表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/113

力のコントロール

✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎




 彼女の事を考えると、胸が苦しくなった。

一緒に歩いて、手を繋いで、買い物を楽しんで。それら全ての時間を一まとめにして幸せな時間だと思う。



 叔父さんは、エレナが俺に対して気があるかもしれないと言っていたけど、それはどうなのだろうか。意識すればするほど、心の音がエレナに聞こえてしまいそうで……必死に隠す。



 もしも……この胸の痛みが何なのか分かった時……俺は自分の気持ちに対して正直になれるのかな。



 もしも……記憶が戻った時に、彼女に対して抱きかけているこの想いは、変わってしまうのかな。彼女が知っている今の自分と、彼女の知らない前の自分。彼女は記憶が戻った時に、俺の事をどっちの俺として見てくれるのだろうか。



 記憶を取り戻したい筈なのに……怖くなる。



 記憶の中に彼女以上に大切な存在がいて、その相手が俺の目の前に現れたとしよう。

 その時に俺は、エレナと彼女のどちらを選ぶのだろうか。



 いくら考えてみても、答えは見つからない。



 いつまでも、この時間が永遠に続けばそんな事を考える必要ないのにな。





✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎






「安いよ安いよ! モールラットの毛皮がたった銅貨一枚だよー! 」

「野菜を切るならこの包丁! どんな食材にも合わせられる魔法の包丁だ! 」

「買ってくださーい、大陸一の大盤振る舞いだよー」

「うわぁ……何だこれ……」



 大通りの奥側に行くと、そこは商売人にとっての激戦区に他なかった。

 熾烈な商売合戦が繰り広げられていて、お客は店の商品よりも店員達のアピールの方を見ているくらい。



中には口から油を出して、目の前の松明に火を吹いて客を集めたりする者や、様々な曲芸を繰り広げてスリル満点な客引きをする商人もいた。



 商品を売る為にここまでのアピールをしなければならないだなんて……商売も奥が深いらしい。



「同じ商売人にも、色んなタイプがあるんだな」

「うん、それも商売の楽しさかな」



 その光景を傍目に、二人は歩いている。繋いだ手にはもう慣れてきて、手汗の心配をする事も忘れていた。



 最初の方なんか、互いにギクシャクしていて、まともに歩くことさえままならなかったというのに。慣れとは怖いものだ。



「ちょっと、ここで見てもいいかな? 」

「ここは……小物店かな」

「うん! 去年もあったお店で、可愛い小物とかお洒落なアクセサリーがいっぱいあるんだ! 」

「なら、俺は外で待ってようかな……」

「えー? どうして? 一緒に入ろうよー」

「だって……中に女の人しかいないし……」



 ファンシーショップの中に男性がいるというのは、とても稀有な光景だろう。別に悪い事ではないけど、やっぱりアウェーと言いますか、心苦しいと言いますか。



 いやね、お店は案外落ち着いた感じなんだけど、それでも男からしたら店内はキラキラと輝きが強くて輝度に目が眩むんだよ。



 クマのぬいぐるみとか、ブタの貯金箱とか、髪留めバンドとか、アロマオイルとか。



 凡そ、男が使わないだろうって商品のオンパレードで、店の外から見ているだけなのに、背中の辺りがゾクゾクして痒くてたまらないのだ。店内に入ったらどうなるか……。



 手を離すのは名残惜しいけど……仕方ない。今回は遠慮しておこう……。



「ふうん……恥ずかしくて入れないのか……だったら! 」

「うわっ! エレナ、腕、腕! 」

「コラ! 暴れないでよ、他のお客さんに見られて恥ずかしいから//」

「で、でも……腕が……当たってるよ……」



 敬遠する素振りを見せたのが間違いだったのか、俺の思惑は裏目に出た。



 どうしても一緒に入りたかったのか彼女は、強引に俺を引っ張る為に自身の左腕を俺の右腕に絡ませ、腕組みをさせていた。



(う、腕が腕組みで腕が胸に当たってる当たってるって! あわわわわ……)



 あまりの事態に、最早、まともな思考すらできなくなっていた。全神経回路が俺の右腕に集まり、エレナからの精神攻撃に対して決死の迎撃を行っている。



 塹壕に立て篭もった最後の迎撃部隊は、左腕国から侵略してくるエレナ軍の精鋭部隊に、風に吹かれて飛んでいく綿の様に次々と蹂躙されて、壊滅寸前だ。



 意識するな意識するな意識するな……。



 心で必死に読経を念じて、何とか精神を保ち続けようとしたが、それもこれまで。

 エレナの双丘という名の核ミサイルが腕に当たった瞬間に、俺の理性という名の平常心は粉々に消し飛んだのである。



 とどのつまり……諦めた。



 意識してしまうものはしてしまうもの。

 だって男の子なんですから。



 背筋のむず痒さに心がのたうち回るのを必死で我慢する事を決意したのである。




ーーーーーーーー





 それからの一時間は、エレナの事を意識してしまいながらの買い物となった。小物店の店内でエレナが色んな商品を見て回り、その傍に携えていた俺も、一緒に買い物に付き合っていた。



