表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/45

エピローグ

書籍版がアーススター文庫様より8月17日発売します。

宜しくです。


「……お目覚めですか?」


 聞き慣れた声が降ってくる。


 見上げると、番頭さんの顔がそこにある。

 少し顔を上げるだけで、鼻先と鼻先がくっつきそうな至近距離だ。


 頭の下が柔らかい。

 どうやら番頭さんに膝枕をされている状況らしい。


「ここは……?」

「縁側です」


 確かに見慣れた松の湯の庭先。

 客が湯冷ましに訪れる場所だ。


 植え込まれた木々が橙色に染まり、夕暮れ時であることを告げている。

 枝々の葉が微かに揺れ、流れてくる風が涼しく気持ち良い。


「湯当たりして倒れたんだっけ……?」

「小一時間くらいです」


 番頭さんから離れて、ゆっくりと起き上がる。

 多少ふらつくし、サウナ室で床と肌が触れている部分はひりついた。

 サウナ勝負では痩せ我慢をし過ぎてしまったようだ。


 だがそれで番頭さんを元に戻すことができたなら安いもの。

 彼女の目の下にもう隈はない。黒い不可解な光も身にまとっていない。

 もう蚤の王とかいう変なのに取り憑かれてはいないようだ。


「店……お客さんたちの具合は?」

「大事ありません。霊薬のおかげです」

「大損こいたね。まあその程度なら何よりだ」


 若旦那は笑いながら、ほっと溜息をついた。


 少々高くついてしまったがお客の安全には変えられない。

 偶然に持っていた霊薬だったが、最も役に立つ形で、使用できたようだ。


「その程度」


 番頭さんの声が少し尖っていた。


「その程度ではありません。若旦那はサウナに長居をし過ぎて倒れたんです。結果的に助かったから良かったですが、無茶をし過ぎでした。あの設定温度はありえません。下手をしたら死んでいたでしょう」

「お、おう」


 番頭さんが怒りながらそう言ってくる。


「そもそも何故、私を『出禁』にしなかったんですか? さっさと私を異世界に送っていれば、松の湯も若旦那も危険に晒されずに済んだ筈です」

「……」


 どうやら何かの地雷を踏んだようだ。

 彼女をよく見るといつもより少しだけ張り詰めた表情をしている。


「理屈から言えば、ああいう事情の場合、私という人手よりも安全管理を優先すべき場面だったと存じます……」


 彼女の言う事はもっともだ。

 だが彼女の『安全』という言葉のなかに、彼女自身が含まれていない限り納得のできる話ではない。


 ただ当の番頭さんは目からぼろぼろと涙を零し出していた。


 怖い思いもしたのだろう。

 大昔、番頭さんは病に冒されたせいで、その意思に関係なく、多くの命を奪ってしまったと聞いたことがある。

 その過ちを、もう一度、行いそうになったのだから。


「うん。その、心配かけてすまなかったよ」

「……」

「ただ店がまわんねえとか云々よりもさ、番頭さんと離れ離れになるのは嫌だもの。だから多少の無茶はさせておくれよ」

「だっ、だっでっ、ぐっ」


 番頭さんは何かを言おうとしたが、何も言えずただ襟元を握ってきた。

 彼女の頭にそっと手を回して、胸で抱きとめる。


「サウナってえのはあんまり格好がつかない方法だけど、それでも助けることができて良かった」


 番頭さんは嗚咽のせいで上手く喋れず、それでも「だずがっでっ、よがっだっ、でず」と告げてくる。



「本当に助かってよかったねえ」

「ぐす……私もらい泣きしちゃった」

「若いとは、実に素晴らしいのう」


 どうも視界の端々にちらつくものがある。

 ぞろぞろと近づいてくる見知った顔の連中。


「わしは甘酸っぱくて見ていられんぞい」

「けっ所詮、人間は盛りのついた猫と一緒にゃ」

「いっしょにゃ」

「ちゅーする?」

「にやにや」

「正直、むず痒いな」

「まったく人目のある場所で、羨ま、いや怪しからん」

「じーっ」

「私も青春がしたいです」

「主よ、この者たちに」

「祝福あれ」


 言わずと知れた松の湯の常連たちである。

 彼ら彼女らはどうやらまだ帰っていなかったらしい。


 番頭さんの言う通り、皆、怪我などはないようで何よりだ。

 若旦那はほっと安心すると共に、心の底から「さっさと帰ってくれねえかなあ」と思うのだった。

異世界銭湯 〜松の湯へようこそ〜 了

(……まあ気が向いたら続きを書くかもですが)



さてさて、というわけで最終回!

こうしてきっちり一作書き上げることができて、正直ほっとしてます。


『異世界銭湯』は、なろうの反応を見る限り、

世間受けしなさそうな変わり種の作品ではありますが、

作者としては満足な作品にできました。


ただここまでこれたのは、

何といってもレビューや感想をくださった方、

ブクマをくださった方、評価を下さった方、

読者の皆さんの励ましのお陰で、

モチベーションを維持できたから、と言うより他ありません。


大場は「物語を書かないと生きていけない」みたいな作家向きの

人間ではなく、色んな反応をもらって、何とか書き上げている次第です。


というわけでなろうにも、読者の方々にも感謝!!

ここまで読んで下さり、本当にどうも有難うございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