フィトセラピー
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宴は進み、キャンプファイアーも燃え盛る勢いを増して皆踊り唄い騒いでいた。喧騒の最中、こちらも一つの修羅場が佳境に入りつつある。
俺と繋がっていた菓子が折れると、酔いに酔っていた酔っ払いはフラつく足取りで地面へとへたり込んだ。この分だと目を覚ますには当分時間がかかりそうだ。
「ま、待ってくれ‼︎ これには深い訳が……‼︎ 」
「言い訳はいいから早く来て」
「……はい」
エレナの言葉に俺は従うしかなかった。ここでかけられた召集の命を拒めば何が次の瞬間俺の柔らかい肉に突き立てられるか分かっていたから。
逆さ握りで握られたフォーク。対となるべき存在のナイフは直ぐ後ろの木の幹に突きたち、自分と同じく身じろぎ一つ許さない。
冤罪も冤罪なのだが、惨めな犯罪者を見る目でエレナは俺を見ていた。まあ当然の反応ではあるのだが、縄で縛られて服が乱れたミハルと、酒に酔ったポーシャを侍らせてよりにもよってパッキーゲームをしている所を見れば誰だってそう見てしまうに違いない。
「これはどういう事なの? 一から説明して」
「えっと……長くなるんだけど……? 」
「少しでも嘘吐いたらどうなるか分かる? 」
どうなるかだって? その鋭利なフォークが俺の両目に突き刺さるかもしれないって事だけは分かるよ。顔が笑ってるのに目が全然笑ってないんだもの。
「先ずはーー」
俺は出来る限り分かりやすく、自分の覚えている範囲で起こった一連の出来事を包み隠さず吐露した。
終始エレナは曇った笑顔の不機嫌で、俺は懇切丁寧にを心掛けていたのに彼女の口からは「ふーん」という感情が切り離された声しか聞こえなかった。
「それで? 私があの時二人を止めなかったらどうなってたの? 」
「どうなったのって言われても……」
「どうなってたの? 」
瞳の中にいる彼女は別人のようで、俺に対して憤りを超えた感情が全てを支配していた。顔は鬼の様に赤く燃え、だというのにニコニコと微笑みだけは決して崩さないというのが不気味さを増した。
「……私だってまだなのに」
「え? 」
「もう……私だって……私だってぇぇぇぇ‼︎‼︎ 」
「え、えぇぇぇぇぇぇぇ⁉︎ 」
子供の様に突如として声を張り上げて泣き出すエレナとその横で呆然と立ち尽くす俺。何コレ一体どういう状況なの?
狂気的なまでに恐ろしかった姿が見る影も形もない。涙をポロポロと流し泣き噦る彼女は歳に似つかわしくない程、今の姿は幼児的に見えた。
耳を塞ぎたくなる女性特有の高い泣き声が耳を劈き、すぐ側で音の爆弾が直撃した俺は耳を覆いたくなる。
「あーあ、お兄さん泣かせちゃいましたねー、悪いんだ悪いんだー」
「なんでお前は俺をさり気なく貶めてくるの? 俺は何もしてないのにエレナが勝手に泣き出したんだぞ? 」
「それでも引き金はきっとお兄さんですから、ちゃんと責任取ってあげてくださいよ」
「せ、責任って言われてもなぁ……」
「ほら、この縄早く解いてください。ポーシャさんの世話はミハルがしておきますから、煩くない他の場所で落ち着かせて」
言われるがまま俺はミハルを縛っていた縄を切り、やっと鬱陶しかった縛りから開放されたミハルはどこか疲れた表情をしていた。
縄の跡がないか手を擦りながら確かめ、倒れているポーシャを助け起こし水を少しずつ飲ませている。前に介抱をした経験でもあるのか、作業の一つ一つが手慣れていて俺はこの場を任せてエレナを連れ出した。
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「うぐっ……ひっく‼︎ 」
「ほら、これで鼻でも噛んだら? 」
「……うん、ありがと」
「ここでいいかな……っと」
宴の場から少し離れた場所に、一際大きな木が一本だけ何もない開けた場所に聳え立っていた。樹齢何百年と経っているのか、立派な木からとても安らげる香りが立ち込めていて、その香りに落ち着いたエレナを降ろして一息つく。
前に読んだ本の中に書いてあったのだが、植物の癒しの力を用いて、自分達が生まれながらに持っている自然治癒力に働きかけて心身の健康を保つ自然療法をフィトセラピーと言うらしい。
古代から現代にかけて、世界各地の伝統医学には植物が積極的に用いられていて、漢方薬や秘伝薬に植物の力は欠かせないとか。その力を少しでも借りて突然泣いてしまったエレナを落ち着けることにしよう。
「……ぐす‼︎ ここの香り、何だか落ち着く……」
「そうだな、優しい気持ちになれる気がするよ」
泣いてばかりいたエレナも、不思議な香りで少し落ち着きを取り戻し、木の根元に二人で寄りかかっていた。ズッシリとしていて背中を安易に預けられる木に安心しつつ俺はエレナの状態を伺う。
やっと泣き止んだエレナを見ていて、状況が状況なのだが少しドキドキしてしまう自分は不謹慎なのかもしれない。




