ノックは二回
✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎
「ここは……どこだ? 」
「グゴォォォォォォ‼︎ 」
「重っ……つーかなんで俺の布団に……」
「むにゃむにゃ……もう食べられないぜ……」
「コイツ……枕を食ってやがる……」
「何だか噛み応えがある料理だな……むにゃ」
目を覚まし、見慣れぬ天井に意識を浮かせるのも束の間、体に重くのしかかる筋肉男を退かせながら体を起こす。
布団もざっくばらんに散らかり放題、枕なんてあるはずもなく、そのまま床に着いた感じがする二人の現在地は小さなベッドの上。
ぐっすりと眠りに入っているマサムネは俺が退かすことに全く意を介さず、気持ち良さそうに涎を垂らしていた。
昨日はあれから寝ちゃったエレナをミハルに引き渡して……終わっと思いきや、そこからお祭りムードのマサムネに絡まれてーー記憶がそこから無い。
頭が痛いのは……きっと昨日の疲れが溜まっていて、まだまだ抜けきっていないーーそういう事にしておこう。
前日の賑わいが嘘みたいに感じてしまうほど閑静な屋内、まだ朝も朝で窓から辛うじて日が昇るのを確認できた時間帯だ。この様子だと俺が一番乗りで起きてしまったかもしれないな。
昨日の今日だ、皆疲れが溜まっているのに宴を催したことで一時的に麻痺していた分の疲労が睡眠を取ることで緊張の糸が切れたってのが妥当なところか。
今日くらいはみんなのんびりして過ごしても良い……よな。
などと考えながら手洗い場を探し、寝ぼけ眼で覚醒していない顔を洗う前に用を済ませようとトイレのドアを開けたーーが、俺は気付くべきだった。もっと早く。
「ほぇ? 」
トイレに『鍵が壊れているのでノックしてからお入りください』と表札が掛けられていて使用中のカードが此方を向いていたことに。
そして中に今まさに下着を足回りから腰に戻そうとしていたカプリオがいたことに。
一見堅いイメージを与えがちな制服ーーというより軍服のスカートから可愛い縞模様のパンツが……見えた。
時間が止まった。体も固まった。視線も固まった。全てがガチガチに固まった一瞬は唐突に終わりを告げた。被害者である彼女の悲鳴によって。
「キ、キャー‼︎‼︎ な、なな、何見てるんですか早く閉めてくださいよっ‼︎‼︎ 」
「ご、ごごごご、ゴメンっ‼︎ 」
直ぐさま体を反転させて扉を閉め、顔が熱くなるのを感じながらドアから飛び退いた。少ししてから水を流す音が聞こえ扉が少しだけ開いた。
無愛想ーーとは口が裂けても言えないが、あまり感情を表に出さないタイプだと思っていたカプリオの赤面がそこにはあり、絵も言えぬ表情を浮かべ此方の反応を観察している。
や、やっぱりここは誠意を持って謝るべきだよな!
完全に俺のミスだし、あまつさえあんな姿を異性に見られたとあれば羞恥も相当の筈。
「す、すいませんでした‼︎ お、俺! 寝惚けてて大して確認せずにトイレに入っちゃって! この通り‼︎ 」
額を地面に当てて全力の土下座。正直、これで許してくれるとは到底思えないけど、それでも過失を許して貰うには謝り続けるしかない。
「顔を上げてください、もう良いですから」
「本当にごめん! ……ってえぇぇ⁉︎ 何で? 」
「別にワザと見たわけじゃなさそうですし、貴方がそんな無謀な事を企む輩ではない事は何となくですが分かりますから」
「よ、良かった〜! もしかしたら殺されるんじゃないかと心配してたから」
「私を一体何だと思っているんですか……まあ、今回のことは大目に見てあげましょう」
「ありがとう」
確かにカプリオ程の腕前を持つ女性を覗こうだなんて、一体どれだけ命が危険にさらされるのだか見当もつかない。許された事に気を許してホッと胸を撫で下ろした。
ですが、それはそれ、これはこれです。
「ぐえっっあぬっぶ‼︎ 」
「間違えて入った事は許しましたが、見た事は見たんですからそこは許せません」
「い、息ができなっ……うぐっ……」
「今度からはトイレに入る際は必ずノックを二回するよう心がける事ですね。まあ、エチケットマナーとして常識ですから」
「は、はい……」
油断したボディに強烈なリバーブロー。水月付近を殴られ痛みで頭がチカチカする。ちゃんと呼吸が出来ずに地面に四つ手を付いて嗚咽を漏らす。
「これで手打ちですから……って大丈夫ですか? 」
「なん……とか」
「いつもアレを殴る時と同じ要領で殴ってしまいました……ごめんなさい」
「い、いや、良いんだ……これで……手打ちにしてもらえるなら安いもんだ……」
「そう……ですか、なら良いんですけど……」
こんなパンチを毎日雨の様に喰らい続けてるとかアイツは本物の馬鹿だーーと、後から考える程に洒落にならない一撃をお見舞いされた俺は暫く立ち上がれず無様に地面に伏していた。
頭が上手く回らない。苦しい。
そんな状況下で、聞こうと思って忘れていた事を思い出した。聞くなら今しかない。誰にも邪魔されず彼女達に聞かれない今しか聞けないこと。
「カ、カプリオ……は、はぁ、聞きたいことが……あるんだげど……」
完全に戻っていない体から無理矢理声を出す。
濁った言葉は彼女の耳に届き足を止める。
「何ですか? 」
「実はーー」
信頼の置ける人物で、込み入った情報を持っていそうな彼女に俺は事の顛末を全て打ち明けた。