第二話 学校は憂鬱で始まり終わる
だいたい一話2500文字でいきます。
ヂリリリリリリ。
目が覚めた。とはいっても、目蓋は開いていない。ひたすら重くて、あける気が起きない。このまま寝てしまいたい衝動に駆られるが、出席日数がギリギリだ。できるだけ出席しないといけない。重い体を起こして、伸びをした。
日の光が窓から差し込んでいるのをぼんやりと眺めつつ、制服に着替える。ちょっと皺がついてるが、まぁ問題ないだろう。ふわぁ、とあくびがもれた。
階段を下りていくと、机の上に一枚の紙。コンビニ弁当があるから温めて食べて、と書いてある。父も母も共働きで、あんまり家に居ないうえに、朝早くから夜遅くまで色んな場所で働いたりバイトをしたりするので、つくり置きなんかもできない。まぁ、仕方のないことだと俺は納得している。
早めに腹に詰め込むと、財布を引っつかんで鞄に色々な用意をぶちこむ。夜に準備する時間がないのもそうだが、時間がなくなる前、つまり魔法使いになる前からこうだったので余り困ってはいない。とりあえず国語と数学と社会と美術と理科をぶち込んで、まぁこれでいいだろう。無い物があったらその時はその時で。
「……行って来ます」
誰も居ない家に向かってそれだけ呟くと、ツカツカと学校に向かって歩を進めた。
「あっちゃあ……」
教室に入った瞬間、俺はそんな声を漏らしてしまった。早く来過ぎてしまったらしい。正門こそ開いていたものの、教室はがら空きだった。とりあえず、左奥の自分の席に座って授業の準備をした。一限目は社会か。教科書とノートと、便覧を取り出して机の中に突っ込むと、机に突っ伏した。
共働きからも何となく分るかも知れないが、上谷家に本を買えるような余裕はない。姉がミュージシャンを志して仕送りで生活している身で、兄がイラストレイターで同じく仕送りで生活している。故に朝の読書の時間は教科書を基本的に読んでいる。図書館の本は、赴くのが面倒くさくてあまり手に取れない。
うぼあー、だの、うべえー、だの、誰も居ないのを良い事に、唸り声の様な物を俺は垂れ流している。朝読の時間まで、後35分ぐらいある。あまりにも早く来過ぎた。暇すぎる。俺は、机の中にある綾取りの紐を手に掴んで引っ張り出した。
最初は、魔法陣を書く動作を短縮できないかと思ったとき、近くにあったのが綾取りの紐だった、それだけだ。ただ、何時の間にか趣味の範疇にまで手を出すようになっていた。楽しめるのは嬉しい誤算だった。以外と自分の手先が器用なことも知れたし。
ここをこうして、はしご。それをちょっと変えて、東京タワー。それで、一旦解いて、此処をこうすれば踊る……おっと、紐が絡まった。紐をほどくのに悪戦苦闘していると、この早い時間にガラリと教室のドアを開ける音がした。手を止めて、チラリと目だけでそちらを一瞥した。そこには、人の形をした花がさいていた。
いや、違う違う。俺が思わずポエマーになってしまうほど容姿端麗な女子がそこにいた。名前は伊藤怜奈。髪は長く、恐らく腰の少し上ぐらいまである。目は少したれていて、おっとりとした雰囲気を醸し出している。言うまでもなく性格も良く、ややお人好しが過ぎる所もあるが、まぁ、そこも魅力の一つに数えてもいいだろう。
ただ、俺は彼女が人気な理由がそれだけではないことを知っている。一度目を閉じて、ほんの少しだけ魔力を込めてからもう一度開いた。すると、怜奈を中心に、ふわふわと白いオーラの様な物があふれ出ているのが見て取れる。まぁ、理由をざっくり説明するとするなら、「雰囲気」だ。
人の体に関係する魔力は、体内で生成され、魔法以外で使われることのない、まじりっけのない純魔力と、呼吸するように体外の魔力を吸収し、放出する、非純魔力がある。また、非純魔力は光と闇の二つに分類されており、怜奈がの周りに見えるオーラの様な物のは、その内光の方の非純魔力だだ。
純魔力は魔法使いでなければ見ることも感じることもできないが、非純魔力は違う。一般人にも、その人の雰囲気という形で感じ取る事が出来る。怜奈の様に光の魔力なら好印象、好感情。俺の様に闇の魔力なら悪印象、悪感情と言った具合に。
普通の人は他人の感情に影響を及ぼすほど体外に魔力を放出しない。ただ、稀に怜奈のように、非純魔力を大量にあふれ出させる人がいる。たとえば、言動は厳しいのに、優しげや暖かそうな雰囲気を感じる人など、たまにいないだろうか? その逆の人もしかりだ。
「銀二君、おはようございます。今日は早いですね?」
にっこりと微笑みながら話しかけてくる怜奈。視線を外して自分の綾取りの方に向いた。……うわ、余所見しながら解こうとしたせいか、もっと絡まってる。面倒くさい。俺は舌打ちと共に綾取りを放り投げた。
「……あぁ、おはよう」
横でずっと俺の挨拶を待っている怜奈に返事をする。放っておくと生徒会長君がやたらと鬱陶しい。だからといって奴がいる前で挨拶をすると「お前なめとんのかワレェ」と言った視線を向けてきて尚鬱陶しい。相変わらず眠いので無視したいが、そういうわけにもいかなかった。
「ん、よろしいです」
怜奈がにっこりと微笑む。普通の人なら悩殺と言ったレベルの物だが、俺には効かない。いや、やろうとしてやっている訳ではないのは分っているので、少しぐらいは和むが。俺は彼女と反対に闇のオーラが全開で発動しているので、相殺しているのだ。
同量かそれ以上の反対属性の非純魔力を持っていると、お互いの感情への影響を打ち消せる。故、俺は怜奈に対して美人だな、以上の感情を持つ事は余りなく、逆に怜奈も俺に嫌な人だな、という印象は持っていないと思われる。いや、心の奥底でこの糞野郎が、とか思われてたらしらんが。
怜奈は自分の席に戻った。彼女は、俺の二つ隣の席で、真ん中の辺りだ。いつも注目されて大変そうだな、と小学生並の感想を抱く。
さて、机に突っ伏していると、十数分後に、誰かが席の前に立つ感覚。多分、生徒会長か副会長だろう。暫くしても立ち去る気配がないので、渋々顔を上げた。
そこには、般若みたいな顔をした生徒会長がいた。
俺にとっての学校は憂鬱で始まる。とはいってもこれが憂鬱とは限らないが。