも、この町の治安を守ることが仕事だからこういう些細な仕事もしっかりやること。そして、町のトラブルを見逃すことないようにね」
トキは「わかりました」と言って資料に目を通す。内容は、町の掃除やパトロールといった本当に小さな仕事しかない。レッドに大きな夢を抱いてきた為少々ショックではあったが、この程度の仕事も完璧にできなければ立派なレッドにはなれないと、トキは張り切る。
「とりあえず、しばらくは教育係として私が傍につくから。あと、制服!これが制服。私たちも着替えるから。更衣室は女子が右、男子が左ね」
そう言ってリリーは、トキに新品の制服を押し付ける。それを、トキは慌てて受け取った。
リリーはサクサクと話を進めていく。
リリーが教育係ということに期待と不安が一気に押し寄せて来て微妙な表情になってしまったのをバレないように、トキはリリーから目を逸らす。
「トキ、何してるんだ?行こうぜ」
ゼンはトキにそう声をかけ、また一足先に男子更衣室に入る。
「あ、はい!」
トキもそれに続き入室する。
更衣室の中は、今まで短期間ではあるが男子がゼンしかいなかったためか意外と片付いていた。ゼンは、更衣室を見渡しているトキを見て、フッと笑みをこぼす。
「ほら、ぼーっとしてないで早く着替えろよ」
冗談交じりにそういうと、ゼンは早速服を脱ぎ始め、ゼンのロッカーから自分の制服を取り出し身に付け始める。
「は、はい!」
トキはそう言い、自分のロッカーを探す。
ロッカーは男子更衣室内に5つ設置されている。これは恐らくレッドのメンバーが全員男性だった場合に備えてのことだろう。恐らく女子更衣室内のロッカーも同様に5つだ。
「特に決められてないから、好きな場所を使え」
トキが自分のロッカーを見つけられないのを察したのか、ゼンはそう言った。
トキは、「じゃあここで・・・」と、ゼンの隣のロッカーを開く。
「5つもあるのに隣にするのかよ、いいけどな」
ゼンは、そんなトキの選択を不思議がるように、そして面白がるように笑い、そう言った。
ははは・・・と笑いながら、トキは手に持っていた制服に目を通す。
これが、レッドの制服か。
夢にまで見た、レッドの制服。
本当に自分が着られる日が来るなんて・・・。
トキは自らを誇りに感じながら、制服をグッと握り締めた。