 意識を商品に集中させて、できるだけ雑念邪念を掻き消すように努めた。でなければ、男として越えてはならない一線を越えてしまいそうだったから。



 それもこれも、みんな叔父さんのせいだ。叔父さんが変な事を俺に吹き込まなかったらここまで意識する事もなかったのに。……まぁ、お陰で貴重な体験が出来ているのも事実なのだが。



「これなんか可愛くない? 」



 エレナはガラスのショーケースの中に入っていたネックレスに、いたく興味を示している。その証拠として、先程から何度もそれとなくこのショーケースの前を通って横目で追っていたからだ。



 値段を見て心臓が跳ね上がる。なんだこの金額、小物店レベルじゃなくて、宝石店レベルの金額じゃないか……。こんな小さな装飾品で。



「ハート形の小さいネックレスか……確かに物はとても良い素材で出来てるらしいけど……」

「はいはいお客様! どうされましたか? 」

「ど、どこから……」



 気配もなく背後から現れたのは、俺逹よりも少し年上な印象の店員だった。彼女はさりげなく二人の間をすり抜けて、ショーケースの中のネックレスの説明を始め出す。



「このネックレスはですね、【ハートフィリア】と言う特別な鉱石を研磨して作られた世界に一つしかない一点物なんですよ、付けてみますか?」

「い、良いんですか……? でも……そんなお金は持って無いし……」

「試着だけなら別に構いませんよ。ほら、彼氏さん付けてあげて下さい」

「か、かれ、彼氏!? 」

「俺は彼氏なんかじゃ……」

「ほらほら、早くこれをどうぞ! 」



 過激な発言をかました店員に、強引にネックレスを渡されてどうすればいいのか分からず狼狽える。

 横にいるエレナは何も言わずに後ろを向いていた。



 恐る恐る震える指先でネックレスのチェーンを摘み、前から後ろへと銀の鎖を回して枠に嵌めた。店内の光を受けたネックレスは、彼女の美貌と完全に釣り合って見劣りしない働きをしている。



 特に、宝石をハート形にカッティングしてあって、その宝石の放つ輝きが彼女のポテンシャルを最大限に引き出していた。



「とてもお似合いですよ」

「ほ、本当ですか……? 」

「うん、似合ってるよとても」

「ありがと……//」



 店員さんの計らいで、少しの間だけだったが彼女の希望は満たされていた。店を出た後も機嫌が良く、鼻歌を歌っていた。男性には分からないものだが、女性は宝石に弱いということを知った。

 




✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎




 テントへと帰る道すがら、ふと、一際賑わっている群衆の塊を見つけ、二人で見に行ってみることにした。



 一つのテントを囲むように出来ていた群衆の壁を掻き分けて最前列に躍り出ると、そこではある種の大会が行われていた。



 単発の解説実況をする女性の声と、男と男が全力で力を出し合う時の唸り声。その両方に観客の野次が加わって大きなうねりとなっている。



 会場の中にあるのは何の特徴もない平凡な机と、その横に居座る大男のみ。男は筋骨隆々で強靭そうな胸板には数多くの傷跡が生々しく残っている。歴戦の勇者……よりは蛮族の長って方がお似合いだけど。



 その横には、一回り小さな若い男性が、自身の折れた片腕を見て泣き叫んでいる。駆けつけた大衆が、素早く男の体を抑えて治療でもしに行くのか、何処かへ批難させていた。



 視線を戻すと、勝ったのであろう大男は勝利の雄叫びをあげて他に誰か挑戦者は居ないのかと周囲を煽っている。だが、誰一人として名乗りを上げない。先程の一戦を見て、自分がどうなるか知ってしまっているからだ。



