病み泣き上戸
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エレナの周囲に異変が無いか確認していると、どうして彼女が不意に凶暴になったり泣き出したりしたのか、原因となったであろう存在を発見した。
服のポケットから覗いているとても小さな瓶。恐る恐る取り出すとそこにはラベルで【酒】と書かれてあった。まさかのまさか、エレナもポーシャと同じく誤って酒を飲んでしまい可笑しくなっていたのだ。
これっぽっちの酒に酔うだけで、病みながら泣き上戸とかもう目を当てられないんだけど。ナイフは飛んでくるわフォークは突き立てられそうになるわと……まあ、お陰で危機を回避できたわけだけど。
「エレナ? もう大丈夫か? 」
「う、うん……何だか変な気分だけど大丈夫だよ」
「変な気分って? 」
「なんだか、二人きりでいるのが久し振りな気がして」
「確かにな……久し振りな気がするよ」
落ち着いたエレナの為に背中をさすろうとしたが、この前の出来事が頭を過ぎり動きが固まってしまう。
あの日、あの部屋で聞かれた一言が楔のように頭の大事な部分に打ち込まれていた。
『……レイは……さ、私のこと……どう思ってるの……? 』
『……え……? 』
『だから、私のことをどう思ってるの……教えて』
最初は本当に驚いたんだ。エレナの口からそんな言葉が出るなんて思いもしてなかったから。熱で倒れて意識が朦朧としている時につい出てきた言葉だったから。
『エレナには……感謝してる……しても仕切れない位に……』
あの時に俺はこう答えた。素直に感謝していると、その気持ちを正直に伝えた。だって、俺にとって一番大切な存在はーー。
あの時と同じで、弱った彼女の介抱をしながら見つめていると、少しだけ家族というより一人の女性としてエレナの事を意識している自分がいた。
今更ながら思うのだが、エレナはとても美しく可憐で健気で……それでいてとても優しい。優し過ぎる。こんなに出来た女性は世の中探して回ってもそうはいない。そんな女性と二人きりでいれる自分は幸せ者だ。
頰に伝わった柔らかな感触を思い出しながら、俺は彼女の顔を見つめる。
今だって手を伸ばせば彼女の顔に手が届き、触ろうと思えばどこだって触ることが叶う。男の本能である黒い感情がヒタヒタと湧き上がるのを感じ、頭を振って霧散させる。
『俺は……君に出会えて良かった。この想いは本物だ』
『……私もレイと出会えて良かった……でも、私は違うことを考えてる……ねぇ……目を閉じて』
『これが私の気持ち……そして精一杯だから』
あの時、彼女は俺に何と伝えようとしていたのか、ふと考え込んでしまう時がある。そして、あの時に俺が別の言い方を……もっと違う思いがあってそれを伝えていたら二人の関係はどうなっていたのか……。
だが、いつまで経っても答えは出ない。自分が導き出せなかった答えが自分に分かる筈がないのだから。
「……レイ……ごめんね」
「良いって、エレナはお酒を飲んでるんだから介抱位するさ気にするなよ」
そうじゃない、と、木にもたれる体を捻って此方へと向き直るとエレナは俺の手を握りしめた。
何も言わない。ただエレナは俺の手を弱々しく握るだけでそこから先が繋がらない。時間は何もしなくても流れる。非常にゆっくりとだか確実に時は進む。
互いの鼓動が脈を通して伝わってくる。俺はとても早いがエレナは……とても遅かった。脈拍だけでなく握ってくる掌自体が冷たくーー震えていた。
人は無理に言葉にしなくても、言葉を交わさなくても、目を見て息遣いを感じ取る事で何を伝えたいのか自然と理解できる瞬間がある。それが今だった。
「大丈夫、俺は何処にもいかない。エレナの側にずっといるから安心して。俺はエレナの為なら何でもするし、その事でエレナは気負うことはないから」
残った方の手でエレナの頭に手を置き、俺は子供を寝かし付ける親の様に優しく、少しずつ撫でる。最初は強張っていたのが頭の先からでも分かっていたが、次第にそれも雪解けてリラックスしていく。フィトセラピーの相乗効果もあるだろう。
俺は何があっても彼女を守る。それは義務や責任からとか、そんなんじゃなくて、ただ単純に守りたい……それ程に大切な存在だから守るのだ。
その過程においてあらゆる障害が如何に待ち受けていようとも俺はその悉くを排除する矛になり、降りかかる災悪全てを防ぐ盾になろう。それだけの価値はある。
そして、彼女が真に願うのなら、その望みを叶える為にこの力を尽くそう……勿論、彼女の安全が第一な上での場合だが。
握られていた手からも暖かさが戻り、彼女が背負っていた重荷を少しは軽くする事が出来た気がした。