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姫騎士の湯 (前)

(御入浴における注意事項)


・魔術師、エルフ、ドワーフなど様々なお客様が来店します。

文化や生活習慣の違いによるトラブルがあるかもしれません。

・入浴マナーは守りましょう。番頭さんを怒らせると大変なことになります。

・当銭湯では、髭剃り、下着の他、菓子パンも販売しております。

 お買い求めは、番頭台までお願いします。


 襲撃は、馬車の移動中だった。

 アンジェリカが駆けつけた時には既に手遅れの状況で、血塗れとなった車内にいた公爵は胸部を深く刺されていた。


 親弟派の仕業に違いない。

 教会の守旧派を取り込んだことにより勢いを増していた彼らの行動がついにここまでの凶行に及んだのだ。


 だが今そんな推察はどうでも良かった。

 何よりも大事なのは手当だ。

 アンジェリカは叫び出したくなるのを堪え、公爵の傷口を馬車の遮光布で押さえ、必死で応急処置を試みようとした。


「おお……アンジェリカよ」

「陛下、喋ってはなりません! すぐに司教様も駆けつけます!」

「聞きなさい……わしはもう保たん……」


 公爵は僅かに身体を起こし、アンジェリカにある事を告げてきた。

 それから震える手で何かを握らせてくる。


「長い間……すまなかっ……た……」


 彼はその言葉と共にうなだれ、いくら呼び掛けても答えなかった。


 その後、遅れて到着した司教たちにより懸命な治癒ヒールが施されたが結局、彼が目覚めることは二度となかった。

 すべては遅過ぎたのだ。



 公爵が時折、城から抜け出してはどこかへ通っているという話は有名ではあり、今回の襲撃はその習慣を利用したものだった。

 だが彼がどこに向かい、何が目的なのかを知る者は非常に少ない。


 娼館通い。

 愛人との逢い引き。

 他国要人との密談。

 城下の視察。


 幾つかの憶測が飛び交いはしたが、アンジェリカもまた真相を知らず、ただただ馬を駆っていた。

 残された言葉に従い、狩り場の森を半日駆け、ようやく辿り着いたのは一軒の廃屋。

 この場所こそ『お忍び先』なのだろう。


 ――おまえひとりで行きなさい。

 ――その先に『マツノーユ』が待っているはずだ。


 今わの際の言葉を反芻し、ごくりと息を飲む。


 廃屋は殆ど朽ちていた。

 狩りの道具や非常食などを貯蔵しておく納屋として使用されていた痕跡が見て取れたがそれも大昔のこと、今は人が出入りするのも躊躇われる有様だ。


 戸を潜り、足元の床板を剥がすと、言われた通りの石階段が見つかる。

 その先を下っていくと四方が壁で囲われた地下室があった。

 家具などは何もなく、あるのはただ石床に刻まれた魔術めいた模様――円鐶と、その内部にある♨という図形だけだ。


「これが陛下の仰っていた転移魔法陣か……」


 マツノーユという言葉が何を意味するのかは分からなかったが公爵に託された以上、騎士として進まぬ理由は何一つない。

 アンジェリカは意を決すると、彼の真意を確かめるべく円環へと踏み入れた。



「この狼藉者め! 我は雪月花近衛騎士団がひとりアンジェリカなるぞ!」


 アンジェリカは声高らかに名乗りを上げた。

 だが目の前にいる二人組は無反応だ。

 近衛騎士団という言葉だけで、大抵の賊は恐れをなして逃げるか降伏するというのに、ワカダンナという青年は困った表情を浮かべているだけだし、バントウという女に至っては眉すら動かさない無表情っぷりだ。


「大体っ、私が着ていたものはどこへやった!」

「血と泥でまみれの服と鎧はコインランドリーにやりました。脱水と乾燥が終わったら返しますので暫く御待ち下さい」

「くっ……言ってる意味がまるで分からん!」


 アンジェリカは与えられた手拭いでは隠しきれない胸を腕で覆い、その場にうずくまりながら羞恥に耐えていた。


「まさか、こんな辱めを受けることになるとは……」


 何故このような状況になったのか。

 見知らぬ屋内に出た途端、目の前の無愛想な女――バントウに「店内での武器、魔導具の持ち込みはお断りさせて頂いております」とか「入浴マナーに反します」等と罵られ、組み伏せられた挙げ句、強引に持ち物を奪われたのだ。


 相手は小柄な女だ。

 更には、こちらが真剣だったのに対し、相手の武器は束子の付いたただの棍。

 幼少より剣の道に励み、女の身でありながら近衛騎士団員にまで登りつめた自分が負けるとは、何とも屈辱的だった。


「お客様」

「何だ」

「身体に血や泥がついたままなのですぐに洗う事をお勧めします」

「だが断る!」

「せめてタオルで汚れを拭って下さい。床が汚れては他のお客様の御迷惑となります」


 バントウは先程から執拗に、身体を洗う事を勧めてきていた。

 自分は賊の返り血と、ぬかるみの泥で汚れていた為、歩く度に床が汚れており、どうもそれを嫌がっているようだ。


 察するところ、公爵がこれまでにお忍びで訪れていたというこのマツノーユは何かの店のようだった。

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