「あれって何してるんだ? 」

「あれは【アームル】って言って、こっちの方での伝統的な力試しだよ。 勝てば簡単な力の証明になるからって偶にやってるの。 やってみる? 」

「明らかに体格差に問題あるだろ……」

「でも、もしかしたら勝てるかもよ? 」



 大男の後ろには、これまで戦ってきた男達から奪い取ってきた獲得賞金の山が高々と積み上がっていて、立て札には勝った者が総取りと書きなぐっている。



 賞金の金額を見て、頭の中で考えが閃く。



「なーんてね、冗談、冗談。 レイがあんなのと勝負したら大怪我しちゃうかもしれないもんね……」

「俺……ちょっとやってくる……」

「え? 嘘でしょ、何言ってるの? 」

「すいませーん、俺もやりたいんですけどいいですか? 」



エレナの言葉を無視して、椅子に座る大男に話しかける。なるべく煽るようにアピールして。



「おおっとぉ! 次の挑戦者は見かけは普通の青年だぞぉ! 」

「おい坊主……俺に勝てるとでも思ってるのか? 」

「勝てる気しかしないんだが、生憎と持ち合わせが無くてね……掛け金は無しでも構わないかな? 」

「いいぜ、ぶっ殺してやる……」



 実況をしていた女性が会場を盛り上げ、熱くなった空間は最高にヒートアップしている。その中でエレナだけが不安な顔で俺を見つめていた。俺がさっきの男と同じような目に合うのを危惧しているのだろう。



 だけど大丈夫、俺は負けないからさ。そこで見ててくれよ。



 俺には確信があった。絶対に勝てるという確信が。

それは、あの時のような力が出せれば、俺にも勝機があるという作戦だ。



 だが、あの状態でいるにはリスクがある。それは自分自身でコントロールが効かなくなるというリスクだ。だから、あの時の感覚を思い出して、ほんの少しだけ、蛇口から水を数滴垂らすことをイメージすればきっと……いける。



 互いに睨み合いながら専用の椅子に座り、台座の上にある腕置き場に右腕をセットした。

 相手の男は俺に煽られたのがよっぽどしゃくに触ったのか、その目の中に怒りの炎が煮えたぎっている。



「彼女がいる前だからって格好はつけない方が身の為だぜ? 」

「人の心配より、自分の心配したらどうなんだ」

「自分の右腕に言い残すことは何かねぇのか……」

「そっくりそのままお前に返してやるよオッサン」

「上等だぜ……グチャグチャにしてやるよ」

「よろしいですか? カウントを始めますよ! 」



 俺は相手の右腕を掴む。既に男は少しばかり力を込めて威嚇をしていたが、俺は全く意を介さない。そんな事よりもするべき事があるからだ。



「さーん! 」



 頭の中であの時の自分の状態を思い浮かべて、薄めて再現する。ほんの少しだ、ほんの少しだけ中から力を取り出す感覚でやるんだ。焦るな。



「にー! 」



 抑えろ、殺意を出すな。自分のままで力を支配するんだ。あの時の力の一端を自分の中でモノにする。

 見えない所で、体の組織が作り変わっていき、心臓から体全体へ、力の奔流が止めどなく流れ出るのが分かる。



「いち! 」



 ……いける。



「スタート! 」

「バゴッ!」



 開始数秒、俺は自分のコントロールして出せる限界の力で振るった腕は、男の力など全く感じる事のないまま、俺の右腕は男の右腕ごと机を粉々に破壊し、舞起こる粉塵が観客達の完成を鳴り止ませていた。



「け、決着……? 決着だぁ! 」



 マイクを高らかに掲げて勝利を宣言したと同時に、最高潮に湧き上がるオーディエンス達。皆一様に俺に向かって賞賛の拍手を送ってくれていた。



 負けた大男は、口から泡を出して地面に伸び、右腕があらぬ方向へと曲がりに曲がって見るも無残なことになっていたが、まあ、医師の人に介抱されているし、今までの人の有様から考えるとイーブンってところか。



「まさか貴方が能力者だったとは……驚いたわ」

「どうして俺が能力者だってバレて……」

「髪と目の色が変わってるわよ? 気付いてないの? 」



 鏡で自分の姿を確認すると、俺の髪は白銀に変わり、瞳の色が黒色から赤色に変色していた。まるで白狼と同じみたいに……。



「これってまさか……俺が……」



 そのまさかだった。俺は白狼と同じように姿形を変えられる力の持ち主になっていたのだ。

 あの時はそれが暴走してしまって、獣と同化した存在になり、人としての理性の箍が外れてしまっていたが、今回は思考も安定していて、人の枠の範囲を超えていない。



 引き出すことができたなら、戻すことだって出来るはず……。そう思って力の蛇口を捻って止めるイメージを思い浮かべると、体にみなぎっていた力は消えて髪の色や目の色も元に戻った。



 今回は自分でコントロールすることができたのだ。次からはもっと上手く引き出せるだろう。



 俺は賞金を受け取ると、エレナの元へと戻った。

 エレナは俺の姿を見て驚きを隠せないでいる。無理はない、俺だって自分自身で驚いているのだから。



「す、凄いね……別人みたいだった」

「俺もあそこまで力が出るとは思わなかったよ」

「格好よかったっすよ! 」



 肘で腹を突かれながら、俺はテントへと向かった。



 偶には女の子の前で格好つけるのも悪くない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